第18章:幸せデート日和〜問題用務員、魔法列車ハイジャック撲滅事件〜

第1話【異世界少年とデート服】

「ショウ坊、明後日デートするか」



 それは唐突なユフィーリアからの申し出だった。


 ちょうど読書をしながら優雅に紅茶を飲んでいたショウは、飲みかけた紅茶を気管にぶち込んでしまった。おかげで激しく咳き込むことになってしまった。

 聞き間違いでなければ、愛しの恋人から旦那様に格上げされた銀髪碧眼の美人な問題児筆頭から甘酸っぱい響きの単語が出てこなかったか。何というか、確実に問題児がするには似つかわしくないブツの名前である。


 咳き込むショウが珍しかったのか、ユフィーリアは雪の結晶が刻まれた煙管キセルを咥えて楽しそうに笑う。



「どうしたショウ坊、そんなに意外だったか?」


「い、意外というか……」



 瞳に浮かんだ生理的な涙を指先で拭うショウは、



「一体何故そんな甘酸っぱい出来事を唐突に……?」


「いや、そういえば前に約束してたなって思い出して」


「ああ」



 ショウは納得したように頷いた。


 闘技場コロシアムを観戦しに行く際、2人きりで観に行けるかと思ったらまさかのエドワード、ハルア、アイゼルネの先輩用務員も加えて5人での観戦になってしまったのだ。ちょっといじけたショウに、ユフィーリアが提案してくれたのが学外へのデートである。

 ユフィーリアはそれを有言実行しようとデートの話題を持ちかけたのだ。なあなあで済まされるかと思っていたのだが、ユフィーリアは約束のことを覚えていてくれた。



「ちょうど明後日は日曜日で学校も休みだし、天気も良さそうだしな。デートするには最適だろ」


「そうだな」


「で?」


「?」



 ユフィーリアはコテンと首を傾げると、



「ショウ坊、お前の予定は?」


「え、あの、特に予定はないが……」


「じゃあ決まりだな」



 小さく微笑んだユフィーリアは、



「その日は目一杯お洒落してこいよ、ショウ坊」



 ☆



 ――大変なことになった。


 明後日にデートの約束をしたショウだが、慌てて衣装箪笥クローゼットの前に立ってデートに着ていく勝負服を探す。

 だが、残念なことにショウは私服を持っていなかった。まともな私服といえばこの世界に召喚された際に着ていたボロボロの黒い詰襟ぐらいのものだが、あんなものでは可愛げの欠片もない。その他の服は全てメイド服だ。


 結論から言って、デートに相応しい衣服がないのだ。



「ど、どうしよう……」



 ショウはハンガーにかかるメイド服の数々を眺めて、顔を青褪めさせる。


 メイド服はユフィーリアが手ずから仕立ててくれたものだから、どれもこれも可愛い意匠デザインである。間違いなくショウの為に誂えられた至高のメイド服と言ってもいいだろう。

 ただ問題は、このメイド服がデートに相応しいかという部分だ。こんなものを着て彼女の隣を歩けば、デートではなく主人と従者の買い物である。恋人でも夫婦でもなく、上下の格差が表れてしまう。


 雪の結晶が刺繍されたメイド服のスカートを摘み、ショウは深々とため息を吐く。



「お洒落どころではないではないか……」



 おそらく、メイド服を着ていってもユフィーリアは褒めてくれる。手放しで「可愛い!!」と称賛してくれるはずだ。

 でも、せっかくのデートなのだ。いつものメイド服とは違った格好で最愛の旦那様であるユフィーリアをメロメロにしてやりたい。出来れば驚かせてやりたい。


 メイド服だらけの衣装箪笥クローゼットの前で右往左往するショウは、



「エドワードさんやハルさんに借りるか……いや……」



 エドワードの衣服は身長に合わないし、ハルアの衣服は大量の衣嚢ポケットが縫い付けられた黒いつなぎだけである。申し訳ないが、彼らの服装はデートに相応しいとは言えない。

 ならば次の手段で『今から購買部に駆け込み、デートに相応しい衣服を揃える』という作戦を思いつくが、デートの日取りは明後日である。仮に間に合ったとしても試着もせずにユフィーリアの前へ立つ勇気がない。


 万事休すか。もうこうなったら今から冥府で今日も元気に働く父親に頼んで、女性用の着物を借りるしかないだろうか。



「ふふフ♪ お困りのようね、ショウちゃン♪」


「その声は……ッ!?」



 弾かれたように振り返った先には、大量の袋を抱えた南瓜頭のおねーさん――アイゼルネが立っていた。本日も華麗に胸元が開いた大胆な紫色のドレスを身につけ、腰まで深く刻まれた切れ込みから艶かしい足が僅かに覗く。本当に義足とは思えない綺麗な足である。

 踵の高い靴を履きこなす彼女は、両腕いっぱいに抱えていた袋をドサドサと足元に落とすと「聞いたわヨ♪」などと言ってきた。


 デート服に悩むショウの前に現れた救世主である。この世に神も仏もいないと信じているショウだが、助けてくれる魔女はいるのだ。気分は舞踏会に挑むシンデレラである。



「ユーリとおデートに行くんですってネ♪」


「そうなんです……でも、着ていく服が……」



 ショウはメイド服しかない自分の衣装箪笥クローゼットを一瞥し、



「これでは夫婦でデートどころか、主人と従者の楽しいお買い物になってしまいます」


「そんな悩めるショウちゃんに、おねーさんが力を貸してあげるワ♪」


「本当ですか?」



 ショウはキラリと赤い瞳を輝かせる。


 アイゼルネは問題児の中でも特にお洒落や美容に関して豊富な知識を持っていて、女教師や女子生徒からその方面でのお悩み相談も格安で引き受けている。彼女のお洒落知識があれば、ユフィーリアをメロメロに出来るデート服が用意できるかもしれない。

 持つべきものは頼れる先輩である。この世界の人間は本当に世界で1番優しいかもしれない。



「お願いします、アイゼルネさん。俺に似合う女性用のデート服を見繕ってください!!」


「あラ♪ 男性用じゃなくていいのかしラ♪」


「え、はい」



 ショウは不思議そうに首を傾げると、



「だって、女装した方が似合うでしょう?」


「ショウちゃんは男の子の自覚をどこに捨ててきたのかしラ♪」


「ユフィーリアに『可愛い』と言われてからドブに捨てました」


「まあおねーさんもショウちゃんに似合いそうな女の子のお洋服しか持ってきてないからいいんだけどネ♪」



 もう自然に「自分は女装した方が似合う」と深く根付いてしまったショウである。男の自覚はトイレの時と風呂に入る時ぐらいでしか思い出さない。メイド服があれほど似合うのだから、女性用の衣服を着た方が似合うと思っている。

 もちろん、きちんとした場所では男性用の衣服の方が相応しいという常識なら持ち合わせる。具体的に言えば舞踏会とか、公の場に出る時だろう。ユフィーリアの隣に立つのであれば、それ相応の格好をしなければ恥を掻かせてしまう。


 閑話休題。



「ショウちゃんはやっぱり清楚さのある格好の方が似合うのよネ♪」


「はあ……よく分かりませんが」


「ショウちゃんの綺麗な黒髪を最大限に生かせる格好だワ♪」



 アイゼルネのほっそりした指先がショウの黒髪を梳き、



「せっかく綺麗な髪をしているんだもノ♪ これに似合う格好でユーリをメロメロにさせちゃいまショ♪」


「だ、大丈夫でしょうか。可愛くなれますか?」


「自信を持ちなさいナ♪」



 ショウを姿見の前に立たせたアイゼルネは、



「こんなに可愛いんだもノ♪ ユーリも幸せ者ネ♪ こんなに可愛いお嫁さんが出来るなんて羨ましいワ♪」


「わッ」



 バシンと背中を叩かれ、ショウは思わず前につんのめってしまう。まるで親戚のおばちゃんみたいなノリだった。ショウにこんな親身になってくれる親戚なんて存在しないが。


 アイゼルネは早速とばかりに大量の袋から様々な洋服を取り出す。

 洋服はワンピースからフリルがあしらわれた襯衣シャツ、前後で裾の長さが違うスカートなど多岐に渡る。どれもこれも非常に可愛らしい意匠のものばかりで、どれにしようか目移りしてしまいそうだ。


 洋服だけではなく、袋の中には装飾品も入っていた。花をあしらった髪飾りや細いリボン、レースが縫い付けられた靴下や焦茶色の可愛らしい靴まで種類が多い。1式揃えてくれるのか。



「これとかどうかしラ♪」


「わあ……可愛い」



 アイゼルネが選んだものは、フリルがあしらわれた可愛らしい襯衣シャツである。姿見の前に立って合わせてみるが、袖の長さも丈もピッタリだった。



「ショウちゃんに絶対似合うわって思って買っちゃったのヨ♪」


「そんな……お金払います、いくらでしたか?」


「無料でいいワ♪」



 アイゼルネは「スカートは何がいいかしラ♪」などとショウが穿くスカートを見繕いながら、



「ショウちゃんのデート話を聞かせてくれるだけでおねーさんは嬉しいワ♪」


「え……」


「おねーさん、ショウちゃんのことを目一杯お洒落したかったのヨ♪ その為だったらお金も惜しまないワ♪」



 橙色の南瓜の下で片目を瞑るアイゼルネは、



「ほらショウちゃン♪ スカートはこっちを合わせてみてちょうだいナ♪」


「あ、はい」


「そのスカートは高い位置で穿く形式なのヨ♪ 長さはちょうど膝丈ぐらいになりそうネ♪」


「そうですね」



 フリルがあしらわれた襯衣に合わせ、真っ黒なスカートは大人っぽく清楚な印象を与える。腰の辺りに縫い付けられた銀色の飾りボタンが煌めき、品の良さを演出していた。

 ただ、膝丈のスカートはあまり穿いたことがないので慣れない。いつものメイド服はくるぶしまでスカートの裾が届きそうなほど長く、あまり足を見せる機会がなかったのだ。


 膝丈のスカートを合わせて姿見を覗き込むショウは、



「あの、もう少しスカートが長めだと嬉しいです」


「それならこっちのスカートはどうかしラ♪」



 アイゼルネが広げたものは、先程のスカートよりも少しだけ丈が長くなった臙脂色のスカートだった。ふわりと広がった裾は大人っぽさの中に可愛さを孕み、腰についた金色の飾りボタンが華を添える。

 裾の長さはちょうど脹脛ふくらはぎに届く程度だろうか。これなら多少は我慢できそうである。


 ショウはスカートの裾を摘み、



「これならユフィーリアをメロメロに出来そうだ……」


「その調子ヨ♪」



 アイゼルネは「装飾品や鞄はシンプルにしたいわネ♪」などと言いながら、鞄や装飾品の数々を持ち込んできた袋から取り出す。一体どれほどの小物を揃えてきたのか気になるところだが、せっかく楽しんでいるのに水を差すような真似は出来ない。

 それに、ショウも何だか楽しくなってしまっていた。アイゼルネが選んでくれる衣服はどれもこれも可愛くて、ユフィーリアも褒めてくれそうだ。


 フリルがあしらわれた真っ白い襯衣シャツを合わせて姿見の前に立つショウは。



「デート、楽しみだな」



 これらの衣服を着たショウを見て、ユフィーリアはどんな反応を見せてくれるだろうか。そんなことを想像して、ショウはデート服を決めていくのだった。

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