第6話【問題用務員と水風船】
「くーださーいなー」
放課後の購買部にやってきた男子生徒3人組が差し出したものは、可愛らしい箱に入った何かだった。
表面には薄さ0.02ミル(ミリ)とあり、お菓子ではないことは火を見るより明らかである。男女が抱き合っている影絵が箱の隅に記載され、それの名称もしっかりと箱に刻み込まれていた。
どこからどう見ても避妊具である。
「…………」
それを差し出されたのは、問題児の中でもその筆頭と名高い銀髪碧眼の魔女――ユフィーリア・エイクトベルだ。
「わざとかな?」と男子生徒たちの顔を見やると、彼らは揃ってニヤニヤと笑っているのでおそらくわざとだ。普段から揶揄ってばかりの問題児が購買部で大人しく店番をしている隙を見計らって、ここぞとばかりに仕返しに来たのだ。
全く、最近の若い奴らはやられたらやり返す精神があるようで困る。何が困るって仕返しの方法である。ユフィーリアも根っからのやられたらやり返す倍返しでな精神が根付いているのだ。
そんな訳で、色々と思うところはあったがユフィーリアは避妊具の箱を手に取り、精算機に値段を打ち込んだ。
「はい、850ルイゼ」
「じゃあ1,000ルイゼでお願いしまーす」
「150ルイゼのお釣り、あざっしたー」
顔色を全く変えることなく接客したのに、男子生徒たちは帰る素振りを見せない。そろそろ邪魔だから帰ってほしい。
「ねえお姉さん」
「あ?」
「僕たちぃ、コレの使い方が分かんないんだよねぇ」
カタカタと避妊具が詰め込まれた箱を振りながら、下卑た笑顔を浮かべる男子生徒が言う。
「教えてくれないかなぁ――――身体で」
なるほど、とユフィーリアは理解した。
まあ確かにユフィーリアは「黙っていれば凄味のある美人」と言わしめるだけあって、顔立ちだけ見れば学院の中でも上位に食い込むぐらいの美貌を持っている。自分でそう思っちゃう。
ただし、あくまで前提条件が『黙っていれば』に限定される。口を開けば男勝りを通り越してもはや男にしか聞こえない口調と、歩けば学院に迷惑をかけて問題行動をやらかす馬鹿である。せっかくの美貌が台無しになってしまうぐらいだ。
それを踏まえて、彼らはユフィーリアに「避妊具の使い方を身体で教えてほしい」と宣ってきたのだ。馬鹿か?
「おう、分かった」
雪の結晶が刻まれた
「あー、でもここだと狭いな。外で教えてやるから服を脱いで待ってろ」
「え」
「何だよ、教えてほしいんだろ? いいよ教えてやるよ、身体で」
ミントのような清涼感のある香りの煙を先頭の男子生徒に吹きかけ、ユフィーリアはニヤリと笑う。その笑みは大人の余裕が垣間見える妖艶なものとして男子生徒たちに映ったことだろう。
ゴクリと生唾を飲み込む彼らは、ユフィーリアの言う通りに踵を返した。素直に服を脱いで外で待っているつもりか。面白い連中だ。
コソコソと「おい、上手くいったぞ」「本気かよ」「学院の中でも指折りの美人でも問題児だしなぁ」と話しているが、本気な訳があるか。地獄を見ろ。
「いやでも問題児でも美人なことには変わりないし、簡単に落とせ――」
ガチャ、と購買部の扉を開けたそこには、何故か丸太を装備した問題児の強面野郎と暴走機関車野郎が立っていた。
固まる男子生徒3人組。
狂気的な笑顔を浮かべるハルアと、丸太を2本も軽々と抱えるエドワードを前に何かを悟るが、それより先に2人が口を開いた。
「「丸太は持ったか」」
その言葉が、何故か「辞世の句は読んだか」に聞こえたのは気のせいである。
☆
「ふざっけんなよ降ろせコラァ!!」
「親に言い付けんぞ!!」
「死ね問題児、死んじまえ!!」
心にも刺さらない暴言の数々を吐き捨てる男子生徒3人組は、見事にエドワードとハルアに捕まって下着姿にひん剥かれ、さらに丸太へ縛り付けられるという散々な目に遭っていた。
しかも後ろ手に縄で縛られた挙句、両足も頑丈な鎖で丸太に縫い付けられている。簡単に抜け出せないように全身も鎖でぐるぐる巻きにしているので、彼らが身を捩るたびにガシャガシャと耳障りな音が立つ。
購買部の店先に突き立てられた丸太に縛り付けられる哀れな男子生徒たちをよそに、ユフィーリアたち問題児は早速準備に取り掛かっていた。もちろん、彼らに避妊具の使い方を身体に叩き込む為だ。
「え? 教えてほしいんだろ、これの使い方」
キョトンとした表情で、ユフィーリアはお菓子の箱に似た避妊具の箱を左右に振る。中身はだいぶ消費して、カタカタという音が小さく聞こえた。
「だから教えてやるんだよ」
「下着姿にひん剥いて丸太に括り付けるとか正気の沙汰じゃねえ!!」
「アタシらがいつ正気だったと錯覚した? 毎日が馬鹿野郎の日々だろうが、お前らの目は節穴かよ」
問題児の精神状態はいつだって脳内お花畑でハッピーな状態なのだ、正気の沙汰ではないことは当たり前である。
さて、用意は完了である。
学院最大級の5人の問題児の両手には、それぞれ水が詰め込まれた避妊具が握られていた。もはや水風船である。子供用の楽しい玩具だ。
「さて、それでは諸君」
ニヤリと笑ったユフィーリアは、
「
「ちぇすとーッ!!」
真っ先に水風船(仮)をぶん投げたのは、問題児の暴走機関車野郎ことハルアである。その容赦のない
パァン、と軽い破裂音を響かせて冷たい水がぶっかけられる男子生徒。顔全体どころか下着までぐっしょりと濡らした彼は、濡れた前髪の隙間から忌々しげに問題児たちを睨みつける。
しかし、気にしない。睨まれるどころか、毎日怒られて過ごすような彼らが睨まれるだけで怯む訳がないのだ。
「当たったよ!!」
「お、凄えなハル。顔面は10点だぞ」
「10点!? やったね!!」
綺麗に顔面へぶち当てたことを喜ぶハルアの隣で、水風船(偽)を他の男子生徒めがけて女装メイド少年のショウがぶん投げる。
華奢な美少年のどこからそんな力が出るのかと聞きたくなるドパァン!! という物凄い音が響き渡った。顔面にぶち当たったのだが、顔面から聞こえていい音ではない。
問題児としてもまだ日が浅いはずの彼は、清々しい笑顔でユフィーリアに振り返る。
「ユフィーリア、ユフィーリア。俺も10点を取ったぞ」
「おー、凄えなショウ坊。偉いぞよしよし」
「うにゃにゃごろごろ」
可愛い新人であり恋人でもあるショウの顎を撫でてやれば、彼は気持ちよさそうに目を細めてユフィーリアの指先を享受していた。あまりにも可愛いので鼻血が出そうになった。
「こ、この、こんなことをしてタダで済むとぶげえッ」
まだ威勢のいいことを叫ぶ男子生徒の顔面に、水風船(おもちゃのすがた)がぶち当てられる。
だが残念なことに、水風船は割れずに地面へ転がった。よく見ればその水風船(擬態)は凍りついていた。雪玉に石を仕込むようなアレの状態と同じである。
その水風船(凍結状態)をぶん投げたのは、
「あらぁ、ごめんねぇ。上手く割れなかったねぇ」
ポンポンと片手で凍った水風船(凶器)を弄ぶエドワードは、本当に微塵も申し訳なさそうな感情を込めないで言う。
「次は上手くやるからねぇ?」
「いやそれ死ぬから!!」
「
「げぶえッ」
エドワードの投げた水風船(氷塊)が「死ぬ」と主張した男子生徒の顔面にぶち当てられ、ゴッシャァ!! と聞こえてはいけないまずい音を立てる。
これはまずい、男子生徒たちにとって非常にまずい出来事だ。
鎖に縛られているので逃げられず、転移魔法や転送魔法、防衛魔法を発動させようとしても生徒なのでちゃんと魔法式を組み立てなければならない。その魔法式を組み立てる作業中に邪魔するかの如く水風船(馬鹿の化身)が投げつけられるので魔法が使えない。
命の危機を覚える男子生徒たちの頬に、肌を突き破らないけど絶妙に痛いぐらいの棘がついた水風船(威嚇中)が押し付けられる。
「イダダダダダダダダ」
「あらあラ♪ ごめんなさいね、おねーさん非力だかラ♪」
トゲトゲ状態となった水風船(指圧器ではない)をぐーりぐーりと男子生徒の頬に押し当てて優雅に微笑む南瓜頭の娼婦ことアイゼルネは、全く申し訳なさそうに聞こえない楽しげな口調でそんなことを言う。
もうこれは身体に教えているという問題ではない、拷問である。もしくは処刑だ。笑えない冗談を言ってきた仕返しにしてはなかなか重すぎる。
そろそろ本気で問題児を
「あ、そこのお嬢ちゃんたち。あそこの的当てを成功させたら購買部の商品10%オフで提供するぞ」
「1回200ルイゼだけど、どぉ?」
避妊具に水を次々と詰め込んでとんでもねー爆弾を作っていく問題児は、通りがかった女子生徒たちに水風船(嘘)をお勧めしていた。もはや的当てと言っちゃっていた。
普通の感性を持ち合わせているならゴミを見るような目でその場を立ち去るだろうが、あの丸太に括り付けられた男子生徒たちに彼女らは思うことがあったのだろうか。いそいそと財布から200ルイゼを取り出して、ユフィーリアに代金を支払っていた。
何かもう問題児よりも恨みを買われているのか、的当てに何故か長蛇の列が出来る始末である。本日で1番の長蛇の列を記録した。
「避妊具の在庫ってあったかな」
「風船でもいいんじゃないのぉ?」
「的当ての奴らが気絶しそうだよ!!」
「叩き起こしてきたらいいじゃなイ♪」
「少し中止してください。俺が殺し――いや叩き起こしてくる」
「ショウ坊、今殺すって言った?」
「言ってない」
問題児たちも水風船(爆笑)を提供するのに大忙しで、気絶しそうになった的当ての連中はショウが足の指の毛を引っ張ったり髪の毛を毟り取ったりして叩き起こしていた。手つきに容赦はなかった。
そんな賑やかな購買部を前に、呆然と立ち尽くす人物が1人。
お嫁さんの出産の立ち会いから必要なものを取りに帰ってきた、黒猫店長である。
「こ、こんな大盛況なのは何でですニャ……?」
避妊具を使った水風船(大爆笑)の的当てを待ち望む長蛇の列と、イキイキと接客をするユフィーリアたち問題児を眺める黒猫店長は呆然と呟いていた。
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