第2話【問題用務員と魔法兵器】

 回想開始。



『明日から中間考査があるんだよ』


『魔法学校にも中間考査はあるのだな』


『それぞれの教室が中間考査の試験会場になるから、生徒たちは校舎全体を冒険しながら試験を受けるって感じだな』


『それは面白そうだな』


『だろ? だから明日は生徒に混じって中間考査の試験会場に乱入しようと思うんだよ』


『それなら、是非ユフィーリアたちには制服を着てほしい』


『制服? ウチの学校のだったら見劣りするだろ』


『いいや、俺が元々いた世界でユフィーリアたちに似合う制服がある。いわば問題児の正装だ』


『ほほう?』


『その名を特攻服と言うのだが』


『面白そうだから仕立てよう』



 回想終了。



「思った以上に反応がなかったなァ」


「そうだねぇ」



 被服室を占拠し、いつものように資材も勝手に拝借して、可愛い新人であり異世界出身のショウから教えられながら『特攻服』を仕立ててみたのだが、期待通りの反応は得られなかった。


 ユフィーリアは不満げに雪の結晶が刻まれた煙管キセルを吹かしながら、多くの生徒が行き交う廊下を堂々とした足取りで歩く。現在も着替えることなく、特攻服姿は継続中である。

 普段は隠されているはずの肌を大胆に晒しているせいで、生徒たちから興味と恐怖がい交ぜになった視線を突き刺される。何故か女子生徒たちから「え、待って」「格好良くない……?」などと囁かれていたのだが、ユフィーリアの耳にまで届いていない。



「やっぱりアタシも釘バットを持った方がよかった?」


「いやぁ、意外と邪魔だよぉ」



 ユフィーリアと同じく特攻服に身を包むエドワードは、ずるずると引き摺る釘が中途半端に突き刺さった角材を軽く揺らす。


 この装備品もショウの知識に基づいて作られたものだ。

 角材や棍棒に釘を打ち付け、中途半端な棘の状態にした武器を持つことで雰囲気がより増すと言っていた。名付けて『釘バット』である。意外とそのままだった。


 本当なら「エドワードさんは釘バットよりも鉄パイプの方がいいのだが、この世界に鉄骨とかなさそうだから角材で応用する」とショウが言っていたので叶えてやりたかったのだが、彼の言う『鉄パイプ』が何なのか分からないので止めたのだ。それほど似合うなら見てみたい気がする。



「さて、次はどこの試験会場に乱入するかな」



 頭の中でヴァラール魔法学院の全体図を描きながら、どこの教室でどんな魔法の試験が行われているのか確認する。

 どこの教室がどんな魔法の試験会場になっているのか、という情報は正面玄関に張り出されるので誰でも確認できるのだ。つまり問題児と名高いユフィーリアたちも確認可能である。誰でも確認できるようにしたのが運の尽きだ。


 属性魔法は即座に追い出されてしまったが、魔法薬学や生活魔法の試験会場は意外と広めなので楽しいだろう。箒で空を飛ぶ飛行魔法の試験会場に乱入するのも面白そうだ。



「そうだ、ショウ坊はどこがいい? 碌に魔法を見たことがないから、どこの試験会場も興味あるだろ?」


「ぇ、あ」



 ユフィーリアが可愛い新人であり恋人たる女学生風女装メイド少年――ショウへ振り返れば、彼は慌てた様子で反応をした。どうやら話を聞いていなかったらしい。



「どうした、ショウ坊。体調悪いか?」


「そういう訳ではないのだが……」



 ショウはほんのりと頬を赤く染め、ユフィーリアから視線を外してポツリと呟く。



「ユフィーリアの特攻服姿が格好良すぎて……その、見惚れてしまって……」


「ショウ坊に褒められた嬉しい死ぬ」


「し、死なないで、死なないでッ」



 可愛い恋人から称賛の言葉を浴び、ユフィーリアは尊すぎて死ぬかと思った。

 そんな彼も女学生風のメイド服を着用している。ハーフアップに纏められた黒髪は艶やかでありながら清楚さを押し出し、朱色の着物と濃紺の袴風スカートの相性がまた絶妙である。普段のメイド服も似合っていたが、女学生風メイド服も最高の一言に尽きた。髪を飾る赤と白の千鳥模様が特徴的なリボンが、いい具合に映えていた。


 うん、今日の恋人もバッチリ可愛い。世界の真理である、これは中間考査に出てもおかしくない。



「そこのいかがわしい格好をした連中、試験期間中の校舎で何してるんスかぁ」


「あ、副学院長」


「あれ、ユフィーリア? 何だ、問題児どもだったんスね」



 その時、廊下全体に拡声魔法が響き渡ったと思えば、廊下の奥から赤い蓬髪ほうはつが特徴の魔法使いが厚ぼったい長衣をずるずると引き摺りながらやってくる。

 鮮血の如き毒々しい赤髪と目元を完全に覆い隠す黒い布、猫背気味な姿勢はまるでおとぎ話の悪役として出てくる魔法使いのようだ。見た目は完全に悪役の魔法使いだが、中身は至って常識人の副学院長だ。


 ヴァラール魔法学院が副学院長、スカイ・エルクラシスは「何してんスか」と拡声魔法を解除した通常の声で言う。



「その格好は何スか。生徒たちから『堅気じゃねえ』『怖い』『いつか命を奪われる』『視線こっちにお願いします』『怖いんだか格好いいんだか分からない、これが……恋……?』という苦情が相次いでるんスよ」


「後半はおかしくねえかな」



 何か後半の台詞は苦情には聞こえないのだが、果たして誰が言っているものなのか。


 ユフィーリアが試しに視線を周囲に巡らせると、慌てた様子で逃げ去る生徒たちが続出した。本当に「視線こっちにお願いします」とか言う輩がいるのか。

 特にショウはスカイから伝えられた言葉の数々が気に入らないのか、恐ろしいほどの無表情で「どこの誰がそんなことを……?」と副学院長に詰め寄っていた。彼の背後でワサワサと腕の形をした炎――炎腕が揺れている。



「昨日、被服室を使わせてもらって仕立てたんだよ」


「アンタの言う『使わせてもらった』は勝手に占拠したって意味合いなんスよ、お分かり?」


「知らねえ言葉だな」


「脳味噌に刻み込んでやろうか、問題児」



 声の調子が割と本気だったので、スカイは本当に頭を切開して脳味噌に刻み込んでくるだろう。「遠慮しておくわ」とユフィーリアは綺麗な笑みで辞退した。



「つーか暇そうにしてんなら手伝ってほしいッス。ボクが受け持つ授業の試験、午後からなんスよ。資材もたくさん使うんで少しでも人手がほしいっつーか」


「副学院長も授業を受け持っているのか?」



 驚いたように首を傾げるショウ。先程まで無表情のまま副学院長に詰め寄っていた時とは大違いな態度だ。



「そッスよ。ボクは魔法工学って授業を受け持ってるッス」


「魔法工学」


「分かりやすく言えば、まあ魔法兵器エクスマキナを作る為の授業ッスね」


魔法兵器エクスマキナ……」



 副学院長は説明が下手らしく、次々と飛んでくる意味不明な単語にショウの首がさらに傾げられた。何もかも知っている前提で話すのは止めた方がいい。


 頭の中を疑問符でいっぱいにしたショウの肩を叩き、ユフィーリアが代わりに説明をする。

 魔法工学と魔法兵器エクスマキナについての説明は簡単だ。前提条件は神造兵器レジェンダリィの存在を知っていることである。その点に関してすでに彼は条件を達成していた。



「ショウ坊、神造兵器レジェンダリィは分かるよな?」


「ああ。適合しなければ使えない、神々の為に拵えられた武器と聞いたが」


「そうそう、ちゃんと勉強してるな」



 ユフィーリアはショウの頭を軽く撫でてやり、



神造兵器レジェンダリィは要するに『使える人間が少ないけど、めちゃくちゃ強い武器』って感じだ」


「ああ」


「でも誰でも強い武器は使ってみてえよな? 格好いいし、何より色々な場面で活躍できる」


「確かに」


「それを叶えるのが魔法兵器エクスマキナの存在だ。魔法兵器ってのは『神造兵器レジェンダリィと比べて威力は劣るけれど、誰でも扱える強い武器』って感じだな」



 神造兵器レジェンダリィは神々が使用することを前提として設計・構築されている為、人間が扱うには適合する必要性がある。神造兵器に対する適合を持っているのは100万人に1人いるかいないかというかなり低い確率なので、もし扱えたら奇跡みたいなものだ。その他にも適合する方法はあるのだが、今回は割愛とする。

 一方で魔法兵器エクスマキナだが、神造兵器を参考にして作られた誰でも扱える兵器というのが念頭に置かれている。神造兵器と比べて威力は劣るが、誰でも強い武器を扱うことが出来るという点で幅広く普及している。要するに『神造兵器の劣化版』だ。


 ショウは「なるほど」と頷き、



「それを設計・構築する為の知識を学ぶのが魔法工学という訳か」


「花丸だな、ショウ坊。頭がよろしくて何より」



 ユフィーリアに頭を撫でられて、ショウは満足げに赤い瞳を細めていた。反応がいちいち可愛いのでつい頭とか撫でたくなっちゃうのだ。



「今回は本格的な魔法兵器エクスマキナじゃなくて、まあ装飾品程度の魔法兵器の構築をしてもらう予定ッスけどね。本格的な魔法兵器はほら、1日で設計して組み立てるなんて出来ないッスから」


「で、それの部品が大量にあるから試験会場まで運んでほしいと」


「そうそうッス」



 ニコニコと笑いながらスカイが頷き、ユフィーリアもニコォと笑い返す。



「やだ」


「何でッスか」


「真面目に仕事をするのとか嫌いだし」



 そんな訳で、とユフィーリアは踵を返してその場から逃げ出そうとするが、



「はいはい、そんなこったろうと思ったッスよ。残念だけどせっかくの人手を逃がす訳ないでしょ」



 スカイの厚ぼったい黒色の長衣ローブの下から、粘着性のある青色の液体が飛び出した。それがユフィーリアたち問題児の身体に張り付き、まとめて拘束されてしまう。

 何かと思えば魔法トリモチだった。魔力を流すと使用者から逃げ出そうとする人物を捕捉し、自動的に追跡・捕縛する魔法兵器エクスマキナである。魔法トリモチに流れる魔力を切れば解放される仕組みで、魔力が流れている状態ではどれほど暴れても離れることが出来ない。


 縄よりも簡単に逃亡者を捕獲できるということで、多くの国が採用しているのだ。ちなみにこの魔法兵器を設計したのは目の前にいらっしゃるスカイ・エルクラシス副学院長だ。



「おまッ、魔法トリモチは卑怯だろ!!」



 魔法トリモチに拘束されるユフィーリアは副学院長に抗議するが、



「ちゃんと給料を貰ってんだから仕事しろッスよ。ほら行くぞグータラ問題児ども、働け」


「イダダダダダダダダ床を引き摺り回すのはやめろ痛い痛い!!」


「雑巾になった気分だよぉ」


「副学院長すっげえ力持ちだね!!」


「多分これ別の魔法兵器を長衣の下に仕込んでいるわネ♪ 狡いワ♪」


「どなどなどーなーどーなー……」



 魔法トリモチに拘束された問題児どもを引き摺りながら、スカイは「人手を確保したッス」とどこか嬉しそうにしていた。

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