第3話【問題用務員と戻る条件】

「全く君たちはいつもいつも問題行動ばかり起こしてたまには仕事をしようとは思わないのただでさえ人手が足りていないっていうのに君たちは真面目に仕事をすれば優秀なんだからもう少し問題行動を抑えて働いてよちゃんとお給料も払ってるんだから『勤労・勤勉』が嫌いなんて言葉は通用しないよ僕たちだって真面目に働きながら魔法の研究だってやってるんだから君たちだけ自由に過ごすとかあり得ないよね聞いてるのねえ聞いてる?」


「全くの『ま』の字から聞かなくなった」


「君って魔女は!!」



 ふかふかの学院長室の床に正座をさせられ、長々とした説教を受けるユフィーリアとエドワードはすでに聞く気が失せていた。

 もう呼吸をしないで矢継ぎ早にあれこれと言ってくるものだから、もう何が言いたいのか全然分からない。おそらく「悪戯ばかりしてないで真面目に働け」と言っているのだろうが、勤勉・勤労を嫌う問題児にとって酷な要求である。


 グローリアは「もう!!」と怒ると、



「子供になった教職員は全部で27人、赤ん坊になった教職員は3人だよ。今日はまともに授業が出来ないじゃないか、どうしてくれるのユフィーリア」


「閉校すればいいんじゃねえかな」


「君の問題行動が原因でヴァラール魔法学院を潰してたまるか!!」



 キンと喧しいグローリアの絶叫が、学院長室に響き渡る。


 怒り心頭なご様子の学院長を華麗に無視して、ユフィーリアは膝の上に座った赤ん坊のショウを撫で回していた。モチモチの頬は極東の伝統的な料理の1つである『餅』と似ていて、いつまでも触っていたくなる柔らかさだ。ショウもユフィーリアに頬をムニムニと弄られても嫌がる素振りを見せず、むしろ「ふぃー」と嬉しそうに笑っていた。

 成長した姿も可愛らしいが、子供の姿は別方向で可愛さが天元突破していた。母性本能が容赦なく刺激される。この赤子の為なら世界を敵に回したっていいと思えるほどに。


 隣に並んで正座をさせられるエドワードも、膝の上に乗せた赤子のハルアと遊んでいた。学院長の説教などそっちのけである。腹をくすぐられて楽しそうに笑うハルアに、エドワードもデレデレの表情を見せていた。野生的なイケメンが台無しだ。



「ユーリ♪ これでどうかしラ♪」


「お、凄えなアイゼ。手先が器用だな」



 すると、ユフィーリアの長い銀髪を纏めていたアイゼルネが作業終了を報告してきた。

 床に届くほど長かったユフィーリアの銀髪は、魚の骨の如く複雑な編み込みを施されて地面につかないように配慮されている。僅か10歳程度の少女が挑戦するにはなかなか難しい髪型である。よくこんな髪型に出来たものだ。


 自信満々に薄い胸を張るアイゼルネの頭を撫でてやるユフィーリアは、



「助かった、ありがとうな」


「ふフ♪ これぐらいならいつでもやるワ♪」



 ユフィーリアに褒められて嬉しいのか、アイゼルネはニコニコと嬉しそうに笑っていた。

 膝の上に乗るショウも、複雑に編み込まれたユフィーリアの銀髪を「あー!!」と手を叩きながら称賛した。1歳なので上手く喋れないだろうが、紅玉ルビーにも似た赤い瞳をキラッキラと輝かせているので称賛していると予想する。


 ユフィーリアの背中から手を回し、アイゼルネもショウのモチモチほっぺを突いていた。アイゼルネにも嫌がる素振りを見せず、彼は「あー、ねー」と懸命にアイゼルネの名前を呼ぼうとしていた。



「君たち、今の状況を分かってないね?」


「説教を受けるつもりはねえからなァ」


「早く解放してくれるぅ? 学院長室って玩具とかないからぁ、ハルちゃんが飽きてきちゃってるんだよねぇ」


「あラ♪ いつもだったらお紅茶を淹れている時間帯だワ♪」



 普段より輪をかけて説教に耳を傾けない問題児に、グローリアの脳内からブチィという音がした。



「――――いい加減にしろ!!!!」



 グローリアが怒号を轟かせると、それまで和やかに赤ん坊となったショウとハルアを構っていた問題児どもが黙る。



「――――びええええええええええええええええええッッ!!!!」



 しかしそれと同時に、赤ん坊となったことで涙腺がゆるゆるのガバガバになってしまったショウが烈火の如く泣き出してしまった。


 警報音にも負けない泣き声を学院長室全体に響かせるショウは、ユフィーリアの黒装束にしがみついて涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった顔面を押し付けてくる。よほどグローリアの怒号が怖かったのか、ユフィーリアの腕や腹を懸命に掴んで泣きじゃくる。

 ユフィーリアはショウの小さな身体を抱き上げ、ポンポンと背中を撫でてあやしてやる。「大丈夫だ、ショウ坊。大丈夫」と優しく語りかけながら、



「今な、お兄ちゃんが親父さん直伝の卍固めを披露してるからな」


「あーだだだだだだだだだだだ!! ちょ、僕は悪くないよね!? 正当な説教だったよねぇ!?」


「うるさいよぉ、幼いショウちゃんを泣かせておいて正論が通じると思ってんじゃないよぉ!!」


「ぎぃーッ!!」



 エドワードに卍固めをかけられるグローリアの足元では、ハルアがポコポコと小さな拳を振り上げて脛を重点的に攻撃していた。「よくもショウちゃんを泣かせたな!!」と言わんばかりの勇敢な行動である。さすが面倒見のいい先輩だ、赤子になっても精神は健在か。


 ユフィーリアの完璧なあやしと手先が器用なアイゼルネによる手品によってご機嫌を取り戻したショウは、グスグスと赤くなってしまった鼻を啜りながら恨みがましそうな視線を学院長に向ける。視線に恨みつらみがこもっていた。多分学院長は悪くないが、彼らに常識が通じるとは思わないことだ。

 卍固めから解放され、グローリアはため息を吐いて「まあそんなことより」と話を切り替える。



「いい加減に戻してよ、ユフィーリア」


「あ? 何がだよ」


「若返りの魔法薬だよ」



 グローリアに戻すよう指示されたユフィーリアは、



「これって時間経過で戻る奴だから別に良くねえか?」


「え? いやいや、これ絶対に解除薬が必要だよ。時間経過で戻るんだったら、僕も君も戻ってるはずでしょ? エドワード君やハルア君も戻る頃合いだと思うし」


「あー、そうか」



 ユフィーリアは納得したように頷く。


 魔法薬には耐性があり、時間経過で戻る種類の魔法薬だったら身体についた耐性が魔法薬の効果を中和することで戻るのだ。ユフィーリアとグローリアは自慢ではないが魔法薬に高い耐性があるので、時間経過で戻る魔法薬を浴びても5分程度で戻ることが出来る。

 だが、不思議とユフィーリアの姿もグローリアの姿も戻らない。魔法薬に高い耐性を持っていても中和されずに戻らない場合は、魔法薬の効果を解除する『解除薬』が必要になってくる。


 そうなると、今回の若返りの魔法薬は解除薬が必要なものになるのか?



「いやいやいや、ちゃんと時間経過で戻るって作ったぞアタシは!?」


「あれぇ?」



 ちゃんと魔法薬を作ったと主張するユフィーリアに、エドワードが首を傾げて言う。



「魔法薬を調合する呪文の段階でぇ、ユーリってばくしゃみしてたじゃんねぇ。それが原因じゃないのぉ?」



 そう指摘され、ユフィーリアの脳内に当時の光景が再生される。



『〈混ざれ〉〈混ざれ〉〈等しく〉〈混ざれ〉』



 材料を投下した大釜を掻き混ぜながら、ユフィーリアは魔法薬の調合に必要な呪文を唱える。



『〈境界は曖昧に〉〈境目は存在せず〉〈等しく〉〈混ざれ〉』



 その時、掻き混ぜている際に舞った埃がユフィーリアの鼻孔を掠めた。

 むずむずとした痒みが襲いかかり、魔女でも耐えられない生理現象が魔法薬の調合中であるユフィーリアに忍び寄った。


 そしてとうとう、その生理現象が顔を覗かせてしまう。



『〈時は〉――はぶっしゅぅんッ!! うあー』


『大丈夫か、ユフィーリア?』


『盛大なくしゃみだったわネ♪』


『あれ今どこまでやったっけ。まあいいか……えーと〈混ざれ〉〈混ざれ〉』



 ――そういえば、時間設定の呪文を唱えている最中にくしゃみをして忘れていたような気がする。



「…………」


「…………ユフィーリア?」



 ダラダラと冷や汗を噴き出すユフィーリアの顔を覗き込むグローリアは、



「言ってごらん?」


「えーと……」


「うんうん」


「そのー……ですね……」


「うんうん」


「…………くしゃみで時間設定の呪文をスッポ抜かしました、誠に申し訳ございません」


「そっかぁ」



 朗らかな笑顔を浮かべるグローリアは、ユフィーリアの顔面を鷲掴みにして5本の指先に力を込めてくる。



「なぁぁぁぁぁぁにしてんのかなぁぁぁぁぁぁ、ユフィーリアぁぁぁぁぁぁぁぁ?」


「あーだだだだだだだだだだだだだだ!! ごめんってごめんって悪かったよグローリア今回ばかりは謝るからぁ!!」



 いつもは怒られるだけだったが、今回に限って暴力に訴えてくるとは驚いた。このもやし、どこに顔面を鷲掴みにする力を隠し持っていた。


 グローリアは「全くもう」とか可愛いようで全然可愛くないことを言いながら、ユフィーリアの顔面を解放する。思わず自分の顔面が変な感じに歪んでいないか心配になって触ってみたが、何の問題もなかった。意外と顔面も頑丈である。

 ちなみに最愛の恋人たるユフィーリアに暴力を振るった学院長を、ショウは物凄い形相で睨みつけていた。1歳の赤ん坊がする表情ではなかった、と後にアイゼルネが語った。



「じゃあ君たちには解除薬を作ってもらわないとね」


「おう、分かった」


「あれ、やけに素直に応じたね」



 解除薬の調合に前向きな姿勢を見せるユフィーリアに、グローリアは「珍しいね、いい傾向だよ」と嬉しそうに言った。


 そんな訳がないだろう、ユフィーリア・エイクトベルはいつでもどこでも我が道を突き進む面白さの探求者だ。問題児は最高の褒め言葉、説教を受けたぐらいで改心する気などサラサラないのだ。

 だから当然だが、解除薬を作るのもこうなるのだ。



問題児ぜんいんの分を作ればいいだろ?」


「変なルビを振らないでよ、全員分だよ全員分。君が子供に変えた被害者全員だよ」


「手間賃込みで給料3割増しにしてくれるなら」


「君が蒔いた種だから、今月の君のお給料だけ3割減ね」


「ヴエエエエ嘘だろマジかやめてよーやめてよー!!」



 情けなく学院長の足にしがみついて減給回避の為に『ごめんなさいの歌』を披露し、それを受理する代わりに若返りの魔法薬の被害者全員分の解除薬を作る羽目になったユフィーリアだった。

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