人生ネタバレおじさん

シロ

人生ネタバレおじさん

私の人生はネタバレに満ちている。


《テンテンドースイッチの抽選、今日も外れるよ》

電器屋の自動ドアが開くと同時に聞こえてきた『ネタバレ』に、私はがっくりと肩を落とした。一時間前に渡された抽選番号の紙と、レジ横に貼り出された当選者の一覧を一応見比べる。これまでの人生でその無意味さは痛感しているが、それでも、一縷の望みだけは捨てたくなかった。

結果はハズレだった。

(どうせなら、いつ行けば当たるか教えてほしいものだ……)

もっと前にわかっていればこんな日曜日の寒空の下、開店前から並ばずに済んだのに。いや、娘の刺すような視線に耐えられずに結局は来ただろうが。

「はぁーあ……」

大きな溜息を吐きながら、私はとぼとぼと店を後にした。


『自分にこれから起きる出来事が頭の中にネタバレされる』という特異な事象に私が見舞われるようになったのは、もう三十年近く昔、私が中学生の頃だ。

クラス一の美少女に私が初めての恋心をときめかせていたころ、どこからともなく、

《あの女にはこっぴどく振られるよ》

と聞こえてきたのだ。

最初はまさか自分の未来をネタバレされているとは夢にも思わなかったので、きっと何かの聞き間違いだろうと思い、私は初恋の勢いのままに彼女に告白し――。

『は?え?何、そういうの気持ち悪いし冗談でもやめてよね』

『え……?』

『あっ、いたいたー!って、なになにどうしたの~?』

『さっきこいつから告られた?っぽいんだけど、ありえないよね』

『はぁ!?マジで言ってんの!?アンタみたいなチビデブがこの子と釣り合うわけないじゃん!?』

『……………………』

――言葉通り、こっぴどく振られた。そして私は、あの声が気のせいでも聞き間違いでもなく、自分の未来を予言しているのだと気づいたのだ。

それからもその不思議な現象はたびたび発生した。

《明日雨に振られてびしょ濡れになるよ》

《今日の夕食は生姜焼きだよ》

《この高校には落ちるよ》

《ストレスで五キロ痩せるよ》

《斜め前の席の子と付き合って、来年別れるよ》

だんだんと私は『これは予言ではなくて、人生のネタバレなのでは?』と思うようになってきた。

聞こえてきた言葉に逆らおうとしても、必ずその通りになってしまう。雨を予言されたら当然傘を持つが、どうしてか傘が壊れていたり、盗まれたりで結局私は濡れてしまう。努力しても、何をしても、『そうなってしまう』のだ。

《さっき走ってる間に犬のウンコ踏んだからゼミ室入った瞬間に臭いって言われるよ》

なんなら、既に起きてしまって回避不可能なことを言われたりもする。


「……ただいま」

「おかえりお父さん!テンテンドースイッチは?スイッチは?」

「…………すまない」

「……あっそ」

玄関扉を開けた途端に待ち構えていた娘が一瞬にして冷たくなる。気まずい思いで娘の横を通り抜け、リビングへと避難した。

《これから三日、娘は口を利かなくなるよ》

(三日なら……いいよ、もう。どうせ普段からそう会話もないんだ)

高校生になった娘が私に優しいのは、だいたい金かモノをねだるときだ。それ以外のことはもう最低限にしか知らない。彼氏はいるのかとか、学校は楽しいかとか、聞いても全部『たぶん』『まあまあ』『別に』『一応』――そんな返事ばかりだからだ。

(それに)

私は娘に関して特大の『ネタバレ』をもう聞かされている。……そんな私が父親として娘にしてやれることなんてせいぜい真面目に働いて金を出し、自立するまで生活を支えてやることぐらいだ。娘が話したくないことを無理に聞き出すような真似はしたくない。

ガチャ、バタン。玄関扉が閉まる。いってらっしゃい、と届きもしない声を投げた。

今日何度目かわからない溜息を吐いて、壁際の棚に置かれた家族写真に目をやる。

「……せめて、お前が生きていたらよかったのにな。フミコ……」


私の妻、フミコは三年前に病気で他界した。

フミコとの出会いは社会人二年目のとき。もちろん初対面のときからネタバレされていた。

《この女と二年後に結婚するよ》

ひどいネタバレだが、このときはそれが嬉しかった。私はフミコの、同い年とは思えない物腰の柔らかさと上品な微笑みにひと目見たときからすっかり夢中になってしまっていたからだ。フミコも私からの熱烈なアプローチに折れてくれて、私達は恋仲になった。

『ねえ、……実はお腹に赤ちゃんがいるの』

『……ッ!』

フミコが私にそれを告げたのは、ちょうど出会ってから二年目のこと。やはり今回もネタバレ通りになったと、私は速やかに両家の両親に挨拶を済ませてフミコのお腹が目立ってしまう前に結婚式を挙げた。

『挨拶も式場探しも準備が良すぎるわ、まるでこうなることを知っていたみたい』

『……知ってた、って言ったらどうする?』

『えっ?』

『なんてね、ハハハ!いつか結婚したいと思ってたからね、妄想がてら色々調べてたのさ』

当時の私は何も気づいていなかったが、今ならばわかる。あのときのフミコの表情は不思議がっていたわけでも、冗談が気に入らなかったわけでもない。あれは驚愕の顔だった。なぜ、どうして、今結婚することがわかっていたのか、と。

そのときの私はその表情の理由を追求しなかった。それでよかったのだと今は思う。


《この子供はお前の子供じゃないよ》

新生児室のガラス越しに娘の顔を眺めていたとき、それは聞こえた。

はじめは、うっかり隣の子を眺めていたのかと思った。それくらい理解不能で、ばかげたネタバレだったからだ。

《この子供はお前の子供じゃないよ。あの女が大学時代に付き合ってた元彼の子供だよ》

『……そんな』

『あなた?どうしたの?』

『い、……いや、なんでもないんだ。……かなりフミコ似だと思ってね。美人になりそうで嬉しいよ』

『もう、あなたったら』


……娘が二歳になったとき、妻に内緒で遺伝子検査をした。結果は、ネタバレの通り。

検査をする前から私の子である可能性はほとんどないと思っていた。妻が妊娠したと思しき時期、ちょうど妻の大学の同窓会があったからだ。

当時は同棲していなかったからその日の行動は詳しく知らないが、翌朝やたらたくさんメールが来ていたように思う。おそらく罪悪感からくる反動だったのだろう。

その男ともきっとその一夜限りで、妻も私か元彼かどちらの子かわからない状態で――私の子であることを祈りながら――産んだのだと思う。

ネタバレさえされていなければ、私は一生、娘を自分の娘だと信じて愛しただろう。

(…………フミコ。それでも私は君を愛していたよ)

思春期になり、ますます私のような冴えない男とは似ても似つかなくなってきた娘との距離を測りかねていたある日、妻が突然倒れた。乳がんが進行していたのだ。

妻に関するネタバレは驚くほどになかった。助かるか助からないかもわからない不安の中で毎日見舞いに行き、娘のために食事を作り、自分の仕事もして、そろそろ私が倒れるのではと思った頃、妻は息を引き取った。

《喪主挨拶の途中で泣くよ》

葬式の最中にそうネタバレされてその通りになり、以後三年間、大きなネタバレはされていない。

(もうネタバレされるような大きなイベントもないものな。私に直接影響しない話だとどうやらネタバレの対象外のようだし……)

例えば娘が大学に合格するだとか、いい相手を見つけて結婚するだとか。そういった、娘の人生のイベントは私にはネタバレされない。されるとしたら『娘の結婚式に遅刻する』とか『孫にダサい名前をつけようとして引かれる』とか、私が直接絡む内容のものだけだ。

それでいいのだと思う。お陰で私は、たとえ血が繋がらない娘でも子育てを楽しむことができた。その結果娘の心が離れていくのなら、あとは静かに見守るだけだ。

(そうだ、……いつかは血が繋がっていないこと、言わないといけないだろうな。しかしフミコの元彼のことなんて何も知らないし名乗り出てくる気配もないのだから、いっそ私だけの秘密にしておいたほうが……いや……でも……)

《死ぬよ》

そのネタバレは唐突だった。

「え?」

《来週死ぬよ》

「……誰が?」

《お前が》


――『自分は来週死にます』。そう言われて誰が信じるだろうか。信じたとして、早まるのはやめろと説得されるのがオチだろう。それくらい、人が死ぬ日なんてわからないものだ。

しかし、私にはわかるのだ。わかってしまったのだ。だったらせめて、遺される者に迷惑をかけないようにしなくては。

「部長」

「なんだね」

「すみませんが、今週の木曜と金曜、休暇をいただけませんか。家庭の事情でどうしても休まなくてはいけなくなりまして……」

「急だな……。しかし、まあ君の家の場合は仕方がないか。男やもめでもうすぐ受験生の娘さんがいるんだものなあ。わかった、休みなさい」

「ありがとうございます。なるべくご迷惑がかからないようにしますので」

翌日の月曜日。娘は三日口を利いてくれないことがわかっていたので先に職場の引き継ぎを始めることにした。

「あれ?その書類って来週末のプレゼンのやつですよね?」

「ああ、休みをもらうから片付けておこうと思ってね」

「来週やればいいじゃないですかそんなのー」

「ハハハ、そうだね。ただせっかくだから、後顧の憂いは断っておきたくてさ」

「コーコ……?なんか、たまに難しい言葉使いますよねー」

「ハハハ、まあ、気持ちよく休みたいってことさ」

(日曜日に「来週」って言われた場合、具体的にいつまでかよくわからないからな)

もしかしたら次の月曜まで生きているかもしれないが、念には念を入れてやりかけになっていた仕事をすべて終わらせ、私が担当していた顧客のリストも最新化して机の引き出しのわかりやすいところに仕舞っておいた。人員が急に一人減って職場は混乱するかもしれないが、私の仕事が混乱の元にならないようにはできたはずだ。水曜まで残業をしてしっかり働いて、私は職場を後にした。

「…………おかえり。ご飯、チンして食べて」

家に帰ると、スマホでゲームをしながらではあるが娘が声をかけてきた。

「……ただいま。飯、作ってくれたのか」

リビングのテーブルにラップをかけた状態で置いてある野菜炒めを見る。娘が自主的に料理するなんていつぶりだろうか。

「最近忙しそうだから。作らないとあたしの分、ないし」

「そうか、ありがとう。明日と明後日は父さん家にいるから、ちゃんと作るよ」

「え、明日木曜だけど、……え、なに、クビになったの?」

「そうじゃないさ。ちょっと銀行行ったり市役所行ったりやることが溜まってたから、一気にやっておこうと思ってな」

「ふーん……」

「そうだ、土日は暇か?」

「推しのイベント走らないといけないからあんま暇じゃないけど、何?」

「おしのイベント……?よくわからんが、……その、たまには外に食べに行かないか。美味いものとか」

「…………」

娘がゲームの手を止めて私を見た。

「……なんか変だよお父さん。大丈夫?」

「大丈夫さ」

「……ならいいけど」

娘の疑問ももっともだと思う。進学費用を貯金するために娘が高校生になってからは一度も親子で外食などしてこなかった。それを何かの記念日でもないただの週末にいきなり言い出したら変に決まっている。

「……何食べてもいいの?」

「ああ、好きなものを食べに行こう」

「じゃあ酢豚がいい。お母さんが好きだったやつ」

「わかった。予約しておくよ」

「予約して行く店じゃないでしょ、あそこ……」

「まあ、念のためさ。行って休みだったら悲しいしな」

「…………」

娘はスマホゲームに戻った。私も娘が作ってくれた野菜炒めを電子レンジで温める。


木曜日はあちこちの手続きに費やした。葬儀費用を含めた当座の生活費の引き出し、私名義で契約している有料サービスの解約、生命保険の請求方法の資料集め、会社や親戚などの連絡先のメモ、スマホのパスワードロックの解除……。

(……そういえば娘の喪服……いや、フミコのときと同じで制服でいいのか。これは幸いだな)

いきなり『喪服を買うぞ』だなんて言えばそれこそ怪しまれるだろう。

学生でよかった。そう安堵したと同時、学生でない娘の姿を見られないことに一抹の寂しさが過ぎる。結婚式の花嫁姿とは言わずとも、せめて成人式の晴れ着くらいは見たかった。

心残りと言えばそれくらいだろうか。……これだけ早い別れとなるのであれば、私が実の父親でないことは言わないまま終わりにしたほうがいいだろう。いつか、それこそ娘が子供を産むときになって気づくことがあるかもしれないが、それはまた先の話だ。

少なくとも私は表向きにはこのことを知らず、妻もまた、事実を知らないままだった可能性があるのだから。

金曜日は家を徹底的に掃除した。特に私の部屋のゴミを全て片付けた。今ここにあるのは必要なものか、遺品として残しておけるようにしたものだけだ。

引き出しの整理中に出てきたアルバムは、目立つところに置いておく。若い日の妻と私。まだ四つん這いで歩く娘。七五三。小学校の入学式。夏休みの北海道旅行。大好きな酢豚を頬張る妻とまだ酢豚の味がわからなくて渋い顔をしている娘。

……そういえば、いつの間に娘は酢豚が食べられるようになったのだろうか。

アルバムは懐かしい過去と同時に取りこぼした現在を教えてくれる。ここにネタバレされた未来はない。

《明日死ぬよ》

「そうか、明日か。よかったよ、ちゃんと準備が間に合って」

《明日死ぬよ》

「……ああ、残念ではあるけれど、後悔はないさ」


土曜日。日中は何事もなく過ぎ去り、夜、いわゆる個人経営の小さな中華料理屋にやってきた。

「いらっしゃい、予約のお客さんだねー!奥の席行ってー!」

「ありがとう」

娘の言う通り予約は必要なかった。飯時だというのに他の客はまばらで、どこの席に座ろうが正直変わらないように見える。ただ入口付近は冷えるので奥の席に行けたことはありがたかった。

「何にするー?」

「酢豚二人前。あと、餃子も。それから烏龍茶と……お前は飲み物何にする?」

「……お父さん飲まないの?」

「今日は烏龍茶の気分なんだ」

「……。あたしも烏龍茶。それと、デザートに杏仁豆腐」

「はーい、ちょっと待っててねー」

「…………」

「…………」

料理が来るまでの間、沈黙が流れる。烏龍茶のグラスが置かれたあと、先に娘が口を開いた。

「……何なの、結局」

「何もないさ。たまにはと思っただけだ」

「それにしちゃ家中掃除してたじゃん。……まるで居なくなるみたいにさ」

「年末の大掃除、サボっちゃったからな。思い切って……」

「嘘つくのやめて。……お父さん、嘘つくとき人の目見ないからバレバレだよ」

「…………、……そんな癖が、あるのか、お父さんに」

「気づいてなかったの?お母さんもあたしも知ってたよ。……大きなこと隠してるときほど目が合わないって」

「…………」

「……あたしは覚悟決めたから、言いなよ。何?会社クビになった?それともバカみたいな借金作っちゃった?」

「……ええと、それは……」

「…………言っておくけど、あたしがお父さんの娘じゃないってことは、あたしとっくに知ってるから」

「え」

「はーあ、何?話ってそれ?……あたし、お母さんからとっくに聞いてる。どういう経緯であたしが産まれたのか。……お母さん、死ぬ前に、懺悔だってあたしに話した」

「……………………」

「……お父さんには最後までいい娘を持って幸せだったって思ってほしいって、だから言わないって、……お母さん言ってた」

「…………そうか」

「バカだよね。血が繋がってなくてもお父さんはあたしをちゃんと娘として育ててくれた。本当のことを知ってても、知らなくても、お父さんならそうした。そんなこと、お母さんが一番知ってるはずなのにさ」

「……あ、あのー、酢豚、できたよー」

「す、すみません。置いてください。……食べながら話そう」

「いいよ。いただきます」

甘酸っぱい餡で包まれた豚をやけどしないように少し冷ましながら口に入れる。一方娘は平気なのか一口で豚の塊を食べていた。……そういえば、家族の中で猫舌なのは私だけだ。

こういった些細な違いにも娘はとっくに気がついていて、妻の言葉で確信したのかもしれない。

「…………その、……うん、今日その話をするつもりはなかったんだが……そうか、知っていたのか」

「もっと大人になってから言うつもりだった?」

「いや、墓まで持っていこうと思っていたよ」

「自分さえ黙っていれば丸く収まるだろうみたいな?……あのさ、あたしもう子供じゃない。何言われても悲しんだり取り乱したりしないから。だから、言いたいことがあるんなら言ってよ。何も言わずにどこかにいなくなるなんてことだけは、しないでよ」

「…………わかった」

娘は、今日父親が死ぬとネタバレされたら、どう思うだろうか。

かつての私のように『そういう大事なことはもっと早く言ってくれ』と思うだろうか。それとも『知らないほうがよかった』と思うだろうか。

私の人生は常に不意打ちのネタバレと共にあった。だからこそ、人に何かを打ち明けるのに最適なタイミングがいつなのかということがわからない。そんなものは時と場合によるとしか言えないからだ。

だが。だが、娘が真剣な表情で私を見ている今は。今だけは。ここで言わなければきっと――。

「おい!!い、今、店の中にガソリンを撒いた!ひっ、火をつけられたくなければ、金っ、金を出せーっ!!」

私の人生のネタバレは、何をしてもネタバレ通りになるようにできている。だからこの唐突にやってきた強盗も『ああ、なるほど、これで娘を庇って私は死ぬのだな』と納得してしまったのだった。

「うおーっ!!」

「お、お父さん!?」

店員と他の客が状況についていけず固まる中、私は席を立ち、強盗に体当たりした。こんな急に反撃されると思っていなかったのか、強盗は小さなナイフを握りしめたまま背中から床に倒れる。その上にのしかかりながら私は叫んだ。

「逃げなさい!逃げて早く警察を呼びなさい!」

「あ、ああ、お、お客さん!でも」

「早く!」

「ど、どけ、どけよっ!何するんだよっ!痛いだろっ!」

強盗が手をばたばた動かして私の背中にナイフを刺した。ドラマで見たように、急に血を吐いてゴフッとはならないらしい。痛いが、死ぬほどじゃない。ナイフが小さいのと、刺した位置が強盗からも見えていないからだろう。

「早く逃げなさいっ!!火をつけられたら全員焼け死ぬぞ!!」

「あ、わ、わあ、わああっ!!」

唐突に現れた強盗だが、ガソリンを撒いたというのは本当らしい。床から独特の匂いが漂ってきている。とっくに厨房の火は止まっているが、それでも犯人が着火用のライターくらいは持っているはずだ。いつ火がつけられるかわからない。私のような素人が体重だけでいつまで押さえこめるかもわからない。

だから、早く。

死ぬのは私だけでよいのだ。

一番入り口に近かった客が「すぐ警察呼ぶ!」と言いながら出ていったのを皮切りに店員も大慌てで外に出ていった。娘だけは店の奥でまだまごついていたが、早く行きなさいと叱るように叫ぶと、泣きそうな顔をしながら出ていった。

静まり返った店の中、私に押さえつけられたままの強盗が言った。

「あ、あんた、何なんだよ、あんた、ただの客のくせに、なんなんだよ……」

「私はね、今日死ぬとネタバレ……いや、そういう運命だったのさ。だから、ハハハ、ちょっとくらいの無茶はできたんだよ。もし君がここで火をつけても私は動かない。君とは心中になってしまうがね」

……きっと、知らなければこんな大胆な行動はできなかっただろう。店の奥にいた娘と二人、パニックになりながら炎にまかれて死んでしまったかもしれない。

娘はちゃんと助かる。娘が生きていくのに困らないだけの金は残せたし、何より娘は立派に育っていた。私が思っていたよりもずっと大人で、強くなっていた。だからもう……。

「ご、強盗なんだから、本当に、も、燃やすわけ、ないだろぉ!?ただの脅し、脅しなんだってばよ!俺だって死にたくないよ!!」

「……ん?」

「被疑者確保ーッ!!」

「んん?」

瞬きの間に私は後ろから警察官に抱きとめられ、別の警察官が強盗の両手両足を押さえていた。

(……どう、いうことだ?)

「わ、たしは、助かった、のか……?」

「もう大丈夫です、犯人拘束ありがとうございます」


――《明日死ぬよ》

(私は、私の人生が、ネタバレ通りにならなかった?初めて?)


警察官に連れられて店の外に出ると、娘がまっすぐに私を睨んでいた。

「お父さんっ!!!なんっ、なんて、無茶するの、バカ、バカーっ!!」

「わ、わ、すまない、泣かないでくれ、すまない、すまなかった」

ついさっき『何言われても悲しんだり取り乱したりしないから』と言っていた娘が、小さな子供の頃以来かと思うくらい、わんわん泣いた。それこそ、妻の葬式よりもずっと大きな声で。

「……すまなかった」

今日死ぬ命だ、だから娘を守るために使えるなら本望だ。何の悔いもない。

……そんなことはなかった。なかったのだ。私は、私が危険なことをしただけでこれだけ泣いてくれる娘を置いていくところだったのだ。

「…………すまなかった」

私が娘に残せるのは、金だけではない。私は…………。

私は、たしかに、この子と親子の絆で結ばれていたのだ。

娘は私からたくさんの愛情を受け取ってくれていたのだ。

「ぐずっ、ひぐっ、……うぐぐっ、うーっ」

「お父さんと娘さん、事情をお聞きしたいので署まで一緒に来ていただけませんか」

「あ、ああ、すみませんね。行きます。行きましょう。……ただちょっと待ってもらえますか、そこのコンビニで飲み物とハンカチ買ってきます。娘が泣き止まないのでね」

「わかりました」

警察官の許しを得て、道路を挟んで向かいにあるコンビニに走っていく。温かいミルクココアとハンカチを買って、来た道を戻ろうとする。

「痛っ」

途中、背中がズキっと痛んで立ち止まる。そういえば刺されていたのだったと思い出す。黒いジャケットのせいで血が目立たなかったのだろう。実は刺されていまして、と今から言い出すのは少しかっこ悪いか、と思いながら顔を上げる。

「あ」

ヘッドライトの閃光が、私の視界を真っ白に灼いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

人生ネタバレおじさん シロ @siro_xx

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ