第7話【問題用務員と痺れ攻防戦】

 そろそろ足が痺れてきた。



「…………痛え」



 学院長室の横で正座をするユフィーリアは、首から紐が通された木の札をかけて反省の真っ最中だった。

 木の札には少し癖のある文字で『私は副学院長の魔法兵器エクスマキナを乗っ取って中間考査を邪魔しました。反省中につき、餌を与えないでください』と書かれていた。家畜じゃないのだから『餌を与えないでください』という文言はいらない気がする。


 律儀に正座で反省中のユフィーリアは、



「グローリア、まだ正座してなきゃダメか?」


「ダメに決まってるでしょ」



 正座するユフィーリアの隣でわざわざ学院長室から持ち出した椅子に腰掛け、優雅に紅茶を啜りながら属性魔法の教科書をめくるグローリアはユフィーリアの質問を一蹴する。



「君のせいで中間考査を中断せざるを得なかったんだから」


「だからってもう2時間も正座してんだぞ。さすがに足の感覚がなくなってきたんだが?」


「へえ、2時間も正座してたらいい反応が期待できそうだね」



 グローリアは紫色の瞳を細めて綺麗に微笑むと、



「てやッ」


「ぎゃあああああッ!!」



 ユフィーリアは悲鳴を上げる。


 この鬼畜学院長、2時間も正座をしているユフィーリアの足を突いてきたのだ。雷を全身に受けたかのようにビクンビクンとうつ伏せでのたうち回るユフィーリアは、恨みつらみが篭った目でグローリアを睨みつけた。

 足が痺れて暴れるユフィーリアの痛みなど知ったことではないのか、グローリアはニヤニヤと笑っているだけだ。この意地の悪い学院長は、本当に教育者なのかと疑ってしまう。


 うつ伏せで倒れ伏すユフィーリアは指先で廊下を引っ掻き、



「クッソが……!!」


「あはははは、いい気味だね」



 とても素敵な笑顔で苦しむ問題児を笑い飛ばすグローリアは、再び優雅な読書に戻った。


 この野郎、何としてでも同じ目に遭わせてやる。

 徐々に足の痺れから回復したユフィーリアは、正座をすると見せかけて隠し持っていた雪の結晶が刻まれた煙管キセルを握る。それからそっと煙管を一振りし、



「〈痛みよ移れ〉」


「ぎゃあああああッ!?」



 優雅に読書の真っ最中だったグローリアが、絶叫して椅子から転げ落ちた。紅茶が並々注がれたカップも廊下に叩きつけられて粉々に砕け散り、飴色の液体が真っ赤な絨毯に染み込んでいく。

 ビクンビクンと雷に打たれたかのように痙攣するグローリアを眺めて、ユフィーリアは「ざまあみろ」と嘲笑う。魔法の天才たるユフィーリアにかかれば道連れなど簡単だ。


 ちなみにユフィーリアが使用した魔法は痛覚を共有する魔法である。自分が受けた痛みを他人にも伝播させる嫌な魔法だ。なので今回はユフィーリアの足の痺れをグローリアに伝播させてやったのだ。



「はははははは、ざまあみろグローリア!! 魔法ってのは便利だなぁ!!」


「こ、この……この魔法って解いてもしばらく痛みが残る最悪の魔法じゃないか!! 君って性格が悪いね!!」


「お前ほどじゃねえけどな、ほれほれ」


「イタッイタタタッ!! ちょ、やめ、触らないで!!」



 ユフィーリアはグローリアの爪先を割と強めに揉み込んでやる。靴を履いていてもさすがに痺れまでは緩和できないのか、痛そうな悲鳴を上げながらグローリアはのたうち回っていた。

 負けじとグローリアもユフィーリアの足を蹴飛ばしてくる始末である。ユフィーリアの場合、正座をさせる前提だったので靴を強制的に脱がされて裸足の状態だ。蹴飛ばされれば思い切り痺れが全身を駆け巡る。


 互いに醜い攻防戦を繰り広げていた。この光景を生徒が見ていたら「情けない学院長だ」と嘆くことだろう。



「…………ユフィーリア、大丈夫か?」


「お、ショウ坊」


「やあショウ君、こんにちは」



 床に突っ伏したままのユフィーリアとグローリアは、怪訝な表情を浮かべて学院長室までやってきたショウの存在に気づく。女学生風のメイド服によって足の痺れなど吹き飛ぶほど癒された。やはり可愛いは世界を救う。


 ショウはユフィーリアだけを抱き起こしてやり、心配そうな顔で「大丈夫か、ユフィーリア?」と聞いてくる。

 恋人の身を案じてくれるなんて、年下ながらも出来た恋人である。感動で涙が出そうになった。断じて2時間も正座させられて足が痺れた痛みによるものではない。



「さあ、用務員室に戻ろう。足が痺れて動けないなら、冥砲めいほうルナ・フェルノに乗っていけばいい」


「ありがとうなァ、ショウ坊。でもそろそろ痺れも抜けてきた頃合いだから大丈夫だぞ」


「そうか? あまり無理をしないでくれ。もし痛かったらすぐに言ってほしい、冥砲めいほうルナ・フェルノに乗せて用務員室まで送るから」


「もはや神造兵器レジェンダリィが乗り物としての扱いになってる」



 完全に冥砲めいほうルナ・フェルノを強力な武器兼便利な乗り物と認識しているショウに、ユフィーリアは苦笑せざるを得なかった。



「ちょっとショウ君、ユフィーリアはまだ反省の真っ最中なんだから邪魔をしないでよ」


「2時間も正座をさせれば十分じゃないですか」



 ユフィーリアに肩を貸して立たせてくれるショウは、廊下にうつ伏せの状態で寝転がるグローリアに冷ややかな視線を送る。



「それともアレですか、2時間正座以上の刑罰がお好みですか?」


「いやそうは言ってないんだけど」


「そうですか、分かりました。全く学院長は随分と虐められるのがお好きなんですね、特別にやってあげますので文句は言わないでくださいね」


「僕はそんなこと言ってないんだけど!?」



 廊下にうつ伏せで転がりながら訴えてくるグローリアの言葉など無視して、ショウが軽く右手を掲げる。

 どこからともなく生えてきた腕の形をした炎――炎腕えんわんが、うつ伏せ状態のグローリアの顎の辺りを持ち上げる。腰と両足を押さえつけ、背筋を強制的に反らす姿はとても痛々しい。


 甲高い悲鳴を上げるグローリアの姿を眺めるユフィーリアは、



「おー、凄えなショウ坊。綺麗なキャメルクラッチ」


「父さん直伝だ」


「あの親父さん、何でも知ってるよな」


「呑気に話してないで助けてよユフィーリア!!」



 異世界の競技である『プロレス』とやらの技名をかけられて苦しむ学院長の様を眺め、ユフィーリアは「ぷッ」と噴き出した。



「ざまあみろ」


「君だけ減給にしてやるからね!!」


「ショウ坊、グローリアが虐める」


「あ、ショウ君に泣きつくのは狡いでしょ!?」



 ユフィーリアが嘘泣きを披露しながらショウの朱色の着物の袖を摘むと、彼は綺麗に微笑みながらユフィーリアの肩をポンと叩いた。



「大丈夫だ、ユフィーリア。背骨を折る勢いで苦しめておくから、減給などさせない」


「ちょっと待って、本当に待って。これ以上やられちゃうと死んじゃう死んじゃう!!」


「死んだから副学院長の天下ですかね。楽しみです、副学院長は貴方よりも良識的だと思いますので」


「学院長の座を追われる……!?」



 学院長の椅子から引き摺り下ろされことに戦慄するグローリアに、ショウはさらにキャメルクラッチの威力を強めながら「減給の言葉を取り消してくれますか?」と優しい言葉で問いかけていた。もはや拷問である。

 さすがに虐められるのが大好きなグローリアでも強力すぎるキャメルクラッチには白旗を上げ、減給の言葉を取り消して無事に解放された。どうやらまだ図太く生きるらしい。


 持つべきものは可愛くて強い恋人だなァ、とユフィーリアは煙管を吹かせながら学院長に拷問をかけるショウを微笑ましそうに眺めるのだった。



 ☆



「はー、中間考査は一時中断になっちまったしなァ。明日から再開するみたいだけど」


「ならば、また試験会場に乱入しよう。今日とはまた別の会場を見て回りたい」


「お、そうか? ショウ坊からの要望なら聞かない訳にはいかねえなァ」



 ショウの拷問を受けて伸びたグローリアを学院長室の前に放り捨てて、ユフィーリアとショウは静かなヴァラール魔法学院の廊下を並んで歩く。


 問題児が魔法兵器エクスマキナを乗っ取った、という大事件のおかげで中間考査は一時中断になってしまった。明日から再開予定なので、また邪魔してやるのも悪くない。

 中間考査の会場は学院全体が使われているのだ。まだまだ試験をやっている場所はある。見て回れる場所もたくさんあるのだ。


 ユフィーリアの隣を歩くショウは、



「また明日も特攻服を着てくれるか?」


「そんなにこの格好が気に入ったか?」


「だっていつもと服装が違うだけで、こんなにも格好良く見えるんだ」



 ショウが「他にも色々と着てほしいな」と思いを巡らせているところで、ユフィーリアは大股で1歩を踏み出してショウの前に立つ。


 正面に立たれて驚いたショウは、その場で立ち止まった。

 夕焼け空を溶かし込んだかのような色鮮やかな赤い双眸を丸くして、それから不思議そうに首を傾げている。「どうしたんだ、ユフィーリア?」と聞いてきた。


 ユフィーリアはショウの顔を覗き込み、



「普段の格好は、そこまで格好良くねえんだな?」



 悪戯っぽく笑いながら問いかければ、ショウは慌てた様子で「ち、違う」と首を横に振る。



「ユフィーリアはいつでも格好良くて、でもあの、特攻服姿はいつもの3割増で格好良くてあうあう」


「冗談だよ、冗談。ちょっと言ってみただけだ」



 雪の結晶が刻まれた煙管を咥えて笑うユフィーリアは、狼狽するショウの額を指で弾いた。



「アタシも同じだからな」


「え?」


「いつものメイド服も可愛くて仕方がないけど、今日の女学生風メイド服も3割増ぐらいで可愛い」



 パチクリと瞳を瞬かせるショウに、ユフィーリアは言う。



「次はどんなメイド服でお洒落してもらおうかな?」


「…………貴女が望むなら、何だっていい」


「お? そんなことを言っちゃうとスケベなのを仕立てちゃうぞ」


「いいぞ」



 即答したショウは、



「貴女の望む格好がしたいから、少しえっちなものでもいいぞ」



 ユフィーリアの思考回路が僅かに止まる。


 少しえっちなメイド服とは一体何だろうか。

 スカートが短い? 少し露出が多め? 生地が薄いとか、アイゼルネが好んで着るような胸元が大胆に開いたものとか?


 それらを着てほんの少し頬を赤らめ、羞恥に瞳を潤ませるショウの姿まで妄想して止めた。



「やっぱりいつも通りで」


「…………そうか」


「そんなえっちなの見るのはアタシだけでいいんだよ」


「んん?」



 ショウは首を傾げると、



「ユフィーリア、それはつまりそういうメイド服を着せたいと」


「さあ帰ろう帰ろう、エドたちが待ってるしな」


「ユフィーリア、誤魔化さないでほしいのだが。ユフィーリア?」



 返答を求めてくるショウから逃げるように、ユフィーリアは用務員室へ急いだ。


 いやだって、可愛い恋人はどう足掻いても自分のことを好いてくれているのだから見たいに決まっている。多分、頼めば着てくれることも間違いはない。

 でも少しばかり刺激が強すぎるので、この話は保留である。まだショウに着せるには早い段階なのだ、早いったら早いのだ。

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