第一章

出会い(1)

 ここは僕の部屋。

 学校から帰ってきて、そろそろ四時半を回る頃だ。日差しが少しばかり柔らかくなってきた。


 ――行こうか。


 僕の家は大都市郊外にあり、住宅街が立ち並ぶ。自宅から少し歩くと川に出る。早朝と夕方、走るのにはもってこいだ。


 白いランニングシューズに足を入れ、靴紐を縛る。


 ……父さんに言われてから、日々欠かさず走っている。


「卓。お前、走れ。」


 確かにこう言われた……はず。

 最初のうちはわけも分からず、ただなんとなくやっていたものだ。だが、人間の適応能力、慣れとは恐ろしい。今ではもう完全に、ルーティンと化している。


 散歩中のおじいちゃんに、毎日すごいねぇ、などと声をかけられた事があったが、そんなことはない。生活の一部になっているからだ。

 毎日、朝ごはんを食べて、学校に行き、帰ってきて風呂に入って寝る。こういったとき、すごい、とはならないだろう(もしかすると、そんな人もいるかもしれないが)。同じことだ。

 そもそも、あんな朝早くにほぼ毎日散歩しているあなたの方がすごいのでは?と、ツッコミたくなる。

 ただ、お年寄りの朝は早い。それに、特にやる事もないのだろう。

 これじゃ、おあいこだ。


 そんなことを考えながら足を進めていくうち、「もちもち地蔵」のところまで来た。

 川沿いを走ってきて、ここまでで大体六キロ。往復で十二キロ。良い距離だ。


 もちもち地蔵の由来は、大したことはない。

 

 餅が供えてある。それだけ。

 誰が置いていくのかは知らない。知ろうとも思わないが、でもいつも、餅が供えてある。

 ある時は丸餅、と思ったら今度は角餅。正月には小さな鏡餅みたいなやつが供えてあったりして、これまた面白い。


 僕が小学生の時それに気付いて、面白半分、もちもち地蔵と呼び始めたのだ。


 もちもち地蔵から少しばかり進んだところには、お寺に続く階段がある。古ぼけた、それでもがっしりした石段。


 ――懐かしいな。


 幼い頃は、よくここで、みんなで遊んだものだった。

 石段に手頃な大きさの石ころを当てるゲーム。段の下から順に、石を当てていくだけのものだ。

 僕は苦手だったけど。


 一人、ずば抜けて上手い奴がいた。



 ――「よぉ、卓。お前も走りに来たんか。」


 あ。優人まさと

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