第3話【問題用務員と仲間割れ】
その日、ヴァラール魔法学院は2度目の地獄を迎えた。
「短めのスカートと長靴下が織りなす絶対領域!!」
「軍服を着た強気な女王様から鞭打ちされたい!!」
「概念幼女のおみ足をペロペロしたい!!」
「男同士が裸で抱き合って【自主規制】しているところを壁の1部になって見ていたい!?」
時刻は昼休みを迎えた頃合いだ。
生徒たちは今日の授業に関する話題やその他様々な話題で会話の花を咲かせていたはずが、問題児による水風船爆撃を受けた途端に己の胸に秘めたる性癖を暴露するという地獄絵図に早変わりした。
泣き叫ぶ声も、問題児に対する怒号も、全てが性癖である。喋れば喋るほど性癖をぶち撒けるというとんでもねー事態に発展している。
「だーはははははははははは!!」
そんな阿鼻叫喚の魔法学院を高らかな笑い声を上げて爆走するユフィーリアは、両手に装備した水風船(笑)を不幸にも近くを通りかかってしまった男子生徒めがけて投げつける。
「ごへあッ!!」
見事に顔面へ水風船を叩きつけられた男子生徒は、濃い桃色の液体を全身から滴らせながら問題児に対する怒りをぶつける。
「
「お、濡れスケがお好みか。いい趣味してんな」
「!?」
自分の口から性癖を暴露するとは思わなかったらしい男子生徒は、口を手で塞いで顔を赤く染める。可哀想だが、そんなことをしても遅い。
何と面白い魔法薬だろう。他人の性癖を暴くなんて禁断の行為だが、それを可能とする魔法薬がある以上やらない訳にはいかない。
性転換薬よりも面白い状況だ。何故この魔法薬の調合方法を知らなかったのだろう。定期的にこの魔法薬は他人にぶち当てたいところである。
「ユフィーリア、君って魔女は!!」
「お、グローリア」
爆笑しながら廊下を突っ走る問題児の前に、目をキッと吊り上げて怒りを露わにする学院長――グローリア・イーストエンドが立ちはだかる。彼の手には表紙が白い魔導書が握られており、問題児を止めようとする対策は万全の様子だった。
しかし残念、グローリアの相手をしているのは魔法学院創立当初から問題児として名を馳せる馬鹿野郎の筆頭である。魔法の実力は彼と互角かそれ以上だ。
そんな訳で彼が自らに施した対策など、ユフィーリアにはお見通しなのである。
「ほい〈
「あッ」
ぱりん、と
グローリアの周辺を覆っていた結界が、ユフィーリアによって破られたのだ。魔法薬入りの水風船を投げつけられても反撃できるように、反射の魔法を織り込んだ結界を展開していたようだ。
結界という邪魔な存在がなくなった今、彼は無防備な状態である。素早く結界を編み直すのも最低3秒は時間を要するが、その3秒があれば水風船をぶん投げることぐらい可能だ。
「ゥオラ!!」
エドワードが握りしめた水風船を、グローリアの顔面めがけてぶん投げる。
物凄い勢いで飛んでいく水風船。ちょうど結界の修繕をしようと魔法を組み上げている最中だったグローリアの顔面に叩きつけられ、呆気なく破裂する。
詰め込まれた濃い桃色の液体を全身に浴び、グローリアは静かになる。それからゆっくりと顔を上げると、
「強めな女性に罵られたい……?」(ユフィーリア……?)
学院長も漏れなく性癖暴露の仲間入りである。
「強めな女性に罵られたい? やっぱお前って被虐趣味だったんだな」
「蔑んだ目じゃなくて明らかにこっちの反応を楽しんでるような感じで、出来れば『ざぁこ』とか『ばぁか』とか言ってもらいたい!?」(何でこんな馬鹿みたいな魔法薬が出来ているのさ、ふざけないでよユフィーリア!?)
多分、学院長は怒り心頭なのだろうが言っていることは全て性癖暴露である。喋れば喋るほど恥ずかしい趣味が公開されていく。
「殴られるよりも言葉責めがお好き、と」
「まだ軽めの被虐趣味だねぇ。さっきの先生は『
「あれと比べればだいぶマシだね!!」
「おねーさん、言葉責めはあんまり好きじゃないのよネ♪ ご期待に添えなくてごめんなさイ♪」
「俺の暴言で興奮していたんですか、変態ですね」
予想を遥かに上回る変態的な性癖が暴露されると思いきや、別にそんなでもなくてガッカリである。以前から学院長の被虐趣味説はまことしやかに囁かれていたので今更驚くことはない。
これで緊縛されて鞭打ちや蝋燭まで口から出てくれば面白さの対象になるが、言葉責め程度ならまだ軽い。精神的に虐められるのがお好みか。
自分の口を塞いで「!?」と混乱した表情を見せるグローリアに、新たな助っ人が飛び込んでくる。
「ちょっと、グローリア!? アンタ何してんスか、問題児がまずい薬品を作り出してんスよ!!」
ずるずると黒い
毒々しい色合いの赤い
普段は絶対に触れないが、今回はあえて触れちゃう。だってこちらには性癖を暴露する魔法薬があるのだから。
「副学院長、覚悟」
「え、ショウ君ごへあ!?」
絶対にやらない人物と認識されていただろうショウが、スカイの顔面に水風船を投げつけた。
正確無比な投擲技術によって顔面にぶち当たり、スカイは桃色の液体塗れになってしまう。
ポタポタと全身から桃色の液体を滴らせるスカイは口の中に入った液体を「ペッペ」と吐き出しながら、投げつけた本人であるショウに苦情を告げた。
「僕が設計したえっちな
「機械姦……」
ショウはドン引きしたような視線を副学院長に突き刺した。
ユフィーリアも同じである。
グローリアがそこまで変な趣味をしていなかったので、副学院長のスカイもそんなに変な趣味はしていないだろうという甘い考えでいたのだ。実際は真面目な人間ほど頭の中ではめちゃめちゃ変態なことを考えている、という結果が明らかになっただけである。
自分の口を塞いで同じく「!?」と混乱した表情を浮かべるスカイは、
「胸が控えめで細身な女の子が罠にかかり、余裕がなくなっていく瞬間を眺めるのが最高――!?」
「あ、もういいですさよなら」
くるりとその場で身を翻したユフィーリアは、脱兎の如く逃げ出した。
多分だが、これ以上は聞いてはダメな類だと思う。
変態的な性癖を植え付けられるということもあるだろうが、副学院長を一応は信頼している問題児にとって彼の性癖暴露には足を突っ込むべきではなかったのだ。これ以上だと幻滅するどころか簡単に近づけなくなってしまう。
☆
「はー、笑った笑った」
性癖を暴露してしまう魔法薬によって大いに笑わせてもらったユフィーリアは、ご機嫌な様子で廊下を歩いていた。
一般的な性癖から少し変態チックな性癖まで多岐に渡る。やはり人間の数がいればいるほど抱える性癖も多くなるというものだ。
だが時折、何故か「女装した少年を組み敷きたい」「従順な女装メイド少年にえっちなご奉仕をしてもらいたい」などと個人が特定できるような性癖が晒されたのだが、あれらはあとで丁寧にお礼参りをしておこう。女装少年がお好みならハルアにメイド服を着させて暴力的なご奉仕を贈呈してやろう。
「あと誰の性癖を晒すよ」
「めぼしい人はやったねぇ」
「冥王様とかぶち当てたらどうなるんだろうね!!」
「冥府には簡単に行けないわヨ♪」
「…………」
次の標的を探しながら校舎内を彷徨う問題児は、誰を狙うか相談してう。
まだ魔法薬はたくさんある。全校生徒の性癖を暴露するまでは出来ないだろうが、知り合い全員の性癖ぐらいなら暴露できるぐらいの弾数は残されている。あとは誰の恥ずかしい部分を暴いてやろうか。
水風船をポンポンと手のひらで弄ぶユフィーリアは、
「いっそ天使様のところに行ってみるか? 清廉潔白な天使様が実はえげつない性癖を抱えてたら」
――ばしゃんッ。
笑顔で振り返ったユフィーリアの顔面に、水風船がぶち当てられる。
投げたのは他の誰でもなく、身内の人間だ。それも、最もユフィーリアを裏切ることはないだろうと想定される人物である。
可愛い恋人でありユフィーリアを盲目的に愛する女装メイド少年、ショウだ。
「すまない、ユフィーリア」
花が咲くような笑顔を浮かべたショウは、
「俺は誰よりも、貴女の性癖が知りたい」
「メイド服って最高!?」(ショウ坊!?)
ユフィーリアは慌てて口を塞いだ。
まずい、非常にまずい。
ユフィーリアと同じぐらいに魔法薬の耐性があるグローリアやスカイでさえ簡単に性癖を暴露させた強力な魔法薬である、ユフィーリアも漏れなく彼らの仲間入りだ。喋れば喋った分だけ恥ずかしい部分が明かされてしまう。
ショウは上目遣いでユフィーリアを見つめると、
「やはり、ユフィーリアは俺のことが嫌いなのか……?」
「メイド服にはやっぱり
ユフィーリアは頭を抱えた。まんまと誘導されてしまった。
「ユーリってばメイド服に
「やだわユーリったラ♪ 靴下留めなんて素敵な趣味じゃなイ♪」
性癖を暴露する魔法薬の被害に遭ったユフィーリアをゲラゲラと笑い飛ばすエドワードとアイゼルネだったが、彼らの顔面にも漏れなく同じ水風船が投げつけられた。
投げつけた相手はハルアである。彼の両手に握られていた水風船が、忽然と消えていた。エドワードとアイゼルネの顔面に見事命中させたのだ。
琥珀色の瞳を輝かせたハルアは、
「エドとアイゼはどんな性癖!?」
「ボンテージ服……?」(ハルちゃん……?)
「緊縛はするよりされたイ……♪」(ハルちゃン……♪)
おっと、なかなか彼らも変態的な性癖である。ユフィーリアのメイド服に
いやいやそこではない。これは立派な裏切り行為だ。
やられたらやり返す精神を持ち合わせているユフィーリアにとって、未成年組だけが高みの見物をしていることが許せない。彼らも同じ目に遭うべきではないか。
ユフィーリアはショウめがけて水風船を投げるのだが、
「
ショウを守るように伸びた腕の形をした炎――炎腕が、投げつけた水風船を弾いてしまう。あらぬ方向に飛んでいった水風船が、壁にぶち当たって弾け飛んだ。
右手を軽く掲げたショウの合図に従って歪んだ白い三日月――
一方で飛ぶ術を持たないハルアは、ショウが冥砲ルナ・フェルノを出現させると同時に白い三日月へ飛び乗っていた。もはや乗り物扱いである。
「ではな」
「じゃあね!!」
晴れ渡った空へ飛び去っていく未成年組に、ユフィーリアたちは思わず叫んでいた。
「恥ずかしそうにスカートをたくし上げるのもいいよな!!」(待てやショウ坊、ハル!! 逃げんじゃねえ!!)
「強めの口調で『お座り』って言われたい!!」(ショウちゃん、ハルちゃん覚えておきなよねぇ!!)
「縄で縛られた時、肌に擦れる感覚がいイ♪」(絶対に仕返しするワ♪)
そう、仕返ししてやるのだ。
あの調子に乗った未成年組には、少しばかりお灸を据えなければならないらしい。大人を揶揄うとどうなるのか、その身体で味わってもらおう。
ユフィーリアは近くにある教室を見やった。
(ちょうどいいわ)
エドワードとアイゼルネの肩を叩き、すぐ側にあった教室を指差す。
扉の上部に掲げられた看板には『魔法薬学実践室』とあった。ここなら解除薬の素材もあるはずだ。
まずは解除薬の調達と、未成年組を油断させる為の作戦会議である。
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