第7話【問題用務員と店番の対価】
さて、店主も帰ってきたので問題児たちによる店番は終了を迎えた。
「凄いですニャ!!」
黒猫店長はピョンピョンとその場で何度も飛び回り、好き勝手に店番をしていた問題児たちを称賛した。
煮詰めた泥水を10,000ルイゼで売り、文句を言ってくる客人は容赦なく保健室送りに処し、挙句の果てには売り物であるはずの避妊具を使って水風船パーティーなどという馬鹿みたいな事件まで引き起こしたのだ。ある意味で「凄い」と言われるだろうが、問題はそこではない。
問題児たちが購買部で真面目に店番をしているという噂が噂を呼び、大勢の客が購買部に押しかけたのだ。そのおかげで売上がかなり見込めた様子である。これには黒猫店長も満足げだ。
「ミィが店頭に立っている時よりも売れたのニャ。これからも用務員様にお店番をお願いしようかニャ?」
「いやそれは止めておいた方がいいぞ、店長」
「何故ですニャ? こんなにたくさんの売上が出たのニャ」
「今度は購買部を爆破しかねないからな」
今日で散々遊び尽くした気分のユフィーリアたち問題児は、次に店番を任されたら確実に購買部を爆破する自信があった。「花火しようぜ!!」のノリで店自体がなくなると思う。
黒猫店長は「
それでいい、それでいいのだ。もう2度と大勢の生徒や教職員を前に営業用の笑顔で接したくないし、そろそろ表情筋が痛いので店番はもうやらないと問題児たちの間でも共通の意見だった。あっちへこっちへバタバタと走り回りたくない。
ぽふぽふと肉球を叩く黒猫店長は、
「そうですニャ。店番の対価を考えなきゃいけないのニャ」
「お、何か安くしてくれるのか?」
「もちろんですニャ。ミィに出来ることがあれば何でも仰ってくださいなのニャ!!」
どん、と胸を叩く黒猫店長に、問題児たちによる「おおー」という称賛と僅かばかりの拍手が送られた。人数に限りがあるので仕方がない。
「実は居住区画の模様替えがしたくてよ」
「なるほどですニャ。もう内装はお決めですかニャ?」
「こんな感じの」
雪の結晶が刻まれた
雑誌の頁を捲って居間と台所、それから浴室と書斎の内装を黒猫店長に見せた。琥珀色の瞳をぱちくりと瞬かせ、黒猫店長はユフィーリアの示す要望を羊皮紙に纏めていく。
全ての要望を聞き終えてから、黒猫店長は「分かったですニャ」と頷いた。
「お店番の対価と、とても凄い売上を叩き出してくれたお礼なのニャ。特別に格安で引き受けるのニャ」
「店長がやってくれんの?」
「はいですニャ。ミィは内装工事の魔法も得意ですのニャ」
桃色の鼻からふんすと息を吐き出した黒猫店長は、
「転移魔法を使わずに、ちゃんと歩いて用務員室まで帰ってほしいのニャ。内装工事の魔法はすぐに出来ないのニャ、少し時間がかかるのニャ。出来れば30分ぐらい時間をかけて帰ってほしいのニャ」
「おう、分かった」
内装工事を格安で引き受けてくれるとは儲け物である、店番を頑張って良かったのかもしれない。
しかし、内装工事が完了するまで30分もかかるのか。
牛歩並みの速度で用務員室に戻れば30分はかかるだろうが、そんな気分ではない。気分次第ではやってもいいのだが、今はもっと別のことで時間を潰したいところだ。
「じゃあ店長」
「何ですニャ?」
「これください」
ユフィーリアが会計台に置いたのは、可愛らしい箱に入ったブツ――避妊具である。風紀が乱れる代物、堂々の第1位だ。
黒猫店長は顔色を変えることなく「はいですニャ」と避妊具の箱を受け取り、
もちろん、本来の意味で使う訳なんてなかった。やるべきことはただ1つ、表に放置してある丸太に縛り付けられた哀れな男子生徒3人組だ。
「的当てして帰ろうぜ」
「いいよぉ」
「今度は負けないよ!!」
「勝ったら夜ご飯は奢りヨ♪」
「絶対に負けない……!!」
意外と水風船(虚偽)が気に入った問題児は、早速とばかりに箱を開封して水を詰め込んでいく。
問題児の姿を認識した的当て野郎どもは、鎖をガシャガシャと鳴らしながら恐怖で逃げようともがくが無駄な行為である。問題児が満足するまで的当てになるしかないのだ。
ちなみにこの件に関して黒猫店長のお言葉は、
「あの生徒たち、どこかで見たことがあると思ったらミィのお嫁さんを虐めた連中ニャ。問題児様、もっとやれなのニャ」
窓から的当てにされる男子生徒3人組に「ざまあみろなのニャ」と意外と辛辣なことを言う黒猫店長なのであった。
☆
さて、いよいよ模様替えが完了した居住区画とご対面である。
「お前ら、いいか?」
用務員室の隣に繋がる居住区画用の扉の前に立ち、ユフィーリアは神妙な顔つきで部下の4人に問う。
エドワード、ハルア、アイゼルネ、そしてショウはそれぞれ小さく頷いて応じた。この先に待ち受ける光景に対する覚悟は出来ているようだった。
それならいいだろう、この扉を開けようではないか。取手を握り、施錠のされていない扉を軽く押した。
ギィ、と蝶番が僅かに軋んだ音を立てる。扉の向こうに広がっていたのは、
「おおおー、凄えや。要望通りだ」
広々とした居間の床は赤と黒の格子模様で、部屋の奥にはふかふかな
居間の隣に繋がっている書斎も、ユフィーリアの希望通りである。読書用の机の他に、寝そべって本が読める長椅子も完備されていた。見上げるほど背の高い本棚には、ユフィーリアがこれまでに集めた魔導書を余すところなく詰め込むことが出来るだろう。
模様替えをしたのは書斎や居間だけではない。浴室も全員の意見を取り入れた仕様となっている。
「この扉の取手を捻ればいいのかねぇ」
「そうだろ、絶対」
浴室の扉は、他の扉の取手と違って回すことが出来た。取手の部分には摘みのようなものが取り付けられ、それが現在どんな風呂であるか示しているらしい。
エドワードが試しにカチカチカチと扉の取手を捻って、摘みを適当な場所に合わせる。それから扉を開けた。
まず目に飛び込んできたのは脱衣所である。ひんやりと冷たい床は撥水性が高い素材が敷き詰められ、隅には目に優しい観葉植物が置かれている。鏡台には必要最低限の洗顔料や化粧品などが置かれているので、あとで自分の持ち物を勝手に移し替えろということだろう。
そして脱衣所の先にある曇り硝子が嵌め込まれた引き戸を開ければ、
「おー、凄いねぇ」
「広い!!」
「あら素敵♪」
「わあ……」
広々とした浴室の奥には、横に長い浴槽があった。湯気が立ち上る浴槽には並々とお湯が湛えられ、今すぐにでも入浴できそうだ。
また、洗い場も明るい雰囲気である。これはなかなかいい浴室だ。
最も普通な浴室を選んだつもりだが、想像以上に立派である。これを30分の内装工事魔法で終わらせたのだから、黒猫店長は優秀だ。
「寝室はどうなってるかな!?」
「見に行こう、ハルさん」
「いいよ!!」
模様替えにはしゃぐハルアとショウは、浴室から飛び出して寝室に向かった。すぐあとに「凄え!!」「凄い!!」と2人の声が聞こえてきたので、寝室も満足のいく模様替えがされていたのだろう。
「他に何か必要ないモンはあったか?」
「これで十分だと思うよぉ」
「足りないものはあとで買い足せばいいワ♪」
「だな」
黒猫店長が素晴らしい仕事ぶりを発揮してくれて、ユフィーリアは「店番をやっただけあるなァ」と感慨深げに呟くのだった。
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