第3話【問題用務員と副学院長の研究室】
「はあー……」
「重たいねぇ……」
「何でこんなものを運ばなきゃいけないんだろ!!」
「捨てるって考えなかったのかしラ♪」
「あはは……」
生徒で賑わう廊下に、問題児たちによる憂鬱そうなため息が落ちた。
副学院長であるスカイ・エルクラシスに引き摺られて連行された先は、何故か大量の木箱や真新しい工具箱が積み重ねられた正面玄関だった。そこで魔法トリモチから解放された問題児は、山のように積まれた木箱と工具箱の運搬を任された次第である。
肝心のスカイは特に問題児の行く末を見守ることもせず、軽い口調で「じゃ、あとよろしくッス」と告げてその場から立ち去ったのだ。問題児を信用しているのか、それとも問題児の監督まで面倒を見ていられないほど忙しいのか不明だ。
「ユーリぃ、仕事を投げ出さないなんて珍しいねぇ」
「副学院長の場合はその場にいなくても見張られてるからな」
雪の結晶が刻まれた
「アイツ、目隠ししてるだろ」
「そうだねぇ」
「あれな、魔眼の効果を弱める特性を持ってんだとよ」
「魔眼?」
聞き慣れない単語に首を傾げるエドワードへ、ユフィーリアは「あ、知らねえの?」と返す。
「副学院長は現在視の魔眼っていう珍しい魔眼の持ち主だよ。この世のどこでも覗き見し放題の、羨ましいんだか面倒なんだか分かんねえ魔眼」
「それってぇ、今の俺ちゃんたちも見られてるってことぉ?」
「そうそう」
頷くユフィーリアに、エドワードが「うへぇ」と嫌そうな表情を見せた。
魔眼というのは瞳そのものに付与された特殊な魔法であり、様々な種類がエリシアでは確認されている。
目を合わせただけで石になってしまう『石化の魔眼』や視認した相手の過去を読み取る『過去視の魔眼』など、両手の指では足りないほど魔眼の種類は存在する。ただし魔眼は生まれついての才能みたいなものなので、努力で手に入る代物ではないのだ。
魔眼を持つ魔女や魔法使いは少なくないが、かと言って多い訳ではない。非常に特殊な才能なので魔法の研究題材にも使われるし、獲得できたら凄い才能と言えよう。
「ただ、副学院長の魔眼は常時発動している種類だからな。目隠しで魔眼の効果を抑えねえと、色々と見えすぎて嫌なんだとさ」
「見えすぎるのも面倒だねぇ」
「現在視の魔眼なんて面白そうではあるけどな」
ユフィーリアがもし現在視の魔眼を持っていたら、学院長の動向を探るのに便利だろう。彼の弱みを握るのもいいかもしれない。
もしくは、悪戯を仕掛ける時に現在地を確認することにも使える。どこの教室でどんな作業をしていれば、どんな邪魔が出来るかとすぐに考えられる。
ただし、魔眼は生まれ持っての才能なので、ないものねだりに過ぎないのだが。
「お、着いた」
魔眼が云々という話をしていたら、いつのまにか目的地に到着していた。
木箱や工具箱を抱える問題児たちの前には、鋼鉄製の扉が鎮座している。扉の表面には縦横無尽に溝が刻み込まれ、所定の通りになぞると扉に仕掛けられた施錠が解除される仕組みの魔法兵器となっていた。安全面でしっかり対策されている。
扉の上部に掲げられた金属製の札には、汚い文字で『魔法工学準備室』とあった。おそらくあの文字は、この魔法工学準備室を根城とする副学院長が書いたのだろう。
抱えていた木箱を足元に下ろし、ユフィーリアは扉を叩く為に拳を掲げた。冷たい金属の扉に拳を叩きつける寸前で、内側からすんなりと開かれる。
「どぉーも、問題児急便でぇーす。お届け物でぇーす」
「ご苦労様ッス」
扉から顔を出した副学院長は、先程までのおとぎ話に出てくる悪い魔法使いのような格好から変わっていた。
厚ぼったい
扉を開けた副学院長のスカイは、
「じゃあ中に運んでくださいッスよ。あとはボクがやるんで」
「はいはい……」
面倒臭さ全開でため息を吐いたユフィーリアは、足元に置いた木箱を抱え直して魔法工学準備室に足を踏み入れる。
さく、と音がした。
学院内の部屋の床を踏むような音ではなく、まるで草原を踏みしめるような音だった。
「…………は?」
目の前に広がる光景に、ユフィーリアは我が目を疑った。
どこまでも広がる青々とした空と、新緑色の草原。ポツリポツリと確認できる広葉樹は、爽やかな風を受けて緑の葉っぱを揺らす。
完全に室内の光景ではない。それと魔法学院にあるような部屋の風景ではない。明らかにどこか別の世界と繋がったかのような錯覚がある。
唖然と立ち尽くすユフィーリアにスカイは首を傾げ、
「何してんスか、早く運び入れてほしいんスけど」
「いやいやいや!? 副学院長、これ魔法工学準備室の中か!? どこか別の世界と繋がった!?」
「別の世界って大袈裟な。ここは魔法工学準備室ッスよ、ちゃんと札にも書いてあったでしょ」
「だとしてもここまで大規模な改造はしねえよアタシだって!!」
目の前に広がる魔法工学準備室の光景は、部屋という規模を遥かに超える空間拡張の魔法だった。やろうと思えば出来るが、さすがに屋外で眠るような真似はしたくない。
もう部屋という概念ではない。同じく荷物を運びに来たエドワード、ハルア、アイゼルネ、そしてショウも目の前に広がる部屋の景色に呆然としていた。運んできた荷物を一体どこに運び入れろと言うのか。
スカイは目隠しを巻き直しながら「ああ」と頷き、
「ボクの場合はこれがあるッスからね」
そう言って、スカイは指笛を吹く。
ピィー、と甲高い音が草原に響き渡る。
反応があったのは草原のあちこちに点在する広葉樹からだ。金色に輝く小さな何かが大空に向かって飛び立つと、風に乗ってスカイの元までやってくる。
それは金属製の小鳥だった。鋼鉄の翼をパタパタと広げ、スカイの伸ばした人差し指に降り立つ。カチカチと鉄の
「他にも馬や虎、
ほら、とスカイが示した先には、やはり金属製の兎や獅子、犬や猫などの動物が草原の隙間から顔を覗かせている。象も上手く広葉樹の後ろに隠れているが、その巨体を隠せるほど広葉樹は大きくない。
「凄い……金属なのに本物の動物みたいだ……」
「そりゃあ、ボクが設計・構築した
感嘆の声を漏らすショウに、スカイは少し自慢げに言う。
「動物は何でも好きなんスけど、ボクって動物に対して強い
「はー、なるほどなァ」
ユフィーリアは足元まで駆け寄ってきた金属製の犬を撫でてやると、犬は尻尾をふりふりと振ってユフィーリアの手のひらに擦り寄った。本当の犬のような動きをするが、犬の柔らかさはない。
こんな可愛い犬が
まあそれだけの理由だったら、部屋を広い草原に改造しないが。
「ボクの開発した
「あれ?」
全員の視線が、スカイの向ける指の先へ投げられる。
どこまでも高い大空から降り立ったのは、全身が金属で作られた巨大なドラゴンである。
他の動物たちと同じく金属特有の輝きを放つ巨躯と、どこまでも広がる大きな翼。ユフィーリアたち問題児を高みから
金属製のドラゴンは両腕を広げるスカイに鼻を寄せ、喉を「ぐるるる」と鳴らした。
「ドラゴンまで作るとか天才なのか馬鹿なのか……」
「ドラゴンの挙動を完全に再現する為に、ドラゴンの巣まで押しかけて研究させてもらった甲斐があるッスわ」
スカイは金属製のドラゴンを優しい手つきで撫でながら、
「あ、そうだ。ユフィーリア、ロザリアを散歩させてきてほしいッスよ」
「ろ、ロザリア? 誰?」
「このドラゴンッスよ」
金属製のドラゴンを撫でるスカイは、ロザリアと呼んだ金属製のドラゴンに「グァ、ギャルル」と唸る。
これは別に適当なことを言った訳ではなく、幻想種語と呼ばれるものだ。知能の高いドラゴンは人間の言葉を介すことが可能だけれど、やはり意思疎通をする時は幻想種語を使った方が楽らしい。ドラゴンと会話をする為に開発された言語だ。
金属製のドラゴンは1度だけ頷くと、翼をはためかせて大空へ飛び立った。それから空を旋回してから、
「ぐぎゃる!!」
それまで見上げるほど巨大なドラゴンだったのだが、小さな身体に変貌を遂げて降りてきたのだ。小さな翼をパタパタと懸命に動かして、スカイの両腕の中にすっぽりと収まる。
ドラゴンの変身能力まで再現するとは、この副学院長のドラゴンに対する執念がヒシヒシと感じられる。そこまでドラゴンを完璧に再現した
スカイは小さく縮んだドラゴンの喉を指先でくすぐりながら、
「
縮んだドラゴンをユフィーリアに手渡したスカイは「大丈夫ッスよ」などと言ってくる。
「見失っても勝手に魔法工学準備室まで戻ってくるんで、最後まで見てなくてもいいッスよ」
「そんなに適当でいいのかよ」
「ちゃんとその辺りは調教してるんスよ」
ユフィーリアたち問題児が運んだ木箱を運び入れながら、スカイが「あ、そうだ」と思い出したような口調で続けた。
「生徒には貸し出さないでくださいッスよ。何されるか分かんないんで」
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