第5話【問題用務員と性癖荒らし】

 回想開始。



『アイツらを油断させるには子供の姿になるのが1番だ』


『でもぉ、若返りの魔法薬は意味なかったよぉ?』


『誰が魔法薬を使うって言ったよ』


『使わないのぉ?』


『アイゼ、全力でアタシとエドを子供の姿になる魔法をかけろ。お前の幻惑魔法はアタシよりも精度が高いんだから』


『任せテ♪』


『微調整は指示するからその通りにしろよ』


『はぁイ♪』


『じゃあ魔法薬学実践室を使う理由は何なのぉ?』


『性癖を暴露する魔法薬を改造して飴玉を作る。それを油断したアイツらの口の中に放り込んでやるんだよ』


『それって上手くいくのかしラ♪』


『ハルは馬鹿だから絶対に口を開けるし、ショウ坊は子供姿のアタシにメロメロだからいけるだろ』


『どこから来るのよぉ、その自信』



 回想終了。


 性癖を暴露する魔法薬を飴玉に改造させてショウとハルアの口の中に放り入れるところまでは上手くいったが、まさか本当に何も考えず口を開けるとは思わなかった。

 ハルアの純粋さにつけ込むことは容易いが、ショウまで簡単に騙されるとは想定外である。「ショウ坊はアタシにメロメロ」なんて言葉は冗談だったのに、騙されるとは誰が想定するだろうか。


 そして現在、その簡単に騙されてしまった可愛い恋人のショウは、自分の天蓋てんがい付きベッドのカーテンを閉め切って引きこもり中である。



「しょーうぼーう」



 カーテンの向こう側から呼びかけてみるが、聞こえてくるのは獣のような呻き声だけである。



「ヴヴヴヴゥゥゥ」


「お前は野良猫か」



 ユフィーリアはやれやれと肩を竦めた。


 騙されたことが尾を引いているのか、全くと言っていいほど姿を見せてくれない。布団を頭からすっぽりと被って丸まっている様子はカーテン越しからも確認できるのだが、カーテンを少しでも開けようものなら先程のように獣の唸り声で応戦してくるのだ。

 これにはユフィーリアもお手上げである。時折、カーテンの隙間から赤いジト目が覗いてくるのだが、正直それが可愛くてしゃーない。



「ユーリぃ」


「おう、エド。どうし――うわ」


「助けてよぉ」



 寝室にやってきたエドワードは、居心地悪そうな表情でユフィーリアに助けを求めてくる。

 彼の広い背中には、ベッタリとハルアが引っ付いていた。肩甲骨の辺りに顔を埋めて蝉の如く張り付いている。意地でも離れようとしないのか、エドワードが懸命に引っ張っても足を彼の腰に巻き付けて抵抗していた。


 未成年組、大人を揶揄った代償が性癖暴露の刑がお気に召さなかったらしい。2人揃ってこうしていじけていた。



「こりゃまた立派なひっつき虫だな」


「どう頑張っても取れないんだもんねぇ、俺ちゃんトイレとかどうすればいいのぉ?」


「気合いで我慢すれば?」


「鬼ぃ」



 ユフィーリアがエドワードの背中に寄生するハルアの顔を覗き込むと、彼は「ぶー」と頬を膨らませて威嚇していた。野生の動物か。



「ハル、エドがトイレに行きたいんだとよ。離れてやったら?」


「漏らしちゃえ」



 いつものぶっ壊れたような元気はなく、不機嫌さ全開で辛辣なことを言ってきやがった。エドワードが「ええー」と困惑した声を上げる。


 未成年組のいじけ方がかなり強情である。これは困った、非常に困った。抵抗は可愛いものだが、そろそろ精神的にも生活的にも異常を来たしてしまう。

 ユフィーリアは「仕方ねえなァ」と言い、



「エド、食料保管庫の隅に白い箱があるだろ」


「あったねぇ。やけに厳重な結界が施してあった奴ねぇ」


「あれな、人気ケーキ屋『ラ・ピュセル』の期間限定ケーキなんだよな」


「えぇ、あの予約してもなかなか買えないって噂のぉ!?」



 エドワードが銀灰色ぎんかいしょくの双眸を期待に輝かせる。


 当然だが、ユフィーリアが購入した訳ではない。解除薬の調合に必要な『白蓮の花』を全て枯らしたという話を聞いた八雲夕凪やくもゆうなぎの妻、樟葉くずのはがわざわざ購入して詫びに来たのだ。側に控えていた八雲夕凪がタコ殴りされてボロボロの状態だったので、相当厳しいお仕置きを受けたのだろう。

 なかなか購入できない人気店のケーキなのでユフィーリアはありがたくいただき、どうせならアイゼルネが淹れた紅茶と一緒にいただきたいと思っていたところなのだ。甘いものは苦手だが限定には弱いユフィーリアである。


 白い箱の中身はホールケーキが1台だったので、5人で均等に切り分ければ完璧だ。ここらで軋轢を取り除いておかないと、今後の問題行動に支障が出てしまう。



「な? ハルも、ケーキ食って仲直りしようぜ。悪かったって、ちょっとやり方は狡かったよ。もう騙すような真似はしねえから」


「…………」



 琥珀色のジト目がユフィーリアに突き刺さり、それから「いいよ」と細々とした声で応じる。



「お、ハルは優しいなァ」


「その代わりにユーリとエドはまた子供の姿になってね。ケーキをあーんさせてくれるまで許さないから」


「おっとォ? 意外と恥ずかしい注文してきたな?」



 あの子供の姿でわざと子供を演じるのも、ユフィーリアとエドワードの大人組には少々厳しいものがある。年齢的に恥ずかしいのだ。ショウとハルアを騙すという目的があったので子供を全力で演じたのだが、あれのお代わりはさすがにきつい。

 エドワードも「ええー?」と困り顔である。本人も子供を演じるのはもうやりたくないのだろう。その気持ちはよく分かる。


 すると、南瓜かぼちゃ頭の娼婦ことアイゼルネが顔を覗かせ、



「お望みは子供のお姿かしラ♪」


「あー、アイゼ。悪いけど頼めるか? 残存魔力が心配なら手伝うけど」


「問題ないワ♪ おねーさんもどうせならお膝に乗っけたいもノ♪」


「お前もか」



 まさかの裏切り者が出現である。前回の若返りの魔法薬ではまともに若返らなかったので、ユフィーリアとエドワードの子供姿が珍しいのだろう。

 逃げ道を完全に塞がれだエドワードは助けを求めるような視線をユフィーリアに寄越してくるが、ポンと肩を叩くだけに留めておいた。世の中には諦めも肝心なのだ。


 エドワードは深々とため息を吐き、



「分かったよぉ。子供の演技は出来ないけどぉ、それでハルちゃんが背中から離れてくれるならいいよぉ」


「じゃあ離れる」



 ハルアはあっさりとエドワードの背中から離れると、



「アイゼ、エドを子供の姿にして!!」


「分かったワ♪」


「ゆ、ユーリも絶対にあとでやるんだからねぇ絶対だからねぇ!?」



 もう1度子供の姿が拝めるということで興奮気味のハルアに引き摺られていくエドワードは、朗らかな笑みで見送るユフィーリアに「絶対に子供の姿になれ」とゴリ押しするのだった。


 さて、ユフィーリアにはもう1つの課題が残っていた。

 ベッドに籠城する可愛い新人にして恋人のショウを、どうにかして布団の外に引き摺り出さなければならない。



「ショウ坊」


「…………」


「しょーうぼーう」



 指先でカーテンをわざと揺らすユフィーリアは、



「悪かったよ、ショウ坊。騙すような真似をしたのは本当に悪いと思ってる」


「…………」


「だから、いい加減に可愛い顔を見せてほしいんだけどなァ」


「…………」



 カーテンがほんの少しだけ開かれて、どこか潤んだ赤い瞳がカーテンの隙間から垣間見える。

 不機嫌全開だし、まだ顔を全部見ている訳ではないが、カーテンの隙間から顔を見せてくれただけでも進展ありだ。


 頬を膨らませるショウは、



「ユフィーリアは、ずるい」


「だから悪かったよ、子供の姿になって騙したのは」


「そうじゃない」



 ショウはジト目でユフィーリアを睨みつけ、



「ユフィーリアは大人だから、余裕があるんだ。いつでも格好いいから、俺ばっかり好きになってる」



 カーテンの向こう側で、ショウがベッドに立つ気配を感じ取った。仁王立ちというより膝立ちだろうか。



「だから、貴女の性癖を荒らしてやる」


「え」



 シャッとカーテンが開かれる。


 そこにいたのは、いつもの随所に雪の結晶が刺繍された古式ゆかしいメイド服姿のショウではなかった。頭頂部付近で結ばれていたお団子ヘアも解かれて長い黒髪が背中を流れ、燦然と輝くホワイトブリムも取り払われている状態である。

 今の彼は、短いスカートが特徴のメイド服を着ていた。どこかで見覚えがあると思えばフリルがふんだんにあしらわれているので、ハルアが女装する際に身につけていたメイド服である。短いスカートの裾から伸びる華奢な足は黒い長靴下に覆われているものの、ほんの僅かに肌色の隙間が覗く。


 スカートの裾と長靴下が織りなす絶対領域を結ぶのは、黒い革製のベルトだ。



「ユフィーリア……」



 短めのスカートを摘み、ショウはゆっくりと持ち上げる。


 徐々に肌色の面積が増えていき、やがてスカートの中に秘められるべき花園が露わになった。

 羞恥心に潤んだ瞳と、赤らんだ肌。スカートの裾を摘む指先は緊張で震えており、襲いくる猛烈な恥ずかしさと葛藤しているのだろう。彼がこんな真似をするのは2度目になるが、その破壊力が前回と大違いだ。


 ユフィーリアの性癖ど真ん中に突き刺さる黒い靴下留めガーターベルトと、彼自身の大事な部分を覆う淡い桃色の女性用下着が目の前に晒された。



「これが……貴女の求める、えっちな格好か?」



 どッ、とユフィーリアの心臓から変な音がした。


 性癖のことをそう表現するのは、少しばかり特殊な気がする。

 いやもう正直な話、ショウの現在の姿は紛れもなくユフィーリアの性癖ど真ん中に命中しているし何なら心臓が粉々に砕け散りそうな予感さえある。完璧に踏み荒らされた。可愛い恋人が最高なものを見せてくれた。



「――ありがとうございますッッッッ!!」



 全身全霊の感謝の言葉を叫んだユフィーリアは、鼻血を垂れ流しながら倒れ込んだ。

 我が生涯に悔いはない、このまま死んでもいい。最期にショウの笑顔を見れたら完璧だったが、脳裏に刻まれたスカートの中の花園を冥土の土産にしよう。


 ショウは「ユフィーリア!!」と慌ててベッドから降りると、鼻血を流しながら静かに天へ召されていくユフィーリアを抱き起こした。



「ユフィーリア、しっかりしてくれ。ユフィーリア!!」


「ああ……綺麗な川だぁ……」


「その川は渡ったらダメだ!! ユフィーリアの性癖を荒らしてやるとは言ったが、性癖で殺すつもりはなかったんだユフィーリア!!」



 ――このあと、ショウの悲鳴を聞きつけたエドワード、ハルア、アイゼルネによってユフィーリアは蘇生された。本気で臨死体験するところだった。

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