第2話-2
おいしそうな匂いに釣られて雪路が目を開けると、ほかほかと湯気が出ている皿をお盆に載せた和眞が部屋に入ってくるところだった。
「おっ、ちょうどよかった。目が覚めたか」
和眞はそばまで近寄ると、お盆を畳の上に置いた。
「ちょっと台所を借りたぞ。食えるか?」
和眞が持ってきたのは、卵がゆだった。
「これ、和眞が……?」
「ああ、食欲はないかもしれないが薬を飲むのに何か腹に入れた方がいいと思ってな」
「体力馬鹿のきみに料理ができるとは意外だ……」
「失礼な、俺は一人暮らしだぞ。それに兄弟がたくさんいるからな。妹たちが風邪をひいたときによく作ってやった」
雪路は皿を受け取ると、れんげで粥をすくった。あふれんばかりに湯気がでているので、息を吹きかけて少し冷ます。とろけた卵と米を一緒に口に入れた。まだ熱かったが、ほんのりと効いた塩気が食欲をそそる。
「おいしい」
「おう、よかった。ゆっくりでいいぞ」
君は食べるの遅いからな、と言われる。雪路は少しずつ口に入れて咀嚼した。もともと少なめの量だったこともあり、時間はかかったが完食した。
粉薬を水で流して飲み込むと、再び横になった。仰向けの状態で和眞に話しかける。
「……迷惑をかけた」
「気にするな。素直な雪路なんて気持ちが悪いぞ」
和眞は空になった皿を嬉しそうに眺めてから、お盆に載せて立ち上がった。
「じゃあ、俺はこれを片付け駐在所に戻る。また様子を見に来るからな」
ちゃんと寝ろよ、と念押しして和眞は部屋を出て行った。
トン、と襖が閉められて、部屋の中は静寂に包まれた。
(誰かに看病されたのなんて、久しぶりだな……)
あの面倒見のよさは、兄弟がいる影響だったんだなと雪路は納得する。
腹が膨れたからか、薬の影響か、だんだんと瞼が重くなりまどろんできた。このまま眠ってしまおうとしたとき、
「雪」
と、名前を呼ばれた。
目を開けば、枕元にはギンが座している。
「寝るところわりい。お使いの報告を先にしておいた方がいいと思って」
申し訳なさそうに眉を下げている。報告は迅速に、といつも教えているので、ギンはそれに従ってくれたのだろう。
「その方が助かるよ。ありがとう」
ある依頼を受けて、その調査のためにギンに使いを頼んでいた。今日ちょうど戻ってきたのである。一通り報告を聞き終わると、
「わかった。もう下がっていいよ」
と、言うのにギンは動かなかった。「ギン?」と名を呼ぶと、犬神はおずおずと口を開く。
「あいつ、信用してんのか?」
ギンの三白眼が雪路の目をとらえる。
「……和眞のことか? どうだろうな……」
素直で、お人よし。人を疑わないのは警察官としてどうかと思うが、清々しい好漢だ。ただ、言い方は悪いが、彼はよそもので何も知らないからこその態度だろう。だからこそ、簡単に雪路を友だと言ってしまえる。
何もしらないからこそ、無垢な子供たちが仲良く遊べるように。知ってしまえば、もうなんの隔たりもなく、無邪気に接することなどできない。
「……人間なんか、みんな同じだそ。気を許すんじゃねえよ」
ギンはぶっきらぼうに言うが、己のことを心配しているのだろう。
「大丈夫だよ」
雪路は手を伸ばして、ギンのふさふさとした芝生のような銀髪を撫でた。
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