第5話【問題用務員とお説教再び】

 そんな訳で、毎度恒例のお説教である。



「えー、この度はぁ」


「大変!!」


「申し訳ありませんでしタ♪」


「お許しください、学院長殿」


「ブリッジしながら謝罪するとか、君たちは一体どこに常識を置いてきたの?」



 被服室前の廊下に並んでブリッジの体勢を取る問題児たちは、例の如く謝罪の気持ちが欠片も込められていない謝罪を述べた。態度と姿勢で色々とお察しである。

 唯一、可愛い猫耳メイド姿のショウだけは「すみませんでした」と真面目に謝罪をしていた。問題児どもと比べると大違いである。


 グローリアは深々とため息を吐くと、



「新人君以外はやり直してくれる?」


「他の姿勢がお望みか? このまま動く?」


「止めて、蜘蛛みたいに見えるから止めて」



 全力で止められてしまった、残念。


 ユフィーリアたち問題児はブリッジの姿勢を一旦止めることにして、次はどんな謝罪の姿勢にするか作戦会議を執り行う。

 学院長は大層ご立腹である。真面目に謝罪をしなければ、このまま永遠に謝罪のやり直しを求められることだろう。ここは学院長室ではないので、授業が終われば生徒という他人の視線が容赦なく突き刺さってくる。


 そんな訳で、ユフィーリアたちは謝罪をやり直してみた。



「えー、この度はぁ」


「大変!!」


「申し訳ありませんでしタ♪」


「お許しください、学院長殿」


「…………」



 今度は奇抜な体勢はしなかった。


 ただし、表情までは指定されていないのでやっちまった。

 見事な顎のしゃくれである。アイゼルネは南瓜かぼちゃの被り物をしているので分かりづらいが、誰もが振り返る美貌を持つユフィーリアが顎をしゃくれさせた状態で謝罪をすれば、彼らに謝る気がないということだけが理解できる。


 深く、ふかぁーくため息を吐いたグローリアは、



「君、そこの新人君」


「あ、はい」


「本当にユフィーリアたちと一緒にいるの? 後悔しない? こんなんだけど?」


「あはは……でもいい人たちですよ」



 苦笑するショウがユフィーリアたち問題児を庇うが、グローリアは割と真剣な表情でショウに交渉を持ちかける。



「君ね、真っ当に生きた方が異世界で元気に暮らしているだろうご両親も喜ぶよ? こんな馬鹿たちに無理やり付き合うのは良くないと思うんだけど」


「残念ですが、母は俺を産んだと同時に亡くなりました。父は4歳の時から行方知れずです。親戚は俺の存在など毛ほども興味ないでしょう」


「あ、何かごめん。失言だったっぽいね」


「いえ、お気になさらず」



 交渉は失敗に終わったようだ、ざまあみやがれ。



「君たちはさ、どうして使っちゃダメって言われた教室を使うかな。君たちを立入禁止にした教室は数え切れないほどたくさんあるんだけど」



 ユフィーリアたち問題児は、事あるごとに教室を爆破して吹き飛ばすので色々な場所が立入禁止になっているのだ。

 その筆頭が儀式場や被服室である。儀式場はたまたま見かけた魔法陣を試して爆破して吹き飛ばすし、被服室は言わずもがな素材の無断使用である。


 しかし、彼らに立入禁止の文字など意味がなかった。扉に頑丈な施錠魔法をかけようが、魔法の大天才と謳われたユフィーリアがあっさりと解いてしまうのだ。



「いやー、人気になったモンだよな」


「君の思考回路は前向きだね。脳味噌を抉り取って実験に使った方がまだ有意義だと思うんだけど、どうかな?」


「何だよ、またメイド服を着たいって? しょうがねえな、今度はきっちり短いスカートのメイド服にした上で1日脱げないように呪いをかけてやるからな」


「君って本当に嫌がらせが得意だよね!!」



 急いで距離を取るグローリアはメイド服へ強制的に着替えさせる魔法を警戒するが、まあ別に最初から魔法をかける気はないのでやらなかった。魔力の無駄である。正直に言ってしまえば面倒である。



「君には貴重な素材を使ったことに対する申し訳なさとかないの!?」


「布如きでケチケチ言うなよ。どうせ生徒の下手くそな礼装になるしかなかったんだし、可愛いメイド服になることが出来て布も幸せだと思うぜ?」


「布如きィ?」



 グローリアの紫眼が音もなく眇められる。


 これは確実に地雷を踏み抜いたことを、ユフィーリアは完全に理解した。ユフィーリアだけではなく他の問題児や可愛い新人のショウも、グローリアの怒りが頂点に達しそうな気配を感じ取っていた。

 それもそのはず、被服室に揃えられていた数々の布は、どれもこれも珍しいものばかりなのだ。特殊な製法から作られる布地から、刺繍糸に至るまで貴重な素材ばかりである。怒るのも無理はない。


 そっと微笑むグローリアは、



「そっか、そっか。ユフィーリアにはたかが布って思えたんだね」



 パチンと指を弾いたグローリアは、どこからか転送させた羊皮紙と羽根ペンを使って何かを書き込んでいく。

 空中で羽根ペンを使うのは難しいと判断したのか、自動手記魔法に任せているようだ。自動的に羊皮紙の上を羽根ペンがくるくると踊り、綺麗な文字と数字を並べていく。


 自動手記魔法が止まった時、何かがびっしりと書き込まれた羊皮紙がユフィーリアの目の前までひらりと飛んできた。



「きょぺッ」



 ユフィーリアの口から変な声が出た。



「ちょ、おい、グローリア。冗談か?」


「驚いたな、僕が冗談を好んで使うと思う? 特にそういう部分に関しては」



 ニコニコと朗らかに微笑むグローリア。


 ユフィーリアは改めて羊皮紙の表面に視線を落とした。

 びっしりと隅から隅まで書き込まれた文章と数字の羅列が示しているのは、メイド服に使った布地の詳細とその代金の請求書である。「それほど使ったっけ?」と頭を抱えたくなるほどずらずらと生地の名前が並び、その横には目玉が飛び出るような金額が鎮座する。


 しめて、508万6,477ルイゼ。ぼったくりかと思った。



「はあ!? 508万ってぼったくりかよ、ふざけんな足元見やがって!!」


「正当な値段だよ、使っちゃったんだから請求するのは当然じゃないか」



 グローリアはさも当然とばかりの口調で言う。



「装飾品を抜きにしても、1着300万以上のメイド服なんて豪勢だねぇ。良かったじゃないか、気前のいい上司で」



 値段を見て固まるショウに朗らかな笑みを向けたグローリアが、容赦のない重圧をかけてくる。

 彼にはどれほどの金額か判断はつかないだろうが、おそらくとんでもなく高額であることは理解できることだろう。それが自分用に仕立てられたメイド服なのだ、恐ろしくて今後着れなくなってしまう可能性が高い。


 やはりこの学院長、性悪である。ユフィーリアも呆れるほど性格が悪い。



「分かった」



 ユフィーリアは請求書を手にして頷いた。



「え、払ってくれるの? 珍しい態度じゃないか」



 グローリアが感心したような口調でそんなことを言う。


 素直に払う訳がないだろう、こんなぼったくりとも呼べる請求書など。

 ユフィーリアは請求書を丁寧に丁寧に折り畳み、それから折り畳まれた請求書を雪の結晶が刻まれた煙管キセルで軽く叩いた。


 すると、請求書が自動的に鳥の形に折られていき、紙の翼をはためかせて廊下の窓から飛び立った。自由を得たとばかりに請求書の鳥は大空を飛んでいき、やがて見えなくなってしまう。



「おー、飛んだ飛んだ」



 ユフィーリアは窓から請求書の鳥が飛び立つところまで見送り、清々しいほどの笑顔を見せる。



「悪いな、グローリア。飛んでいったわ」


「何してるの!?」



 慌てて窓から身を乗り出すグローリアは、すでに姿が見えなくなった請求書を探して「ああああ……」と嘆く。



「これで支払えないな、残念残念」


「いいや、何度だって請求書を送りつけてやるんだからね。絶対に支払ってもらうから!!」


「じゃあ今度は焚き火でもするかな」


「請求書を燃やそうとしない!!」



 グローリアのキンと喧しい悲鳴が耳に突き刺さると同時に、校舎内へ授業終了を告げる鐘の音が鳴り響く。


 授業が終われば、次は待ちに待った昼休みである。

 生徒たちの楽しみはこの時間と放課後に集約されていると言ってもいいだろう。教室から出てくる少年少女は、弾んだ声で今日の昼食の内容を話し合っていた。


 さて、用務員もお昼である。年がら年中お昼休みみたいな生活をしているが、ちゃんと昼食の時間は意識しているつもりだ。



「よし、お前ら。昼飯に行くぞ」


「はいよぉ」


「あいあい!!」


「分かったワ♪」


「え、い、いいのか……? まだ説教の途中では……」



 学院長の説教など知らんとばかりに昼食へ向かおうとする問題児たちに、グローリアが本日最大級の怒声を叩きつけた。



「ユフィーリア!! まだ話は終わってないんだけど!!」


「うるせえ」


「ぎゃん!!」



 煙管を一振りしてグローリアの脳天に一抱えほどもある氷塊を叩き落とし、気絶させたグローリアを放置してユフィーリアは昼食に向かうことにする。

 生徒たちが怪しげな視線を注いでくるが、問題児たちはどこ吹く風である。ただ、可愛い新人のショウだけが居心地悪そうにしていたが。


 仕立てたばかりのメイド服のスカートを揺らすショウは、



「ユフィーリア」


「おう、どうしたショウ坊?」


「いいのか、その……このメイド服……」


「いいんだよ」



 ユフィーリアはショウの頬を撫でながら答える。


 どれほど高くなろうと、ユフィーリアは絶対に後悔しなかった。

 何故なら、これらがショウを可愛く仕上げる衣装だからである。可愛い新人に手間も惜しまないのがユフィーリアだ。本当なら金も惜しまないでいたいところだが、生憎と金がないのである。


 不安げな眼差しを向けてくるショウに笑いかけ、



「せっかく仕立てたんだから着てくれよ」


「貴女がそう言うのであれば着るのだが……」


「可愛いショウ坊が毎日見れるなんて幸せだなァ」



 ユフィーリアは雪の結晶が刻まれた煙管を悠々と燻らせ、



「それじゃ、昼飯を食いに行こうか。ヴァラール魔法学院の昼飯は凄えぞ」


「……それは楽しみだ」



 彼が不安に思うなら、その不安を拭ってやるのがユフィーリアの務めだ。何の不安も抱かずに生活できるように、彼を幸せにしてやると決めたのだ。

 可愛く着飾ったのならば、次は美味しい食事である。この世界にはショウの世界になかっただろう食事がたくさんある、人生は長いのだから余すところなく体験して貰おうではないか。


 待ち受ける楽しい昼休みに、ユフィーリアも自然と足取りが軽くなった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る