第5話【異世界少年とドラゴン奪還】

『――アタシが合図したら、ロザリアの右目を射抜け』



 金属製のドラゴンを守る3枚の防壁を破壊し、合図と同時にショウはドラゴンの右目に埋め込まれた赤い魔石を狙って炎の矢を射出した。

 的確にドラゴンの右目だけを射抜いたが、ユフィーリアが駆け出したその直後にバタリと倒れてしまったのだ。もしかして、自分はまたいけないことをしたのだろうかと悪い方向に考えてしまう。


 そんなはずはない、ユフィーリアの指示は正しいのだ。――正しいものだと信じている。



「ロザリア……」



 冥砲めいほうルナ・フェルノに乗って空を飛ぶショウの肩が、不意にトントンと誰かに叩かれる。


 振り向けば、冥砲ルナ・フェルノの本体から腕の形をした炎――炎腕が伸びていた。炎腕がショウに差し出してきたのは、黒猫店長から借りたドラゴンの言葉の翻訳機である。

 一抱えほどもある水晶玉の中には白い靄が溜まり、徐々に文字の形をなしていく。倒れた金属製のドラゴンが発した言葉は、



『zzzzzzzzzz』


「……寝てる」



 そう、いびきだった。あの金属製のドラゴンは、ショウの心配などよそにぐーすかと眠りこけていた。

 地上でも同じやり取りが行われているのか、眠るドラゴンに駆け寄ろうとするハルアの頭をユフィーリアが殴って注意していた。「え!?」などという頼もしい先輩の驚愕に満ちた言葉が、冥砲めいほうルナ・フェルノで空を飛ぶショウの耳にまで届く。


 歪んだ白い三日月からボコボコに凹んだ校庭に降り立ったショウは、



「ユフィーリア」


「おう、ショウ坊。お疲れさん」



 黒い特攻服を着た銀髪碧眼の美しい魔女――ユフィーリア・エイクトベルは、愛用の煙管キセルを咥えてショウへと振り返る。



「酷な頼みを聞いてもらって悪かったな」


「いいや、貴女の判断に間違いなんてないと信じている」


「そこまで信用されると反応に困るぞ、さすがに」



 苦笑するユフィーリアは、



「まあこれで無事にロザリアは奪還だ。あとは学院に潜んだウィドロをどうするかって話だけど」



 そうだ、金属製のドラゴンに集中していたからすっかり忘れていた。

 このドラゴンを操った張本人、ウィドロ・マルチダをどうにかしなければならなかった。彼は史上最悪のドラゴン使いと呼ばれ、1つの国を火の海にした凶悪な犯罪者だ。そんな輩だとは知らずに金属製のドラゴンを渡してしまい、今回のような事件が起きてしまった次第である。


 だが、広大な校舎内を闇雲に探してウィドロ・マルチダは見つかるだろうか。ショウは彼の特徴を知っているが、生徒数が10,000人を超えるこのヴァラール魔法学院でたった1人の生徒を見つける魔法でもあるのだろうか。



「ユフィーリア!!」


「げ」



 その時、ヴァラール魔法学院の校舎から誰かが飛び出してきた。


 烏の濡れ羽色の髪をかんざしで纏めて、清潔感のある格好が特徴的なヴァラール魔法学院の学院長――グローリア・イーストエンドである。朝靄あさもやを溶かし込んだかのような紫色の瞳をキッと吊り上げ、表情や足取りから彼の怒りの感情を察知する。

 ドスドスと凹んだ校庭をさらに傷つけるかのように歩いてくるグローリアは、



「君って魔女は!! 中間考査を邪魔して楽しい!?」


「楽しい」


「もう!!」



 問題児と学院長によるいつものやり取りを見て、ショウは「あ」と思い出した。


 暴走した金属製のドラゴンと戦う前に、ユフィーリアが「ドラゴンを乗っ取ったぜ!!」的な口上を述べていたような気がする。ウィドロ・マルチダという凶悪な犯罪者が学院内に潜り込んだと悟られないようにする為の作戦だが、結果的に何の悪さもしていないユフィーリアが罪を被ることになるのではないか?

 今回の事件はショウが原因だ。ショウがきちんと副学院長の言いつけを守っていれば、こんな事態にはならなかったのだ。だからユフィーリアが怒られるのは間違っている。


 ショウは怒る学院長に「あの」と話しかけるが、



「君はお説教だよ、ちょっとこっち来なさい!!」


「イダダダダダ、み、耳を引っ張るんじゃねえ暴力学院長!! ぎゃー暴力反対暴力反対!!」


「うるさいよこの問題児!!」



 ショウが事情を説明する隙すら与えられず、学院長はユフィーリアを問答無用で引き摺りながら校舎内に消えてしまった。耳を引っ張られて悲鳴を上げる彼女が心配だった。


 行き場をなくした手を虚空に彷徨わせるショウは、小声で「どうしよう」と呟いた。

 ショウの背負うべき罪をユフィーリアが意図せず背負ってしまった。彼女は何も悪くないはずなのに、どうして彼女が連れて行かれる前に何も言うことが出来なかったのか。


 せめて彼女は何も悪くないことを伝えるべく学院長を追いかけようとするショウだが、



「……これは一体何なんスか?」


「ッ」



 踏み出した足が止まる。


 いつのまに校庭へやってきたのだろうか、真っ黒な長衣ローブを引き摺る赤い髪の魔法使いが倒れた金属製のドラゴンを見上げて言う。

 金属製のドラゴンを設計・組み上げた張本人である副学院長、スカイ・エルクラシスだ。我が子のように可愛がっていたドラゴンの右目が射抜かれて校庭に倒れていたら、何の事件かと疑うだろう。


 未だに起きる気配を見せずにぐーすかと眠り続ける金属製のドラゴンに歩み寄り、スカイはポツリと呟く。



「右目だけが射抜かれてる……」


「あ、あの、副学院長、その」



 ショウはどう謝るべきかと言葉を探す。


 金属製のドラゴンが暴れる原因を作ってしまったのはショウにあるし、ドラゴンの右目を射抜いた犯人もショウだ。全部ショウが悪いのだ。何もかもの原因はショウにある。

 だからエドワードやハルア、アイゼルネはもちろんそうだが、問題児筆頭と名高いユフィーリアも悪くない。怒られるべきなのはショウだけで十分なのだ。



「ショウ君がやったんスか?」


「……はい、あの、ごめんなさ」


「よくやったッス」


「…………え?」



 怒られるような雰囲気だったはずなのに、副学院長の口から飛び出した言葉は真逆の意味をなすものだった。

 つまり、ショウは褒められたのだ。手間暇かけて開発したドラゴン型魔法兵器を傷つけたのに、褒められるような言葉が送られるとは思わなかった。


 ポカンと呆けた表情で立ち尽くすショウに、副学院長は理由を説明してくれる。



「いやー、実はロザリアの右目の魔石だけ古い部品だったんスよね。新しい魔石に取り替えたいと思ってたんスけど、ロザリアが嫌がっちゃってなかなか手をつけられずにいたんスよ。壊してくれたのなら取り替えも楽なんでありがたいッス」



 もしかして、ユフィーリアがショウに右目を射抜くように指示をしたのはその情報を知っていたからだろうか?

 彼女ならばあり得る。魔法に明るい聡明な彼女であれば、金属製のドラゴンの右目が古い部品であると判断できたのか。それでわざとショウに射抜かせて、破壊させたのか。


 だが、それでもショウの罪は消えない。消えるものではない。



「副学院長、でも俺は」



 ショウはほんの少しだけ言い淀むと、



「俺は、副学院長の言いつけを守れませんでした。生徒にロザリアを貸し出してしまって、それで」


「知ってるッスよ」


「え――」


「見えるもんで」



 目元を覆う黒い布をほんの少しだけ親指で押し上げ、副学院長のスカイは笑う。その下に隠された魔法陣の浮かんだ翡翠色の瞳が、ショウを真っ直ぐに射抜いていた。



「でも、アンタはロザリアを見捨てなかった。暴走したロザリアを助けようとしてくれた。それだけで十分ッスよ」



 スカイは「でも言いつけはちゃんと守れなかったんで、反省文を提出してくださいッスね」と意外と軽い罪だけで済んだ。それでいいのかと戸惑ってしまうが、副学院長のスカイが指定してくるのだから素直に従おう。


 すると、今まで眠っていた金属製のドラゴンが「グギャ……?」とようやく目覚めた。炎腕が抱えるドラゴン語翻訳機を確認すると、水晶玉の中に「あれぇ……?」という文字が浮かんでいる。

 ぼんやりとした様子の左目を瞬かせ、長い首を持ち上げて校庭の悲惨な有様を確認する。自分が暴走した時のことを覚えていないのか、ボコボコに凹んだ校庭を眺めて「あれぇ?」と首を傾げていた。



「グギャ、ギャギャーギャ」『何でボク、校庭にいるの?』


「ロザリア、アンタって奴は!! 幻想種語に騙されて暴走するとか、ボクが組み上げた魔法兵器としての自覚を持つッスよ!!」


「ギャギャギャギャーッ!!」『ママが怒ったぁ!!』



 スカイに説教され、金属製のドラゴンは見上げるほど巨大な身体を懸命に縮こめてショウの背後に隠れようとしていた。グイグイと鼻先で背中を押されるものだから、ショウもどうやって金属製のドラゴンを隠すか頭を悩ませる。

 物語の世界では高潔な存在として描かれるドラゴンも、さすがに自分を育てくれた親の前では無力である。特にこの金属製のドラゴンは、どこか子供っぽい一面を持ち合わせていて可愛らしい。


 副学院長と金属製のドラゴンのやり取りを微笑ましそうに眺めるショウだったが、



「そうだ、ユフィーリアが!!」


「え?」


「学院長にユフィーリアが連れて行かれてしまったんです。今日の事件は俺が全部悪いのに……」



 学院長に連れて行かれてしまったユフィーリアの存在を思い出し、ショウは「今からでも遅くないから学院長にも説明をしてくる」と校舎に向かおうとするが、



「大丈夫だと思うッスよ」


「……副学院長の魔眼の能力ですか?」


「ええ、まあ」



 親指で黒い目隠しを押し上げてヴァラール魔法学院の校舎を見上げる副学院長は、



「今頃、首に輪っかでもかけられて学院長室の前にでもいるんじゃねえッスかね」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る