アンハッピーバースデー

水野 七緒

アンハッピーバースデー

 室内にアラーム音が鳴り響く。どうやら地球が消滅するまでのカウントダウンが始まったらしい。

 残り5分──だが、焦ることはない。この仕事はもうすぐ終わる。よけいな邪魔が入らない限りは。

 ブルル、とスマホが鳴った。上司からの電話だ。

「おつかれさまです、こちらは問題ありません」

『いや、そうじゃなくて……いや、問題がないのはありがたいんだけど……』

「残りのコマンドはひとつだけです。あと5分で必ず終わらせます。では」

『あ、ちょっと……』

 進捗状況は報告した。もう上司からの電話に出る必要はないだろう。

 大丈夫、デッドエンドまでまだ4分もある。

 と、再び着信音が鳴り響いた。今度は姉からだ。

 これはスルーしよう。どうせ、先日のやりとりを繰り返すだけだ。

 ──『馬鹿なの? なんでそんな仕事引き受けたの? このままじゃ、あんたまで消滅しちゃうんだよ?』

 くだらない。なにを今更。そんなの、覚悟した上でこの仕事を引き受けたに決まっているのに。

 ため息を飲み込んで、キーボードを叩きつづける。

 なのに、またもや着信音が響いた。ああ、なんて邪魔くさい。

 電源ごと切ろうとスマホを手に取り、思わず息をのんだ。

「……梨花?」

 姉じゃない。上司でもない。

 まさかの、大学時代の女友達からの着信。

(無視……だよな)

 今は仕事中だ。通話に費やす時間はない。

(コマンド──OK。あとはロックを解除して……)

 ああ、くそ。なんで着信が鳴り止まないんだ。

 いい加減にしろ。あきらめろ。察しろよ。

「くそっ」

 結局、あきらめたのは俺だった。

「はい……」

『私──わかるよね?』

「わかる。けど仕事中……」

『ビルの外に小型ポットを待機させてあるって。1分以内にそれに乗りこめば、ギリギリだけど宇宙船が回収してくれるって』

「無理だ。まだ仕事が終わっていない」

『仕事なんてどうだっていいじゃない!』

 憤りをかためたような声が、俺の鼓膜を震わせた。

『その仕事、失敗してもいいんでしょ? 代替案があるって聞いたよ? だったらもういいでしょ、早く逃げなよ!』

 いいわけあるか。その代替案、くそみたいなやつだぞ。一般人には知らされていないだろうけれど。

「もういいか? じゃあ、切るぞ……」

『待って! 切らないで』

 あまりにも必死な声に、またもや俺は切るタイミングを失った。

『ねえ、覚えてる? ハタチの誕生日のとき。私が作ったケーキ、俊郎は「甘すぎる」って食べてくれなかったよね』

 ──そうだったか?

『あれから何度も挑戦したんだよ。甘くないケーキ』

 ──そうか。

『だから……リベンジさせてよ。誕生日ケーキ、新しい惑星で食べようよ』

 不覚にも、手が止まった。

 情けない……相応の覚悟をもってこの仕事を引き受けたはずなのに。

 残り時間は90秒。もう雑談しているヒマはない。

「悪い、切る」

『嫌だ、待って……』

「ケーキは他のヤツに食ってもらえ。じゃあ、元気でな」

 通話を切り、電源も落とした。とんだイレギュラーだ。とはいえ十分リカバリーはできる。

(あと1分)

 なぁ、梨花。俺たち、ずっとただの友達だったよな。

 けど本当は変えたかった。お前と、友達以上の関係になりたかった。

(あと30秒)

 なにがいけなかったんだろう。俺が臆病だったから? 現状維持に甘んじたから?

 それとも──病気のせいか?

(あと20秒……)

 悪い、梨花。俺、どうもあまり長く生きられないみたいなんだ。

 だから、この仕事を引き受けるの「有り」だと思ったんだよ。

(あと15秒……)

 お前が向かう予定の「NW」って星、すごくいいとこなんだ。これからいろんな連中がそれぞれの惑星に散っていくけど、たぶん「NW」がいちばん期待できる。他の候補地なんてクソみたいだからさ。

 そんなとこに、お前や姉さんを送りたくないんだ。

「……できた」

 残り5秒──ギリギリだ。

 さあ、新しい命の光を点そうか。



『ご覧ください! 人工惑星NWが今、青い光に包まれました!』

 宇宙船のモニターに、女性リポーターのアップが映し出される。

「やったな! これで俺たちは生き延びられるぞ」

「ハッピーバースデー、NW!」

 わきあがる拍手と歓声に、梨花はめまいを覚えた。彼らは考えないのだろうか。あの人工惑星を完成させるために、誰かが犠牲になったかもしれない可能性を。

 皆が生まれたての星に夢中になっているなか、梨花は紙袋から白い箱を取りだした。中に入っていたのは、この宇宙船を破壊できる爆弾──ではなく、ありふれたカップケーキだ。

 他の乗客たちに背を向けると、梨花はそのケーキに囓りついた。

「しょっぱ……」


 アンハッピーバースデー。

 新しい惑星が生まれた日、私の愛する人が消えました。

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