第9話【???と異世界少年】

 可哀想に。



 第七席【世界終焉セカイシュウエン】は思う。


 絶望した表情で立ち尽くす、可愛らしいメイド服に身を包んだ女装少年。異世界から召喚されたばかりでまだこの世界に馴染んでいない影響か、第七席【世界終焉】の終わりが適用されなかった。

 だから××××・××××のことを覚えていたのだ。もう誰も彼のことを覚えていないのに、あの女装少年だけは覚えてしまっているのだ。



 可哀想に。



 誰も覚えていない中、××××・××××のことを覚え続けているのは酷だろう。

 あまりにも可哀想ではないか。全ての人間の記憶から、全ての世界の記録から消えても、彼の中で存在しない人物がずっと残り続けるのだ。忘れることも出来ず、あの女装少年の中で××××・××××はずっと生き続けてしまう。


 それは許さない、許されない。



 あの罪人の怨嗟も、記録も、存在も。覚えているのは自分だけでいい。



 辛く苦しいことを背負わせる必要はない。

 覚えているなら忘させればいいだけの話だ、簡単なことである。第七席【世界終焉】はそのことを可能とする。


 すなわち、アズマ・ショウという少年からかの罪人の全ての記憶・記録を摘み取ること。



 ――シャキン。



 曇りも錆もない銀製の鋏が鳴る。


 糸を切断するように鋏が鳴ると同時に、絶望の表情をしていたあの女装少年はキョトンと赤い瞳を瞬かせた。それから「?」と首を傾げる。

 怪訝な顔で周囲を見渡し、肩に乗っていた金属製のドラゴンを指先で撫でてやりながら彼はポツリと呟いた。



「……あれ、俺は何の話をしていた?」


「××××・××××を知っているかって話だったよ!!」


「誰だ、それは? ハルさんの知り合いか?」


「知らないよ!!」


「おいおい、どうしたショウ坊。調子が悪いなら早めに休むか?」


「いや問題ない、体調は万全だ。――ただ何の話をしていたのか、××××・××××が誰なのか、もう思い出せないんだ」



 不思議そうに首を傾げる彼は、



「まあ俺にとっても重要な人物ではなかったのだろうな」


「そっかァ。体調が悪かったらいつでも言えよ」


「心配をかけさせてすまない、ユフィーリア。ロザリアの散歩に行ってくる」


「気ィつけてな。ハルもついて行ってやれ」


「分かった!!」



 何事もなかったかのように時間は動き出す。××××・××××という人物を忘却し、あるべきように。

 それをただ傍観する第七席【世界終焉セカイシュウエン】はそっと微笑んだ。


 平穏無事な世界が今後も続くことを喜ぶように、音もなく言葉にする。



 これでいい――これでいい。



 その言葉は、どこか寂しげだった。

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