第2話【問題用務員と雑草の奇跡】

 魔法植物は雑草などに弱い。


 同じ花壇に雑草が生えていたりすると、すぐに弱ってしまうのだ。魔法植物は不純物に弱く、雑草は魔法植物にとって不純物として認識されるらしい。

 そんな訳で魔法植物の育成にはこまめに雑草を抜いて細かい管理が必要になってくるのだが、残念ながらここの管理人は魔法植物を管理するという自覚がないらしい。何せ開花までに50年もかかる花を枯らすぐらいなのだから。


 ユフィーリアは花壇に生えた雑草をぶちぶちと抜きながら、



「はーあ……面倒臭えなァ」



 手で根っこまで引き抜ける雑草は基本的に手で引き抜くが、抜いても根が残ってしまうと魔法植物の育成を妨げてしまう。そうしない為にも根っこまで除去する必要があるので、円匙スコップを使って根っこを取り除くのだ。

 ブチッと中頃で切れてしまった雑草に舌打ちをしたユフィーリアは、円匙を使って土を掘り返して根っこを取り除く。取り除いた根っこを適当に放り捨てて、別の雑草に手を伸ばした。単純作業の繰り返しで飽きてくる。


 雑草抜きという作業に面白さの『お』の字も見出せずにいるユフィーリアは、本日2度目の深いため息を吐いた。



「つーかあの爺さん、魔法植物は雑草に弱いってのにこんな生やして……本当に管理人かよ。なまけすぎだろ」



 見渡す花壇には雑草が生えていて、魔法植物もどこか元気がない。これは水もやる必要があるだろうか。


 ユフィーリアは「グローリアに言い付けても聞かなさそうだよな……」とぼやく。

 基本的に問題児の言葉は信じてもらえない傾向にあるので、八雲夕凪やくもゆうなぎの所業を報告しても「あーはいはい」で終わらせられるに違いない。もうここは極東地域であのクソ白狐がいた社を守る妻、樟葉くずのはに報告した方がいいかもしれない。


 というかもういっそ樟葉が監視目的で植物園にいてくれないかな、とユフィーリアが考えたその時だ。



「ユフィーリア」


「お、ショウ坊」


「終わったぞ」



 雑草が詰まった麻袋を引き摺りながら、可愛い女装メイド少年――ショウが歩み寄ってくる。


 麻袋の中身は雑草が詰め込まれており、彼に与えられた領域に生えた雑草を全て処理したことを告げていた。命じてまだ1時間程度しか経っていないが、早々に終わらせるとはさすがである。

 ショウは雑草が詰まった麻袋を足元に置くと、



「ユフィーリアはまだか? 手伝うか?」


「いンや、大丈夫。魔法を使えば終わる終わる」



 ユフィーリアが愛用の煙管を一振りすれば、花壇に群生している雑草が次々と抜けていく。面倒だから魔法を使わずにいたが、こんな作業など魔法を使えば1発だ。

 雑草がポイポイと放られて山を築き、あっという間に花壇から雑草が駆逐された。ついでに魔法で水をやれば魔法植物もどこか元気に持ち直したような気がする。


 ショウは赤い瞳を輝かせて「おお」と手を叩き、



「さすがユフィーリアだ」


「こんなの魔法の天才たるアタシにかかれば朝飯前だっての」



 ふふーん、と自慢げに胸を逸らすユフィーリア。今まで魔法を使わなかった理由は、まあ面倒だからという下らないものである。最初からやれというツッコミが聞こえてきそうだが、ユフィーリアの耳には届いていない。



「だがユフィーリア、この雑草の山はどうするんだ?」


「あー……」



 ショウの足元に置かれた麻袋いっぱいの雑草と、今さっき抜いたばかりの雑草の山を見比べてユフィーリアは両腕を組んで悩む。


 確かにこの雑草の山を処分するには燃やすことが最適だが、ただ燃やすのは何となくもったいない気がする。購買部で芋でも買って焼き芋パーティでも開催するべきだろうか?

 いいや、もっと面白い活用方法があるはずだ。焼き芋パーティ以上の面白い出来事を。



「……ユフィーリア、これ煮込んでみてはどうだ?」


「雑草スープってか?」


「雑草でも花壇に生えていたから、魔法植物の1種ではないのか? もしかしたら魔法薬になるかもしれない」


「うーん……」



 ショウの発想は面白い。

 魔法植物が生えている花壇に群生していた雑草なので、いくらか魔法植物から栄養は吸い取っているはずだ。きっと何か面白い魔法薬が作れるかもしれない。


 ただし、ユフィーリアでも知識のない調合になる。毒に変貌するか薬に変貌するか、いくら魔法の天才で魔法薬を極めた魔女であるユフィーリアには分からない。



「まあでもいいか、面白そうだし」



 物事を『面白い』か『面白くない』かで判断するユフィーリアは、どんな効果がある魔法薬が出来るかという危険予測は出来ていなかった。むしろ意図的にしなかった。


 雑草を麻袋にポイポイと放り込んだユフィーリアは、次いで大釜を目の前に転送させる。もちろん用務員室に置かれているユフィーリアの私物である。大釜は魔女の基本装備だ。

 麻袋の雑草を大釜の中に投入し、さらにショウが抜いてきた雑草も追加で大釜に放り入れる。大釜の中は雑草でいっぱいになった。どれほど生えていたのだろう。



「ショウ坊、エドたちを探してきてくれ。もうそろそろ終わってる頃合だからな」


「ああ、分かった」



 コクンと頷いたショウは、雪の結晶が刺繍されたメイド服のスカートを翻して植物園の奥に駆け込んでいく。後ろ姿まで完璧に可愛いとか、本当に彼は天使か何かだろうか。


 可愛い恋人の背中を見送ったユフィーリアは「がわ゛い゛い゛」と血涙を流しながら、雑草を煮込む準備を進めるのだった。

 のちにこの雑草を煮込むという行為がどれほど馬鹿な問題行動だと知るのは、ほんの少し先の話だ。



 ☆



 さてエドワード、ハルア、アイゼルネが収穫した雑草も大釜の中に投下してグツグツと煮込んでみた。



「おえッ」


「うおえぇッ、げほッ」


「やべえ!!」


「これはまずいわネ♪」


「〜〜〜〜!!」



 ユフィーリアは魔法で大釜を遠隔操作しながら嗚咽を漏らし、エドワードはさらに遠くで大釜を睨みつけながら顔を青褪めさせている。

 ハルアも鼻と口を押さえて避難し、防煙対策が施された南瓜かぼちゃの被り物を装備していてもアイゼルネは大釜から離れる始末だ。ショウに至っては涙目でハルアの背中に隠れている。


 これはまずい、非常にまずい。嗅いだら気絶する系統の悪臭である。特に嗅覚が優れたエドワードは気絶しそうな勢いだ。大釜を掻き混ぜているユフィーリアでさえ吐き気を催している。



「こ、これは色々とやべえ……うおえッ、何だってこんな激臭が」


「ざ、雑草なんて煮込むべきじゃなかったんだよぉ、ユーリ!! 早くどうにかしてぇ!!」


「釜の中身が見れねえから加減が出来ねえ!!」



 そもそもまだ調合用の呪文を唱えていないのだ。この状態で止めれば問題児の名が廃る。


 ユフィーリアは咳き込みながらも、雪の結晶が刻まれた煙管を握り直した。

 どうせ碌な材料は入れていない。釜の中には雑草と水しか入れていないのに、この刺激臭は本当にまずい証だ。魔法薬学を担当する教職員がいれば「馬鹿野郎」と言われてもおかしくない所業だが、あとは調合用の呪文で無理やり締めてしまえば終わりである。



「〈混ざれ〉〈混ざれ〉〈等しく〉〈混ざれ〉」



 煙管を1回転させ、ユフィーリアは調合用の呪文を唱える。



「〈境目はなく〉〈境界は曖昧に〉〈等しく〉〈混ざれ〉」



 その直後のことだ。



 ――ごぽん、どんッ!!



 大釜の中身が一際泡立ったと思えば、盛大に爆発した。中身の雑草がいくつか飛び散った。


 それと同時に、それまで感じていたはずの刺激臭が消え去る。

 先程までの気絶しそうな臭いが嘘のようだ。ユフィーリアは試しに自分の鼻がおかしくなったのかと思って空気中の臭いを嗅いでみるが、何の臭いもしなかった。


 嗅覚に優れたエドワードへ振り返れば、彼も不思議そうな顔をしている。嫌な臭いはしないらしい。



「成功した……?」



 ユフィーリアは呆然と呟く。


 だって雑草しか煮込んでいないのに、成功する要素がどこにあった。水と雑草を煮込んで完成する魔法薬などユフィーリアは聞いたことがない。

 だが先程までの悪臭が消え去ったということは、成功したと見ていいだろう。あの大釜の中身は魔法薬が出来たのだ。



「うわ、何だこのえげつないピンク色」



 大釜の中を覗き込んでみると、悪臭がしない代わりに色が濃いめの桃色となっていた。飲むのを躊躇うような色合いである。


 濃い桃色の謎めいた魔法薬で満たされる大釜を揃って覗き込む問題児は、互いに顔を見合わせて首を傾げた。

 この魔法薬にはどんな効果があるのか検討がつかない。濃い桃色なので絶対に嫌な予感がする系統の効果が見込めるが、それを体験する勇気が出ない。しかも時間設定をしていないので解除薬が必要になってくる。



「誰が試すよ」


「ユーリがやればぁ? 魔法薬の耐性が高いんだからぁ」


「エドがやれば!? 雑食じゃん!!」


「ハルちゃんがやればどうかしラ♪ 面白いことが起こりそうヨ♪」


「八雲のお爺さんを実験台にしよう」


「「「「それだ」」」」



 ショウの神がかり的な提案を即座に採用して、ユフィーリアは用務員室から試験管を転送させる。中身に濃い桃色の液体を詰め込んで終了だ。


 すると、遠くの方から「な、何事じゃあ!!」と慌てた様子の八雲夕凪の声が聞こえてきた。

 先程の爆発音を聞きつけたのか、わさわさと9本の尻尾を揺らして駆け寄ってくる。飛んで火に入る夏の虫である、いいところに来た。


 ユフィーリアはエドワードに視線をやり、エドワードは静かに頷いた。



「さっきの爆発音は一体――」


「はい、お爺ちゃん失礼しちゃうねぇ」


「何事!?」



 エドワードが八雲夕凪を羽交締めにし、身体の自由を奪う。八雲夕凪はジタバタとエドワードの拘束から逃げようとするが、体格差があるので逃れられない。



「いやァ、八雲の爺さん。ちょっと実験台になってくれよ」


「な、何じゃ!! そのえげつない色をした液体は!?」


「雑草を煮込んで出来た魔法薬」


「魔法薬!?」



 目を剥いて驚く八雲夕凪の口に、ユフィーリアは問答無用で試験管を突っ込んだ。中身が一気にクソ狐の喉奥を滑り落ちていき、あっという間に飲み干される。


 エドワードは八雲夕凪を解放し、膝をつく白狐を見やる。

 さてどんな効果があるのだろうか。見た目は変わっていないが、もしかして精神に作用するのだろうか。



「む――」



 八雲夕凪がようやく口を開き、



「胸の大きな女子の乳を吸いながらヨシヨシされたい!?」



 ――――――――コイツ、何言ってんだろう。



「ち、違うのじゃ。儂は出来るならたわわに実った乳に顔を埋めてナデナデされたいだけなのじゃ!!」


「近寄るな変態狐」



 ユフィーリアは雪の結晶が刻まれた煙管を突きつけ、アイゼルネを背後で守る。問題児の中で最も胸が大きいのはアイゼルネだ。油断して飛び掛かられては困る。



「ひ、貧乳だと吸い付きにくいから巨乳で美人な女子がいいのじゃあ〜〜!!」


「近づくなって言ってんだろうが〈凍結フリーズ〉!!」



 息継ぎなしで氷の魔法を発動させ、八雲夕凪は不恰好な氷像と化した。

 これは樟葉に報告案件である。まさか八雲夕凪にこんな趣味があるなんて思わなかった。これも魔法薬の効果か。


 もしかしてこの魔法薬、飲んだ相手の性癖しか喋れなくなる類の効果があるのか?



「よし、お前ら」



 ユフィーリアは清々しいほどの笑顔で仲間の問題児たちへ振り返り、



「水風船爆撃してこようか☆」


「いいねぇ」


「賛成!!」


「楽しそうだワ♪」


「避妊具を購入してこなければな」



 とんでもなく面白いものを見つけてしまった問題児たちは、洒落にならない問題行動の準備を開始するのだった。

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