第2話【問題用務員と殺人事件】
「…………はあ?」
用務員室に駆け込んだグローリアの口から、突拍子のない事件の概要が告げられた。
ユフィーリアは眉根を寄せる。
どうして殺人事件を起こさなければならないのだろうか。教職員を殺害しても何も面白くないし、そもそもユフィーリアには彼らの命を奪う動機がない。殺害されたことすら初耳である。
それを問題児だからという理由で疑ってくるのは如何なものか。
「おいおいグローリア、ふざけんなよ。アタシが殺人事件を起こすタマだと思うか?」
「解除薬の調合する数を減らそうと画策していたんじゃないの?」
懐疑的な眼差しを向けてくるグローリアに、ユフィーリアは「ンな訳ねえだろ!!」と怒鳴り返す。
濡れ衣もいいところである。解除薬の調合は面倒臭いと思っていたが、給料を減額されるのも嫌なので真面目に調合をしようとしているのだ。材料は植物園を根城にする白い狐ジジイが一部を枯らしてしまったが、それも育成増進魔法をかけている最中である。
それなのに、どうして解除薬の調合数を減らそうと思って犠牲者を殺そうという思考回路に辿り着くのだろうか。殴り倒してやろうか、この頭のおかしな学院長。
「はああ? 問題児だからって濡れ衣を着せてくるなよ、グローリア。アタシはちゃんと解除薬を調合しようと思ってるっつーの!!」
雪の結晶が刻まれた煙管を一振りし、ユフィーリアは転送魔法を発動させる。
手元に転送させたのは、硝子製の壺だ。綺麗な水で満たされた壺の中には今もなお成長中の白蓮の花がある。種から緑色の芽が徐々に伸びていき、その先端がついに水面へ到達しようとしていた。
殺人を目論むなら、わざわざ育成増進魔法を使ってまで白蓮の花を育てようとはしない。ふざけた思考回路も大概にしてほしい。
「ほら見ろよ、ちゃんと白蓮の花を育ててんじゃねえか!! それなのに調合数を減らそうとして若返りの魔法薬を食らわせた連中を殺そうと思うかよ!!」
「え、じゃあ……」
グローリアはいくらか冷静さを取り戻したのか、弱々しい声で問いかけてくる。
「彼らって何で死んでたの……?」
「アタシが知るかよォ!!」
コイツって一周回って馬鹿なんじゃねえか、とユフィーリアが頭を抱えると「ただいまぁ」と間伸びした声が用務員室に響き渡る。
ちょうど食材らしい紙袋を抱えたエドワードが用務員室に帰還を果たした。どうやら雷に怯えず帰ってくることが出来たらしい。
いや、よく見れば彼の膝がガクガクと震えていた。
「かみ、か、かみな、雷……雷ぃ……」
「落ち着け、エド。室内だから雷なんて落ちねえから」
「でもぉ」
泣き出しそうなエドワードが不安げな表情で言った途端に、雷がゴロゴロピシャーン!! と盛大に鳴り響いた。「ひぎゃあ!!」と情けない悲鳴を上げ、エドワードはその場にしゃがみ込んでしまう。
やはり雷はダメだったようだ。それまでは懸命に雷の恐怖心を押し殺していたようだが、用務員室に到着したら決壊してしまったらしい。
雷を怖がるエドワードを見下ろすグローリアは、
「君は怖がりだね、エドワード君」
「学院長は雷が平気みたいだねぇ!! 頭上に雷が落ちて死んじゃえ!!」
「止めてくれない? 今ね、殺人事件に関して厳しめだから」
グローリアは「死んじゃえ」と発言したエドワードへ視線をやり、
「まさかエドワード君じゃないよね?」
「ええ? 何の話ぃ?」
「おいグローリア、エドまで疑ってんのか?」
硝子製の壺を近くにあった事務机に置くと、ユフィーリアはグローリアへ雪の結晶が刻まれた煙管を突きつける。
「アタシを疑うまでは許せた。でもエドまで疑うと許さねえぞ、エドが殺人なんてする訳ねえだろ」
「殺人!?」
エドワードもヴァラール魔法学院内で起きた殺人事件は寝耳に水の出来事だったようで、銀灰色の瞳を見開いて驚いていた。
この反応は犯人ではない。この雷雨に半泣き状態で用務員室に戻ってくるほどの精神面がヨワヨワなエドワードに、殺人などという重罪を犯せる訳がないのだ。絶対に怖くて出来ないはずだ。
なおも問題児を疑うのであれば、実力行使で黙らせるしかない。具体的に言えば拳で黙らせる、やはり暴力は正義だ。
グローリアは納得いかないような表情で、
「まあ君たちが犯人だろうが何だろうが知らないけどね」
「表情は納得してねえ様子だなァ? ぶん殴るぞ?」
「暴力的だなぁ!!」
拳を握りしめて笑顔で言うユフィーリアから距離を取るグローリアは、
「まあどうでもいいけど、
「あ、そう」
ユフィーリアは適当に言うと、
「エド、今日の夕飯はどうする?」
「アイゼたちに合わせて子供が好みそうなご飯がいいよねぇ。定番のオムライスとかぁ、ハンバーグとかかねぇ?」
「じゃあどっちも作るか。2人でやりゃ手間じゃねえだろ」
「そうだねぇ。小さいハンバーグならオムライスに添えても美味しそうだねぇ」
犯人から除外されたのであれば、そろそろ夕飯の支度をしなければまずい。
外は雷雨に見舞われ、時間感覚が狂いがちだが、時間はもうそろそろ夕刻に差し掛かろうとしていた。いつもだったらこの時間帯から夕飯の支度に取り掛かるのだ。今回は子供たちのこともあるので、手際よくやらなければならない。
しかし、人間の心を持たない学院長には関係なかった。
「君には
「はあ!? ふざけんなグローリア、犯人はアタシらじゃねえって言っただろうが!!」
「教職員に被害者が出て、ただでさえ人手が足りないんだから。生徒たちに手伝わせる訳にはいかないでしょ?」
「だからって手伝わせんなよ!! 知るかよ勝手にやってろ!!」
ユフィーリアは硝子製の壺を抱えて居住区画に戻ろうとするが、グローリアが硝子製の壺を取り上げてしまう。慣れた手つきで転送魔法を発動させてどこかに送ってしまった、この野郎。
まさか、とグローリアを見やれば、彼は清々しいほどの笑顔を浮かべていた。嫌な予感しかしない。
グローリアはユフィーリアの耳を掴むと、
「はいはーい、問答無用で手伝ってもらうからね」
「イダダダダダダダダダダふざけんなお前何でアタシまで協力しなきゃいけねえんだふざけんなってばぎゃーッ!!」
耳を引っ張られながら、ユフィーリアはグローリアに連行されていくのだった。犯人から除外されたのならばそこで諦めてほしかったものである。
☆
ヴァラール魔法学院の地下空間には、大小様々な規模の儀式場が存在している。
剥き出し状態となった土の床には、等間隔に棺が並べられていた。数人の教職員が棺の中へ犠牲となった教職員の死体を詰め込み、棺の蓋を釘で留めている。死者蘇生魔法を使用する際には、棺に死体を詰め込んできちんと弔われた死者であることを示す必要があるのだ。
グローリアに連行されたユフィーリアは、大量の羊皮紙と1本の羽根ペンを押しつけられた。
「はい、申請書を書いて」
「はあー……」
深々とため息を吐いたユフィーリアはそっぽを向くと、
「帰るわ」
「帰らないで」
「アタシが犯人だってまだ疑ってんだろ、ふざけんなよお前。反旗を翻してやろうか」
「君に反旗を翻されたら学院が爆破されるだけじゃ足りないよ」
「分かってるならそれでいい。じゃあお疲れ」
ユフィーリアが華麗にその場から離脱しようとすると、グローリアが薄青の粘ついた液体をユフィーリアめがけてぶん投げてきた。
犯人などを捕らえる為に開発された魔法トリモチである。魔力が流されている間はどれほど暴れても剥がれることのない強固な拘束具だ。
虚無の表情でグローリアに魔法トリモチで捕らえられたユフィーリアは、
「何でだよォ、アタシは関係ないだろォ」
「死者蘇生魔法を使える教職員が少ないんだよ。君は使えるでしょ、魔法の天才なんだから」
「ここぞとばかりに魔法の天才を強調するんじゃねえ」
ユフィーリアは恨みがましげな視線をグローリアに突き刺すと、
「お前がやれよ、グローリア。アタシと同じぐらいに魔法が使えるご高名な学院長様なら申請書を作りながら
「出来る訳ないでしょ、そんな
「えッ!? 学院長ともあろうお方が
「そういう君は出来るの?」
「当然だろ。魔法の大天才なユフィーリア様だぞ? 出来ねえ訳ねえだろうが」
ふふーん、と自信満々に言ってからユフィーリアは「あ」と気づいた。
自分の有能さを示したらダメなのだ、この状況では。
一刻も早くこの場から離脱するには無能さを示さなければならないのに、どうして煽られて真実を言っちゃうのか。いやまあ
グローリアは「ふぅーん、そっかぁ」と笑いながら頷き、
「じゃあ頼んだよ、ユフィーリア。申請書を作りながら
「クッソが!!」
ユフィーリアの絶叫が広々とした儀式場に響き渡る。
並べられた棺の下には、複雑な魔法式を組み込んだ魔法陣がすでに配置されている状態だった。ある程度の準備は終わっているようなので、ユフィーリアが手を加えることはなさそうだ。
棺の数は全部で30もある。これらの死因を記した申請書を作成しなければならないのかと思うだけでうんざりする。グローリアは手伝うつもりはないらしく、死者蘇生魔法の準備を続ける教職員に指示を飛ばしていた。
魔法トリモチに囚われたままのユフィーリアは、渋々と自動手記魔法を発動させる。羊皮紙と羽根ペンが空中に浮かび上がり、文字をサラサラと書き込んでいく。
「えーと、死体の状況は? 死因は何?」
「おそらくだけど首を掻き切られたことによる殺人罪だと思うよ」
「思うって何だ、思うって。その程度の判断も出来ねえのか」
曖昧な返答をするグローリアを睨みつけたユフィーリアは、
「どれか棺を開けるぞ、グローリア。正確な死因を特定しねえと、申請なんか通んねえからな」
「うん、いいよ」
「あっさり言ってくれる」
ユフィーリアは自動手記魔法の他に魔法で棺の蓋を開け、中に横たわる死体の状態を確認する。
首を引き裂かれた状態以外は綺麗なものだが、全身の血がほとんどなくなっているのか干涸びている。死因は失血死か何かだろうか。
だが、首から大量に血を流すことなどあるだろうか?
「ん?」
ユフィーリアは棺の中に横たわる子供の死体をよく見てみた。
引き裂かれた喉に、何かの噛み跡がある。猛獣の歯形とは言い難く、まるで人間のそれであり――。
その噛み跡に、ユフィーリアは覚えがあった。
「なあ、グローリア」
「何かな?」
「これ、犯人特定できたわ」
ユフィーリアは棺から顔を上げ、グローリアに振り返る。それから自分が導き出した答えを告げた。
「
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