第3話-2


「夏はかき氷にかぎる。なあ、雪路」

 蝉の声が騒がしくなってきた七月の終わり、和眞は雪路を連れ出して街の甘味処へ来ていた。屋敷に閉じこもることが多い雪路を、和眞はたまに飯に誘った。今日は暑くて食欲が出ないという雪路のために、彼のお気に入りの甘味処に行くことにした。

「君の隣は余計に暑い気がするよ。かき氷を食べていなければ耐えられなかったよ」

 色白で華奢な雪路は、暑さに弱いらしくへばっているが、嫌みを言うことは忘れない。小豆のかかった、特別甘そうなかき氷を少しずつ小さな口に運んでいる。

「夏くらい、その着物を着なきゃいいだろう。お前の方がよっぽど暑そうだぞ」

 雪路はいつも通り濃紺の和服を来ていた。対して、休日である和眞は半袖のシャツにズボンを履いている。

「うるさいな、僕の勝手だ。……ったく、夏は嫌いだ」

「そうか? 俺は一番好きだな、夏」

 例によって早食いの和眞は、大口を開けて次々に氷をかっ込み、皿を空にした。

「おい、そんなに一気に食べると……」

「っ……いって」

「キーンとなるぞ。ってもう遅いな」

 馬鹿めと愉快そうに笑う雪路のかき氷は溶けかかっている。そっちの方が馬鹿だろうと和眞は思ったが、言えば千倍になって返ってくるので口には出さない。

「あの、失礼ですが、夜崎雪路様じゃありませんか?」

 鈴が鳴るような声がした。 

 和眞たちが座っているテーブルの横に、可愛らしい少女が立っていた。年は十六、七くらいだろうか。ゆるく巻かれたロングヘアに、白のワンピースを着ている。身なりからお金持ちのお嬢様といった雰囲気だ。

「僕が夜崎ですが。なにか御用でしょうか?」

 先ほどまで人を馬鹿にして嫌らしく笑っていた雪路は打って変わって、ふわりと涼やかに微笑みかける。

「私、冴島円華さえじままどかと申します。有名な呪術師であるという夜崎様にご相談したいことがありまして……」

 円華は今にも泣きそうに言った。和眞たちは互いの顔を見交わした後、彼女から詳しく話を聞くことにした。

 もともと四人がけのテーブル席だったので、円華は雪路の斜め前、つまり和眞の隣に座る。和眞は、不覚にも少しドキドキしている。

「改めまして、僕が夜雪路です。こっちは知人の明石巡査、寺町駐在所勤務の警官です」

 友人ではなく知人と紹介されたことに小骨がのどにひっかかるが、今は大人しく円華に向かって頭を下げるに留めた。

 雪路は円華に「何かお召し上がりになりませんか?」と聞くと、おずおずと「クリームあんみつを……」と答えが返ってきたので、店員を呼んだ。一人では食べづらいかと思って、和眞はかき氷のおかわりを一緒に注文する。

「腹を壊すなよ」

 雪路が引いた顔で咎めるが、あいにく和眞は生まれてから一度も腹をこわしたことがない。

「さて、円華さん、ご相談したいことと言うのは何でしょうか?」

 柔和に微笑んだ雪路に、お嬢様の顔がカァっと赤く染まる。

「わ、私、先月この街に父の仕事の都合で越してきたんですの。駅から東にあります洋館に住むことになったんですが……」

 円華の話はこうだ。

 屋敷には、父、母、一人娘である円華と父方の叔父と祖母、あとは数人の使用人が住んでいる。新居である洋館は、英国風の中庭がついた好きな屋敷で、最初は円華も喜んでいたらしい。

 しかし、日に日に母の体調が悪くなった。とても仲の良かった父と叔父が諍い合うようになり、優しかった祖母が些細な事で怒鳴るようになった。引っ越してくる前までは、家族みんなで仲良く暮らしていたのに。 

 すべてはこの洋館に来てからだ。

 そう思った円華は、この洋館は曰くつきの怪しい屋敷なのではと疑った。以前、友人に借りた雑誌に、呪われた家の記事が載っていたのだ。父に聞いてみると、信頼している不動産屋から買った家だと言われた。元の持ち主は旧華族の老夫婦で、年を取り子供もいないので屋敷を手放してお金にすることにしたのだという。円華が思うような悲劇や惨劇は一度も起きていないらしい。馬鹿なことを言うなと、逆に怒られてしまった。

「でも、私、絶対おかしいと思うんですの」

 母は情緒不安定になり、最近では夜中に泣き叫ぶこともある。家の中はギスギスとした居心地の悪い空気に包まれている。

「それで、お友達に相談したら、この街には夜崎雪路様という有名な呪術師がいらっしゃると聞いて、ご相談したいと思っていましたところ」

 母へのお土産の水ようかんを買いに来て店に立ち寄ったとき、偶然「雪路」と呼ばれる紺色の和服を着た美少年がいらっしゃったので、もしかして……と思いまして……。

 そして今に至るというわけだった。

 それにしても、円華の”お友達”は結構なオカルト好きな気がするな、と和眞は思った。この年頃の女性は、意外とそういうことに興味があるんだろうか。

「なるほど。僕にお住まいの洋館を調べてほしい、というんですね?」

 雪路の問いに、円華はうなずく。

「しかし、僕も仕事として請け負う以上、相応の対価が発生いたします。お話を聞く限りでは、お父様は呪術といったあやしげなものは信じないのでは?」

「大丈夫です。依頼料は、私が出します。これでもお小遣いを貯めこんでいるんです」

 お嬢様は胸を張る。

「調べた結果、本当に何もない場合もありますよ? ご家族は新しい環境になって心労がたたっているだけかもしれません」

 雪路は真顔で円華に問いかける。彼女は膝においた手を握りしめた。

「それなら、それですっきりします。ただ、私も家にいる間は胸がざわざわして落ち着かない気持ちになるんです。確かめたいんです」 

 真剣な表情で訴えかけてくる円華に、雪路はそっと顔をほころばせた。

「かしこまりました。お引き受けしましょう」

「あ、ありがとうございます!」

 円華は勢いよく立ち上がり、頭を下げた。雪路と和眞は慌てて立ってなだめる。 

 ちょうど、クリームぜんざいとかき氷がやってきたので、一同は再び座った。甘味に下包みを打ちながら、円華の屋敷のことなど詳細を聞く。雪路だけは、ただの水になってしまったかき氷を前に、茶をすすっていた。


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