第2話【異世界少年とドラゴン探し】
「ロザリア……」
ぐすぐすと鼻を鳴らすショウは、先輩であるハルアに手を引かれて購買部までやってきた。
ユフィーリアから預かったお金で購買部にある1番高い飲み物を購入し、隅に設置された
黒猫の模様が描かれた耐水性の高い容器には、氷のように冷たい飲み物で満たされている。細長いストローが突き刺さり、折り曲げられたストローの根元には黒猫のモチーフがあしらわれているという徹底ぶりだ。
ずず、とストローで飲み物を吸い上げると、黒胡麻の香ばしさと甘さが舌の上に広がった。以前、ユフィーリアが副学院長に奢ってもらったという黒猫シェイクだ。
「どうなされたのですニャ? お元気がないようですニャ……」
「副学院長から預かってたドラゴンをね、生徒に貸しちゃったんだって。生徒に貸すなって言われてたから、怒られると思ってるみたい」
ずごごごご、と黒猫シェイクを物凄い勢いで吸い上げるハルアは、
「でね、ユーリとエドとアイゼがドラゴンを連れていっちゃった生徒を探してるんだ。店長は何か知らない?」
「ドラゴンですかニャ?」
黒猫店長は首を傾げると、
「副学院長様は動物好きではありますがニャ、動物に対して身体が
「何かね、全身が金属で出来てたよ」
「なるほど、ドラゴンの姿をした
ぽふぽふと肉球を叩いた黒猫店長は、何かを思い出したように「そうですニャ」と店奥に引っ込んでいく。
しばらくして黒猫店長が戻ってきた時には、台車のようなものに一抱えほどもある水晶玉を乗せていた。簡単に転がり落ちないように天鵞絨で作られた台座に置かれ、透明な球体が黒猫店長の琥珀色の双眸を拡大させる。
黒猫店長が抱えるには少しばかり大きめの水晶玉を肉球でぽふぽふと叩くと、
「用務員様、こちらをお貸ししますのニャ」
「これは……?」
「ドラゴンの言葉――幻想種語の翻訳機ですニャ。これなら連れて行かれたドラゴンの姿をした
ショウは台座に置かれた水晶玉を持ち上げると、
「いいんですか……?」
「店番をお任せした時、とっても大助かりしましたのニャ。なのでこれはミィなりの恩返しなのですニャ」
それに、と黒猫店長は可愛い前足でショウの履いている編み上げた
「1度の失敗でクヨクヨするのは、問題児様らしくないですニャ。問題児の筆頭様なら『副学院長にバレるより先に探し出して、ついでに連れて行った奴を1発ぶん殴ってやる』ぐらい言いますニャ」
「あ、言いそうかも!!」
ハルアはケラケラと笑いながら「『バレなきゃ罪じゃねえんだよ』って言ってたもん!!」だなんて続けた。
ああ、本当だ。確かに問題児筆頭であるユフィーリアなら言いそうなことである。「バレなきゃ罪じゃねえし、バレたとしても捕まらなかったら無問題」とまで言いそうだ。実際に言っていたかもしれない。
渡してしまったことをいつまでも悔やんでいても仕方がない。失敗は誰にでもあることだ、今回の失敗を次で生かせばいいだけの話である。
黒胡麻風味の飲み物をずごごごと吸い上げ、ショウは「ありがとうございます、店長」とお礼を言う。
「それなら問題児らしく、連れて行ったウィドロ・マルチダを1発ぶん殴ってやります」
「ウィドロ・マルチダ!?」
黒猫店長がクワッと琥珀色の瞳を見開き、2つに分かれた尻尾もボワボワと狸のように膨らませている。声もひっくり返り、全身で驚きを露わにしていた。
ウィドロ・マルチダという男子生徒に心当たりでもあるのだろうか。
ショウは「知っているんですか?」と聞いてみたが、黒猫店長は慌てた様子で店奥に引っ込む。何か変なことでも言ってしまっただろうかと不安になるが、数秒と置かずに黒猫店長は黄ばんだ紙束を抱えて店内に飛び込んできた。
その黄ばんだ紙束は新聞のようだ。随分と古い新聞であり、少し力を入れただけで折れてしまいそうな雰囲気がある。
「こ、これを見るのニャ」
黒猫店長が購買部の床に黄ばんだ新聞紙を広げ、その1面を見せてくれる。
そこに掲載されている絵は、黒いドラゴンが火を噴いて多くの建物を燃やしていくものだった。逃げ惑う人々すら口から吐いた業火で燃やし尽くすという地獄のような光景である。
今にも甲高い悲鳴の数々が聞こえてきそうな絵には、その惨劇を説明する文章と題名が添えられていた。
題名は『史上最悪のドラゴン使い、ウィドロ・マルチダの起こした悲劇』とある。
「用務員様、そのぅ……」
黒い三角の猫耳をペタンと倒した黒猫店長は、
「もし、その、ウィドロという名前が同姓同名の何某である可能性がありますのニャ。念の為にぃ、聞きたいんですがニャ……」
琥珀色の瞳に若干の怯えを混ぜながら、黒猫店長は問いかける。
「そのウィドロ・マルチダは、ドラゴンの言葉を話していませんでしたかニャ?」
☆
「退けこらーッ!!」
「退いてください!!」
すでに数名の生徒を轢いてしまったが構わない。それよりも大変な事件が目の前にあるのだ。
あの新聞記事では1つの国がなくなり、数百人という犠牲者が出た。もし本当にウィドロ・マルチダ、もしくは彼を尊敬する何某がウィドロ・マルチダの名前を使ってヴァラール魔法学院に潜り込んだとするならば。
――そんな相手にドラゴンを渡してしまったのは、本当にまずいことではないか?
『ウィドロ・マルチダは独自の幻想種語を話すことが出来たのですニャ。それで警戒心の高いドラゴンに仲間だと思わせてドラゴンの卵を入手し、独学でドラゴンの卵を孵化させるのに成功した人ですニャ』
『ドラゴンの言葉が話せるということは、ドラゴンにとって仲間と誤認しやすくなる原因ですのニャ。連れて行かれた
『つまり洗脳しやすくなるのニャ』
黒猫店長の言葉が頭の中で繰り返され、
「俺が、俺がロザリアを貸し出さなければ……ちゃんと断って、ロザリアを連れて立ち去っていれば、こんなことには……」
「泣いてる場合じゃないよ、ショウちゃん!!」
「ウィドロってのにセンノーされる前にロザリアを見つけなきゃ!!」
「でも、どこを探したら……もしかしたらもう手遅れに……」
「ショウちゃん、そういう時はアレだよ!!」
ハルアはニッと快活な笑みを見せ、
「教室の壁とか天井とか壊しちゃえばいいんだよ!!」
「そうか、その手があった!!」
ヴァラール魔法学院に来たばかりのショウでは多分出来ないだろうが、今のショウには
すでにショウも問題児に思考回路が毒されているというか、あまりの混乱で冷静さを欠いていた。この場に彼以上の常識人がいれば「いやそういう発想にはならんだろ」とツッコミが入るはずだ。
しかしこの場には底抜けな馬鹿で暴走機関車な思考回路の持ち主しかおらず、ますますショウの混乱を後押しするだけだ。万事休す、ヴァラール魔法学院2度目の火災の危機である。
「そうと決まればこの辺一帯の教室全てを破壊して、ウィドロ・マルチダを見つける……!!」
空中で華麗に横滑りを決めながらその場に止まったショウは、冥砲ルナ・フェルノに炎の矢を番える。
網膜を焼かんばかりの炎が束ねられ、歪んだ月の正面へ立ち塞がるようにして複雑な魔法陣が出現した。弓矢のようにギチギチと炎の矢を引き絞り、狙いを教室の壁に定める。
今にも超弩級の威力を誇る弓矢が放たれようとして、中間考査の真っ最中だった生徒たちは悲鳴を上げながら逃げ出した。逃げ遅れても巻き込まれれば全裸を晒すだけなので無問題である。狙うは教室の壁だ。
掲げた右腕を振り下ろして
「ショウ坊」
グン、と掲げた右手が引っ張られる。
弾かれたように振り向けば、そこに立っていたのは銀髪碧眼の魔女だった。雪の結晶が刻まれた煙管の先端をショウに突きつけ、色鮮やかな青い瞳でこちらをじっと眺めている。
豊かな双丘にサラシを巻いただけの上半身に丈の長い黒の上着を羽織り、赤い絨毯の敷かれた廊下を踏むのはいつも履いている頑丈な長靴である。柄の悪い特攻服姿だが、不思議と彼女の格好よさに合致していた。
ユフィーリア・エイクトベル――問題児筆頭にして主任用務員、そしてショウの大切な恋人である魔女だ。
「ダメだろ、ショウ坊。校舎を壊すなんて発想に行き着くたァ、お前らしくねえな」
「あ――」
指摘され、ショウはようやく我に返った。
あの小さな金属製のドラゴンが連れて行かれたことで冷静さを欠いていた為に、普段なら行き着かない『校舎を壊す』という発想に辿り着いてしまった。どうしてそんな考えに行き着いてしまったのか、と恐ろしくなる。
「……ゆふぃ、りあ。俺は、俺は……」
「大丈夫だ、ショウ坊。ちょっと混乱してるだけだったもんな」
優しく背中を撫でてくれるユフィーリアは、指先でハルアを呼び寄せる。近寄ってきたハルアの額を指で弾くと、
「お前も何してんだよ。慌てすぎで校舎を壊そうとすんな」
「ごめんなさい」
素直に謝罪するハルアに「よし」とユフィーリアは頷き、
「とりあえず、エドとアイゼを拾って場所を移動すんぞ。ここだとおちおち話も出来ねえからな」
気づけば、周囲には奇異な視線を寄越してくる生徒や騒ぎを聞きつけた教職員に囲まれていた。こんな場所で新聞の1面を飾るような事件を起こした話題はまずい。
ショウは先程の暴走ぶりが恥ずかしくなって、ユフィーリアの肩口に額を擦り付けて顔を隠した。
穴があったら入りたい。
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