第5話【問題用務員と本戦出場】
控え室で待機するユフィーリアの耳に、実況席に座るアシュレイの声が届く。
『えー、事件はありましたが本戦出場の挑戦者の面々が決まりました』
挑戦者の名前が読み上げられるたびに、観客たちの黄色い声援が飛び交う。生徒たちに人気の高い挑戦者なのだろう。聞き覚えのない名前なので何学年かの生徒だろうが、そのうち何名か教職員の名前が挙がっていた。
筋力増強魔法の担当教員だったり、身体能力が高い教職員だったりと様々だ。彼らもショウのキスが目当てだったら、それをネタに強請ることが出来そうだ。
教職員の大半は単身赴任している妻子持ちである。優勝賞品につられて
「まあ、させる訳ねえけどな」
雪の結晶が刻まれた煙管をスパーと吹かしながら、ユフィーリアは余裕綽々とした態度で言う。
生徒や教職員など、ユフィーリアの敵ではない。生徒は生まれてまだ数十年程度しか生きていないひよっこだし、教職員どもは数百年生きていてもまだまだクソガキの域を脱しない。ユフィーリアの相手がまともに務まる訳がないのだ。
これはもう
すると、先に紹介された生徒や教職員よりも一際大きな歓声がユフィーリアの耳朶を打った。
「あん?」
何やら生徒たちも興奮気味である。
そんなに格好いい生徒が参加していただろうか。そんな相手すら虜にするショウの可愛さに驚きが隠せない。さすが最高に可愛い恋人だ。
ユフィーリアは「誰が出てんだ?」とアシュレイ・ローウェルの実況に耳を傾ける。
『ここまで常勝無敗、並みいる挑戦者の数々を斬り伏せてきた極東地域の猛者!! 特殊な武器「カタナ」から繰り出される目にも止まらぬ
割れんばかりの歓声と拍手が鼓膜を突き刺した。アシュレイの司会にも不思議と熱が入っている。
なるほど、乱入者であるユフィーリアを除いた優勝候補者か。それもこれだけの歓声を受けるならば、最有力候補は間違いない。
極東地域からの挑戦者もいると言っていたが、まさか彼のことだったのか。いいや、もしかしたら彼女かもしれない。サカマキ・イザヨイなど綺麗な名前だ。
ユフィーリアは「ふぅーん」と興味深げに頷くと、
「じゃあ決勝戦で会えるかな」
まず決勝戦まで来れるだろうか、そのサカマキ・イザヨイとやらは。
ユフィーリアは確実に決勝戦まで駒を進める自信がある。弱っちい生徒や教職員など簡単に蹴散らせる。さっさと優勝して、ショウからのお祝いのキッスを貰ってヴァラール魔法学院の全校生徒と全教職員に彼は誰の恋人であるのか示さなくてはならない。
油断は禁物だ。心に余裕を持つことは大切だが。
『さて、最後になりますが』
アシュレイ・ローウェルの声が、何故か少しだけ低くなった気がした。
『えー、今回の闘技場の乱入者であり、ヴァラール魔法学院が創立してから在籍する問題児。普段の問題行動に目を瞑ればこれ以上ないほどの天才的な魔法のセンスを併せ持ち、なおかつ身体能力もずば抜けて高い
おっと、ユフィーリアのことを言っているのだろうか。今回の挑戦者で女性はユフィーリアだけだったようだ。というか、女性は序盤で消えていないだろうか?
『本戦までの全試合を拳だけで乗り切ってきた青の
歓声はなかった。
僅かにエドワード、ハルア、アイゼルネ、ショウの4人だけが歓声を上げるが、それだけである。
スッと音もなく青い瞳を眇めたユフィーリアは、
「あ、係員さーん。ちょっといいかァ?」
「は、はいぃ。何でしょう?」
控え室の扉を開けて近くに待機していた運営側の生徒を呼び止めたユフィーリアは、爽やかな笑顔で生徒に耳打ちをする。
生徒は真剣な表情でユフィーリアの要望を聞き、それから「承知しました」と頷いた。くるりと身を翻すなり、どこかを目指して走り去っていく。
しばらくして、アシュレイ・ローウェルの『えー、ここでお知らせです』と案内が入った。
『挑戦者のユフィーリア・エイクトベルさんより伝言です。「アタシに対する歓声が少なかったから、1週間以内にどこかのタイミングで教室全てを爆破します」とのことです』
次の瞬間、歓声よりも悲鳴や文句の方が酷かったのは言うまでもない。冗談だけで済ませてやろうかと思ったが、本気で教室全てを爆破させてやろうと考えるユフィーリアだった。
☆
『さて始まりました、本戦第1試合です!!』
アシュレイ・ローウェルとエドガー・トレイルの2人組による実況と解説は本戦に突入しても続行され、観客たちの熱の入り方も凄まじいものになっている。
観客どもは「問題児を潰せ!!」「今までの雪辱を晴らせ!!」などと叫んでいるが、彼らは仕返しされないと思って野次を飛ばしているのだろうか。教室爆破の予告は本当に実行に移すべきかと考え直す。
『まずは問題児筆頭であり拳だけで勝ち上がってきた青の拳姫、ユフィーリア・エイクトベルです』
『高い身体能力と可憐な見た目から繰り出される強烈な拳は、目を見張るものがありますね』
『確かに黙っていればとんでもなく綺麗ですもんね。所作もどこか品がありますし、あらゆる魔法を手足のように使いこなせているのは羨ましい限りですコンチクショウ』
アシュレイ・ローウェルの方は余計なことを言いやがったが、エドガー・トレイルの方はユフィーリアの実力を正当に評価してくれているらしい。教室を爆破する前に彼だけは防衛魔法をかけてやるか、とユフィーリアは脳内で組み立てる教室爆破計画を1部だけ修正する。
さて、本戦第1試合の相手が遅れて闘技場に足を踏み入れてきた。
どしん、というやたら重々しい足音が耳朶に触れる。地面も少しだけ揺れたような気がした。
顔を上げれば、そこにはゴリラが仁王立ちをしていた。目の錯覚だろうか。
『対する挑戦者はフィリップ・ゴリランテウスです』
『身長は脅威の2メイル5セメル、殴っただけで地面が凹みます。さしもの問題児筆頭であっても、ゴリラが相手では溜まったものではないでしょう』
『あの綺麗な顔面が歪む光景が見られるでしょうか。観客の皆様、ご飯の準備はいいですか? あの問題児の苦しむ姿が見られますよ!!』
アシュレイ・ローウェルだけは単体で爆破しよう、とユフィーリアは心に決めた。今決めた。
『それでは本戦第1試合、開始です!!』
カーン、と試合開始を告げる鐘の音が鳴る。
挑戦者として
雪の結晶が刻まれた煙管を咥えて胸板を叩くゴリラを見上げるユフィーリアは、ポツリと呟いた。
「エドより小さいんだな」
次の瞬間、ゴリラ――否、フィリップ・ゴリランテウスが顔面から闘技場の土に倒れ込んだ。
だって事実だから仕方がないではないか。
2.05メイル(メートル)という身長が正確なものであれば、問題児筆頭の右腕的存在であるエドワードは2.1メイルである。5セメル(センチ)の差は大きい。
肉体的にはエドワードが見劣りするほど鍛えられているものの、エドワードの場合は使う為に鍛えられている節があるのでフィリップの筋肉は見掛け倒しに過ぎない。威嚇されても怖くないのである。
『おおっとぉ!? ユフィーリア選手の毒舌攻撃にフィリップ選手が倒れたぁ!! これはまさかの試合終了かあ!?』
見た目を遥かに凌駕する繊細な心の持ち主であるフィリップ・ゴリランテウスは、アシュレイの実況に抗って何とか立ち上がる。顔面についた砂を大きな手のひらで払い落とし、口の中に入り込んでしまった砂粒を唾と一緒に吐き出した。
お、とユフィーリアは驚く。
てっきりそのまま降参するかと思ったが、まだユフィーリアを睨むだけの気力は残されていたようだ。
「ぐおおおおおお!!」
明らかに人間のものではない雄叫びを
大振りな挙動は見極めやすい。しかも真っ直ぐユフィーリアめがけて拳が突き込まれてくるのだ。罠を仕掛けるとか、騙し討ちとか、そういう卑怯な手は使わない主義なのか。
ユフィーリアはその場で軽く跳躍して、フィリップの拳を回避する。ユフィーリアが立っていた箇所にフィリップの拳が叩き込まれると、地面が僅かに凹んだ。
地面を凹ませるほどの威力を持った拳の上に降り立ったユフィーリアは、
「ざーんねーんでーしたーぁ」
ぴろぴろぴー、と舌を出してフィリップをおちょくる。
これには相手も苛立ちを覚えたのか、拳の上に立つユフィーリアを殴ろうともう片方の腕を振り上げた。
それより先にユフィーリアはフィリップの拳からひらりと降りると、
「まずはー、助走をつけてー」
トコトコとフィリップから距離を取り、
「思い切りー、走りますー」
程よく距離を取ったところで、ユフィーリアは思い切り走り出した。黒い
「はいここで飛びます!!」
フィリップの拳が埋め込まれた場所の手前で地面を蹴飛ばし、ユフィーリアは空中を軽やかに舞う。
唖然とユフィーリアの姿を視線で追うフィリップ。実況席に座るアシュレイと解説席に座るエドガーも、宙を舞うユフィーリアを呆然と目で追いかけているだけだった。
観客たちも驚愕の表情で試合の行く末を見守る中、ユフィーリアは握りしめた拳を引き絞ってフィリップの間抜け面を狙う。
そして、
「そぉい!!」
「ぶげえッ!?」
フィリップの顔面に、ユフィーリアは拳を叩き込んだ。
呆気なく吹き飛ばされるゴリラ。背中から地面に叩きつけられたゴリラは大の字で伸び、そのまま動かなくなってしまった。
危なげなく着地を果たしたユフィーリアは、地面で伸びるゴリラに歩み寄る。白目を剥いて気絶しているゴリラ――フィリップの鳩尾を狙って、さらにもう1発叩き込んでおく。
「ほいッ」
「ぐぅえッ」
一瞬だけ覚醒したが、鳩尾を殴られたことで再び意識を手放した。2発の拳で沈んでしまった。これでいいのか、
『えー、ユフィーリア・エイクトベル選手の勝利です』
カンカンカーン、と無機質な鐘の音がユフィーリアの勝利を祝福してくれていた。
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