第4話【問題用務員vs暴走魔法兵器】

 さて、魔法兵器エクスマキナの厄介なところを語ろう。



「クッソが防壁ィ!!」



 ユフィーリアはほぼヤケクソになりながら雪の結晶が刻まれた煙管キセルを振り、氷柱を雨の如く降り注がせる。


 真冬にも似た空気が肌を撫で、ドカドカと大量の氷柱がドラゴン型魔法兵器エクスマキナの頭上にぶち当たる。だがドラゴン型魔法兵器に氷柱は1本も当たることはなく、全てドラゴン型魔法兵器を守るように展開された透明な膜に阻まれた。

 これが厄介な部分だ。魔法兵器には簡単に破壊されないように自動で防壁を展開する機能が備わり、その防壁を破壊することでようやく魔法兵器の本体へ到達することが出来る。


 通常の魔法兵器は1枚の防壁を展開するだけで精一杯なのに、このドラゴン型魔法兵器は3枚も防壁が重ねがけされているのだ。防壁を1枚だけ破壊しても、2枚目と3枚目が残っているので永遠にドラゴン型魔法兵器の本体へ辿り着けない。



「GRRRRRRRRRRRAAAAAAAAAAAAAAA!!」



 全身が金属で出来たドラゴンは晴れた空に咆哮を轟かせると、お返しだと言わんばかりに魔力砲マギア・カノンの雨を降らせる。1発1発は小さなものだが、触れれば火傷どころの騒ぎでは済まなくなる。


 ユフィーリアは瞬時に防衛魔法を展開し、ドラゴン型魔法兵器エクスマキナの放ってきた魔力砲を凌ぐ。

 完全に防戦一方である。そもそも魔法兵器を守る為の防壁が3枚も重ねがけされているのが想定外だ。さすが魔法工学の天才であるスカイ・エルクラシスの組み上げた魔法兵器と言えようか。



「ユーリ、洗脳魔法だけ解くことは出来ないのぉ!?」


「出来るには出来るけど、まずは本体に辿り着けなきゃ意味ねえだろ!!」



 絶えず撃ち込まれる魔力砲マギア・カノンから逃げ回るエドワードに訴えられ、ユフィーリアは怒声を叩き返した。


 洗脳魔法を解く方法は簡単だ。相手を驚かせたり、動揺させればいい。

 具体的には暴力が1番の解決方法だ。頬を引っ叩いたり、力の限りぶん殴ったりすれば洗脳魔法が揺らぐのだ。まあこの方法はヴァラール魔法学院でユフィーリアにしか許されない洗脳魔法の解除方法で、他の誰にも真似できないのだが。



「おりゃーッ!!」



 魔力砲マギア・カノンによってボコボコになった校庭を、ハルアが雄叫びを上げながら疾駆する。ジロリと赤い魔石の双眸で睨みつけてくるドラゴン型魔法兵器エクスマキナは、耳障りな絶叫を青空に響かせて魔力砲を放ってきた。

 青い光線が校庭を焼く。砂埃を撒き散らし、地表を捲れさせて爆発するも、ハルアの足は止まらない。釘が数え切れないほど突き刺さった棍棒を振りかぶり、ドラゴン型魔法兵器を守る防壁をぶん殴る。


 ドラゴン型魔法兵器を守る防壁の1枚が、パリンと硝子ガラスが砕け散るような音を立てて割れた。だが、



「ゔぁーッ!!」



 勢いが止められず顔面から2枚目の防壁に突っ込み、ハルアは吹っ飛ばされてしまう。盛大に弾かれて放物線を描くが、空中で器用に体勢を変えると地面を転がりながら着地を果たす。

 転がった際に校庭の草が口の中に入ってしまったようで、弾かれたように起き上がったハルアは「ペッペ」と草を吐き出して顔を顰めていた。羽織っている脇腹辺りまでしかない短めの上着にも大量の砂埃が付着してしまい、盛大に汚れている。


 棍棒を地面に突き刺して立ち上がったハルアは、



「本物のドラゴンじゃないのに強いね!!」


魔法兵器エクスマキナだからな」



 ユフィーリアの冷静なツッコミがハルアに送られた。


 これが本物のドラゴンであれば専用装備で倒せるだろうが、奇しくもこれは本物のドラゴンではなくドラゴンの姿を象った魔法兵器だ。しかも暴走状態にあり、魔法兵器エクスマキナを守る防壁が3枚も重ねがけされているという最悪の状況である。

 本当に地獄と呼べるものだ。何度も現実逃避をしようと考えるが、その度にドラゴン型魔法兵器の咆哮がユフィーリアを現実に引き戻す。


 雪の結晶が刻まれた煙管を咥えたユフィーリアは、



「しかも自動で防壁が修復されやがる……」



 ゲッソリとした表情で呟く。


 ドラゴン型魔法兵器エクスマキナを守る防壁だが、ハルアが割った1枚目の防壁は完全に修復されてしまっていた。時間に換算して10秒程度だろうか。

 10秒以内に防壁を破壊できるほどの威力を持った攻撃をしなければならないとは、難易度はかなり高い。魔力砲マギア・カノンで邪魔をされれば今までの攻撃は無駄に終わってしまうし、さらに壊した防壁が自動で修復された暁には無傷で魔法兵器を沈静化させることも諦めたくなる。


 もうダメだ、色々と。優しくするのが馬鹿らしく思えてくる。



「この際だ、多少の犠牲は払うことにする」



 なるべく魔法兵器エクスマキナを傷つけずに解決しようと思ったが、やはり無傷の状態では難易度がかなり跳ね上がる。難しい解決策を選ぶのではなく、もっと単純に考えるべきだ。

 つまり、ゴリ押しである。暴力は正義だ。


 ユフィーリアはドラゴン型魔法兵器を睨みつけるエドワードとハルアへ視線をやり、



「エド、ハル。お前ら2人はアタシに付き合え。あの防壁を破壊するからタイミングを合わせろ」


「はいよぉ」


「分かった!!」



 自分のなすべき役割を理解しているのか、エドワードとハルアは即座にユフィーリアの無茶振りを快諾した。ドラゴン型魔法兵器エクスマキナの一挙手一投足を見逃すまいと鋭い眼光さえ向けて、警戒心を露わにしている。



「アイゼ。お前には重荷になるかもしれねえけど、ドラゴンの注意を引きつけろ」


「あラ♪ おねーさんのことを過小評価しすぎよ、ユーリ♪」



 セーラー服の布地を押し上げる豊かな胸元からトランプカードを何枚も取り出すアイゼルネは「おねーさんに任せなさイ♪」なんて頼もしいことを言ってくれる。



「ショウ坊」


「何だ?」



 歪んだ三日月の側に控えるショウを呼び寄せ、ユフィーリアは彼の役割を「あのな――」とこっそり耳打ちをする。

 とても重要なことだ。そしてそれは、ショウにしか出来ないことである。


 ユフィーリアから役割を与えられたショウは悲しそうな表情を浮かべると、



「それは……」


「ロザリアを絶対に助けるにはこの方法が1番だ。我慢しろ、ショウ坊」


「…………分かった。貴女の言葉を信じる」



 険しい表情のまま頷いたショウは、歪んだ三日月――冥砲めいほうルナ・フェルノに乗って勢いよく上昇していった。作戦上、彼が最も重要な位置にいる。早々にドラゴン型魔法兵器エクスマキナに撃墜されては困る。



「――GRRRRRRRRRRRAAAAAAAAAA!!!!」



 ドラゴン型魔法兵器エクスマキナによる咆哮が耳を劈く。

 見れば、ドラゴン型魔法兵器の周辺を大量の鳥が飛び回っていた。鳩や鴉、雀、金糸雀カナリアなど小型の鳥からワシトンビなどの大型の鳥まで多岐に渡る。「キエエエエッ」とか「ピーヒョロロロッ」などの鳴き声を上げ、大小様々なくちばしでドラゴン型魔法兵器を守る防壁を突いていた。


 飛び交う鳥の発生源は、南瓜かぼちゃ頭の娼婦がばら撒くトランプカードだ。ユフィーリアの注文通り、ドラゴン型魔法兵器の注意を全力で逸らしてくれている。おかげでドラゴン型魔法兵器が鬱陶しそうに長い首を振って、周囲を飛び交う鳥の群れを追い払おうと躍起になっていた。



「1枚目ぇ!!」



 大量の鳥に気を取られているドラゴン型魔法兵器エクスマキナに突撃したエドワードが、渾身の力でドラゴン型魔法兵器を守る防壁をぶん殴った。

 ドラゴン型魔法兵器を守る3枚の防壁のうち1枚目に拳が叩きつけられ、硝子が割れるような繊細な破砕音が耳朶に触れる。粉々に砕け散った防壁が飛び散り、陽光を反射して幻想的な輝きを見せる。


 だが空中で千々になる防壁がピタリと止まり、逆再生されて防壁が修復を開始されてしまう。それよりも先に2枚目の防壁に攻撃が迫る。



「2枚目ぇ!!」



 エドワードの背中を足場にし、ハルアが高々と飛び上がる。数え切れないほど突き刺さった釘が特徴の棍棒を振りかぶり、彼自身の全体重を乗せて棍棒を2枚目の防壁へ叩きつけた。

 パリンと音を立てて2枚目の防壁も破壊された。1枚目の修復が始まっている最中で2枚目の防壁も破壊され、残りは3枚目のみとなる。


 雪の結晶が刻まれた煙管を一振りしたユフィーリアは、3枚目を破壊する為の魔法を発動させる。



「3枚目!!」



 真冬に似た冷たい空気が流れ、巨大な氷柱が作られる。1枚目と2枚目が完全に修復される前に、ユフィーリアは氷柱を射出した。

 1枚目と2枚目の防壁を通過し、鋭利な先端が3枚目の防壁に衝突する。どうやら1枚目と2枚目よりも強固に作られている3枚目だったが、氷柱が突き刺さったことで防壁にヒビが入る。


 びし、びし、と嫌な音がする。防壁に刻み込まれた亀裂が徐々に広がっていき、やがて粉々に砕け散ってドラゴン型魔法兵器エクスマキナの本体が晒される。



「やれ、ショウ坊!!」



 トドメとして、最後に残しておいた可愛い新人に合図を送るユフィーリア。


 蒼穹に浮かぶ白銀の歪んだ三日月。

 その側に控える女学生風メイド服を着込んだ女装少年が右手を掲げれば、魂さえも焼き尽くされる地獄の炎が矢となって番えられる。


 親指と人差し指をピンと立てて狙いを定めるショウは、



「――目を覚ませ、ロザリア!!」



 魔弓に番えられた炎の矢が、一条の光となって放たれる。


 真っ直ぐに空を引き裂いて飛んでいく炎の矢は、的確にドラゴン型魔法兵器エクスマキナの右目に埋め込まれた赤い魔石を貫いた。

 粉々に砕け散る魔石。赤い破片が飛び散り、ドラゴン型魔法兵器が「GYAAAAAAAAAA!!」と悲鳴を上げる。



「――GRRRRRRRRRRR」



 片目が潰されてもなおドラゴン型魔法兵器は洗脳状態から解放されず、元凶である問題児どもを睥睨する。「よくもやってくれたな」と言わんばかりの態度だ。

 だがこれでいい。1撃を与えたことで、洗脳は確実に揺らいでいた。


 何故なら、ユフィーリアにはすでに見えていたのだ。



「そうだぞ、ロザリア。いい加減に目を覚ませ」



 魔力砲マギア・カノンによってボコボコに荒らされた校庭を駆け抜け、ユフィーリアはドラゴン型魔法兵器エクスマキナの背後に回る。

 その手に握られたものは愛用の煙管ではなく、銀製の鋏だった。螺子ねじの部分が雪の結晶を象り、曇りや錆の1つすら見当たらない神聖な雰囲気のある鋏だ。


 その鋏を握った手を伸ばし、



「ウチの可愛い新人が、そろそろ心配するからな」



 ドラゴン型魔法兵器エクスマキナの背中から伸びた、真っ黒な糸を纏めて切断する。


 操り人形に巡らされた糸の如くドラゴン型魔法兵器を支配していた黒い糸だが、ユフィーリアの手によって糸が切断されたおかげで洗脳魔法の支配下から解き放たれる。

 ドラゴン型魔法兵器の赤い魔石から、フッと光が消える。頭を揺らし、身体をふらつかせ、ついに金属製のドラゴンはその場に見上げるほど巨大な身体を横たえた。


 魔法兵器の沈静化、これにて完了である。

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