第4話【異世界少年、騙される】

「ふふ、あはははッ」


「あはははははははッ!!」



 冥砲めいほうルナ・フェルノで晴れ渡った青空を悠々と飛びながら、ショウとハルアは腹を抱えて笑った。


 罪悪感はもちろん、ほんの少しだけある。

 それ以上にユフィーリアやエドワード、アイゼルネの隠された性癖を暴露する方が重要だった。面白いというより『身近な大人の意外な一面』を知ることが出来た気分である。


 冥砲ルナ・フェルノにしがみつくハルアは、



「めっちゃ意外だね!!」


「まさかエドワードさんが被虐趣味で、アイゼルネさんが緊縛されたい派だったとは驚いたな」



 エドワードの被虐趣味は、まあ普段の彼を見ていれば予想はつく。

 彼はユフィーリアと付き合いが長く、彼女の理不尽な行動に有無を言わさず巻き込まれていた。おそらくユフィーリアがいくらか影響しているのだろう。


 それよりも意外なことがアイゼルネである。緊縛を趣味としていても誰かを縛り付けたい加虐趣味かと思ったのだが、縛られる方に興味があるとは驚きだ。彼女も隠れた被虐趣味ということなのだろうか。



「ねえショウちゃん」


「どうした、ハルさん?」


「よかったね」



 冥砲めいほうルナ・フェルノにしがみついたハルアはショウへ笑いかけ、



「ユーリ、メイド服が趣味でよかったね」


「…………ああ」



 ショウにとって何よりも嬉しかったのはその部分だ。


 心の底から愛する恋人のユフィーリアの性癖がメイド服で、さらに靴下留めガーターベルトも合わされば最高だと言っていた。あの魔法薬が嘘を吐くとは思えないので、紛れもない本心なのだろう。

 それはつまり、ショウの普段の格好も功を奏したという訳だ。年上で余裕のある恋人をメロメロにするにはメイド服が最適で、あとは靴下留めを装備すればユフィーリアの性癖ど真ん中は確定である。


 これでもし別の性癖が口から出てくれば、ショウは今すぐ着ているメイド服を処分して彼女の性癖に合致する服装を求めていたかもしれない。危うく下着姿を往来に晒すところだった。



「ユフィーリアの性癖も判明したところで、ついにお小遣いを貯めて購入した靴下留めガーターベルトを解禁する時が来たか。これでユフィーリアもメロメロに……」


「凄えやショウちゃん、何か燃えてるね」


「ユフィーリアをメロメロにしてあわよくばそのままベッドまで連れ込む……」


「多分ね、その前にユーリが耐えきれなくなって失血死しちゃうから止めようねショウちゃん」



 いつもは暴走機関車と称される猪突猛進な思考回路を有するハルアでも、さすがにショウが考えていることは色々まずいと悟ったようだ。静かに首を振って恋人を誘惑することに余念がない後輩を諭していた。



「ん?」



 中庭の上空に差し掛かると、ハルアが地上を眺めて疑問の声を上げた。


 ショウもつられて地上に視線をやる。

 問題児を警戒してか、すっかり静かになった中庭に子供がいるのだ。中庭に据えられた噴水でバチャバチャと水を掛け合って遊んでいる様子である。


 片方は銀髪の少女、もう片方は灰色の髪をも持った少年だ。どこかで見たような容姿の子供である。



「学院内に子供……?」


「迷子かな!?」


「若返りの魔法薬の犠牲者かもしれない」



 以前、ユフィーリアが作っていた若返りの魔法薬も効果は抜群だった。ユフィーリアや学院長のグローリアには無駄に終わったが、エドワードやアイゼルネも見事に若返って子供の姿になっていたのを思い出す。

 もしかしたら、他の誰かが魔法薬の事故を起こしたのかもしれない。若返りの魔法薬は見た目の年齢に精神が引き摺られるとユフィーリアも言っていたので、訳も分からず校舎内を彷徨い歩いた挙句、中庭に行き着いたという可能性が考えられる。


 ショウは冥砲めいほうルナ・フェルノを降下させつつ、



「ハルさん、あの子供たちを保護してあげよう。学院長に見つかったら実験台にされるかもしれない」


「そうだね!!」



 互いの意見を一致させたショウとハルアは、中庭に降り立つことを決めた。彼らを放置すれば学院長のグローリアに何をされるか分かったものではない。



「君たち迷子!? どこから来たか分かる!?」


「自分の名前は言えるか?」



 ショウとハルアが噴水で遊ぶ子供2人に声をかければ、彼らはピタリとそれまでの行動を一時中断して視線を寄越してきた。



「おねーちゃん、おにーちゃん、だぁれ?」



 銀髪の少女が、子供特有の甲高い声で問いかけてくる。

 透き通るような銀色の髪と色鮮やかな青い瞳、あどけなさが残る顔立ちは美術家が作り出した彫像の如く整っている。幼いながらも「美しい」らという感想が真っ先に思い浮かんだ。


 装飾品が何もついていない黒のワンピースを翻し、ストラップがついた黒い革靴で中庭の地面を踏む。不思議そうに首を傾げる少女は「だあれ?」ともう1度問いかけてきた。



「ゆふぃ、こわいよ……」


「へいきだよ。あたしがついてるもん」



 灰色の髪を持つ少年が、泣きそうな表情で少女のワンピースの布地を摘む。

 短く切り揃えられた灰色の髪と銀灰色ぎんかいしょくの双眸、やはり子供らしく幼さを残した顔立ちではあるものの身長が子供らしくない。少女の背丈を遥かに上回るほど高く、しかし気が弱い性格なのかショウとハルアに対して怯えた視線を投げてくる。


 迷彩柄の襯衣シャツ衣嚢ポケットが縫い付けられた膝丈の洋袴を合わせた格好は、子供らしくもあり動きやすさを重視したものと言えよう。上背はあるにも関わらず少女を盾に使い、ショウとハルアの視線から逃れようとしていた。



「オレね、ハルアって言うんだよ!!」


「俺はショウだ」


「はるあおにーちゃんと、しょう……おねー……おにー……?」



 銀髪の少女は「あれ?」とばかりに首を傾げる。


 考えるのも無理はない。ショウの見た目は完全に女の子だが、声だけは男らしく低いので子供だと性別の処理に困ることだろう。

 加えて、現在はメイド服という女性の格好をしている女装メイド少年だ。お姉さんに該当するのかお兄さんに該当するのか頭を悩ませるのも理解できる。


 ショウは膝を折って子供たちと目線を合わせると、



「ショウお兄さんで頼む」


「わかった、しょうおにーちゃん」



 銀髪の少女はニッコリと微笑むと、



「あたしね、ゆふぃーりあってなまえなの。せなかにかくれてるのはね、えどわーどってなまえなの」


「ユフィーリア……?」


「エドワード!?」



 少女が明かした名前を聞いて、ショウとハルアは驚いた。


 確かに似ている容姿だとは思ったのだが、まさか本当にユフィーリアとエドワードが若返りの魔法薬で子供になってしまったのか?

 いやいや、まだ決めつけるのは早すぎる。世の中には同じような名前がごまんといるし、似たような容姿だっているはずだ。



「聞いてもいいか?」


「うん、いいよ」



 銀髪の少女――ユフィーリアが頷き、



「貴女の名前はユフィーリア・エイクトベルで間違いないか?」


「そうだよ。おにーちゃん、あたしをしってるの?」



 世の中に似ている人間はいると聞くが、さすがに同姓同名で同じ容姿だったらもう本人と判断せざるを得ない。


 ショウは思わず天を仰いだ。

 愛する恋人のユフィーリアが、まさかこんな可愛らしい子供の姿になってしまうとは誰が想定するだろうか。若返りの魔法薬がかなり強力だったと見ていいのだろうか。あまりにも可愛すぎて目が潰れる。


 となると、ユフィーリアの側で怯えているのはエドワードで間違いなさそうだ。ハルアが「お名前言える?」「えどわーど……ぼるすらむ……」と確認を得られたので本人と断定である。



「あの、ユフィーリア」


「なぁに?」


「その、抱っこしてもいいだろうか?」



 子供になった今がその好機である。覚えているか覚えていないか分からないが、この姿を堪能しない手はない。



「いいよ」



 子供ユフィーリアは小さな両手を広げて「はい」と受け入れ態勢が万全であることを示す。

 彼女の小さな身体を抱き上げれば子供らしい重みが腕に伝わってくるが、大人のユフィーリアだったら絶対に出来ない抱き上げるという行為が出来たことに感動を覚える。子供ユフィーリアも、ショウに抱っこされてご満悦の様子だ。


 エドワードもハルアに肩車され、甲高い声ではしゃいでいた。先程までの怯えようが嘘みたいに打ち解けている。



「しょうおにーちゃん、だっこしてくれてありがと」



 ユフィーリアは黒いワンピースの衣嚢を漁ると、透明な袋に包まれた桃色の飴玉を取り出した。



「おれいにね、あめをあげるね。いちごあじだよ」


「ありがとう、ユフィーリア」



 お礼を言うショウだが、ユフィーリアを抱っこしているので両手が塞がってしまっている。せっかく子供化した愛しい恋人からの贈り物なのに受け取ることが出来ない。


 その事実に幼いユフィーリアも気づいたのか、小さな指を使って飴玉の包装紙を破る。桃色の飴玉を指先で摘むと、笑顔で「はい、あーんして」と言ってきた。

 わざわざ包装紙を取り払ってくれるとはありがたい。ショウは素直に従って、飴玉を受け入れる為に口を開ける。



「どーぞ」



 口の中に放り込まれた飴玉が舌の上を転がる。砂糖の甘さに加えて苺らしい酸味も感じられ、なかなか美味しい飴玉である。


 ユフィーリアはワンピースの衣嚢から飴玉をもう1個取り出すと、エドワードを肩車していたハルアを呼び止めた。

 どうやらハルアにもお礼として飴玉をあげるらしい。幼子ながら何と優しいのだろうか。



「はるあおにーちゃんにもあめだまあげるね」


「いいの!? ありがとう!!」


「おくちあけてー」


「あー」



 ユフィーリアのお願いに従って大きく開けられたハルアの口に、包装紙を取り払った桃色の飴玉が放り込まれる。本来であればちゃんと舐めて消費するべきお菓子だが、ハルアはあっという間に飴玉を噛み砕いてしまった。



「おいしい?」



 ユフィーリアに問われ、ショウは「ああ」と飴玉を舐めながら頷く。



「俺はユフィーリアの灰皿になりたい」(とても美味しいぞ、ユフィーリア)


「大きいおっぱい!!」(めっちゃ美味しいね!!)



 ――――何かおかしい気がする。



煙管キセルを吸うユフィーリアも魅力的だが、煙草も絶対に似合う。あわよくば煙草の火を手のひらに押し付けられたい」(何で、どうしてこんなことを喋ってしまうんだ?)


「おっぱいおっぱい、おっきいおっぱい!?」(どうなってんのこれ!?)



 おかしい、絶対におかしい。

 だってこれは、魔法薬でしか得られない効果だ。魔法薬を飲まない限りは秘密にしておかなければならない部分が強制的に晒されることはないのに。


 慌てて口を噤むショウとハルアを見上げ、幼いユフィーリアとエドワードはそのあどけない顔立ちには相応しくない凶悪な笑みを見せる。



「騙されたな、ショウ坊。その飴玉にはあの魔法薬が仕込まれてんだよ」


「ハルちゃんもお馬鹿さんだねぇ。簡単に騙されちゃったよぉ」



 ショウに抱っこされるユフィーリアはするりと腕から抜け出すと、軽やかに地面へ降り立った。同じくエドワードもハルアの肩から飛び降りると、何の障害もなく着地を果たす。

 それから2人揃って指を弾くと、ぼひんと間抜けな爆発音と共に白い煙が包み込んだ。


 白い煙から現れたのは、



「残念だったな、ショウ坊」


「残念だったねぇ、ハルちゃん」



 見慣れた大人の姿に戻ったユフィーリアとエドワードが、清々しいほどの笑みを見せて勝利を宣言する。



「「大人を舐めるなよ」」


「煙管の吸い方がえっちすぎる!!」(汚いぞ、ユフィーリア!!)


「雄っぱいでも化!!」(狡いよエド!!)



 ユフィーリアとエドワードに対する不満は、自分の胸に秘めた更なる性癖を晒す言葉に掻き消されるのだった。

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