第4話【問題用務員と礼装】

 ヴァラール魔法学院2階の端にあるのが、ユフィーリアたちの目指す被服室である。


 さすがに初日から被服室を使うような授業はやらないのか、被服室の扉は施錠魔法が施されている状態だ。

 もっと言っちゃえば、扉には『用務員の使用を禁ず』などと貼り紙がある。名指しされるとは人気になったものだ。


 被服室の前に立ったユフィーリアは、雪の結晶が刻まれた煙管の先端を扉に触れさせる。



「〈開け〉」



 ガチャン、と音がした。


 魔法によって施錠が外され、被服室は呆気なく開放されてしまう。この部屋の主人は悲鳴でも上げそうだ。

 シンと静まり返った薄暗い被服室には、裁縫機ミシンや機織り機などの裁縫に必要な道具が揃っている。針と糸に仕立てた礼装を飾る為の人形、礼装を仕立てる為の指南書まで充実していた。


 やや埃っぽい部屋の臭いに顔を顰めたユフィーリアは、魔法で被服室の明かりを灯す。天井付近に吊り下げられた照明器具にポッと明かりが灯り、煌々と室内を照らす。



「さてと、メイド服用の布地は何かあったかなっと」



 勝手を知ってるとばかりに棚を漁るユフィーリアは、



「お、この布地なんか使えそうじゃねえか?」


「こっちの薄紅色の生地も素敵だワ♪」


「ねえ、この生地は黒と赤が混ざってるよぉ。綺麗じゃんねぇ」


「色々あるね!!」



 棚から取り出した生地は深緑色や薄紅色など単色のものから、黒から薄紅へ変化する生地まで多岐に渡った。やはり予想通り、新学期だから担当教員もかなり気合を入れて仕入れたらしい。

 だが問題児には関係ない。やりたい時にやりたいことをし、作りたい時に作りたいものを作るのが彼らだ。必要な犠牲としてもらおう。


 ユフィーリアは縫い糸を探しながら、



「まずは何から作るかな」



 動物の耳や尻尾を象った装飾品、季節ごとで使える小物、首元を飾るリボンやスカーフなど作るものは山ほどある。


 ただ、最初はショウが着るメイド服からだ。

 スカートが長い古めかしさと清楚さを併せ持ったメイド服である。標準的な形にするとはいえ、果たしてどういう意匠デザインがいいだろうか。


 黒い布地を棚から引っ張り出しつつメイド服の意匠を考えるユフィーリアは、横合いから「あの」と声をかけてきたショウに気づいた。



「お、どうしたショウ坊」


「俺は意見を言ってもいいのだろうか……?」


「当たり前だろ。作ってほしいものがあったら作るぞ」



 そもそもこれはショウが着るメイド服なのだ、本人の意見は真っ先に取り入れるべきである。

 異世界から召喚されて日が浅い彼は、ユフィーリアたち問題児に対してまだ遠慮がちな雰囲気である。ここは率先して意見を聞くべきだったか。


 ショウは「当たり前だろ」と言われたことにどこか安堵しながら、



「では、雪の結晶を」


「雪の結晶?」


「ああ」


「何で?」



 純粋な質問をぶつければ、彼は少し恥ずかしそうに頬を赤らめて答えた。



「貴女の咥えている煙管キセルに、その、雪の結晶が刻まれているから」



 少しいいなと思ってしまって、という小声までハッキリと聞こえた。聞き逃さなかった。


 これで方針は決まりである。

 メイド服には雪の結晶を縫い付けることにし、あとは装飾品や小物などで補うこととする。エプロンにも雪の結晶を密かに仕込んでやることにしよう。


 ユフィーリアは雪の結晶が刻まれた煙管で、黒い布地を軽く叩く。

 魔法が発動され、布地だけがひらりと持ち上がった。指先をツイと虚空に滑らせれば針に糸が通されて、黒の布地をチクチクと縫っていく。


 星の数ほど存在する魔法を手足のように操る大天才のユフィーリアなら、このように礼装を仕立てる際にも魔法を使ってしまうのだ。そうすれば縫いながら礼装の為の魔法も込められるので一石二鳥である。



「ショウ坊、気をつけ」


「あ、ああ」



 ひとりでに縫われていく黒い布地に目を奪われていたショウは、魔法を使いながら棚を漁るユフィーリアに言われて気をつけの姿勢を取る。


 ユフィーリアは作業台の上に放置されていた巻尺を指先で弾くと、まるで蛇のように全体をくねくねと動かしながらショウの身体に巻尺が絡みつく。

 驚いた様子のショウをよそに、巻尺は自分の仕事を着実にこなしていった。腕や足の長さ、腰回り、胸元など身体の大きさを正確に計測していく。


 必要な情報を収集し終えると、巻尺はユフィーリアの手元に戻ってきた。計測したショウの身体情報を散らばっていた紙に自動手記魔法で記録すると、早速メイド服作成の作業に移る。



「よーし、気合を入れて作るかァ」



 雪の結晶が刻まれた煙管を咥え、ミントのような清涼感のある煙を吐き出しながら、ユフィーリアは魔法を行使して順調にメイド服を仕上げていった。



 ☆



 そんな訳で、ユフィーリア渾身のメイド服が完成である。



「ど、どうだろうか……?」



 更衣室に見立てた衝立の向こうから、仕立てたばかりのメイド服を身につけてショウが姿を見せる。


 足首まで届かん勢いのある黒いワンピースの裾には白い糸で大小様々な雪の結晶の刺繍を施し、純白のエプロンドレスにも小さな雪の結晶を薄青の糸で刺繍した。

 首元を飾る赤いリボンは標準的なものを使用しているが、アイゼルネの意見を採用して付け替えが可能である。被服室の奥に厳重な封印が仕掛けられた棚をこじ開けて魔石を強奪し、スカーフやリボンの装飾として使わせてもらった。


 雪の結晶が刺繍されたスカートを持ち上げて、ショウは軽く微笑む。



「似合っているだろうか?」


「うん、可愛い」


「ユフィーリア、目から血が流れているのだが!?」


「条件反射」



 ショウのあまりの可愛さに眼球がやられ、血涙が止めどなく溢れてきやがったのだ。これは不本意である。


 しかもオロオロと狼狽えるショウがまた可愛すぎて、鼻血まで出てくる始末である。いつか失血死しそうだ、それではショウが悲しんでしまう。

 鼻を摘んで下を向き、鼻血の治療をしながらユフィーリアは作業台を指で示した。



「他にも装飾品とか色々作った。試してみてくれ」


「おお……」



 作業台に並べられていた装飾品は、猫や犬の耳が縫い付けられたホワイトブリムから尻尾が突き出た革製のベルト、もこもことした毛皮が特徴の外套コートや夏用の日傘、それから魔石をあしらったスカーフなどがある。

 エドワード、ハルア、アイゼルネの意見をしっかりと採用し、被服室の布の在庫が許す限りで作ったのだ。どれもこれも魔法が込められた礼装扱いなので、不意の魔法による事故からも守ってくれる。


 ショウがおずおずと手に取ったのは、黒猫の耳が縫い付けられたホワイトブリムだった。今まで自分の頭に乗せられたままだったホワイトブリムを外し、猫耳付きホワイトブリムを装着する。



「わ、凄い……」



 姿見を確認したショウの瞳には、ホワイトブリムに縫い付けられた猫耳がピコピコと動き出した瞬間が映っていた。


 もちろん、生き物の耳を使用した訳ではない。

 限りなく本物に近い質感の布地を使い、装着した相手の感情を読み取って本物と同じように動くという魔法を使ったのだ。少し難易度は高いものだが、魔法の大天才と呼ばれたユフィーリアにとっては赤子の手を捻るようなものである。


 ピコピコと揺れる猫耳を指先で確かめるショウは、



「これは一体どういう技術なのだろうか」


「魔法だ、魔法。この世界で出来ねえことなんてねえんだよ」


「ユフィーリア、体調不良なのか? 血を流しながら倒れているが!?」


「ショウ坊が可愛すぎて鼻血が止まらない」



 猫耳を装着しただけで満身創痍なのだ、猫の尻尾まで身につけてしまったらユフィーリアは確実に天へ召される自信がある。

 彼はこの世界に生み落とされた最終破壊兵器なのかもしれない。とんでもねーモンを生み出してしまった、これは老若男女が魅了されてもおかしくない。


 ショウの破壊力のある可愛さの前に魔法の天才と名高いユフィーリアでも太刀打ちできず、こうして床に伏せるしかなかった。無念である。



「ユフィーリア、あの」


「どうした、ショウ坊」



 不安げな声で話しかけてきたショウに、ユフィーリアは顔を上げてしまう。



「…………可愛くないだろうか?」



 床に伏せるユフィーリアの目の前に膝をつき、しょんぼりと寂しそうな赤い瞳で見つめてくるショウ。頭に装着した猫耳も垂れている。これで尻尾もついていたら、きっと垂れ落ちていることだろう。


 そのしょんぼり顔の、何と破壊力のあることだろうか。

 可愛さで心停止するほどだ。果たして、今ユフィーリアは生きているのだろうか。



「可愛すぎ」



 不思議と、ユフィーリアの口からはそんな言葉が自然と滑り出てきた。鼻血も噴かず、かと言って床に倒れ伏すこともなかった。



「よく似合ってる、ショウ坊。可愛いぞ」


「……そうか」



 ショウは嬉しそうにはにかむと、



「では猫の尻尾もつけてみよう」


「え」



 ショウは作業台に並べられた、猫の尻尾が生えたベルトを手に取る。

 胴着コルセットよりもやや細めに作り、エプロンの上から巻くことを想定したベルトだ。背中で紐を留めれば、縫い付けられた猫の尻尾が猫耳同様に自然と動くことになる。


 ついでに言っちゃえば、猫の尻尾の先端には赤いリボンと鈴が括り付けられていた。動かすたびにチリンチリンと音が立つ仕様である。



「どうだろうか、ユフィーリア? ――ユフィーリア? 何故こっちを見ないんだ?」


「可愛いのは分かってる、でもこれ以上は死にそう」



 ユフィーリアは完全に床に伏せ、



「これ以上は死んじゃう、本気で。ショウ坊が可愛すぎて失血死しちゃう」


「そ、それは困る……い、痛いの痛いの飛んでけってすればいいのか?」


「ぐふッ」


「逆効果!?」



 割と本気でユフィーリアの命の危機に焦燥感を覚えるショウだったが、



「あれ、被服室の明かりがついてる」



 扉の向こうから聞こえた声に、ドキリと心臓が跳ねる。


 聞き覚えのある青年の声だったのだ。

 それはまさに、学院の頂点に立つ青年のものである。



「今日は被服室を使うような授業はないはずだけど……誰かいるの?」



 施錠のされていない扉が開けられてしまう。


 その向こうから姿を見せた黒髪紫眼の青年――グローリア・イーストエンドは被服室を勝手に占拠するユフィーリアたちの姿を見て固まった。

 これはまずい、説教まで秒読みである。何とかしなければ。



「あ」



 ガラリ、と。


 無情にも扉が開けられてしまった。



「…………」



 扉の向こうから現れた学院長――グローリア・イーストエンドは、問題児に占拠された被服室を見渡す。


 勝手に断たれた布地や使われた縫い糸、比較的手に入りやすい素材から希少な布地までふんだんに使われたことが嫌でも分かる。

 特にショウのメイド服と装飾品の数々には、魔法の技術も素材も結構なものを注ぎ込んだ。教科担当の先生がいれば、間違いなく悲鳴を上げる代物である。


 終わった、色々と。

 これは確実に説教コース確定である。



「ユフィーリア」



 グローリアは満面の笑みで主犯格の名前を呼び、



「正座」


「ウィッス」



 残念ながら説教は回避できなかった、無念。でも後悔はしないし反省もしない。

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