第15章:みんな心に性癖を持つ〜問題用務員、魔法薬暴走事件・再〜
第1話【問題用務員と雑草抜き】
「えー、ごほん」
名門魔法学校であるヴァラール魔法学院の学院長、グローリア・イーストエンドは豊かな胸の下で腕を組み仁王立ちをしていた。
烏の濡れ羽色をした艶やかな髪は伸び、中性的な顔立ちも女性的な丸みを帯びている気がする。
決定的な証拠は、彼の体躯である。仕立てのいい襯衣の布を押し上げる豊かな胸と括れた腰、女性らしく細い腕や足が特徴的だ。組まれた腕によって押し上げられる立派な双丘は、ずっしりと重たげな質量を伝えていた。
深々とため息を吐いたグローリアは、目の前に並ぶ下手人どもを見下ろす。
「何か言いたいことはあるかな?」
「後悔はしてません」
「反省もしてませぇん」
「やりたいからやった!!」
「問題児が問題行動を起こすのもいつも通りヨ♪」
「むしろ標的にされたんですから名誉なことだと思って喜んでください学院長、獣の中に放り込まれてマワされたいんですか」
「ショウ君だけは言ってることが邪悪じゃないかな?」
グローリアの目の前に並ぶユフィーリア、エドワード、ハルア、アイゼルネ、そしてショウのヴァラール魔法学院が頭を抱える問題児どもは反省も後悔もしていない清々しい表情で言った。
彼らがやったことは簡単だ。
性転換する魔法薬を調合し、調合が完了した魔法薬を避妊具に詰め込んで水風船爆撃をかましただけである。被害は学院長であるグローリアだけではなく、数十名の生徒と教職員が魔法薬で強制的に性転換してしまった。
銀髪碧眼で黒衣の魔女――ユフィーリア・エイクトベルはバチコーンと片目を瞑って、
「いやでもアタシらが見た中で1番美人だぞ、グローリア」
「ありがとう、ユフィーリア。全く嬉しくない」
もれなく性転換薬の餌食になったグローリアに、ユフィーリアは称賛の言葉をあげる。
男子生徒や男性教員に性転換薬入りの水風船をぶつけたが、誰も彼もそこまで可愛くなかったのだ。正直な話、恋人であるショウと比べるのが烏滸がましく思えるほどの変わりぶりだった。
これなら性転換薬の餌食になったエドワードやハルアの方がまだ可愛い。エドワードのように野生的な美女やハルアのように
ただ、グローリアだけは当たりだ。元が女性にも男性にも見える中性的な顔立ちのおかげで、かなり整った美人さんと言えるだろう。おまけにおっぱいまで大きいという嬉しい特典付きだ。
「エドには負けるけど、お前もなかなかのおっぱい持ちだよな」
「足元がちょっと見えにくいんだよね。肩も重いし」
グローリアは深々とため息を吐いて、自分の肩を揉んだ。ユフィーリアもそれなりにおっぱいがある方なので、彼の気持ちは分からないでもない。
「学院長のおっぱいも大きいなんて聞いてないよ!! 片方ちょうだい!!」
「頭がおかしいのかな、ハルア君は。胸が着脱自在なら今すぐ取り払ってるんだよね」
「そうなの!? 学院長のおっぱいって取り外し自由なの!?」
「アダダダダダダダダ実践しないでユフィーリアとかアイゼルネちゃんでやってよ!!」
狂気的な笑顔を浮かべて乳をもぎ取らん勢いで掴むハルアに、グローリアは悲鳴を上げる。ユフィーリアやアイゼルネにそんなことをしでかせば、絶対にやり返されると理解しているのだろう。
この暴行に声援を送ったのは問題児としても日が浅い女装メイド少年――アズマ・ショウである。
今日も今日とて可愛いメイドちゃんである。艶やかな黒髪は頭頂部付近で2つのお団子にまとめられ、細めの赤いリボンがそれを飾る。夕焼け空を溶かし込んだかのような瞳を憧れの先輩に向け、小声で「頑張れー」と応援していた。制服として定着した雪の結晶が刺繍されたメイド服が今日も完璧に可愛く、彼が毎朝メイド服を身につけるたびに五体投地をしたくなるユフィーリアである。
ちなみに本日は鈴をあしらった可愛いリボンである。猫耳と猫の尻尾と合わせれば完璧な猫耳メイドさんだが、本日は髪型の影響で猫耳は装着されていない。チリチリと小さな音が動くたびに聞こえてくる。
「頑張れ、ハルさん。学院長の胸をもぎ取るんだ。ハルさんなら出来る」
「うんオレ頑張るね!!」
「何で頑張っちゃうんだイダダダダダダダダダダ!! 本気で止めてよ!!」
ハルアを何とか引き剥がすことに成功したグローリアは、
「ショウ君は最近、僕に対する態度が雑になってきたように思えるんだけど? 最初の頃にあった君の常識はどこに置いてきたのかな?」
「そこら辺の野良犬にでも食わせましたね。吐かせてくればいいんじゃないですか? その暁には動物愛護団体に訴える所存ですけど」
「止めてよ!! 世間からの印象が悪くなっちゃうじゃないか!!」
しれっと明後日の方角を見上げるショウに、グローリアは「全くもう」と憤りを露わにした。
彼の場合、実の父親である冥王第一補佐官のキクガに言えば反省ぐらいはするだろうが、残念ながらキクガ自身も暴力的な思考回路を有しているので一緒になってグローリアを敵認定してくることが予想される。残念ながら彼にまともな説教を出来るのはいない。
ユフィーリアは雪の結晶が刻まれた
「まあまあいいじゃねえか。今回は調合の呪文も間違えなかったし、大体2時間ぐらいで戻るって」
「時間経過で戻ればいいってものじゃないんだよ、ユフィーリア。魔法薬を悪用して問題を起こすなって言ってるの」
グローリアは呑気に煙管を吹かすユフィーリアを睨みつけると、
「問題児には大した罰にならないけど、今回も罰掃除だよユフィーリア。みんなでしっかり掃除に励むこと」
「はいはい、また中庭の掃除か?」
ユフィーリアが適当に応じると、グローリアは「今回は違うよ」と首を横に振った。
「今回は植物園だよ。最近、植物園の雑草が生えてきちゃって大変だって八雲のお爺ちゃんがぼやいてたからね。雑草の処理が君たちの罰さ」
「はあ!? 何で八雲の爺さんの下で働かなきゃいけねえんだよ!!」
ユフィーリアは目一杯に不満を込めて叫んでいた。
植物園の管理人である自称豊穣神、
ユフィーリアたち問題児は、八雲夕凪の罪を何度もおっ被せられてきたのだ。「宴をしよう」とタダ酒に釣られてノコノコ現場に出向いたら、いつのまにか主催者はユフィーリアになっていて八雲夕凪本人は脅されて巻き込まれただけだと学院長に泣きついたことが度々ある。
そんな狡い狐の下でセコセコと汗水垂らして働くなど御免だ。
「知らないよ、全体的に君たちが悪いんでしょ。八雲のお爺ちゃんを嫌ってるのも知ってるから、あえてこの罰にしたのさ」
グローリアは勝ち誇ったように笑うと、
「ちなみにやらなきゃ減給だからね。今度は8割にしようかな? 楽しみだね、ユフィーリア」
☆
「カカカカカ、話は聞いたぞぉゆり殿。まぁた問題行動を起こしたらしいのぅ?」
「毟るぞ、その体毛を。最近暑くなってきたからちょうどいいんじゃねえか?」
「わ、儂の自慢の毛皮に何をするつもりじゃい。止めい」
ヴァラール魔法学院に併設された植物園に向かえば、純白の狐――
雪のように白い体毛を持ち、瞳の周りに赤い隈取りを施した二足歩行する害獣である。神主の格好をした狐は、もふもふとした9本の尻尾を揺らしていた。
神使らしく白い毛皮を持つ動物だが、狡猾な性格は神の使いに相応しくない代物である。9本も尻尾があるのだから妖怪と言ってもいいだろう。
抜いた雑草を入れる為の麻袋と人数分の
「大体、雑草を生やすのもお前が原因じゃねえか」
「管理人のくせに仕事しないよねぇ」
「ぐうたらしてるから太るんだよ!!」
「いつか本当に油揚げになっちゃうわネ♪」
「というか、もう今すぐ油揚げにしてしまったらどうだろうか。これ以上だと食べ頃を過ぎてしまうのではないか?」
「「「「それだ」」」」
頭のよろしいショウの意見を採用し、問題児はそれぞれ
ところが、今回の八雲夕凪は一味違っていた。
事前に学院長のグローリアから連絡を受けていたのだろう。円匙によって仕留められようとしているにも関わらず、9本の尻尾を揺らしながら「ふふん」と笑っていた。
「いいのかのぅ、儂に暴力を振るえば学院長殿に連絡が行くぞぉ? そうすればゆり殿たちは晴れて給料が8割減額じゃぁ♪」
「その前に殺せば問題ないです」
見た目によらず問題児で1番の暴力的な思考回路を有するショウは、歪んだ三日月――
神々が使う為に
炎の矢を冥砲ルナ・フェルノに番えたショウは、
「死人に口なしと言いますからね。冥府で父さんに言い訳をしてください、聞き入れてもらえることはありませんが」
「何でそんなに暴力的なんじゃい。可愛い顔が台無しじゃ……」
「用務員のみんなと父さんと副学院長以外が俺のことを可愛いと言わないでください、反吐が出ます」
「怖いのじゃあ……美人が怒ると怖いのじゃぁ……」
八雲夕凪は急いで植物園の奥に駆け込むと、
「わ、儂は雪桜のところで昼寝しておるのじゃ。終わったら起こしにきておくれぇ!!」
「逃げるな白狐」
「ぎゃーッ!!」
まあ請け負ってしまったものは仕方がない、いつも通りに罰掃除をして減給を回避しなければ。さすがに8割の減給は厳しい。
ユフィーリアは「はあー……」とため息を吐くと、
「仕方ねえ、雑草抜きをするぞ。給料の減額は嫌だしな」
「そうだねぇ」
「分かった!!」
「そうネ♪」
「ユフィーリアが言うなら了解した」
そんな訳で、ユフィーリアの号令によって問題児たちは植物園に巣食う雑草の処理をすることになった。
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