第4話【問題用務員と強力な助っ人】

 そんな訳で、解除薬の調合を請け負ってしまった。



「はあー……これから後先考えずに問題行動を起こすのは止めようかな」



 学院長室から追い出されたユフィーリアは、赤ん坊2名を抱きかかえた状態で深々とため息を吐いた。

 今回の件は自業自得としか言いようのない結末である。本当は時間経過で戻る魔法薬を調合したつもりだったのだが、時間を指定する呪文を唱え忘れてこれだ。自分たち問題児は高みの見物を決め込むから楽しいのであって、巻き込まれるのは趣味ではないのだ。


 ともかく、解除薬の調合は必要だ。ユフィーリアの両腕には、ずっしりと重たい赤子が2人も抱きかかえられているのだから。



「これからはきちんと計画を練るわ」


「計画を練っても無駄な気がするから止めときなよぉ」



 派手な色のドレスを巻きつけただけのアイゼルネを抱えるエドワードが、ユフィーリアの考えを真っ向から否定した。



「絶対に『こんなのじゃ面白くない!!』って叫ぶオチが見えてるよぉ」


「よく分かってんじゃねえか」


「付き合いが長いからねぇ」



 さて、解除薬の調合には植物園に行く必要がある。

 もちろん代替品で調合することも可能だが、学院長のグローリアから「粗悪品を作らないでよ、それでも魔女なの!?」と説教と煽りを同時にやられそうなので最初から魔法植物を使うことにする。


 だが、ここで問題だ。まともに動ける人物が、ユフィーリアとエドワードの2人しかいないことだ。



「ごめんなさいネ♪ おねーさんも動ければいいんだけど、足が動かないのヨ♪」



 ドレスの裾からダラリと垂れ落ちるアイゼルネの両足は、球体関節が特徴の義足だった。まるで操り人形のような木製の義足である。

 彼女の両足は生まれた時からなかったのだ。いわゆる欠損児である。不完全な状態で産み落とされたアイゼルネは、自由に歩くことすらままならなかったのだ。


 彼女が自由に歩けていたのは、あの踵の高い靴のおかげである。あの靴を履くと義足の両足が、まるで本物の両足の如く自由に動かすことが出来るのだ。あまり足を見せるような格好をしないのも、義足である足を気遣ってのことである。



「あの靴の大きさは変えられないのぉ?」


「礼装の1種だから新しく仕立てなきゃいけねえな。しかも被服室に常備されている素材じゃねえから、今日明日で簡単に仕立てられるモンじゃねえんだよな。魔法の組み上げも特殊なものになるし」



 生活魔法でも衣服を仕立てることはあれど、靴を仕立てることはあまりない。アイゼルネが履いているあの踵の高い靴は特殊な素材で作られているので、今から作るとなったら解除薬の調合が遅くなる。学院長からの雷が落ちるのも時間の問題だ。

 ここは車椅子で我慢してもらうか、ショウとハルアの世話をしてもらいながら用務員室にて待機していてもらうかの2択である。ただ、後者を選ぶ場合は足が不自由なアイゼルネ1人だけだと不安だ。


 ここは誰かに面倒を見ていてもらいたいところだが、さて学院で子供の扱いに長けた人物はいただろうか?



「おや、ユフィーリア君。少し合わない間に髪が伸びたようだが、一体何かあったのかね? イメチェンかね?」


「お、親父さん」


「あ、キクガさんだぁ」



 用務員室へ帰る道すがら、髑髏仮面が特徴の綺麗な和装美人に呼び止められる。

 足元まで届かん勢いで長い艶やかな黒髪と、桜柄が特徴の綺麗な白い和服が目を惹く。細い腰を強調するように赤い帯を巻きつけ、紅色の組紐が帯を飾っている。カラコロと漆塗りの下駄を鳴らし、その手には鬼の絵が描かれた紙袋が提げられていた。


 髑髏どくろ仮面を外して頭の上に乗せれば、少女めいた顔立ちと夕焼け空を溶かし込んだかのような赤い瞳がお目見えである。優雅に微笑む姿は和装美女という言葉が似合うけれど、桜色の唇から紡がれる声は低く涼やかな男性の声だ。

 ショウの父親であるアズマ・キクガだ。普段は死後の世界――冥府にて冥王の第一補佐官を務めているが、今日は非番だからか女装した状態で学院を訪問したらしい。


 キクガはユフィーリアの抱える2人の赤子と、小さくなったアイゼルネを抱えるエドワードへ順番に視線を巡らせる。



「おや? いつもの仲間はどこに? 今日は別の人物を連れているようだが」


「親父さん、この赤ん坊を見て何か思うところは?」


「んん?」



 ユフィーリアは腕に抱いたショウをキクガに見せる。


 赤子の状態でも、ショウは自分の父親の存在が分かったようだ。紅葉のような小さいお手手を懸命に広げて、甲高い声で「とー、しゃ」と呼ぶ。随分とお喋りが上手な1歳児だ。

 キクガは赤子になってしまった愛息子をじっと見つめ、



「おや、ショウ。赤ん坊に変身してしまったのかね?」


「若返りの魔法薬を食らっちまってな」


「赤ん坊の姿を見るのは久々な訳だが。妻が生きていた頃を思い出す」



 キクガは赤ん坊となったショウをユフィーリアの腕から受け取ると、慣れた手つきで抱きかかえる。懸命に伸ばされる愛息子の手に指先を伸ばすと、ショウは実の父親の指先をギュッと掴んだ。

 息子の可愛らしい姿を前に、父親であるキクガもメロメロである。愛おしげに微笑んでもいた。その気持ち、大いに分かる。


 楽しそうに笑うショウをあやすキクガは、



「ということは、一緒にいるのはエドワード君たちかね?」


「そうでぇす」


「そうヨ♪」


「だー」



 キクガの質問にエドワード、アイゼルネ、ハルアの順番で応じた。最後のハルアだけはユフィーリアに抱きかかえられた状態で、元気よくお手手を上げて返事をしていた。



「なるほど。それで、元に戻る方法はあるのかね?」


「解除薬が必要になってくるんだ。これから植物園に行って、材料になる魔法植物を採取しなきゃいけねえ」



 キクガは「ふむ」と頷き、



「それなら、彼らの面倒は私が見ていよう」


「お、いいのか?」


「もちろんだとも」



 自信満々に胸を張るキクガは、



「これでも4歳までショウを育てていた実績がある。子供の面倒を見るぐらいなら問題はない訳だが」


「おお」


「頼もしい助っ人だねぇ」



 ショウの実の父親であるキクガは、早くに妻を亡くしてからショウが4歳になるまで育てた実績がある。その後は惜しくも交通事故によって元の世界を去り、このエリシアに転移してきたのだが詳細は面倒なので割愛する。

 強力な助っ人の出現に、ユフィーリアとエドワードの瞳が輝いた。キクガであれば安心してアイゼルネとハルアの面倒も任せられる。


 ハルアやアイゼルネもキクガの申し出に異論はないようで「賛成だワ♪」「だーい」と早くも受け入れていた。



「じゃあ悪ィけど、植物園から帰ってくるまで面倒を見ててくれるか? ああ、アタシとエドもコイツらを用務員室に連れて行ってから植物園に行くけど」


「構わないとも」



 愛息子の柔らかなほっぺたを堪能しながら、キクガは「それにしても」と首を傾げる。



「ユフィーリア君は随分と赤子の扱いに手慣れているようだが、まさか子育て経験があるのかね? 随分昔に伴侶を亡くしたとか?」


「み゛ッ」



 キクガの突拍子のない質問に、何故か彼の腕の中で抱かれているショウが変な声を上げた。それから赤い瞳をこちらに向けてきて、徐々に潤ませていく。

 言葉をまともに話すことが出来ない状態でも、彼の言いたいことは理解できる。「俺の他にも大切な人がいたのか……?」と目からヒシヒシと伝わっていた。


 ユフィーリアは「そんなんじゃねえよ」とキクガの質問に否定で返し、



「前に魔法薬学の授業を邪魔した時、適当な魔法植物を生徒の大釜の中にぶち込んだらそれが爆発してな。生徒全員が赤ん坊になる事件が発生して、赤ん坊になった生徒の面倒を任されたことが何度かあるだけだ」


「…………それは解除薬が必要な類だったのかね?」


「ンにゃ、その時は時間経過で戻った。もうな、200年ぐらいの前の話だよ」



 本当に懐かしいことだ、あの時は酷い目に遭った。

 怒り狂った学院長の手によって魔法薬学室に閉じ込められ、魔法薬の暴走で赤ん坊になってしまった生徒たちが元に戻るまで面倒を見るようにと通達されたのだ。それを過去に数度ほど繰り返しているので、赤ん坊の扱いには慣れてしまった。


 キクガは「そんなことだろうと思った」と呆れ、ショウは赤ん坊なのに安堵の息を吐くという感情の豊かさを見せつける。外見は赤子でも中身は変わらない、という魔法薬の効果を示してくれていた。



「まあ、君ほど優秀な魔女であれば解除薬も問題なく作れることだろう。この姿では何かと不便だろうから、早く元に戻してあげなさい」


「そうするさ。――はあ、今度から絶対に対策を練るわ。今回は油断したわ」


「だからぁ、絶対に意味ないから止めなよねぇ」



 そんな他愛のない会話を繰り広げながら、ユフィーリアたち問題児はキクガという強力な助っ人を得て用務員室に戻るのだった。

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