変身
「わたしたちも逃げましょう。この戦力では勝てません」
「俺もそう思うけど、町まで逃げ切れるかどうか。それに、町に常時施されている結界はマサカーサーペントほどの魔獣など想定していない。魔造人形のような無機物系にも対応してないし。だから、倒せないまでも疲れさせて追い返す!」
ハルカの横でそういったエリオはグレンを持つ手に力を入れて大きく息を吸った。
「仙術……、グランファイス」
そう口にしたエリオが纏う炎が劫火へと変貌し、エリオは切り札である【闘力爆縮仙術】を使って魔獣マサカーサーペントへと向かっていった。
体を覆う燃えさかる劫火の帯が閃光弾の弱まった薄暗いこの場に残光を引く。
連撃を入れては下がり、間合いを開けては飛び込む。そんな戦いをしているエリオのまわりの魔造人形たちはその戦いに巻き込まれて次々に蹴散らされていくのだが、ハルカには巻き込まれているのではなく、大蛇に向かっていっているように見えていた。
「すげー、さすがエリオだ」
マルクスたちは絶賛するが、ハルカの表情は暗い。それはザックも同じだった。
その巨体から繰り出される攻撃をかわすためには必要以上に大きく動かなければならない。攻撃もまた同じで深く踏み込む必要がある。
攻撃をもらえば一発退場。へたすれば人生の幕が閉じる戦いに、エリオの精神力と体力は削られていった。
乱れる呼吸の中で一段と大きく息を吸い込み闘技を放とうとしたとき、彼の背後で大きな魔力が立ちあがった。
(エリオさんを傷つけさせないんだから)
下ろしている前髪の隙間から鋭く睨むハルカは、自身の持つ最強魔法の法名を叫んだ。
「ファイムトルネード!」
この世界で上位に位置づけられる火炎旋風の魔法。その凄まじいまでの炎の渦がマサカーサーペントを包み込む。強固な鱗が火耐性を持つ魔獣だが、地獄の業火とも思える炎にその身を焼かれていた。
エリオたちの仲間になってからハルカが魔法を使ったのは数えるほどしかない。
「すげーぞハルカ!」
久々に見たハルカの大魔法に驚愕するのだが、その驚きをマサカーサーペントが上書きする。炎の中でとぐろを巻いた大蛇が勢いよく伸び広がり、大火炎を内側から吹き散らしたのだ。
皆が、あっと思ったときには大蛇は地面を滑るように這い進み、ハルカの目前に迫っていた。
(やっぱりそうよね。チートスキルと呼ぶには中途半端な力かなって思ってはいたけど、魔獣ともなるとこの程度の児戯では倒せないのね。白魔術も魔法もダメなんて……煌輝春歌は幸せになれないの?)
「ハルカー!」
その動きに反応できたのはハルカとエリオだけ。叫びと共にハルカに覆いかぶさったエリオを大蛇の体がムチとなって打ち飛ばした。ふたりは大きく宙を舞い、離れた体を引き寄せようと互いに手を伸ばす。しかし、それは叶わず距離はどんどん遠くなっていく。
(あれ? この高さから落ちたら普通の人なら死なないといけないんじゃない? 生きてたら不自然よね? それってつまりもうエリオさんと会えなくなるってことじゃない?)
ハルカは空へ、エリオは低い軌道で地面に落ちて転がった。
「よくもっ……、ハルカを!」
ハルカへの心配に倍する怒りを燃やしてマサカーサーペントへと向かっていくエリオ。
空を舞うほどの強撃を受けた彼がすぐに動けたのは、仙術によって強化されていたことでダメージが小さかったからではない。マサカーサーペントの攻撃は必殺の威力を持っているため、たとえエリオでもすぐに反撃できるはずもなかった。
そんなエリオがなぜ動けるのか? それは、ハルカを守るためにエリオが覆いかぶさったとき、ハルカが手を伸ばしてその攻撃を受け止めていたからだ。結果、大半の衝撃を受けたハルカは上空へ、エリオは低空で飛ばされることになった。
ハルカを打ち飛ばされたことで頭に血が上ったエリオは、彼女のしたことなど知る由もなく、マサカーサーペントに突撃していく。
(エリオさん、ダメよ!)
森の中に落ちる直前にそんなエリオが目に入ったハルカは、覚悟を決めて誓いを破った。
「リリース・アルティメットコート」
ボイスキーを受けてハルカの首に巻かれたチョーカーのシンボルが光を放つ。そのチョーカーから輝く液体が全身に広がって彼女の体を覆いながら森の中に落ちていった。
黒の荒野の魔獣であるマサカーサーペントへと斬りかかるエリオだが、もともと勝てる相手ではない。冷静さを欠いたまま決死の猛攻で立ち向かう彼をあざわらうかのように、エリオは右に左に弾かれもてあそばれる。それでも彼は力の限り剣を振るうのだが、最後の瞬間は訪れた。
「うらぁぁぁぁぁぁ!」
エリオの渾身の一撃が空を切ったとき、彼を覆う炎が消失してその勢いは失速する。くずれつつあるエリオにマサカーサーペントの大きく開いた口が迫ったのを見たレミ。そのレミがもうダメだと目を伏せることもできないわずかな瞬間に、大蛇の顔が大きくカチ上げられた。
それはエリオが膝を折りながらもあきらめず斬り上げた剣によるものではない。その剣は虚しく空を切っていた。
仲間たちは見た。エリオと魔獣のあいだに立っているこの世界に不自然な者を。
「大丈夫ですか?」
そう優しくエリオに声をかけたのは奇抜な服装をした女性だった。
ピチっとした服が覆う上腕と大腿筋は一見して引き締まっていることがうかがえ、その立ち姿からはなんとも言えない風格が伝わってくる。
見慣れない派手な服の色彩はトリコロール。その胸にあるサンライトイエローの菱形をしたエンブレムと地面に付きそうなほど長い深紅のケープが象徴的で、彼女の存在を強く印象付けた。
雄々しく立つ彼女はおだやかに微笑み、少し赤みの強いブロンドヘアーが風を受けてゆるやかになびいている。
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