『いつもの時間、いつもの場所で』

高山小石

『いつもの時間、いつもの場所で』

 会社の昼休み、スマホを見て顔が熱くなった。


「なになに〜? カレシから?」


 慌てて画面を消す。


「ごめん。今日のリモート飲み会、不参加で」


「えぇ? 相談したいことがあったのにぃ」


「ほんとごめん! 明日はちゃんと聞くから」


「もー。まぁいいけど。あんたのカレシに言っといてよ。ドタキャンさせないでって」


 すまなさそうな顔を作れているか自信がない。私は舞い上がっていた。久しぶりの連絡だ。早く時間になればいいのに。


 やっと会社が終わり、電車に乗った。三駅が長く感じる。大きな駅の裏口は、人がまばらだ。中央の柱の裏に『彼』がいた。


 私の姿を認めた彼は、何も言わずに歩き出した。私も黙って追いかける。


 安っぽいホテルに入って荷物を置くと、すぐに唇を合わせた。下りてきた彼の手が、卑猥な水音を立てる。何もしていないのに、と彼の眼差しが語っているが、私は昼休みからずっと待っていたのだ。腰を擦りつけて続きを促す。


 ソファで一回、ベッドで一回、お風呂場で一回、ベッドでもう一回。気絶するようにまどろんでいると、水音に目が覚めた。帰る時間だ。


 頭も身体も、呆然とスッキリがまぜこぜになっている。先にあびていた彼からシャワーヘッドを受け取って、熱めのお湯をかぶると覚醒した。


 駅の近くで、彼は、「じゃあ」とだけ言って去っていった。私は自分のホームに向かいながら、五百ミリのペットボトルを空にした。


 彼との関係はもう八年になる。カレシは変わっても、彼は変わらない。彼にも、別にカノジョがいる。カレシ、カノジョを除けば、私たちの約束は何よりも優先される。身体の相性が一番イイのだ。会話がなくても満たされる。でも、私も彼も結婚するつもりはない。


 熱帯夜の月が、溶けかけたバターに見えた。


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『いつもの時間、いつもの場所で』 高山小石 @takayama_koishi

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