第8話【異世界少年と???の行方】

「失礼いたします、副学院長」


「こんちは、副学院長!!」


「はいこんにちはッス」



 問題児によって一時中断に追い込まれたヴァラール魔法学院の中間考査だが、次の日には再開されて何とか無事に終えることが出来た。

 当然ながら問題児による悪戯や問題行動のせいで遅れが生じた場所もあったが、まあそこは数百年単位で変わらないことなので教職員の対処も手慣れたものだった。慌てふためいていたのは問題行動の標的になった生徒ぐらいか。


 中間考査を終えてから翌日のこと、ショウはハルアと一緒に副学院長であるスカイの元を訪れていた。理由は中間考査で起きた問題行動の反省文を提出する為だ。



「こちらが反省文です。羊皮紙3枚分でよかったですか?」


「いいッスよ。反省文を羊皮紙で50枚も書かせたら大変ッスからね」


「羊皮紙が50枚に増えたら、最初の5枚だけはまともに書きます。残りはユフィーリアがどれほど格好いいのかを書きたいと思います」


惚気のろけはいらねーッスよ」



 ショウの書いた反省文を受け取ったスカイは、何かを思い出したように「あ、そうだ」と言う。



「ほれ、ロザリア。無事な姿をショウ君に見せてやるッスよ」


「ぐぎゃる!!」



 スカイの厚ぼったい長衣ローブの裾を盛大にめくって飛び出したのは、小さな金属製のドラゴンである。鋼鉄の翼をパタパタと懸命に動かして空を飛び、ショウの頭に着地を果たした。

 頭から肩の位置まで滑り落ちてきた金属製のドラゴンは、尖った鼻先をショウの頬にグリグリと押し付けて「ぐるるるる」とご機嫌な様子で喉を鳴らす。まるで猫のようだ。


 ショウはドラゴンの小さな頭を撫でてやると、



「ロザリア、元気そうで何よりだ」


「そッスよ、目もちゃんと新しい魔石に付け替えたんで見てやってください」



 ショウの肩に乗る金属製のドラゴンを抱き上げたスカイが、新しく付け替えたドラゴンの瞳を見せてくる。


 それまで夕陽のように真っ赤な魔石だったが、片方だけ蒼穹の如き色鮮やかな青色の魔石になっている。赤色と青色のオッドアイだった。

 金属製のドラゴンは「見て見て!!」と言わんばかりに両目を見開き、自慢げに鼻を鳴らしている。可愛い反応だった。



「凄え!! ユーリの目と同じ色だ!!」



 新しく付け替えられた青い魔石を目にしたハルアが、そんな評価を下す。


 そうだ、ユフィーリアの目と同じ色である。

 晴れ渡った空を彷彿とさせる綺麗な青色は、ショウの最愛の恋人であるユフィーリア・エイクトベルの瞳と同じだ。わざわざスカイが選んで付け替えたのか、それとも何か意味があるのだろうか?


 金属製のドラゴンは「ぐぎゃ、ぐぎゃ」と楽しそうに鳴いているが、その言葉は全く理解できない。残念ながらドラゴン語翻訳機は購買部の黒猫店長に返却してしまったのだ。



「『あのつがいのお姉さんと同じ色なんだよ』って自慢げに言ってるッスよ」


「え」


「ロザリアはショウ君とユフィーリアが番だと思い込んでるみたいッスね」



 副学院長のスカイは微笑ましそうに言う。


 番ということは、夫婦ということなのだろうか。

 まだユフィーリアとショウの関係は恋人の段階で、夫婦ではない。残念ながらそこまでの関係は築けていないというか、本人の意思がどうなのか不明で番に間違われるとユフィーリアは何と思うのか分からないので以下略以下略。


 顔全体を真っ赤にして悶々と考えるショウに、スカイの腕から脱出した金属製のドラゴンが強襲する。腕にしがみつき、肩をよじ登って「ぐぎゃ!!」と力強い一言。



「『早く番のお姉さんに見せに行こう』だって。見せに行ったらいいんじゃないッスか、ついでに散歩もさせてもらえるとありがたいッス」


「ぇぁぅ、はい」


「何か変な言葉が聞こえたッスけど」


「何でもないです」



 思わず意味をなさない声を漏らしてしまったがご愛嬌だ。慌ててショウは首を横に振って、問題がないことを示す。


 ドラゴンの散歩、となると思い出すのは××××・××××のことだ。

 あの時は飛んでいってしまった金属製のドラゴンを追いかけて中庭に行き、うっかりドラゴンを××××・××××に渡してしまったのだ。まさか渡した相手が史上最悪のドラゴン使いだとは知らなかったが、もうあんな轍は踏まない。


 ――そういえば、××××・××××はどこに消えたのだろうか?



「副学院長」


「はいはい、何スか」



 肩に乗る金属製のドラゴンを撫でながら、ショウは副学院長のスカイに問いかける。



「ウィドロ・マルチダってどこに行ったんですか? あの、史上最悪のドラゴン使いって呼ばれていた人なんですけど」


?」


「え?」



 不思議そうに首を傾げるスカイは、



「そんな人物、ボクは知らないッスよ。どっかの小説の登場人物ッスか?」


「いえ、あの、新聞でも有名なはずですけど……えっと、かなり古い新聞で、1つの国がドラゴンの被害で焼け野原になったって」


「ボクも新聞は読むッスけど、ドラゴンに関連する事件が起きたことはないッスよ。聞いたこともないッスね」



 その言葉は嘘を吐いているようには見えなかった。心の底から××××・××××という存在について知らないでいるようだった。


 もしかして、新聞をあまり読んでいないのだろうか。

 古い新聞の内容だったので、副学院長が新聞を読み始めたのはごく最近のことかもしれない。さすがに新聞の一面に載るような大事件を、すっぽりと忘れるのは考え難い。


 ショウは「そうですか……」と言い、



「ハルさんは何か聞いているか?」


「何が!?」


「いや、あの、ウィドロ・マルチダについて……」


!?」



 琥珀色の瞳を瞬かせて首を傾げるハルアは、



「オレそんな奴なんて知らないよ!!」


「え、でも」



 おかしい、ハルアは××××・××××に関連する新聞の記事を一緒に読んだはずだ。購買部の黒猫店長が新聞を出してきて、それをショウと共に読んで事態の深刻さを理解したのではないのか?



「ハルさん、購買部で俺と一緒に新聞を読んだだろう? あの内容は覚えていないのか?」


「覚えてるよ!! 国全体が大火事になった事件だよね!!」


「え、いやその事件じゃなくて」


「オレがショウちゃんと見た新聞の内容はそれだったよ!!」



 ハルアはそんなことを言うが、ショウの記憶では違うものだ。

 国を燃やす黒いドラゴンの絵の内容を覚えている。それが指し示す新聞の記事のことも記憶にある。


 それなのに、何故ハルアや副学院長の中では記憶がすり替わっている?



「ああ、これッスか。ボクもその事件は覚えてるッスよ」



 副学院長のスカイは古い新聞をどこからともなく転送すると、ショウに渡してくる。


 見覚えのある黄ばんだ新聞だ。日付もかなり古いもので、見覚えがある。あの史上最悪のドラゴン使いと言われていた××××・××××に関する記事が掲載されていた新聞だ。

 ただし、一面を飾っているのは違う記事である。『魔法実験の失敗? 国全体が大火事に見舞われ、大勢の住人が焼死』と題名が並んでいた。



「そんな……何で……」



 記憶に最も残っているのは、建物を燃やして人々を追い詰める黒いドラゴンの絵だ。

 それなのに、何故あの凄惨な様子を表す絵が変わっているのか。


 黄ばんだ新聞を握りしめて、ショウは呟く。



「ドラゴンが、いない」



 構図は完璧に記憶の通りだ。でもそこに、国を燃やすドラゴンの姿はどこにもなかった。



 ☆



 ショウは用務員室に急ぐ。


 ××××・××××は消えてしまった。この世界のどこにもいないことになっている。

 彼が起こした事件さえなかったことにされている。ドラゴンが起こした事件はなくなってしまい、それは魔法実験の失敗による大火事だということになっていた。ドラゴンもいなければ、××××・××××の存在もなかった。


 まるで、この世界から消えてしまったかのような扱いだ。



「ユフィーリア……!!」



 ショウにとって頼みの綱は、あの博識な銀髪碧眼の魔女の存在である。


 ユフィーリア・エイクトベル――彼女なら知っているはずだ。

 ××××・××××がどんな罪を犯し、どんなことをしてきたのか知っているだろう。学院長に次ぐ知識者だ、知らないことはない。



「ショウちゃんどしたの!? 何かあった!?」


「ごめんハルさん、今は説明している時間が惜しい!!」



 雪の結晶が刺繍されたメイド服のスカートを翻して廊下を疾駆するショウは、追いかけてくるハルアにそう返していた。ハルアの腕の中には目を白黒させる金属製のドラゴンがいて、急ぐショウの背中を眺めて「ぐぎゃ?」と不思議そうに首を傾げていた。


 用務員室の扉を蹴飛ばす勢いで開き、ショウは室内を確認する。

 エドワードとアイゼルネは揃って購買部に出かけたきり、まだ戻ってきていないようだ。用務員室には自分の席に座って読書中のユフィーリアかいて、駆け込んできたショウとハルアに驚いたような表情を見せる。



「ど、どうしたお前ら。副学院長に反省文を提出しに行ったんじゃねえの?」


「ユフィーリア、聞きたいことがあるのだが」



 肩で息をするショウは、



「ウィドロ――史上最悪のドラゴン使いと言われていた、ウィドロ・マルチダを知っているか? だ、誰も知らないって、新聞の内容もすり替わっていて……」




 ユフィーリアの返答は、そっけないものだった。





 ショウは絶望する。


 もうこの世界に、××××・××××の存在はない。誰も覚えていない。

 唯一、彼の犯した罪の内容を覚えているのはショウただ1人だけとなってしまった。そんな酷いことがあるのか。


 ××××・××××は、もうこの世にいない。

 その現実が、ショウの目の前に残酷にも突きつけられた。

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