ハルカの幸せ

 町へ戻ったエリオたちは依頼達成の報告のためにギルドへ足を運ぶ。


 エリオが室内に入ったとたん、騒がしく活気のあったギルドが突然静まり返り、すべての視線が彼らに集まったのは、彼らの持つ魔道具が原因だ。そして、階段から駆け下りてきたのは、熊のようにガッチリとした体型で坊主頭のギルド長のゴレッド。


「何事だ?!」


 その問いに答える者がいない中でエリオはギルド長に言った。


「ただいま戻りました」


「お、おう……。エリオか」


 張り詰めた空気が戻らないままに数秒の沈黙が続く。


「ご苦労。とりあえず上がってこい」


 ギルド長の言葉によってこの場の緊張が少しずつ解けていった。


「みんなは依頼の達成報告をお願い。終わったら先にホームに戻ってて」


 エリオが上階にあるギルド長室でひと通り事情を説明し終えると、ゴレッドは椅子に深く座りなおした。


「そりゃぁザックの言う通り壁破の儀だろう。魔族たちは昇格の儀と呼んでいるやつだ。よく止めてくれたと言いたいが、魔族相手に無茶をするな。へたすりゃ死ぬぞ」


 ギルド長の忠告に「そうですね」と苦笑いで返し、エリオは立ち上がる。


「この魔道具を預けてもいいですか? これを持ったままホームに戻ったらみんなゆっくり休めそうもないですから」


 エリオとギルド長もこうして向かい合って話をしていながら、魔道具が放つ膨大な魔力の圧と不可思議な雰囲気に、じっとりと汗をかいていた。


「わかった。ここの地下保管庫に入れておいてやる。その代わりと言っちゃなんだが、こいつを調べさせてくれ。正直こいつはあまりに常軌を逸している。こんなのは俺が現役のときでも一度しか感じたことねぇ」


「いいですよ。俺も気になってたんで。調べてもらえるなら好都合です」


 エリオは魔道具をテーブルに置いたまま部屋を出ていく。


 ひとりになった部屋で魔道具を見つめるギルド長は、過去のことを思い出しながら眉根を寄せていた。


 彼は魔族との争いを前線で経験した上級闘士。当時は勇者の仲間として魔族と戦っており、その戦禍の中で似たような力を持つ魔道具を見たことがあった。


「まさかとは思うが……。まぁ念のためだ」


 ゴレッドは魔道具を手に取りギルド地下保管庫へと持っていく。


 エリオがパーティーのホームであるギルド宿舎に戻ると、仲間たちが食事の支度をしていた。


「エリオさん。おかえりなさい!」


 笑顔で出迎えるハルカにエリオもやさしく微笑んだ。


「どうでした? ギルド長はなんて?」


「そのことは食べながらにしよう」


 孤児院で育ったマルクスとレミは困らない程度に料理ができるため、彼らは冒険者パーティーにしてはまともな食事が楽しめていた。


 食べながらギルド長との話を共有すると、マルクスとレミは魔族の儀式に遭遇したときのことを思い出して表情をこわばらせ、ザックは自分がそう予想したことに対して「やはりそうなのか」とだけ口にした。


 それ以降はパーティーの今後について話したりと普段どおりの雰囲気で食事を楽しんだ。


 時刻はまだ二十時にもなっていないのだが、食事が終わると皆はすぐにベッドに入った。


 ギルド依頼に魔族との遭遇が重なったことが疲労を強め、すぐに彼らを眠りの世界へといざなったのだ。しかし、ハルカだけは自室を出てリビングに行き、窓から空を見ていた。


 空に浮かぶ月は半月から少しだけ欠けており、薄っすらと雲がかかっている。ハルカが住んでいた世界ならまだまだ活気に溢れている時間帯だが、この世界では冒険者ギルドのある一部の飲食店エリア以外は真っ暗で静かなものだった。


「幸せってこういうことなのかなぁ」


 出窓に腰かけながら口にした言葉は、半分が実感だったが半分は自分に対する確認だ。


 この世界に来て約一年。念願の『友達』とも言える冒険者パーティーの仲間を得て、そこそこ危険な依頼をこなしながらも楽しい日々を送っている。


 これまでの人生は、自身の能力の向上や世界平和の活動、そして『宿敵』との戦いの合間に一般の生活に入り込んでいただけだった。


 それが異世界という彼女の知る世界とは違う日常が、幸せなのかという戸惑いがあり、今の心理状態となっている。


 本来なら女子高生として学校に通い、部活や勉強に勤しみつつ、友達としゃべり、遊び、愚痴をこぼし、笑い合う。そんな日常が幸せなのだろうと漠然と思い描いていたのだ。しかし、ここでは野獣と戦い、自然の脅威を感じ、未知の領域の調査をし、ときには人とも争う。


 非常識な日常が常識の世界で、これまでなかった『友達』を作り、さらに彼女の心に『恋』の感情が生まれた。思い描いていたモノとは違う日常だが、その中で『幸せ』を感じていることは間違いない。


「アルティメットガールだった世界では得られなかった幸せがここにはある。彼女の力は世界の幸せには成り得たかもしれないけど、わたしを幸せにするモノではなかった。だからもう変身はしないの。思っていたのとは違うけど、わたしはこの日常での幸せを追及していくわ」


 皆の寝静まった部屋で、彼女は優しく光る月にそう告げた。しかし、この幸せの土台となる日常をおびやかす事態が訪れる。


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