Ⅰ:初源〜the beginning〜

タダ只管ヒタスラジュ


それが≪鋼骨雷鳴流こうこつらいめいりゅう


『躰は鋼鉄、逆光の如く雷』


これがこの流派の真髄。

そして、弱い自分が祖父に教えられた唯一の宝物。


「スゥ─────」


だが、まだ真髄にはほど遠い。

だからこの道を、この鍛錬を止める事は出来ない。

かつての祖父のように強くなる為に。

そして、平和を守る為に。


ロープに繋がれた丸太が一人の男に向けて、振り子の原理で殴りにかかる。


「─────はッ!」


男は突き出した平手をぶつける事で受け止めたが、

踏み込んでいた足が反動で後ろへ押し出され地を削る。

このままでは、彼が背後の大木まで押し出され、潰されてしまう。


鋼骨雷鳴流こうこつらいめいりゅう────」


鍛え上げられた細身の肉体が引き締まる。

彼は意識を研ぎ澄まし、己の技を放とうとしていた。


目の前の丸太を受け止めた手と反対の手をゆっくりと背後へ向けた。


『連式 参ノ型』


背後の大木に手が触れた瞬間、目の前の手を裏拳で。


挟死対極拳きょうしついきょくけん!!」


丸太の加速を裏拳のエンジンとし背後の大木を砕いた。

前方より受け止めた力を拳に乗せて後方の対象を打ち砕く。

それが≪鋼骨雷鳴流 連式参ノ型 挟死対極拳きょうしついきょくけん≫。


文字通り背後に立っていた大木は見事に折れており、ゆっくりと倒れた。

少年はスゥ、と息を吐きだし緊張を解く。


「熱心だねえ雷斗らいと


気付かなかった。これは自分が集中していたからなのか。

いや、殺していた気配を解放したのか。


「ばあちゃん」

「あの人はもういないのに……鍛錬、無理しなくて良いんだよ?」


あの人─────祖父のことだ。


祖父は仕事で忙しい父の代わりに自分の世話をしてくれた。

教えてもらったことも沢山あった。下手をすると父よりも

父親をしていたのではないかと今では思う。


この鋼骨雷鳴流を習ったのも祖父からだった。

自分の命を救ってくれて以降、憧れたのがきっかけだった。


最初は祖父も反対していたが、それを押し切った。


習い始めてからは想像以上の地獄ではあったが上達が早く、

すぐに祖父から認められるほどに、自分は才能があったようだ。


そして、刻は過ぎ祖父より告げられたのは一つの言葉。


「お前にワシの全てを託す」


覚悟はしていた。

彼は鋼骨雷鳴流の全てを自分に継承しようとしていたのだ。

それで良かった。それは自分の目標だったから。

全てを守る為の力、それを大好きな祖父から継ぐ事は望み通りだった。


だから、明日が来るのを待ち望んでいた。




しかし、その夢も明日に崩れ去った。

この町を突如襲った大震災、それが祖父の命を奪った。


「気負い過ぎる事は無いんだよ?あの人はもういないんだから………」

「気負って無いさ、俺はこれからも強くなり続けてこの鋼骨雷鳴流を完成させる」

「それはあの人からの願いかい?」

「…………いや」

「だったらなんだい?」

「………今、俺ができることってやつ?」

「ふふ、この流派を継ぐ者に似合わない言葉だね」

「う……」


流石は祖母、弱点を知っている。


「今日はもう帰んなさい。どうしても続けるというのなら…」

「!!」


静かなる、殺気。

息を殺したように風が止む。


「稽古をつけてやりましょう」


それで一本取られたら今日の修行はやめろ、だと。


「じゃ、いくよ」

「ちょ───!!!」


怯んでしまう程の覇気がこんな老母から放たれているとは思えない。

休む間も与えず繰り出された祖母からの一手はしっかりと受け止める。


「やるねえ」


さっきまでの穏やかな祖母はそこに居ない。

師匠である祖父の妻だ、普通ではないのはおかしい事ではない。

だが、油断出来ない程に繰り出される拳と蹴りが速すぎる。


必死に受け止めるしか出来ない。

今までやってきた鍛錬とは比べ物にならない実戦だ。

あくまで稽古である為、反撃は許されない。

この流派の掟である"守"を守らなければならない。


拳を受け止める度に音の連弾。

間を空けて、強目の打撃が来る。


「ハッ!!」


間を空けずに受けを構える。

────来る。


「甘いよ!」


もう一手も、読めている─────。


「あ」


受け止めた──────

いや、自分の胸へ真っ直ぐに来た拳を寸止めされていた。


「ま、参りました」

「まだまだだね、アンタも」


雷斗は深く頭を下げて、礼をした。

祖母に勝てなかったのは修行で疲れていた事は関係無い。

自分より祖母の方が鋼骨雷鳴流を理解していたから、それが答えであろう。


「参ったならさっさと帰んな!明日も学校だろ?」

「はいはい…ってばあちゃんは?」

「……あたしは後で一人で帰るよ」

「そっか、じゃあまた」


>>


刻は夕暮れ。

道場の窓から夕日の美しい光が差し込んでいた。

夕暮れを見ると、師匠が生きていた時のことを思い出す。

とても暖かい思い出だ。

この道着も祖父から受け取った物。

毎日手入れは欠かせない。


ここまで来るのにはこの高校の指定の青いジャージで来た。

周りからはかなりダサいカラーと称されているが、気にしない。

使えれば良いのだ。


「さて、帰るか」


と、道場の扉を開けた途端。


「────なんだ、これ」


胸が騒ついた。何を感じたのかも自分でも分からないが、

心臓の鼓動が速くなっているのが自覚出来る。


この感じ、過去に一度あったような感触だ。

ガサッと気が大きく揺れる音がした。


その音はこの道場周辺では不思議な事では無い。

山猫や狸、猪が頻繁に現れるこの場所で不思議では無い。


だが、コレはそうではない。

何か、違う。

そう感じてしまう。

何故か、分かる。


揺れた方向でハッとした。

墓の方向。


「ばあちゃん!!」


叫んだ時には走っていた。

何か不味い事が起きているかもしれない。

いや、起きている。

何故かそれが分かる。

何故ならこれは、この感じは、この匂いは。


「お、おい!ばあちゃん!!」


さっきまでピンピンしていた祖母が腹部から血を流して倒れていた。


「血を止める……!」

「雷斗かい…………ああ、どうやらあの人が迎えに来てくれたみたいだよ」

「行くな!ばあちゃん!教えてくれ、何があった!?何をされた!?」


話しかける度に祖母の顔は土色になっていく。こんな祖母は見たくない。

今にでも泣き出してしまいそうな情け無い雷斗を祖母は優しい声で応えてくれた。


「優しいねえアンタは……夢を阻もうとしてたアタシを……」

「そんなの………当たり前だろ……」


「そうだね」と目蓋を閉じて訴えた。


これはもう、止められないのかもしれない。

刻は止まらない。

この手から砂の様に溶けていく、目の前で。

大事な────存在が。


「アタシの事はもう良い………そしてアンタはあの人を追いかけなくて良い、アンタはアンタを信じなさい。憧れ………願いなんてものは呪いさ」

「俺は……」


祖母の呼吸が薄れていく。

たぶん、次の言葉が最期となる。

雷斗は彼女の口を止められなかった。

溢れ出した涙と絶対に目を逸らしてはいけないという意志が、そうさせた。


「───────ありがとね」


自分が抱えていた生命はたった今、モノとなってしまった。

零れ落ちていく涙は現実を変えてはくれない。


犯人はそこにいた。

夕日がそいつの影を写す。


「お前が………!!」


ソレはヒトではなかった。


「な……んだ?」


口だけのヒトガタ。

身体は錆色、二足歩行で猿のような仕草でその腕に持つ刃を磨ぐ。

最早、動物ですらない。

ソレをヒトの言葉で表すならば。


化物バケモノ………!?」


そう呼ぶしかなかった。

だが、それがどうしたと思わんばかりに少年は怒りに満ちていた。

握った拳で化物に殴りにかかる。

ソレは雷斗の怒りに動じる事はなかった。

気付いていないかのように武器ヤイバの手入れをする。


「殺す」


雷斗は完全にスイッチが入った。


「あああああ──────!!!!」

「????」


拳が化物の懐へ辿り着いた時に反応を見せた。気付いた頃にはもう遅い。

怒りの鉄槌が化物の胸を貫く───はずだった。


ビチャビチャと栓を閉め切っていない蛇口から水が

出てくるように鮮血が雷斗の腹から流れ出る。

口からも血が溢れ出てきた。


一体何が起きたのか。

化物は昆虫を観察するようにこちらを見ている。

理解するのに5秒はかかった。

自身の身体を見れば分かる事だった。

化物の腕が雷斗の腹を貫いていた。


「く……そぉ」


生気を失うように足から崩れ落ちる。

動きたくても動けない。

それが死ぬ程悔しい。

雷斗は薄れゆく意識の中で走馬灯を見た。

そこで祖父の姿を見た。


「じいちゃん?」


死んだのならここは天国かそれとも三途の河か。

何にせよ、久し振りに彼の顔を見た。


『力とは魔法だ、雷斗。使いようによっては悪魔にもなれる。

 だが、ワシは信じているぞ』


これは確か、祖父の最期の言葉。


『想いを力にするんじゃ、それがワシが託したお前に出来る

 たった一つの─────』


その先の言葉が分からないまま、今日まで生きてきた。

だが、俺は死んでしまった。

何が起きたのかも分からないまま。

これで良い訳がない。

何で分からないまま死ななければならない。

何で辿り着けないまま死ななければならない。

何で守れないまま死ななければならない。

何で───────


「守る為の力が─────!!!!」


思い切り叫んだ。

これは怒りか哀しみか。

いや、そのどちらでもない───たった一つのネガイ。

瞬間、真っ赤になっていた視界は黒い煙に包まれた。

目の前の化物も共に巻き込まれた。


「なんだ!?」


不可解な現象が止まらない。

反応する暇もなく、目の前の非現実が自身を襲う。


「暗い…………光……?」


目は開いていた。

なのに目の前が暗い。

しかし、輝きは感じ取れる。

これは暗光と呼ぶべきか。


暗いのに眩いソレは閃光花火のように雷斗の視界を迎える。

あまりの眩しさに目蓋をグッと堪えた。


目を開けると身体が軽くなっていた。


「どこだ…………ここは!?」


さっきまでいた場所とは一周変わって、雷斗は荒野に立っていた。

そして、目の前には。


「お前…………お前がこうしたのか!!」


祖母を殺した化物も共にいた。

気付けば自身の傷は何事もなかったかのように完治していた。

そんな事はどうでも良い、雷斗は目の前の敵への憎しみで溢れかえっていた。

化物に質問をしても相変わらず返答はない、気色の悪い咀嚼音を鳴らして

こちらを見ているだけ。


「はああ─────!!」


殴りにかかる。

二度も同じ手が通用するとは思えないが、こうする他ない。

だから、今回は守りを仕込ませた。

左手を自身の胸辺りに構えながら、突撃。

雷斗の振るった拳は化物の胴体に届いた。

見かけ通りの気色の悪い殴り心地ではあったが、

怒りの前にそんな事は無意味だった。


「あああ!!!」


もう一発、拳をかます。

化物は動じる事なくそれを受ける。

グロテスクな肉体に綺麗な拳の跡が付く。

それでも、動じない。

何回殴っても同じ。

何も変わらない。


何より、無反応なこの化物に腹が立つ。

仇も取れない自分が悔しい。

極めたと思ったこの拳が無力となっている事が許せない。


「くそ────!!!」


ただ叫ぶ事のしか出来ない自分が悔しかった。

逃げ道の無いこの場所で、仇が目の前にいるのに。

これは神の与えた地獄か。

だとしたら神は悪魔だ。


「俺は願ったぞ!!オレ自身の為に!力をくれと───!!」


声を張る度、拳に勢いが乗る。


「なあ神様?見ているんだろ?見ているのなら俺の質問に答えろ!俺は!俺の意志で!守る為の────こいつを殺す為の力が欲しいと言ったんだ!!今起きている事はよく分からない、だが何となく分かる!これは魔法なんだろ!?あの時と同じ匂いがプンプンするんだよ!」


あの時─────あの災害の時と全く同じ匂い、空気なのだ。

コーヒー豆を焦がしたような重い香り。

祖父を目の前で亡くした時の───感覚。


「あるのなら譲れ!全てだ!全てを守れるのなら悪魔にもなってやる!

 だからもう一度言う……………俺に力を渡せよ───!!!!」


『──────良い願望だ。宜しい……ならばくれてやる』


何処からか声が────────聞こえた。

誰だと聞くまでもなく雷斗は自身に起きている事象に驚いていた。


「うわあああ──────!?」


脳に、腕に、足に──────何かが流れ込んで来る。

心臓の鼓動は速度を上げ、何かが覚醒する。

気付けば身は煙のようなものに包まれていた。

それはいづれ雷を纏い、黒い稲妻をパリパリと放つ。

そして、腕から放たれた稲妻がその手で握れと鼓舞する。


「こ─────れは?」


握ったと同時に稲妻は更に放電し目の前の化物を後退りさせた。

雷斗は理解した、これは力だと。

ネガイの先に得た力だと。


「黒い……………太刀?」


それは一本の太刀だった。

刀身は黒に帯び、特に変哲も無い一本の太刀。

だが、雷斗はその刀身────武器にとてつもない力を感じた。

それは殺気でもなく、鋭さでもなく、ただ一つの目的に特化した何かを。


今までモノから何かを感じた事はなかったが、これを手にした現在いまは違う。


『自分の中で何かが変わった』


それだけは理解出来る───そして。


「俺は………………お前を倒せるってワケだ」


初めて化物が動揺したように見えた。

刃を向けた瞬間、身構えたからか。


「!!!!!」


その一歩は閃光。

『護』が『殺』に変わる。

その手は紅く染まる武器となる。

黒が全てを塗り潰す────

全てを守ると誓った少年は武器を抜く。


「鋼骨雷鳴流─────斬式 零ノ型」


ライトは全てを集中させた。

この一刀で全てを終わらせる為に、仇を討つ為に─────涙を再び流す。


「───────≪雷刃いかづちやいば≫」


この闇死閃光デス・ライトニングを前に敵の動きは遅過ぎた。


「終わりだ」


ライトが両手で振り切った太刀の刀身に映るは

体液を全身から吹き出しながら散っていく化物の姿。


これがライトのチカラ。

ソレを与えたモノは、何処かで心の底から喜びに満ちている事を

ライトはまだ知らない。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る