第6話【問題用務員と準々決勝】
『さあ、本戦もいよいよ大詰めです!!』
実況のアシュレイ・ローウェルの放送にも力が入る。
本戦も順調に試合が消化されていき、準々決勝までやってきた。
観客である生徒たちも、ヴァラール魔法学院最強の生徒が誕生する瞬間を今か今かと心待ちにしている。もちろん彼らにとっては約1名ほど、優勝などお呼びではない参加者がいるのだが。
準々決勝最初の試合に登場するのは、
『拳だけで準々決勝まで上り詰めたチート魔女、唯一の女性挑戦者にも関わらず男顔負けの身体能力と腕力で優勝の椅子を目指す!!』
アシュレイ・ローウェルは『それではご登場いただきましょう!!』と
『問題児筆頭にして主任用務員、ユフィーリア・エイクトベル!!』
準々決勝の大地に足を踏み込んだユフィーリアは、やはり歓声よりも文句が多いことに少しだけ嘆いた。今回は
闘技場に乱入した理由も、恋人であるショウの唇を守る為だけに過ぎない。恋人のキスはユフィーリアと、あと友愛の意味を込めてエドワードたちに贈られるべきなのだ。闘技場で優勝した程度では話にならない。
さて、アシュレイの実況はまだ続く。ユフィーリアの不戦勝で準々決勝という舞台が終わる訳がなかった。
『武器は身体に仕込んだ無数のナイフ、正確無比な
ガコンと音がして、ユフィーリアの視線の先にあった鉄格子が左右に収納されていく。
暗闇の中から足を引き摺りつつ登場したのは、ボロボロの
ギョロリとした三白眼を
雪の結晶が刻まれた煙管を悠々と吹かせるユフィーリアは、
「気持ち悪い奴だな」
いや本当に、冗談抜きで。
内臓の有無が心配になる絞られた痩身を揺らしながら、相手はユフィーリアのことを観察している。ギョロギョロと硝子玉のような瞳がユフィーリアの身体を這いずり回り、それから勝利を確信してニィィィィィと顔の筋肉が引き裂けるかのように笑ったのだ。
武器を持っていないことに勝利を確信したようだが、ユフィーリアはここまで拳だけでのし上がってきた問題児だ。武器を持ち込まれたって別にどうも思わない。
『さしもの問題児も、暗殺者家系に名を連ねる彼には敵わないはず。――闇に紛れる殺人鬼、オットー・フェラール!!』
わッ、と生徒たちからの歓声が贈られる。ユフィーリアの時とは大違いだ。
なるほど、暗殺者の家系なら納得できる。暗殺者の家系は自分にも他人にも厳しく、誰かを殺す為だけに生きているような人間どもだ。当然ながら学ぶ魔法も変身魔法や隠匿魔法などの暗殺に使えそうなものばかりで、歓声を贈られる立場ではないのだ。
ただ、この場に立っているのがヴァラール魔法学院の問題児である。今まで辛酸を舐めさせられた相手がボコボコにされる瞬間は、さぞ気持ちがいいことだろう。性格が悪くていらっしゃる。
アシュレイが『さあ、試合開始です!!』と告げ、カーンと試合開始の鐘が鳴る。
「お」
試合開始の鐘が鳴ったと思ったら、オットー・フェラールの姿が一瞬にして掻き消えた。
さすが暗殺者、身体能力の評価はアシュレイ・ローウェルのお世辞ではなかったか。
ボロボロの
オットー・フェラールはユフィーリアめがけてナイフを投げるが、
「ほいほいっと」
首や眼球を狙って投げつけられたナイフを、ユフィーリアは雪の結晶が刻まれた煙管で弾く。軌道を変えられたナイフは地面に突き刺さり、そのまま動かなくなる。
ユフィーリアはくるんと雪の結晶が刻まれた煙管を手の中で1回転させると、
「お」
いつのまにか目の前にナイフの先端が迫っていた。
オットー・フェラールはユフィーリアが煙管でナイフを弾くことを見越して、次のナイフを投げつけたのだろう。縦横無尽に走り回る浮浪者みたいな格好をした暗殺者は、ニィィィと引き裂けるように笑った。
目の前にナイフが迫れば嫌でも死を確信する。死ぬまでは至らずとも重傷は免れない。ユフィーリアもさすがに「あ、これ死んだわ」と思ったほどだ。
ただ、まあ、あの問題児がナイフ1本程度で傷つくことなどない訳で。
「危ねッ」
反射的に膝を折って迫りくるナイフを回避すると、ユフィーリアは「こンの……!!」と地面に突き刺さったナイフを引っこ抜いた。
「お返しだ馬鹿野郎!!」
ユフィーリアはナイフをぶん投げる。
女性にしては飛び抜けた腕力から放たれるナイフは真っ直ぐ飛んでいくが、オットー・フェラールを狙っていなかった。あらぬ方向に飛んでいって、
これには実況席のアシュレイも『おやぁ?』と首を傾げ、
『ナイフがとんでもない方向に飛んでいきましたが』
『おそらく、問題児には投擲技術がないのでしょう』
『なるほどぉ。つまりノーコンということですね!?』
凄くいいことを聞いたとばかりの反応を見せるので、ユフィーリアはアシュレイを単体で爆破することを決める。絶対だ、絶対に爆破してやる。黒焦げになって髪の毛も爆破されてしまえ。
今は実況の馬鹿野郎に構っている暇などない。
オットー・フェラールはどうやったら止まるだろうか。あれは永遠に走り続けていそうだ。体力が持つのだろうか。
煙管を咥えたユフィーリアは、
「お、いいこと思いついた」
ニヤリと悪魔的に微笑んだユフィーリアは、早速行動に移した。
オットー・フェラールに出来てユフィーリアに出来ないことと言えばナイフの投擲ぐらいだが、逆の場合だと非常に多い。
忘れてはならないことが、ユフィーリアは問題児だという情報だ。常日頃から問題行動をやらかして、説教されて、また問題行動をやらかすという馬鹿みたいなことを繰り返しているのだ。身体能力も高ければ体力も有り余っている。
そんな化け物の問題児が何をするかと言えば、簡単である。
「あーはははははははははは!!」
「!?」
ゲラゲラと笑いながらオットー・フェラールを追いかけ始めた。
追われるのも好きだが、追う方も好きなのだ。特にショウから教えられた遊びである『鬼ごっこ』は非常に楽しかった。あれと同じような状況である。
逃げるオットー・フェラールを捕まえれば勝ち、捕まえることが出来るまで永遠に追いかけ回すという地獄の鬼ごっこが開幕である。
「ッ!!」
驚いたオットー・フェラールがナイフを投げつけてくるが、回避するだけなら簡単である。投げつけられるナイフの数々を踊るように避けるユフィーリアは、実に楽しそうな表情でオットー・フェラールを追いかけ回す。
「あーははははははは、ははははーはははははははは!!」
その狂気的な笑顔に、オットー・フェラールは何を思っただろうか。あまりの恐怖にボロボロの外套の裾を踏んづけてしまい、顔面から思い切りすっ転んだのだ。
『おっとお!? あまりの恐怖からオットー・フェラールがすっ転んだぞ!! 今のはウケ狙いではないので愛想笑いは不要です!!』
『「おっと」という言葉と彼の名前である「オットー」をかけた高度な笑いの技術ですね、寒いです』
『し、辛辣ですね先輩……』
実況と解説の生徒による軽快なやり取りを聞きながら、ユフィーリアは走った勢いを殺さずにそのまま地面を蹴って飛ぶ。
空中で華麗に膝を抱え込んで1回転を決め、モゾモゾと恥ずかしそうに起き上がろうとしていたオットー・フェラールの背中に着地した。ユフィーリアの全体重と走った時の衝撃をそのまま使っているので、かなり重い一撃となった。
オットー・フェラールは「うぐぅッ!?」と呻いて、そのまま動かなくなった。細身の人間相手にのしかかるような攻撃はなかなか酷である。
『えー、はい』
動かなくなったオットー・フェラールを確認したアシュレイは、
『問題児筆頭、ユフィーリア・エイクトベル。危なげなく勝利しました』
『惜しかったですね。問題児に追いかけ回された時も冷静に対処していれば、あのような無様な負け姿を晒すことはなかったでしょう。暗殺者家系の名折れです』
『何故そんなに厳しいのでしょうか、先輩』
『彼が自分と同じクラスだからですからね。いつも格好をつけて「オレは……闇の使者だ……」とか言ってるからですよ。問題児様よくやってくれました、出来ればそのまま冥府送りに』
『先輩、落ち着きましょう』
オットー・フェラールの敗北を喜ぶエドガー・トレイルを一瞥するユフィーリアは、闘技場を去る際に観客席を見上げた。
視線の先には兎の耳をピント立てた女装メイド少年――ショウが、両手に握った団扇をふりふりと振っている。よく見ればその団扇の内容が変わっていた。
ユフィーリアの名前だけは変わっていないが、もう片方のファンサービスを指定する団扇は『ばーんして』から『投げキッスして』とある。ちょっとハードルが上がったような気がした。
ユフィーリアは人差し指と中指を唇に当て、
「これでいいのかな、と」
ショウに届くように投げキッスをしてみた。
ぶっ倒れるかなと思った矢先のこと、ユフィーリアの投げキッスを両手で受け止めたショウは自分の唇をその両手に落とした。
間接キスというか、何だその可愛い反応は。恥ずかしそうにはにかむショウを前に、ユフィーリアは固まった。
「可愛すぎるだろうがァ!!」
『え、何を騒いでいるのでしょう問題児は』
『医療班、彼女に拳で治療を』
『やり返されますよ』
地面に膝をついてショウの可愛さに絶叫するユフィーリアへ、アシュレイとエドガーの冷静なボケとツッコミが送られるのだった。
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