第12章:紅蓮の射手〜問題用務員、中間考査試験会場乱入事件・下〜

第1話【問題用務員と消えたドラゴン】

 中庭でドラゴンと戯れているだろう可愛い恋人を迎えに行くと、何故か沈んだ表情で中庭の隅に膝を抱えていた。



「どうした、ショウ坊。ドラゴンは?」


「ユフィーリア……」



 膝を抱えていた女学生風メイドさんのアズマ・ショウは、ユフィーリアの顔を見るなりじわじわと赤い瞳に涙を溜め始めた。


 涙が彼の赤い瞳から溢れ出てくるより前に、ユフィーリアはショウの華奢な身体を抱きしめてやる。

 抱きしめながらさりげなく身体を触診するが、乱暴された形跡はない。髪も衣服も綺麗な状態だ。となると誰かに悪口を吐き捨てられたか、あるいは魔法で色々なことをさせられたか。


 小さく嗚咽を漏らすショウの頭を撫でてやりながら、ユフィーリアは「よしよし」と遥かに年下の恋人をあやす。



「どこの誰にやられた、ショウ坊? ちょっとお礼参りに行ってくるからなァ」


「ろ、ろざ、ロザリア、が」


「ロザリア? ああ、あのドラゴン型の魔法兵器エクスマキナな」



 そういえば、あの小さな金属製のドラゴンの姿が見えない。

 ショウはあのドラゴンを追いかけて中庭までやってきたはずだ。それなのに、肝心のドラゴンが忽然と姿を消している。


 ボロボロと赤い瞳から透明な涙を零すショウは、



「ロザリアを、生徒に貸し出してしまった……ど、ドラゴンの言葉を試験で披露するから、話し相手に貸してほしいって言われて、断れなくて」


「あー……」



 問題児でありながら真面目な性格のショウは、小さなドラゴンを他人に貸し出すなという副学院長のお言葉を懸念している様子だった。

 学院長のグローリアに説教をされるのは慣れたものだが、副学院長からの説教は受けた覚えがない。未知なる説教の領域に恐怖心が隠せないのだろう。彼には叔父夫婦から虐待を受けた、忘れ去りたい過去もある。


 ポンポンとショウの背中を撫でて泣きじゃくる恋人をあやすユフィーリアは、



「大丈夫だ、ショウ坊。ロザリアはちゃんと見つけるし、副学院長にも言っておくから」


「でも、でも俺……」


「大丈夫ったら大丈夫、心配すんな」



 部下の失態に責任を取るのも、上司であるユフィーリアの務めだ。

 それに、今回の出来事はさすがに副学院長のスカイも理不尽に怒らないだろう。ショウはしっかりと断ろうという姿勢を見せたのだから、それだけで十分すぎる抵抗ではないか。


 涙で濡れるショウの頬を手巾で拭ってやりながら、ユフィーリアは笑いかける。



「ロザリアはどんな奴に連れてかれた? 覚えてる限りでいいから話せるか?」


「え、えと」



 濡れた目元を着物の袖で拭うショウは、



「赤茶色の髪で、前髪が長くて」


「おう」


「5年生って言ってた」


「5年な」


「名前は、えと、ウィドロ・マルチダって言ってた」


「よし、分かった。ありがとな、ショウ坊」



 ズビズビと鼻を鳴らすショウの頭を撫でてやりながら、ユフィーリアはエドワードとアイゼルネを指先の動きだけで呼び寄せる。



「ウィドロだってよ、知ってるか?」


「変な名前だねぇ」


「5年生にそんな名前の子っていたかしラ♪」


「だよな」



 ユフィーリアたち問題児が生徒に対して興味ないのが悪いと思うけれど、やはりウィドロ・マルチダという名前の生徒に心当たりはない。5年生の授業を担当する教職員に尋問すれば分かるだろうが、探している余裕があるだろうか。

 現在は中間考査の真っ只中である。生徒は試験に集中しているし、教職員も中間考査の試験内容でバタバタと校舎内を駆け回っている始末である。呼び止めればこっちが怒られかねない。


 ユフィーリア、エドワード、アイゼルネの3人は「うーん」と腕を組んで悩み、



「よし分かった」



 ポン、とユフィーリアが手を叩いて結論を下す。



「教職員がダメなら生徒を尋問しよう」



 多分、この場に常識的な人間がいれば真っ先に止めただろう。



「あー、それがいいねぇ」


「名案だワ♪ だって生徒たちは試験を受けるだけでショ♪ 先生たちと違って忙しくないわヨ♪」



 普段から生徒たちの邪魔ばかりしている問題児なので、もう感覚が麻痺していた。教職員を怒らせるのも、生徒たちを怖がらせることも、ユフィーリアたち問題児にとって変わりはない。

 特に今は特攻服と呼ばれる衣装も身につけている。威圧感はいつもの3割増だ。少し脅しかければすぐに情報を吐いてくれるだろう。


 ユフィーリアは「よし、エドとアイゼは一緒に行動して情報を集めてこい。あわよくばウィドロって奴からドラゴンを回収して、ちょっと1発殴ってこい」と命令を下し、



「ハル」


「何!?」


「お前はショウ坊と一緒にいろ。お小遣いやるから、購買部で飲み物でも買ってやれ」


「分かった!!」



 ハルアにいくらかお小遣いを渡してやり、ユフィーリアはドラゴンを連れて行ったウィドロ・マルチダを探してぶん殴ってやる為に生徒で溢れる廊下を駆け出した。



 ☆



「オウ、ウィドロ・マルチダっての知ってるか? 5年生なんだってよ」


「え、あの僕は3年生なんで先輩の事情は……」


「知らねえのか? エ?」


「すいません知りませんごめんなさい!!」



 自らを3年生と名乗った男子生徒の胸倉を掴んでウィドロ・マルチダについての情報を吐かせるユフィーリアは、苛立たしげに「チッ」と舌打ちをして男子生徒を解放する。


 胸倉を掴まれた男子生徒は、ガクガクと膝を震わせながら逃げ出した。「お母さーん!!」なんて情けない悲鳴も上げていた。親の名前を呼んだってこの場に優しいお母さんが召喚される訳でもないのに。

 これで5人目だ。ウィドロ・マルチダについて聞き回っているが、一向に行方が掴めない。柄の悪い格好をした問題児が探し回っているなんて噂など、とうの昔に学院中に広まった頃合いだ。


 ユフィーリアに尋問をされるのが嫌で身を潜めているのだろうか?



「拉致が開かねえな、探査魔法でもやってみるか?」



 雪の結晶が刻まれた煙管キセルを一振りし、ユフィーリアは探査魔法を発動させようとする。

 探査魔法とはその名の通り、探すことに特化した魔法だ。物探しや人物探しを行う場合はこの魔法を用いた方が便利である。今まで生徒たちから情報を絞り出そうとしたのが間違いだったのだ。


 ウィドロ・マルチダの捜索に関する情報を魔法式に組み込んでいる最中に、横合いから「ユフィーリア!!」という怒声が叩きつけられる。



「よう、グローリア。試験は終わったのか?」


「終わったのか、じゃないよ!! 君たち問題児が生徒に対して物騒な脅しをかけてるって噂が出回っているんだよ!!」



 紫色の瞳を吊り上げて怒りを露わにする学院長――グローリア・イーストエンドが「何してるのさ!!」と叫ぶ。



「今は生徒たちも中間考査っていう大事な試験を控えているんだよ。邪魔をしないであげてよ!!」


「こっちは人探しの真っ最中なんだよ。お前こそ邪魔すんなよ」


「人探し? 君、もしかして用務員の仕事中なの? 真面目に仕事へ取り組むとか、明日は槍でも降るのかな」


「一言余計なんだよな、お前は。今のアタシは苛立ってるから氷漬けにするぞ、容赦なくな」



 特にウィドロ・マルチダという輩には、大切な恋人のショウを泣かされたのだ。多少のお礼参りをしたところで罰は当たらないだろうし、骨の1本や2本や10本ぐらいは折れるのを覚悟してほしいところだ。

 ついでに邪魔するのであれば、教職員だろうが学院長だろうが許さない所存である。今ここで氷漬けにしてやる。


 そんな苛立ちのせいで邪悪な考えが脳裏をよぎったユフィーリアだが、ふと目の前にいる学院長の存在で我に返る。


 そうだ、学院長だ。学院長なら生徒のこともよく理解しているだろう。

 これだけ探し回っても見つからないウィドロ・マルチダについて知っているに違いない。これ以上ない人材だ、彼に出会えてよかった。



「グローリア、ちょっと聞きてえんだけど」


「何かな?」


「ウィドロ・マルチダって生徒を知ってるか? 5年生にいるんだとよ」


「知らない」



 即答したグローリアに、ユフィーリアは迷わず「〈薄氷の白棘ガルラ・フリーズ〉」と唱える。


 真冬にも似た空気が降りると同時に、氷柱がグローリアへ襲いかかった。

 彼の頬スレスレを掠めて、氷柱は壁に突き刺さる。口元を引き攣らせてグローリアがこちらを見てくるが、ユフィーリアは清々しいほどの笑顔で応じた。



「悪いな、滑舌が悪かったか」


「いやそんなことはないけど」


「もう1回言うぞ? ウィドロ・マルチダって5年生を知らねえか?」


「知らない」


「〈薄氷の白棘ガルラ・フリーズ〉」



 もう1度、今度はグローリアの頭頂部スレスレに氷柱を叩き込む。



「次は右目かな、左目かな? なあどっちがいらねえ?」


「ちょちょちょ、待ってよ待って!! 何でそんなに苛立っているのさ、僕は何もしてないでしょ!?」


「ッせーな、お前が今から許されるのは『はい』か『うん』の答えだけだよ!!」


「それはもう完全に知っていること前提での脅しだね!?」



 ユフィーリアはグローリアの眼球に叩き込む為の氷柱を作り出しながら、



「これが最後だ、グローリア」



 据わった目つきをした銀髪碧眼のチンピラは、静かな口調で学院長たる青年に問いかけた。



「ウィドロ・マルチダって5年生を知ってるか?」


「知らない」



 3度目も否定である。望む答えは得られなかった。

 残念ながら彼の眼球はここで潰される運命となる。効き目は右だろうか、左だろうか。どちらにせよ、彼がこれより先は片方だけの目で生きなければならないのだ。


 眼球に突き刺さる為にゆっくりと動く氷柱に構わず、グローリアはユフィーリアへ問うた。



「ねえ、何でウィドロ・マルチダを探しているの?」


「知ってんのか?」


「ウィドロ・マルチダっていう生徒は知らないよ。ウィドロ・マルチダっていう人物なら知ってるけれど」



 グローリアは指を弾いて、手元に新聞を召喚した。かなり古い新聞のようで、紙は黄ばんでいるしボロボロだ。

 氷柱を構えるユフィーリアに新聞を差し出してきたので、古い新聞を乱暴な手つきで受け取る。折り畳まれた新聞の一面を飾っていたのは、燃え盛る街並みと炎を吐くドラゴンの絵だった。


 題名は『史上最悪のドラゴン使い、ウィドロ・マルチダの起こした悲劇』とある。



「ウィドロ・マルチダは資格が必要なドラゴンの飼育を無断で行い、自分が育てたドラゴンで1つの王国を燃やし尽くした犯罪者だよ」



 新聞を眺めるユフィーリアに、グローリアがトドメの言葉を刺してくる。


 小さなドラゴンをウィドロ・マルチダに連れていかれた、とショウは言っていた。確かに副学院長から散歩を命じられ、預かったのは金属製のドラゴンである。

 姿形はドラゴンだったとしても、正体は魔法兵器エクスマキナだ。しかも見上げるほど巨大なドラゴンだったら、強力な魔法兵器であることは目に見えて明らかである。


 でもドラゴンだ。行動原理はドラゴンに基づいているし、ドラゴンの言葉だって話すことが出来たのだ。



「――やっべえ!!」



 ユフィーリアは黄ばんだ新聞紙を握りしめ、生徒たちで溢れる廊下を再び駆け出した。


 これはまずいことになった。

 正体は魔法兵器エクスマキナでも、姿形や行動原理はドラゴンそのものだ。調教なんてことは不可能だろうが、それでもこの世界は不可能を可能にしてしまう嫌な奇跡があるのだから。

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