アルティメットガール
エリオのピンチに現れた謎の女性によって、彼は窮地を脱することができた。
獲物を捕らえたと思った瞬間に顎をカチ上げられたマサカーサーペントは、低い知能なりに感じた戸惑いと、その本能で生じた危機感によって後方に跳び下がる。
彼女の登場に戸惑ったのはエリオも同様だ。
エリオの無事を確認したアルティメットガールは魔獣へと視線を向ける。
彼女と視線を合わせた魔獣は警戒心を強めて体を左右に移動させながら頭を上下に動かしていた。マサカーサーペントが威嚇のために叫んだ瞬間、エリオたちは彼女を見失う。そして、激しい衝撃音が聞こえたその方向を目で追った。
「す、すごい……」
「飛んでる!」
そこには宙に浮いたままで魔獣を殴りつける彼女の姿があった。襲いくる牙を掴んでへし折り、全身の筋肉を使って振るわれたムチのような体をガッシリと受け止める。そして、強固な鱗をものともせずに殴り、一撃ごとに大蛇を追いつめていった。
「誰だ、あの派手な格好をした女は?」
魔獣が何者かによって攻撃を受けている異常事態を見て、セミールが発したこの言葉は、すべての者たちの思いを代弁していた。
この劣勢にもマサカーサーペントは怯まず不規則に体を動かし襲いくるのだが、その速度にも遅れを取らない彼女のかかと落としによって、マサカーサーペントは完全に動きを止めた。
「倒しやがった。あの恐ろしい大蛇を、倒しちまったぞ!」
マルクスはレミの背中をバンバン叩いて喜び、レミは口を開けたまま言葉を失っていた。
地に降り立ったアルティメットガールは大蛇が完全に動かなくなったことを確認すると、あらぬ方向へ歩き出して誰もいない場所を指さしてこう言った。
「さぁ出てきなさい。町の人々に脅威を与えた者」
「気付いていたのか」
空間が歪み、そこに現れたのは人族によく似た姿をした脅威の存在だ。
褐色の肌をした少年の姿だが、放つオーラは人族のそれではない。わずかに透きとおる黒い翼を背に携え、噛みしめる口からは鋭い犬歯がのぞいている。
「やはりあいつは……、あのときの魔族だ」
マルクスとレミのいる場所まで下がってきたザックが言った。
その確たる証拠は角が片側しかないという特徴が一致していることだ。
儀式で動けなかったときとは違い、この魔族の力は上位冒険者であっても戦いになるのか疑わしい。そう感じた彼らはマヒに近い状態で立ち尽くしていた。
マサカーサーペントの脅威が消えたのも束の間、その者の登場にこの場に残っていた闘士たちは震撼する。だが、その中でアルティメットガールの心だけは揺るがない。
「なぜあなたはこの町にやってきたの?」
日常の会話とも取れる言い方で彼女が質問すると、静かに睨んでいた魔族の表情が豹変する。
「人族が俺様の物を盗んでいきやがったからだ! ぶっ殺して奪い返す! 邪魔する奴も全員殺す! 邪魔しなくても目に入った奴は殺す! さぁ殺されたくなければ俺から奪った物を返しやがれ!」
そう叫んだ魔族はじわじわと闘気と魔力を充実させていく。
「あたしたちはみんな、殺される……」
レミは絶望して膝と共に心を折った。他の者たちもレミ同様にその生を諦めてしまう。
「貴様、あんなヘビを倒したくらいで調子に乗るな。俺の強さはそんな次元ではない。そして俺は油断しない、手加減もしない。絶対に逃がさない。極限の恐怖を植え付けて全力で捻り殺すぅぅぅ!」
内在する圧倒的な力が開放されたそのときだ。
「うるさいから静かにして」
誰もが最悪の結末を想像した刹那、アルティメットガールが魔族を殴り飛ばした。
「えっ?!」
三十メートルほど先で地面を抉りめり込む魔族。その状況に呆気にとられたのは守られた者たちだけではない。彼女に攻撃された魔族もなにが起きたのかわからずに、思考が止まっていた。
魔造人形も一瞬動きを止め、風の音以外聞こえない静寂に包まれたときだ。爆音と土砂を巻き上げて、魔族が跳び出した。
「あら、動けるの?」
アルティメットガールのこの問いに対して「当り前だ!」と怒声で答えるのだが、それなりのダメージがあったようで足元がおぼつかない。
「効いてるじゃない。無理しないで帰ったほうがいいわ」
彼女は本気で言っているのだが、バカにされたと思ったこの魔族は怒りの炎をたぎらせて再び力を解放した。
「油断さえしなければ、貴様なんぞに後れを取るものか!」
激昂する魔族に、アルティメットガールは微笑みながら言った。
「あれ? さっきあなた『俺は油断しない』って言っていたわよ」
「やかましい!」
さきほどまで『死』と隣り合わせにいた者たちだったが、このやり取りでその緊張感が薄れていく。
「ゆるさん!」
だが、魔族の強さは本物だ。怒りに任せて襲い掛り激しい乱打を繰り返す。その攻撃を軽快にさばくアルティメットガールの三連撃が魔族を痛打した。
「ぐがっ」
「あなたの強さは町の人たちでは手に負えないの。悪いけど力尽くで帰ってもらうわ」
「なんだと!」
狂気をはらんだ魔族の拳に対しアルティメットガールは正面からクロスカウンターで頬を打ちぬき、それを受けた魔族は水面を跳ねる石のように転がりながら森の木々をなぎ倒して彼方に飛んでいく。
信じられない状況の中で、さらに信じられない光景を見た者たちの思考は停止していた。
「わたしは悪い人は完膚なきまで叩きのめす主義よ。もちろん手加減はするけどね」
魔族の口上に対して言い返したアルティメットガールだったが、その魔族は遥か彼方。残っていた魔造人形は魔力の供給が途切れて動きを止めた。
「信じられない……、なんて強さだ」
セミールの感想は、とうぜんこの場にいる者たちすべてが思ったことを代弁していた。
彼女は低空で滑るように移動してエリオの前にやってくる。その瞳が放つ不思議な力にエリオは見惚れていた。
「脅威は去りました。あなたたちは森の中にいる仲間を迎えにいってあげてください」
「まさか、ハルカか? 彼女は無事なのか?」
驚きに声をあげたエリオに、アルティメットガールは微笑みながら答えた。
「無事ですよ。わたしが助けました。都合上少し遠いあの大きな木の上にいます」
「木の上?」
「森の野獣に襲われたら困りますから」
「そうか。そうだな」
(ごめんなさい。本当はわたしが戻るまでの時間稼ぎなんです)
「この魔獣のおかげで今この近くにはあなたたちの脅威になるような者はいないと思いますが、エリオさんは酷い怪我をしているようですし、疲労もあると思うので気をつけてください」
アルティメットガールはエリオの状態を気づかってそう言った。
「なぜ君は俺の名前を?」
初対面の彼女が自分の名前を知っていたことを不思議に思ってエリオが問うと、
「あなたは冒険者百選に名を連ねる有名人じゃないですか。誰でも知っていますよ」
ニッコリ笑ってそう返した。
「君は何者なんだ?!」
その笑顔に衝撃を受けた彼は、慌てて彼女に問いかける。
「わたしは……。わたしはアルティメットガール。世界の平和を望み、常人には手に負えないあらゆる脅威から人々を救う女の子よ。では」
彼女はゆっくりと舞い上がり森の向こうに飛び去っていった。
「アルティメットガール……、とんでもない女の子だ」
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