第3話【問題用務員と吸血鬼】

「…………吸血鬼ヴァンパイア?」



 グローリアが怪訝な表情で聞き返してくる。



吸血鬼ヴァンパイアって、血液を餌とする魔物の種族だよね。昔から人間たちと親交があるって言われてる」


「そうだな」


「ウチの学校にも何人か吸血鬼の生徒がいるけれど、彼らは人間に友好的な証として目録に登録されているし」


吸血鬼目録ヴァンパイア・リストだな。登録されると上質な血液が定期的に提供される仕組みで、吸血鬼が餌に困らなくなるアレ」



 吸血鬼ヴァンパイアは知性が高い魔物なので、人間側とは一定の親交がある。身体からの直接的な吸血は相手を吸血鬼に変貌させてしまうので、それを防ぐ為にあらかじめ採取した人間の血液を吸血鬼に提供する契約を締結しているのだ。

 ただし提供できる人間の血液も限りがあるので、提供されるのは人間にとって無害であると宣言した吸血鬼に限定される。宣言した吸血鬼は目録に登録され、人間と友好関係にあると示すのだ。


 ヴァラール魔法学院の生徒も吸血鬼が数名ほど在籍しており、陽の光や十字架など彼らの嫌いなものに配慮するように心がけている。さすがの問題児も「吸血鬼に陽の光を浴びせようぜ!!」というような鬼畜な思考回路には至らない。



「吸血鬼の生徒にアリバイは?」


「あるッスよー」



 死者蘇生魔法ネクロマンシーの準備をしていた副学院長のスカイ・エルクラシスが、目元を覆う黒い布地を親指で押し上げながら言う。

 目隠しに覆われた彼の翡翠色の双眸には、紫色の魔法陣が刻み込まれている。スカイの瞳は特殊な魔法が組み込まれており、この世の全てを見通す『現在視の魔眼』というものが備わっているのだ。


 魔眼の効果によって学院に在籍する吸血鬼の生徒を調べるスカイは、



「学院内に在籍している吸血鬼ヴァンパイアの生徒は全部で18名ッス。全員揃って真面目に授業を受けてたッスよ」


「副学院長が言うなら間違いねえな」



 ユフィーリアは納得したように頷いた。


 これで学院内に在籍する吸血鬼の生徒たちは、容疑者から外れることになった。目録に登録されている以上、人間に対して友好関係腕築いている証拠になるので安全な地位を擲ってまで教職員を殺すことは考えにくい。

 残る可能性とすれば、外部からの侵入者だ。目録から外された吸血鬼がヴァラール魔法学院内に侵入し、教職員を襲ったのだ。


 しかし、そうなるとまた別の問題が浮上する。



「なら、犯人の吸血鬼ヴァンパイアは何で教職員ばかりを狙ったのかな?」


「しかも性別も統一されてねえッスよ。男も女も関係なく喉を掻き切って殺してから血を吸ってるッスわ」



 蓋が開かれた棺の中を並んで覗き込むグローリアとスカイが、不思議そうに首を傾げる。


 吸血鬼が好むのは処女の血液だ。目録に登録された吸血鬼には、定期的に生娘から採取した鮮血を提供している。女性の吸血鬼は健康的で若い男性の血液を好む傾向にあり、その場合は本人の趣味嗜好に合わせたものを届けているのだ。

 ところが今回の犠牲者は、若返りの魔法薬を食らって子供の姿になった教職員たちだ。決して若いとは言えないし、処女でもないし、不規則な生活を送っているせいで健康的でもない。明らかに吸血鬼が好む血液とは真逆を突き進んでいるのだ。


 申請書を自動手記魔法で作成しながら、ユフィーリアは棺の中を覗き込む。静かに寝かせられているのは愛らしい子供の姿をしているものの、元は立派な大人だった教職員だ。



「殺されたのは魔法薬の犠牲者だけなんだよな」


「そうだね」


「それ以外は殺されてねえのか? 生徒とか」


「今のところ被害が出たって話は聞かないね」



 グローリアに現況を確認するユフィーリアは「いや、ちょっと思い出したんだけどよ」と口を開く。



「吸血鬼は18歳以下の血液って好まないんだよな」


「ああ、そう聞くね」



 グローリアもその話は知っているようだ。


 吸血鬼ヴァンパイアに提供する血液は、18歳以上でなければいけないという規則がある。これはあらかじめ吸血鬼側から提示された条件だ。

 若ければ若いほど美味しい血が飲めるという訳ではなく、むしろ吸血鬼にとって危険なものらしい。18歳以下の血液は、噂では麻薬の如き依存性を見せるのだとか。



「確か甘いんスよね、18歳以下の血液は。吸血鬼には極上の甘露となるけれど、でも1度摂取すると止められなくなるって言われてる」


「血液が甘いって考えられないけど、吸血鬼の味覚には興味があるな。魔女や魔法使いの血液はどんな味がするんだろう?」


「興味を持つんじゃないッスよ、グローリア。今はそれどころじゃないでしょうが」



 吸血鬼ヴァンパイアの味覚について興味を見せるグローリアに、スカイが半眼で睨みつけていた。今は死者蘇生魔法ネクロマンシーの準備中だと言うのに、下手をすれば「吸血鬼の味覚について実験したい」とか言い出しかねない。

 誤魔化すように笑ったグローリアは「冗談じゃないか……」と、実験の意思を否定する。先程の口調は半分ぐらい本気だったのだろう、いつか吸血鬼の1人か2人くらい騙くらかして実験台にでもしそうだ。


 自動手記魔法で申請書を作成していたユフィーリアだったが、



「……なあ、グローリア」


「何かな、ユフィーリア」


「今回の犠牲者って、アタシが作った若返りの魔法薬を食らった連中なんだよな」


「そうだよ? 見て分からないの?」



 怪訝な顔で言うグローリアへ振り返り、ユフィーリアは口元を引き攣らせながら問いかける。



「つまり全員、見た目だけは子供って訳だ」


「そうだね。若返りの魔法薬だから幅はあるけれど、平均的に見れば13歳そこそこかな?」


「…………昔、子供だけを狙った吸血鬼ヴァンパイアがいたよな?」


「そう言えばいたね、子供だけを狙った吸血鬼」



 ――かつて、子供だけを狙った大量殺戮事件が起きた。


 子供たちは魅了魔法をかけられて誘拐され、血液を1滴残らず吸い尽くされて死に絶えた。それが1人や2人となれば大した事件にはならずに済んだだろうが、後世に語り継がれる最悪の事件の1つに数えられることとなったのは殺害された子供の人数だ。

 何千人と数えきれないほどの子供が魅了魔法をかけられて攫われ、血液を引き抜かれた状態でゴミのように遺体が捨てられていた。何千人という子供の血液だけを引き抜くとは、もはや食事をしていることと変わらない。


 人間側は目録に登録された吸血鬼と協力し、とある吸血鬼の女を討伐した。何千人の子供の血液を吸いながら、なおも「まだ足りない」と叫びながら死に絶えた彼女。



「エレイナ・ラーデル……」



 ユフィーリアの口から、子供だけを狙った吸血鬼の名前が滑り出てくる。


 何千人という子供を殺害した罪により、吸血鬼のエレイナ・ラーデルは目録から外された上で心臓に杭を打たれて絶命した。もう何年も前のことだが、まさか生き返ったというのか?

 それはもはや吸血鬼ではなく屍人である。そこまで子供の血液が吸い足りないとは、執念深い吸血鬼だ。


 水を打ったように静まり返る第1儀式場に、グローリアの心の底から心配するような声が落ちた。



「ユフィーリア、君は馬鹿なの?」


「あ゛?」


「エレイナ・ラーデルは死んだんだよ。死者蘇生魔法ネクロマンシーもなしに生き返ることなんて不可能に決まっているじゃないか」


「お前に馬鹿って言われると腹立つな」



 ユフィーリアは最後の申請書を作成し終えると、紙束をグローリアの顔面に叩きつけてやった。


 今回の件は、ちょっと言ってみただけである。

 エレイナ・ラーデルが死者蘇生魔法ネクロマンシーもなしに生き返ったなどあり得ない、とはユフィーリアも理解している。ただ馬鹿にされるのは腹が立った。


 申請書を確認するグローリアは、



「はい確かに。ありがとう、もう帰っていいよ」


「勝手に引き摺っておきながら雑に解放するとか、お前はどういう神経をしてんだ」



 魔法トリモチに囚われていたユフィーリアだが、唐突に解放されて何だかやるせない気持ちになる。申請書をベラベラと捲りながら確認するグローリアの、何と勝手なことだろうか。

 まあいい、これで晴れて釈放である。用務員室に戻って夕飯の支度を再開させなければ、エドワードの負担になってしまう。


 雪の結晶が刻まれた煙管キセルを振って転移魔法を発動させようとするユフィーリアに、スカイが「待った」と制止するように呼びかけた。



「エドワード君たちがこっちに向かってるのが見えたッス。行き違いになると可哀想なんで、ここで待ってた方がいいッスよ」


「エドたちが? 何でまた急に」



 スカイの言葉を受け、ユフィーリアは首を傾げる。

 学院長が上司を引き摺っていってしまったので、助ける為に押しかけてくるのだろうか。何とも上司想いの可愛い部下たちである。


 グローリアも仕返しされるのかと思ったのか、嫌な顔をしながら「僕は何も悪くないんだからね!!」と言い訳をしていた。往生際の悪い学院長だ。



「あ、来た」



 第1儀式場の奥から、見慣れた人物が歩いてくる姿を確認した。

 背の高い野生的なイケメンが、グスグスと何故か半泣きの状態で乳母車を押している。乳母車には緑色の髪の少女と、白髪の人間が並んで乗せられていた。白髪の人間は項垂れているので顔が判別できない。


 さらに乳母車を押すイケメンを追いかけるように、赤ん坊を2人ほど乗せた白い三日月が浮かんでいた。歪な形をした三日月は、どこからどう見ても神造兵器レジェンダリィのアレである。



「んん?」



 明らかに様子のおかしい部下4人に、ユフィーリアは「おーい」と声をかけた。



「どうしたお前ら、何かあったか? ここに来るまで雷が怖かったとか?」


「ちが、違うのぉ……ユーリぃ……」



 乳母車を押す野生的なイケメンことエドワード・ヴォルスラムは、銀灰色ぎんかいしょくの双眸を潤ませながら言う。



「お、俺ちゃんたちねぇ、殺しちゃったのぉ」


「何を? 虫か何かか?」


「違うのぉ、虫だったらまだよかったよぉ」



 エドワードは乳母車に乗せた白髪の人間を示して、



「ひ、人を殺しちゃったのぉ。どうしよぉ、ユーリぃ。これ生き返るかなぁ?」



 ユフィーリアは乳母車に乗せられた白髪の人間へ視線を落とす。


 雪のように白い髪がカーテンのように顔全体を覆い隠し、ヴァラール魔法学院の女子生徒用の制服から伸びる手足はあらぬ方向に折れ曲がっている。項垂れた頭を持ち上げれば、可愛い顔をしているにも関わらず白目を剥いて絶命していた。

 打撲痕や火傷などが目立つ死体である。損耗率は3割未満に留まっているものの、ギリギリという位置だろうか。


 乳母車で運ばれてきた死体の状態を確認するユフィーリアは、



「エド、何があったか詳細に話せ」


「分かったよぉ」



 グスグスと鼻を鳴らすエドワードは、ユフィーリアの指示に従って事の顛末を話し始めた。

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