第4話【異世界少年と吸血鬼】
ユフィーリアの悲鳴が、用務員室の方面から聞こえてきた。
「ふぃー?」(ユフィーリア?)
扉の向こうに呼びかけてみるが、応じる声はない。
声から判断して、来訪者は学院長のグローリア・イーストエンドだろう。何やらぎゃーぎゃーと騒いでいた様子だが、一体何が原因であれほど騒いでいたのだろうか?
まさか、またユフィーリアを謂れのない罪で説教しようというのか。そうはさせない。
「ふぇー」(ルナ・フェルノ)
小さくなってしまった手を伸ばして呼びかけると、歪んだ白い三日月が目の前に出現してショウの身体をふわりと浮かばせる。
ただし歪んだ白い三日月――
冥砲ルナ・フェルノの飛行の加護によって安全に
「わッ、ショウちゃん
扉を開けたのはユフィーリアではなく、エドワードだった。若返りの魔法薬のおかげで野生的なイケメンのなっている。
片手で紙袋を抱えた状態で、エドワードは床を這いずるショウを軽々と抱える。それからアイゼルネとハルアが並んで座っている
開放的な台所にて購入してきた食材を広げるエドワードを、ショウは恨みがましげな視線で睨みつける。よくも運んでくれたな。
「エド♪ ユーリはどうしたノ♪」
「何かねぇ、学院内で殺人事件が起きたんだってぇ。それでユーリが容疑者に挙げられたけどぉ、潔白を証明してたよぉ」
のほほんとした口調でエドワードがアイゼルネの質問に応じる。
校内で殺人事件が勃発しているとは思わなかった。そしてユフィーリアが殺人事件の容疑者として疑われていることも想定外である。
彼女は絶対にそんなことをしない。確かに普段の問題行動は目に余るし、何事も『面白い』か『面白くない』かで判断する魔女だが、他人の命を奪うような真似はしない。ショウはそう信じている。
やはり学院長、処すべきか。元の姿に戻ったら覚えておけ、とショウは心に決める。
――ちりりりーん、ちりりりーん。
その時、居住区画に鐘の音が鳴る。
居住区画に用務員が揃っている場合、用務員室に誰かが来たことを知らせる鐘が揺れている。壁に掲げられた時計を確認すると、午後6時を示そうとしていた。
窓の外では豪雨が今もなお窓を打ち付ける。時折、雷が小さなゴロゴロという音を奏でた。いつ落ちるか不安になる。
ちょうど卵をフライパンに落としたエドワードは、
「えー、誰よぉ。こっちはユーリがいないからぁ、全員分のご飯を用意しないといけないのにぃ」
不満げに唇を尖らせるエドワードは、なおも鳴り続ける鐘の音に「はいはぁい、今行くよぉ」と応じる。
よし、今が好機だ。
ショウは再び
革靴だ。ヴァラール魔法学院の制服に指定されているものである。
ゆっくりと視線を上げれば、ヴァラール魔法学院の女子生徒の制服を着た誰かが目の前に立っていた。
「あらぁ?」
やたら粘ついた印象のある甘ったるい声が耳朶に触れる。
「あらあらぁ、可愛い子ねぇ。どこかに出かけたいのかしらぁ?」
ヒョイと軽々しく掴まれてしまい、ショウはその誰かに持ち上げられてしまう。
雪のような真っ白い髪と、夕焼け空を溶かし込んだかのような赤い瞳。顔立ちは綺麗なものであり、恋人が特にいない異性なら一目で惚れそうな予感がある。ただ、ショウにはユフィーリア・エイクトベルという恋人がいるので特に惹かれない。
白髪赤眼という特殊な容姿をした女子生徒は、桜色の唇から犬歯を覗かせて微笑む。犬歯というより牙に見えるのは気のせいだろうか?
「でも残念ねぇ」
白髪赤眼の女子生徒は優雅に微笑むと、
「ワタシと一緒にお出かけしてもらうわぁ。――残りの子たちもねぇ」
赤い瞳がギラリと輝いたかと思えば、女子生徒の首にエドワードの鍛えられた腕が絡みついた。
「ウチの可愛い新人になァにしてくれてんだクソアバズレがぁッ!!」
「きょぺッ!?」
可憐な女子生徒の口から、おおよそ彼女の容姿には似つかわしくない変な声が漏れる。容赦なく背後から首を絞められた影響だろう、エドワードの太い腕を叩いて解放を要求していた。
女子生徒の首が絞められると同時に空中へ投げ出されたショウだが、
全く、変な来訪客である。用務員室に大した用事もなく押しかけるのは不法侵入ではないのか。ユフィーリアがいたら魔法でどこかに転移させられている。
エドワードに首を絞められていた女子生徒は、ようやく野生的なイケメンの暴力的な抱擁から解放されたようだ。ヘナヘナとその場に座り込むと、仁王立ちするエドワードを睨みつける。
「な、何で魅了魔法が通じないのぉ!? ワタシの魅了魔法は完璧にかかったはずなのにぃ!!」
「残念だけどぉ、俺ちゃんには魅了魔法なんて効かないんですぅ!!」
中指をビッと立てて言い放つエドワードは、
「魅了魔法だか誘惑魔法だか知らないけどねぇ、ちんちくりんなお前さんに魅力なんてある訳ないじゃんねぇ」
「ッ!?」
がーん、と言わんばかりに顔を青褪めさせる女子生徒は、そのまま再び項垂れて静かに涙を流し始めた。
「そんな……わ、ワタシの魅力がこれっぽっちも通用しないなんて……そんなのあり得ないわぁ!!」
涙を流していたはずの女子生徒はキッと赤い瞳を吊り上げると、勢いよく立ち上がってエドワードに詰め寄った。
「ワタシは
「だから何だぁ!!」
「ぎゃーッ!!」
無防備に詰め寄ってきた女子生徒を担ぎ上げ、彼女の首と膝を両手で引っ張って背骨を反らせるプロレス技――アルゼンチンバックブリーカーが綺麗に決まった瞬間だった。
もちろん、あの技を伝授したのはショウの実父であるキクガである。「背骨を折る勢いでやりたまえ」と真剣な表情で言っていたのを覚えている。
自らを
「
「きゅーけ?」(吸血鬼って本当にいるんですか?)
「ショウちゃんは見るの初めてネ♪ あの無様な女の人が吸血鬼さんですヨ♪」
アイゼルネがやたら楽しそうな口調で、エドワードにアルゼンチンバックブリーカーをかけられて叫ぶ
背骨を散々虐められた吸血鬼は、エドワードの手によって顔面から床に叩きつけられた。可愛い顔が台無しになる一撃である。
鼻っ面を思い切り床と衝突させて鼻血を流す吸血鬼は、半泣きでエドワードを睨みつけた。赤い瞳には怨念のようなものまで宿っている。
「あ、あのクソ魔女は一体どんな教育をしているのかしらぁ。魅了魔法が通じないとはいえ、ワタシだって立派な淑女なのにぃ」
その台詞の中に、この場にいる全員の地雷を踏み抜く言葉があった。
アルゼンチンバックブリーカーで無様に悲鳴を上げていた
これにはアルゼンチンバックブリーカー程度で許してやろうとしたエドワードも、静観しようと思っていたショウ、ハルア、アイゼルネも怒った。怒りのあまり我を忘れるような真似はないが、絶対に殺してやるとは決意した。
空気が変わったのを感じとった吸血鬼は、
「な、何よぉ。何を企んでるのぉ」
「ユーリを馬鹿にすることは許さないんだよぉ、キクガさん直伝のベアハッグを食らえオラァ!!」
「ぎゃーッ!!」
エドワードに死の抱擁を受ける吸血鬼に、ショウは
いつもなら制服を燃やし尽くして丸裸にしてやるのだが、赤子の状態になったのが恨めしい。これではユフィーリアの悪口を言った吸血鬼を苦しめることが出来ない。
アイゼルネとハルアも
「ニンニク食らエ♪ ニンニク食らエ♪」
「だーッ!!」
いつもの貧弱主張はどこへやら、ベアハッグの刑に処される
そして決定的な瞬間が訪れた。
ゴキン、と嫌な音がしたのだ。
「あ」
エドワードが声を上げる。
グッタリとした様子で背筋を仰け反らせる吸血鬼は、白目を剥いた状態でピクリとも動かなくなってしまった。
これはもしかしなくてもアレである。吸血鬼にトドメを刺してしまったのではないだろうか。
「え、と」
動かなくなってしまった
「あ、アイゼぇ、どうしよぉ」
「落ち着いて、エド♪」
アイゼルネは真剣な表情で、
「確かユーリが
「そっかぁ、その手があったねぇ」
グスグスと鼻を鳴らした半泣き状態のエドワードは、グッタリとしたまま動かない吸血鬼を軽々と担ぎ上げる。急に押しかけて襲いかかってきたのは吸血鬼の方だが、心優しいエドワードは罪悪感に押し潰されてしまいそうな気配がある。
あの状態でまともに状況の説明が出来るだろうか。せめてもう1人ぐらい説明役として同行した方がいいのではないのだろうか。
エドワードの精神状態を見兼ねたアイゼルネが、
「エド♪ おねーさんもついていくワ♪」
「本当にぃ?」
潤んだ銀灰色の双眸を向けるエドワードに、アイゼルネは手元に放置されていた絵本を広げる。1度閉じてもう1度開くと、ポンという軽い音を立てて居住区画に乳母車が出現した。
よく見れば、絵本に描かれていた乳母車が消えている。魔法で絵本に描かれたものを具現化するとは凄い。
アイゼルネは「それに乗せていきまショ♪」と提案し、
「おねーさんも乳母車に乗るワ♪ 死体を支えててあげル♪」
「助かったぁ。ありがとぉ、アイゼ」
ショウは
これは殺人事件ではない。エドワードは襲われそうになったショウを助けてくれただけだし、ユフィーリアを悪く言った吸血鬼側が全面的に悪いのだ。
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