崩れ始めたハルカの日常
カーン、カーン、カーン……。カーン、カーン、カーン……。
それは白々と夜が明けようかという時間。町の者たちの眠りを妨げる音が響いていた。三つ区切りで鳴らすこの鐘の音は、町の緊急事態を意味する。
「なんだ?」
皆はほぼ同時に部屋を飛び出して窓に集まり外の様子をうかがうと、町の正門に続く大通りに向かって武装した衛兵たちが走っていた。
「なにか事件があったようだな」
ザックがそう言うと、
ドンドンドンドン
強く扉を叩く音に続いて女性の声で叫ばれた。
「エリオパーティーのみなさん!」
叫びながらも扉を叩き続けるその女性を彼らは知っている。
「パール、今開けるよ」
エリオが扉を開けると扉を叩く勢いのままに部屋に踏み込んできた。
パールはこの宿舎を管理する女性でギルド運営のメンバー。ショートボブの似合う小柄で可愛らしい彼女なのだが、ハルカよりも三つ年上の二十歳。そのわりに見た目は幼い。
そのパールが短い髪を乱れさせ、血相を変えてエリオの腕にしがみついた。
(きゃぁぁぁぁぁ、パールさん!)
ハルカは激しくショックを受けるが、彼女はしがみついたままエリオに告げる。
「エリオさん、大変なの」
「この騒ぎの原因かい? なにがあったんだ?」
なだめるようにゆっくりとした口調でエリオは話すが、それでも彼女は早口に言った。
「町に向かって魔造人形の群が迫ってきてます」
「魔造人形の群?」
それだけで彼らはこの事態に察しがついた。先日自分たちが魔族から魔道具を奪って儀式の邪魔をしたことでの奪還と報復なのだと。
「総数は約五十体。夜間の衛兵部隊十二名が足止めもできなかったということです」
「五十体?! その数に魔力を分散したら動かすこともできないんじゃないか?」
マルクスの驚きと疑問の声にエリオが答える。
「つまり操っている者が普通ではないのだということだ。俺たちも防衛に出る」
すっかり眠気が覚めた者たちはエリオの号令に強くうなずくのだが、ハルカだけは心配顔でエリオの服の裾をつまんだ。
「でもエリオさん」
「ハルカ、君は俺たちの後方支援と傷ついた人たちの治療を頼む。でも、もしも君の心が許すなら、あの力で助けてくれ」
「はい」
ハルカはエリオの優しい笑顔に見惚れながら返事をした。
「パール、『王具』の使用許可を取って持ってきて。この状況で許可が下りないとは思わないけど、あとでどうこう言われると勝利の余韻に浸れないからさ」
「わかりました、急いで持っていきます」
王具はその価値の高さと能力から、通常時に所持することはできない。ギルドに所属している者はいろいろな安全性を考慮して、使用の際に許可を得る必要がある。
その王具を取りに行くため、パールは扉も閉めずに大急ぎでギルド本部に戻っていく。
「急いで準備しよう」
ハルカたちは戦闘用の装備に着替えて町の正門に向かった。
正門から五百メートルも離れていない距離。薄暗い平原の先で三十人ほどの衛兵と町の冒険者が戦闘を始めていた。
町から上がった花火に似かよった光が上空で弾ける。それは風と火の魔術によって作られた閃光弾で一定時間上空で光を発し、この戦場を照らしてくれるというモノだ。
その光を受けてできた長く伸びた影が、エリオの後ろから近づいてくる。
「戻っていたのか」
戦場を見渡す彼の後ろから声をかけたのは、エリオをライバル視するひとつ年上の青年で、名前はセミール=チェイサー。
明るい茶色の髪の毛は冒険者としては珍しい長髪。身にまとう軽鎧も白と赤という派手な色彩がトレードマークとなっている。今期、冒険者百選に選ばれたエリオに対して、よりいっそうライバル心を燃やしていた。
「セミール、君も町に戻っていたのか。心強いな」
「昨日戻ってきたばかりだ。お前も難易度の高い依頼を受けたって聞いたからまだ戻っていないと思ってたけど、引き返してきたのか?」
「それはきっちり終わらせた。その途中で高難易度な事態に出くわしてさ。どうやらそれがこの事態に繋がっているようなんだ」
「この事態に繋がっている? なにをやらかしたんだよ」
「……魔族だ」
「なに?」
ライバルらしく冷静に受け止めようとしたセミールだったが、その名を聞いて思わず声を上げてしまった。
「戦ったわけじゃない。怪しい儀式を阻止しただけで逃げてきたよ」
魔族の儀式の邪魔をする。それだけでも身震いするような出来事であり、それを実行したエリオに対して彼は鼻息荒く宣言する。
「そうか。ならばこの戦いでお前以上の勇猛さと戦果を見せてやる!」
その宣言に対して返したのはエリオではなかった。
「セミール。今回はそんな競い合いをしている場合じゃないぞ」
後ろでやり取りを聞いていたセミールの仲間ふたりが、彼の背中を押して進んでいく。
「エリオ、いつもすまんね」
そう言ってセミールのパーティーは魔造人形の群に向かっていった。
「エリオ、俺たちも行くぞ」
ザックもエリオの肩を叩いて歩き出す。
セミールと話しながらも戦況を見定めていたエリオは、自分たちが助勢に入るべき場所に向かう。その姿を目で追うハルカは彼らから少しだけ遅れて付いていった。
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