第13章:ちるどれん☆ぱにっく〜問題用務員、子供化魔法薬大暴走事件〜

第1話【問題用務員と若返りの魔法薬】

「全員注目」



 魔法薬学を担当する男性教諭に、生徒たちの視線が集中する。


 広々とした魔法薬学室には、机や椅子などの代わりに大釜が設置されている。現在はただのお湯がグツグツと煮えている状態で、これから薬の材料となる魔法植物が順次投下される予定だ。

 2段構造となった黒板は、隅から隅まで文字がビッシリと書き込まれていた。今回、授業で調合する予定の魔法薬の調合手順だ。使用する魔法植物の図解まで書き込まれ、余計なことをしなければ失敗せずに終わる手筈となっている。


 緊張感の漂う表情で担当教員の次の言葉を待つ生徒たちを前に、魔法薬学という危険な授業を受け持つ男性教諭は口を開く。



「魔法薬学は非常に危険な授業だ。だが、魔女や魔法使いにとって魔法薬とは切っても切れない縁がある」



 世の中に流通している薬品は、大半が魔法薬だ。魔法薬は魔女や魔法使いにしか調合できず、製品として流通させるには魔法薬学の授業をしっかり学ぶ必要がある。


 ただし、魔法薬学はかなり危険度の高い授業だ。

 魔法植物の種類や投入する順番が狂うと、爆発や猛毒を振り撒く危険性がある。それだけではなく本来使うはずの魔法植物を別のものに置き換えれば、違う効果を持つ魔法薬が完成してしまう恐れがあるのだ。


 完成した魔法薬は、人体に悪影響を及ぼすものかもしれない。もしかしたら1滴でも口に入れれば死んでしまうことも考えられる。魔法薬が完成しても気が抜けないのだ。



「だからこまめに調合手順を確認し、焦らずゆっくりと調合するように。1つでも手順を間違えれば死ぬと思え」



 男性教諭は脅しのような言葉を選ぶが、決して生徒たちを怖がらせる為に言っている訳ではない。彼らが無事に魔法薬を完成させる為に、調合に集中せよと告げているのだ。


 生徒たちはゴクリと生唾を飲み込む。

 これから彼らが挑むのは、生きるか死ぬかの授業だ。命懸けの授業なのだから緊張感も最高潮である。この場で体調不良になって倒れる生徒がいないことが奇跡だ。


 男性教諭は調合開始の号令をしようと息を吸い込んだところで、





「れっつぱーりーッ!!」





 頑丈に施錠魔法をかけたはずの扉が、何故か開かれた。


 意味の分からん奇声を上げながら魔法薬学室に突撃してきたのは、銀髪碧眼で黒衣の魔女である。誰もが振り返る美貌には悪魔の微笑みを称え、雪の結晶が刻まれた煙管キセルを咥えている。

 さらに彼女の両手には、パンパンに水が詰め込まれた風船らしきものが握られていた。いいや風船にしては生地が薄すぎる。そんな素材があるのかと疑問に思うのだが、世の中にはそんな薄い生地で作られる水風船があるのだ。


 ご存じ、避妊具による水風船(笑)である。もう明らかにヤバい予感しかしない。



「げェ、問題児!!」



 男性教諭が顔をしかめると同時に、銀髪碧眼の魔女は右手に握った水風船(嘘)を投擲する。


 ドパァン!! と顔面で馬鹿が作った水風船を受け止める男性教諭。

 これでただの水なら、服が濡れる程度で被害は収まった。わざわざ魔法薬学室に突撃して授業を妨害してくるのは、それだけで済まない証左だ。


 ぼひん、と間抜けな音を立てて男性教諭を白い煙が包み込む。



「な、な、な」



 白い煙から現れた男性教諭は、



「なんじゃこりゃーッ!!」



 見事に縮んでいた。

 正確に言えば、若返っていた。


 小さな手につぶらな双眸、着ていた服は大きさが合わずに足元までずり落ちている。傷跡のない真っ白な手を見つめ、可愛い子供の状態になってしまった顔をベタベタと触り、それから不思議な水風船をぶん投げてきた銀髪碧眼の魔女を睨みつける。



「こ、このもんだいじ!!」


「あーはははははは!! 若返りの魔法薬だ、思う存分に楽しめよ!!」



 哄笑を響かせて「あばよ!!」と叫んだ銀髪碧眼の問題児は、その場から脱兎の如き勢いで逃げ出した。


 この日、魔法薬が悪用される事件が発生した。

 犯人はヴァラール魔法学院が創立当初から抱える問題児ども――すなわち、用務員連中である。



 ☆



 きっかけは、問題児としても用務員としてもまだ可愛い新人の女装メイド少年――アズマ・ショウによる何気ない一言だった。



「この前の水風船に、魔法薬を入れたら面白いのではないか?」



 今日も今日とて用務員の仕事はせず、全方位に迷惑をかけるような悪戯を考えていた史上最悪の問題児であるユフィーリア・エイクトベルは瞳を輝かせる。



「それいいな、採用」


「でもぉ、どんな魔法薬にするのぉ?」



 鉄アレイで日課の鍛錬中だった強面巨漢――エドワード・ヴォルスラムが、むさ苦しく汗を流しながら魔法薬の内容を問いかける。


 水風船に魔法薬を詰め込むのはいいが、問題はその詰め込む魔法薬の内容である。

 どんな魔法薬が面白いだろうか。鼻毛を伸ばすか、顔中を黒子ほくろだらけにしてやるか、それとも性転換をさせようか。別々の魔法薬を詰め込んで効能をごちゃ混ぜにするのも悪くない。


 すると、エドワードの腕に猿の如くしがみついていたつなぎ姿の少年――ハルア・アナスタシスが「はい!!」と元気よく提案。



「子供になるのは!?」


「お、ハルが珍しくいい意見を出してきたな。どこの誰の入れ知恵だ?」


「ショウちゃん!!」



 問題児どもの視線が、長椅子ソファに腰掛けて優雅に読書をしていた女装メイド少年に集中する。



「ああ、俺の世界でよく聞いた話なんだ。魔法薬の事故で子供になってしまったり、非常に若返って赤ん坊になってしまったりと様々だ」


「ショウ坊の元いた世界って、何で魔法薬の事故にそんな詳しいんだ?」


「妄想力のなせる技だと思う」



 ユフィーリアは両腕を組んで「ふむ」と考える。


 ショウの元の世界の文化が気になるところではあるものの、子供化魔法薬もとい若返りの魔法薬についてはなかなかいい案だ。若返りの魔法薬は比較的作りやすく、魔法植物も代替が効くものばかりである。わざわざ植物園を荒らして学院長から余計なお説教を受けたくない。

 それに、最近では若返りの魔法薬も色々と効能があることが発見されたのだ。今回はそれを試してみるのもいいだろう。



「アイゼ、今日の新聞は?」


「こっちにあるわヨ♪」



 紅茶の準備をしていた南瓜カボチャ頭の娼婦――アイゼルネが、胸の谷間から今朝の新聞を抜き取って手渡してくる。ちょっとホカホカしていた。


 ユフィーリアは特に言及することなく、新聞の一面に注目する。

 そこに書かれていたのは『新たな効能を発見? 若返りの魔法薬の研究に進展か!!』とある。調合手順のおまけつきだ。



「何か書かれているのか?」


「若返りの魔法薬についての新たな効能だな」



 ユフィーリアは魔法薬の使用材料を確認しながら、ショウの質問に答える。



「若返りの魔法薬って、見た目に精神が引き摺られるんだよ」


「ということは、見た目と同じく中身も子供になってしまうという訳か?」


「そういうこと」



 優秀な頭脳を持つショウに、ユフィーリアは「さすがショウ坊だな」と賛辞を送った。素直に褒められたショウはどこか満足げである。


 若返りの魔法薬の今までの効能は、見た目と同じく中身も退行してしまうというものだった。それが新しく発見された効能は、見た目だけを若返らせる魔法薬らしい。

 それなら大いに楽しめそうだ。元に戻った時も記憶は継続されるので、子供になった姿を存分に楽しんでから元に戻せばいい。どうせ怒られるのは確定しているのだから。



「よし、それなら早速準備だ準備」



 ユフィーリアは新聞を閉じると、



「エド、ハル。購買部から避妊具をありったけ買ってこい。水風船に使ってやる」


「はいよぉ」


「任せて!!」



 エドワードとハルアに避妊具購入の金銭を渡し、ユフィーリアは彼らの旅路を見送って次の行動。



「えーと、まずは大釜っと」



 雪の結晶が刻まれた煙管を一振りすれば、どこからともなく大釜が用務員室に召喚される。

 大釜は魔女の必需品だ。魔法薬を普段から調合しない魔女でも持っている代物である。用務員室に召喚した大釜も、ユフィーリアの私物である。


 使い込まれた大釜に魔法で出した水を投入するユフィーリアは、



「アイゼ、洗髪剤シャンプーと石鹸と髪につける香油と料理用の油を」


「並べたワ♪」


「早いな、おい」



 事務机の上には、若返りの魔法薬の調合に必要となる素材の数々が置かれていた。本格的な魔法植物ではなく、日用品ばかりだ。


 魔法薬学では魔法植物を使って薬の調合を行うのが主流だが、それをやるのはせいぜい中級者か挑戦を拒む小心者である。馬鹿な上級者は、こうして日用品で魔法薬の代用をするのだ。

 ちなみに魔法薬学が危険だということは重々承知している。手順を間違えれば爆発することも、猛毒を振り撒くことも、人体に悪影響を及ぼす効果を持った魔法薬が完成することも理解している。


 その上で、ユフィーリアはこれである。魔法薬学を隅から隅まで熟知している彼女なら、日用品だけで魔法薬が調合できてしまうのだ。



「洗髪剤や油だけで魔法薬が作れるのか?」


「これらを構成している成分は魔法植物だからな、作れないことはない」



 洗髪剤などの日用品の成分表を確認しながら、ユフィーリアはショウの質問に応じる。



「でも真似したらダメだぞ。魔法薬学は基本的にめちゃくちゃ危険度の高い授業だからな、手順を間違えたら死ぬぞ」


「死ぬのか」


「おうよ、もう酷い死に方をするから。アタシは魔法薬学なんて2000年前に極めたから出来るけど、初心者とか絶対に真似したらダメだからな」



 しかも魔法薬の効能は自分で試さず他人に押し付ける、という問題行動っぷりも健在である。絶対にやらん、絶対にだ。


 洗髪剤の成分表を確認して魔法薬の調合に使えそうなものを吟味するユフィーリアは、ふと思い出したように「あ」と言う。

 それから彼女は、可愛い新人であり最愛の恋人へと振り返った。本日のお召し物は雪の結晶が刺繍された通常のメイド服に加えて、赤い魔石が特徴のループタイを装備している。艶やかな黒髪は太い三つ編みにされ、小さな花があしらわれた髪飾りを散りばめており、おとぎ話から飛び出したお姫様のようだ。


 恋人に見つめられて「どうした、ユフィーリア?」と可愛らしく小首を傾げるショウに、ユフィーリアは煙管の先端を突きつけた。



「ほいッ」


「わ」



 魔法でショウにゴーグルを装着させ、赤い目を守る。



「煙で失明したら困るからな。アイゼは南瓜のハリボテに防煙魔法がかかってるから問題ねえな?」


「もちろんヨ♪」



 アイゼルネは頭を覆う橙色の南瓜を示して応じる。

 彼女の南瓜はちょっとやそっとでは壊れない代物である。しかも有害な物質で目や鼻や喉を傷つけないように、煙を弾く魔法までかけられている始末だ。おかげで人体に悪影響のある有害な煙は、自動的に弾いてくれる優れものである。


 ユフィーリアは「よし」と頷き、



「じゃあエドとハルが帰ってくる前に調合を終わらせるか」



 そう言って、日用品を使った魔法薬の調合に取り掛かるユフィーリアだった。


 このあと、水風船に魔法薬を詰め込んで授業中の教室に突撃をかますことになる。

 クビになる可能性を顧みない馬鹿な奴らである。今に始まったことではない。

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