第4話【異世界少年とドラゴン】

 腕の中にすっぽりと収まる金属製のドラゴンは、ショウに喉元をくすぐられて気持ちよさそうに「ぐるるる♪」と唸っていた。



「可愛い」


「知的な幻想種のはずなんだけどなァ。お前はスカイに設計されたから慣らされちゃってるなァ」



 ショウの腕に抱かれるドラゴンの小さな頭を撫でるユフィーリアは、



「こうして見ると、魔法兵器エクスマキナとは思えないよな。本当に生きてるみてえ」


「そうだな」



 神造兵器レジェンダリィを参考にし、誰でも使えるように下方置換したものが魔法兵器エクスマキナと教えられた。魔力がある人間であれば誰でも使える強力な武器らしい。威力は神造兵器と比べれば劣るものの、適合しなければ使えない神造兵器とは違って汎用性が高い。

 ショウの腕に抱かれて「ぐぎゃ、ぐぎゃ」と鳴く小さなドラゴンも魔法兵器として設計・開発されたらしい。とても兵器とは思えない滑らかな挙動と、金属で構成された身体にも関わらず再現された鳴き声は完璧と言う他はない。


 本当に、1種のドラゴンとして生きているようだ。汎用性の高い武器には見えない。



「ドラゴンって魔法に対する耐性が高いからぁ、簡単には倒せないんでしょぉ? 研究するのも大変だったんじゃないのぉ?」


「だろうなァ。時間と金もかけてるって副学院長も言ってからなァ」



 ドラゴンの尻尾を指先で摘み、ショウに抱っこされたドラゴンは「ぐぎゃる」と不満げに呻いた。どうやら尻尾を摘まれるのはお気に召さなかったご様子だ。



「やっぱりドラゴンを倒すには専用の装備品が必要なのか?」


「そうそう。ショウ坊はよく勉強してるなァ」


「勉強というか、元の世界でドラゴンを倒す際には専用の装備を使って倒す物語がいくつもあったから……」



 小さな金属製のドラゴンに視線を落とし、ショウは元の世界で見かけたドラゴンの登場する物語を思い出す。


 虐待されるのが嫌で、よく学校の図書室や公共の図書館に入り浸っていたものだ。その際に読んでいたのはもっぱら小説で、幻想的な世界観の物語から現実味溢れるミステリー小説まで幅広い分野に手を伸ばした。

 ファンタジーな冒険小説では、中盤でドラゴンを討伐する為に専用の剣や盾を探す場面がいくつも描かれていた。主人公が修行して、専用の魔法で撃破する物語もある。その場面を知っているからこそ、ドラゴンを討伐するには専用装備が必要と言われても驚くことはない。


 ユフィーリアは雪の結晶が刻まれた煙管キセルを咥え、



「ドラゴンの討伐には龍殺しの加護が付与された装備品が必要なんだよな」


「そうなのか」


「まあそんな装備品はもれなく神造兵器レジェンダリィに数えられるけど、コイツはあくまで魔法兵器エクスマキナの部類だからな。スカイが設計・開発したから安全だろうし、ここまで人懐っこいと暴走して襲い掛かる心配もねえだろ」



 ショウの腕にしがみつく小さなドラゴンは、ユフィーリアの咥えている雪の結晶が刻まれた煙管に興味津々だった。視線を煙管に集中させ、動かすたびに目で追いかけている。

 それが楽しくて仕方がないのか、ユフィーリアは煙管を揺らしてドラゴンと遊んでいた。「ぎゃッ、ぎゃッ」と何かを訴えるドラゴンを、彼女は楽しそうに笑い飛ばしている。


 先程から鳴いているのだが、このドラゴンは何と言っているのだろうか。副学院長のスカイがドラゴンと意思疎通を図る際は変な言葉を使っていたのだが、果たしてどういう意味があるのか。



「ユフィーリア、このドラゴンが何と言っているのか分かるか?」


「ん、まあな」



 雪の結晶が刻まれた煙管を揺らしてドラゴンと戯れるユフィーリアは、



「『待て待て』って煙管を追いかけてるよ、コイツ。面白いなァ」


「人間の言葉は、やはり分からないだろうか」


「ドラゴンは基本的に頭のいい種族だから、人間の言葉を介するぞ。だけどやっぱり喋る際にはドラゴンの言葉を使った方が楽なんだと」



 そういうものなのか、とショウは納得する。


 物語のドラゴンも人間の言葉を話したり、または獣のように鳴いたりと様々だ。この世界のドラゴンは人間の言葉を理解できる様子だが、やはり話すのは困難なのだろう。

 抱っこ出来るほど縮んだドラゴンがベラベラと人間の言葉を話し始めたら怖いし、むしろこのままの状態の方が可愛いのかもしれない。簡単に人間の言葉を喋るようにならないでよかった。


 ユフィーリアの揺らす雪の結晶が刻まれた煙管に届かず不満そうにしていたドラゴンだったが、何かに反応を示して「ぐぎゃッ」と鳴く。



「わ、どうしたんだ?」


「飛びたいんだろうよ、離してやれショウ坊」



 ユフィーリアに言われ、ショウは金属製の小さなドラゴンを解放する。


 小さな身体から生えた金属の翼を懸命に動かして、ドラゴンは窓から飛び立った。大空を自由に羽ばたくその姿はとても楽しそうであり、ドラゴンもご機嫌な様子でどこかに導かれるように外の世界を飛んでいく。

 あれは平気なのだろうか。仮にもショウたちはあのドラゴンを副学院長から預かっている身である、何かあった場合は責任が取れない。


 ショウは冥砲めいほうルナ・フェルノを呼び出すと、



「ユフィーリア、俺はロザリアを追いかける」


「おう、気ィつけろよ」


「監督しなくてもいいのか?」


「多分この方角だと中庭に向かったんだろ。今の時間帯だと日当たりも抜群だしな」



 雪の結晶が刻まれた煙管を咥えるユフィーリアは、



「ロザリアのことが気に入ったんだろ、ちゃんと見ててやれ」



 ショウは「ああ」と頷くと、冥砲めいほうルナ・フェルノに乗って窓から大空へ飛び立った。

 あの金属製のドラゴンが向かった先は分かる。ユフィーリアの言葉を信じるなら、この先にあるのは中庭だ。生徒たちは中間考査の真っ最中だろうし、思う存分日向ぼっこを楽しむことが出来るはずだ。


 冥砲ルナ・フェルノに与えられた飛行の加護を使い、ショウはドラゴンが飛び去った方角を目指した。



 ☆



「中庭、中庭……」



 冥砲めいほうルナ・フェルノに腰掛けるショウは、ヴァラール魔法学院の広い敷地内を飛んで中庭を目指す。


 中庭はもう何度か行ったことがあるので、場所もしっかり記憶にある。

 短く切り揃えられた芝生に色とりどりの花が咲いた花壇、生徒たちが休む為の東屋まで備えられたヴァラール魔法学院自慢の中庭だ。変な像が中央に据えられた噴水まであり、中庭というより公園のようにも思えてくる。


 校舎の上空を冥砲ルナ・フェルノで飛ぶショウは、



「あ、あった」



 四方を後車で囲まれたヴァラール魔法学院の中庭に降り立ち、ショウは冥砲めいほうルナ・フェルノに「ありがとう」と告げてから消す。

 あまり使ってしまうと、今度は校舎を破壊しかねない。何かあった時は炎腕えんわんの存在もあるので、冥砲ルナ・フェルノを出すまででもないだろう。


 伽藍ガランとした中庭を見渡して先に到着しているはずのドラゴンを探すと、



「ぎゃッ、ぎゃッ」


「ふふッ、ここが気持ちいいのかい? 好きだね」



 東屋を利用している生徒の膝の上で、金属製の小さなドラゴンが喉元を撫でられて気持ちよさそうに目を細めていた。


 ドラゴンを膝の上に乗せた生徒は、顔がよく見えない。赤茶色の髪はボサボサで、前髪が目元を覆い隠すほど長く伸ばされている。ただドラゴンを乱暴に扱う真似はしないようで、金属で作られているドラゴンの喉を節くれだった指先で撫でている。

 男子生徒だろうか。生徒とあまり話したことがないので、どこな学年やクラスに所属しているのかも分からない。ただ他の生徒たちと同じような制服を着ているので、ヴァラール魔法学校の生徒で間違いないだろう。


 ショウはドラゴンと戯れる生徒に近づき、



「あの……」


「はい?」



 男子生徒は何気なく応じる。

 長めの前髪の隙間から覗く、やや鋭い黒の右目。キョトンとショウの顔を見上げ、それから首を傾げる。


 金属製のドラゴンについて、果たしてどう伝えるべきだろうか。ショウはユフィーリアたち先輩用務員とならば普通に会話も出来るのだが、生徒が相手だと言葉選びに戸惑ってしまう。



「えと、そのドラゴン……」


「ああ。急に飛んできたんだよ、この子。膝の上に乗って『撫でて』って言ってくるものだから、つい」



 男子生徒は小さく笑うと、



「可愛いね、君のドラゴンなの?」


「あ、いえ……副学院長の」


「そうなんだ」



 変わらず男子生徒の膝の上を独占するドラゴンを撫でる彼は、



「全身が金属で出来たドラゴンなんて聞いたことがないんだ。僕、ドラゴンが好きなんだけど今まで見たことのない種類だから驚いちゃって」


「あ、あの、それ本物のドラゴンじゃないです……魔法兵器エクスマキナで」


「そうなんだ。副学院長のって言ってたもんね、動物に拒否反応アレルギーが出ちゃう副学院長のことだから何かあるって思っていたんだ」



 男子生徒はドラゴンを抱き上げると、ショウに「はい」と返してくる。



「とても可愛い子だけど、勉強しなきゃ。このあとも動物言語学の試験があるんだ」


「あ、そうですか……」



 返してほしいと言うに言えなかったが、相手からすんなり返してもらえてよかった。腕の中にすっぽりと収まる金属製のドラゴンも、絶妙な指遣いでのナデナデを堪能して満足げである。

 副学院長のスカイから「生徒には貸し出さないでくださいね」と言われているのだ。もし貸し出して、何かあった時に怒られるのはショウだ。副学院長に怒られたくない。


 ショウはドラゴンを抱えてそそくさと戻ろうとするが、



「――GYA、GRRRRR」



 男子生徒から放たれた唸り声に反応した金属製のドラゴンが、再びショウの腕から飛び立ってしまう。



「あ」



 小さな翼をはためかせ、ドラゴンは教科書を開いて勉強中の男子生徒の隣に降り立った。それから小さな手を生徒の太腿に置き、じっと彼の顔を見上げている。



「どうしたの?」


「ぎゃッ、ぎゃぎゃッ」



 質問をする生徒に、ドラゴンは鳴いて応じる。



「もしかして、僕の試験の練習に付き合ってくれる?」


「ぎゃッ」



 そうだ、とでも言うように胸を張るドラゴンの頭を撫で、男子生徒は「ありがとう、お前は優しい子だね」と言った。



「ねえ、このドラゴンをちょっと貸してくれない?」


「え、その……」


「実は中間考査でドラゴンの言葉を披露する予定なんだけど、少し自信がなくて。この子が見てくれるって言うし、試験が始まる前まででいいから」


「そんな……でも」



 ショウは戸惑った。

 ドラゴンが反応を示したのは、ドラゴンの意思だ。無理やり連れていけば不機嫌になるだろうし、暴れられたら手がつけられなくなってしまう。


 ただ、副学院長から「生徒に貸し出さないでください」と言われている以上、ドラゴンを貸し出す訳にはいかない。生徒の申し出には受け入れられないのだが、



「ねえ、いいでしょ? 少しだけだし」


「…………じゃあ、あの。少しだけ、なら」


「本当? よかった、ありがとう。これで試験も落とさずに済むよ!!」



 嬉しそうに応じる男子生徒に、ショウは何も言えなかった。ただ彼に責任を負わせる為に、必要最低限のことをしよう。



「あの、すみません。副学院長にもお伝えするので、名前と学年を教えてくれませんか?」


「ああ、ごめん。そうだよね、教えておくよ」



 ドラゴンの頭を撫でる男子生徒は、自分の名前と学年を明かした。



「5年のウィドロ・マルチダだよ。よろしくね」

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