無自覚な想い
群のボスが倒されたことを森の中から見ていた残りのウルフェンたちは静かに去っていく。それを確認した青年は、身を包んでいたオーラを消してその場にへたり込んだ。
「あぁしんどい」
その言葉としぐさが、さきほどの大人びた精悍さとは違って少し子どもっぽいと感じさせる。この心をくすぐるような感覚はハルカにとって初めての体験だ。
その座った姿勢のままで彼は振り返りハルカを見る。
「怪我はない?」
「は、はい……」
ささやかに高揚しているハルカがうわずった声で返事をすると、続けて彼は言った。
「助けてくれてありがとう。ポーションも尽きて凄く困っていたんだ」
「そんな。助けてくれたのはあなたですよ」
これまでは、ハルカとしてお礼を言われることなどなかったために、聞きなれたこの言葉も新鮮だった。これこそが、白魔術として活動する彼女の望むところなのだ。
「助けてもらったついでに、森の中にいるマルクスのところに案内してくれないかな? 止血はしてくれたってことだけど酷い怪我なんだろ?」
「そうですね。こちらのほうが危ないようだったので置いてきてしまいましたから」
「ついでというにはおこがましいのだけど、彼の治療も少しお願いしたい。もちろん報酬はちゃんと払うからさ」
「報酬なんて必要ありません。わたしの白魔術はポーションに及びませんし」
申し訳なさそうに下を向くハルカの後ろからガサガサと草木をかき分けて現れたのは、グレートウルフェンによって森の中に飛ばされた巨漢の重闘士だ。
「その子は凄まじい魔法を使う白魔術士なんだよ」
それを聞いて青年があたりを見回す。そこにはいまだ凍結したままのスペリオルウルフェンが倒れている。
「まさかとは思ったけど、これも君がやったんだね。魔法を使う白魔術士じゃなくて、白魔術を使える魔法士じゃないのかい?」
「いえ。わたしは白魔術士です。魔法はそれなりに適性はるのですが苦手なんです」
「え?」
かなりの規模の大魔法を使ったのではないかという状況からして、彼は苦手という言葉の真意が汲み取れない。
「魔法の規模と威力をうまく操れないんです」
それは集団戦において危険なことだが、適性の低い者からすれば贅沢な悩みでもあった。
「そ、そうか……」
苦笑いのエリオは立ちあがり、ハルカのそばに歩いてくる。
「俺は、エリオ=ゼル=ヴェルガン。ビギーナの町の冒険者でこのパーティーのリーダーだ」
「エリオ……さん、ですか」
ハルカはぎこちなく復唱した。
「で、魔法が苦手な白魔術士の君の名前を教えてくれないか?」
穏やかな微笑みで名を聞かれたハルカは言葉に詰まる。顔が紅潮していくことを実感しつつ下を向きながらハルカも名乗った。
「わたしはハルカです。ハルカ=キラメキと言います」
自分の名前がこの世界どころか元の世界でも珍しいであろうと思っている彼女は、フルネームを言うのが少々恥ずかしかった。
「キラメキ? 珍しい響きの名前だね。どこの地域出身だろう? こんなところにいるんだから君も冒険者ギルドに所属しているんだよね?」
「わたしも、エ……エリオさんと同じ町の冒険者です」
(なんでわたし、こんなに緊張しているの?)
たいした会話でもないのにハルカは恥ずかしさを覚え、そんな自分に戸惑っていた。
「同じギルド? 今回の依頼は複数の町で扱われているから別のギルドかと思ったよ。そんな綺麗なローブを羽織っているなら気付きそうなものだけど。顔を合わせたことなかったね」
「このローブはおろしたてなんです。それにわたしは二ヶ月くらい訓練所に入っていて、ギルドに登録してからは日が浅いので」
「どれくらい?」
「二十日ほどです」
この二十日という言葉を聞いて彼らは顔を見合わせる。
「たったの二十日でこの難易度の依頼を受けたの? よっぽど訓練所で鍛えたんだね。君ほどの魔法の使い手なら無理な依頼ではないだろうけど、仲間もそうとうな腕前かな?」
「いえ、今回わたしが受けた依頼は薬草の繁殖調査でして。ここに来たのはたまたまです。それに、わたしはパーティーに入っていません」
この回答がエリオをさらに驚かせた。
「詳しく聞いてみたいところだが、マルクスのことが心配だ」
大盾を背中に背負う彼にエリオはうなずき、まだ意識の戻らないレミを背負った。
「さて、こいつらにトドメを刺しておかないと」
重闘士の男は霜に覆われてまだ動けないスペリオルウルフェンの胸を剣で貫いていく。
「殺してしまうんですか!」
ハルカはその行為を見て驚いた。
「こいつらの討伐依頼だからな。このまま放っておいて元気になったらまた被害が出る。群のすべてを掃討できなかったから依頼は完全達成ではないが、対象外のグレートウルフェンを倒せたのは大きい。こいつの牙とスペリオルウルフェンの首を持って戻ろう」
スペリオルウルフェンの首を落として袋に投げ入れ、落ちているグレートウルフェンの牙を拾い上げた彼を見てエリオは小首をかしげた。
「そいつの牙、いつ折れたんだろう? ここに来るまでは折れてなかったはずだけど」
「きっと、衝撃波が顔に当たったとき折れたんですよ。おかげでわたしたちは食べられずにすみました」
「そうなのか。けっこう距離もあったしグレートウルフェンの牙が折れるほどの威力があるとは思えなかったから」
自分でも信じられないといった表情でエリオは眉を寄せていた。
「さぁマルクスさんを迎えに行きましょう! こっちです」
ハルカは話題を変えるべく、そう促して先頭に立って歩いていく。
(食べられそうになったときにわたしが折ったってバレなくてよかった……)
肩をすくめつつ後ろのふたりが怪しんでいないか確認したハルカは、森の中でひとり待っているであろうマルクスのもとへ案内した。
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