第3話【問題用務員とお買い物】

「ッたくよォ、グローリアの奴もあんなに怒らなくていいよなァ」



 不満げに雪の結晶が刻まれた煙管キセルを吹かすユフィーリアは、問題児と新人を引き連れて廊下を歩いていた。


 朝食の時間はグローリアによる公開説教で潰され、ゆっくり楽しむことが出来なかった。説教の最後ら辺はユフィーリアお手製のクロハガネゴ【自主規制】を模した玩具を口の中に叩き込んで物理的に黙らせたが、きっと説教の内容は増えた。

 まあ、今回の件に関してはユフィーリアたちの完全な自業自得である。そもそも生徒たちを追い出さずにちゃんと並んでさえいれば、公開説教などという事態には陥らなかったのだ。最終的に虫の玩具を口の中に叩き込んだということは、もう逆ギレ以外にない。


 さて、今日も元気に仕事である。


 朝食を終えた生徒たちは慌ただしく学生寮へと戻り、授業道具を抱えて教室を目指す。始業まで残り時間も僅かとなり、廊下をバタバタと駆け回る彼らの顔には若干の焦りが見える。

 1時間目の授業が開始となるのが午前九時からであり、現在の時刻は8時56分。あと4分で授業が始まるのだが、生徒たちは無事に間に合うのだろうか。


 慌てた様子で通り過ぎていく生徒たちを横目に、ユフィーリアは清涼感のある匂いの煙を吐き出しながら言う。



「よし、じゃあ購買部に行くか」


「用務員室には戻らないのか?」



 不思議そうに首を傾げるショウに、ユフィーリアは当然だとばかりに応じる。



「当たり前だろ。用務員室に戻れば仕事をする羽目になるだろうが」


「給金をきちんと受け取る以上は、仕事をするべきだと思うのだが」


「残念だな。昨日の入学式をぶち壊した罪で給料7割減額を言い渡されてんだ、3割しか貰えねえのに真面目に働くかよ」


「ええ……」



 少し困惑気味なショウは「給料7割減額はやりすぎでは……?」と呟く。異世界人の彼も非常識な行いだと思っているのだ、あの暴君が言い渡した給料7割減額は。


 そんな訳で、真面目に働く気などサラサラないユフィーリアたちが目指すのは学院の隅にひっそりと居を構える購買部である。

 ヴァラール魔法学院は僻地にあるので、日用品を揃える為に学校を抜け出すことはない。学院の隅にある購買部で大体の必需品は揃ってしまうし、店頭にないものは注文をすれば3日以内に入荷するという驚きの速度で対応してくれるのだ。


 ユフィーリアを追いかける可愛いメイド服姿のショウは、



「一体何を買うつもりなんだ?」


「ショウ坊の日用品に決まってんだろ、あと服」



 雪の結晶が刻まれた煙管を悠々とくゆらせるユフィーリアは、



「荷物も持たずに召喚しちまったしな、こっちで必要なものを揃えなきゃいけねえだろ」


「ちなみに、それは誰の支払いになるんだ?」


「学院長のツケ」



 当然とばかりに言ってのけた。


 給料が7割減額となった現在、ユフィーリアたちは日々の飲み代や食事代を捻出するのに精一杯だ。可愛い新人の面倒を見てやりたいのは山々だが、面倒を見るだけの金がないのだ。

 この問題用務員ども、揃いも揃って甲斐性なしである。金がないのが悔やまれた。


 キーンコーンカーンコーン、と始業を告げる鐘が鳴る。

 1時間目の授業の開始だ。今日から新学期が始まるので、最初の授業は簡単なものとなるだろう。退屈なことこの上ない。



「よし、授業中の今が好機だ。行くぞお前ら!!」


「はいよぉ」


「いいよ!!」


「分かったワ♪」


「……本当にいいのだろうか」



 戸惑いを見せる新人を引き連れて、ヴァラール魔法学院最大級の問題児は学院の隅にある購買部を目指す。


 仕事? そんな単調で退屈な作業など、この問題児たちが素直に取り組む訳がないだろう。

 いつでもどこでも面白さと楽しさを求めて問題行動に勤しむのが、問題児として名高い彼らの日常である。ついでに説教されるまでが日常だ。当然である。



 ☆



「んー……むむむ」



 学院の隅にある購買部は、小ぢんまりとした煉瓦レンガ造りの小屋である。


 授業の真っ最中だからか、生徒の姿はなく購買部はガラガラだ。商品が並べられた棚にはお菓子や文房具など学生が求める品物が多く揃えてある。

 中には化粧品なども置かれてあり、身嗜みを気にする生徒もいるというのが分かる。値段も学生たちが手を出しやすい低価格で提供されており、学生に優しいお店である。


 開店したばかりの購買部に押しかけてショウの生活必需品を購入したユフィーリアだが、問題は彼の服だった。



「似合うのがねえなァ」



 彼女が読み込んでいるのは、衣装関係の型録カタログだった。

 しかも掲載されているのはメイド服ばかりである。世界各国のメイド服が載っている型録を熱心に読み込んでいるのだが、残念ながらショウに似合うメイド服がないのである。


 ちなみにメイド服はショウの強い希望だった。ユフィーリアに褒められたのが嬉しくて、メイド服を着ようという決心がついたらしい。どんな格好でも全力で褒めてやるのに、彼は頑なに可愛いメイドさんとなることを選んだ。



「お前ら、どう思う?」



 退屈そうに商品棚を物色していた部下たちに型録カタログを見せれば、全員の意見は一致した。



「似合わないねぇ」


「可愛いけど可愛くないね!!」


「ショウちゃんに似合うメイド服は、もっと清楚な感じがいいワ♪」


「ええ……」



 同じく型録カタログを眺めていたショウは、困惑した表情で言う。



「似合わないだろうか? どれも可愛いと思うのだが」


「ほとんどのページがミニスカメイド服だから、ショウ坊には何か違うんだよな。安っぽい可愛さになっちまう、それじゃダメだ」



 短めのスカートが特徴のメイド服ばかりが掲載された型録カタログを閉じ、ユフィーリアは両腕を組んで悩む。


 確かにショウは短いスカートのメイド服も似合うかもしれない、頼めば着てくれることも間違いない。

 それでも安っぽい可愛さになることだけは許せなかった。何事にも全力で面白いことや楽しいことに取り組む問題児だからこそ、中途半端で陳腐な真似だけはしたくなかった。


 もう正直に言っちゃおう、ショウならもっと可愛くなれる。媚びた可愛さではなく、清楚で純粋無垢な可愛さがいいのだ。



「よし決めた」



 悩んだ末にユフィーリアが導き出した答えは、



「作ろう、メイド服」



 そう、作った方が断然早かった。


 ちなみに用務員の衣装は全部ユフィーリアが仕立てたものである。きちんと布も購入し、魔法の要素も練り込んで、彼らに似合う礼装として仕立てたのだ。

 可愛い新人だけ礼装ではないチャチなメイド服を着せたら差別になるし、もし怪我をした場合は怪我をさせた相手を半殺しにしても許せないかもしれない。礼装は魔法に対する防御力も高いので、ふとした拍子に飛んできた魔法からも守ってくれる。


 それに、自分の手で仕立てた方が思うようなメイド服が完成する。型録カタログに載っているメイド服よりも、より可愛くて最高の衣装が作れるのだ。



「そうと決まれば被服室の拝借だな」


「誰かに許可を貰うのか?」


「ん? 何言ってんだ、ショウ坊?」



 至極真っ当な意見がショウの口から出てきたが、もちろん許可を貰うなどという殊勝な心がけはない。そもそも問題児が「被服室を貸してほしい」と素直に申請したところで、絶対に貸してくれない。



「勝手に借りるんだよ、当たり前だろ」


「それが当たり前なのか……」


「だって絶対に貸してくれねえし。それならもう占拠した方が早い」



 ユフィーリアは型録の頁をペラペラと捲りながら、



「基本的な形はやっぱりスカート長めの清純なメイド服がいいよな。黒いワンピースと白いエプロン、磨かれた革靴を合わせてな」


「はいはーい!!」



 すかさずハルアが挙手し、琥珀色の双眸を爛々と輝かせて詰め寄ってくる。



「装飾品とかつけるといいと思うよ!!」


「例えば?」


「猫耳!!」



 間髪入れずに叫ぶハルアだった。


 なるほど、猫耳などの動物の耳を取り付けるのも可愛いかもしれない。特にショウは艶やかな黒髪だ、きっと黒猫の耳と尻尾がよく似合う。

 装着した人間の感情によって動く猫耳と尻尾の作り方が、確かどこかの魔導書に掲載されていたはずだ。あの技術を参考にしてもいい。


 ユフィーリアは「採用」と答え、



「他に意見は?」


「猫耳を作るなら犬耳も作ってよぉ」



 次いでエドワードが挙手し、犬の耳を作るように訴えてくる。



「猫も可愛いけどぉ、犬も可愛いよぉ?」


「動物系の耳と尻尾は出来る限り作るから、他に意見を出せよ」


「じゃあ、ちゃんと防寒具も作ってあげないとねぇ」



 ユフィーリアの手から型録カタログをひったくり、エドワードはペラペラとページを捲って「こういうのとかねぇ」と示してくる。


 その頁に載せられた少女たちは、可愛らしいメイド服の上からもふもふの毛皮がついた外套や頭巾などを被っていた。『これで冬の日も安心』などと銘打たれている。

 年中無休でメイド服を着るのであれば、こう言った防寒具も必要になる場面もある。それに頭巾などは意匠によって普段でも使えるかもしれない。


 ユフィーリアは納得したように頷き、



「逆に夏の場合は日傘とかな。日傘と手袋――二の腕まである長手袋ドレスグローブの方がいいだろ」


「薄い布もちゃんと使ってあげなきゃねぇ」


「よし、エドの意見も採用する」



 動物の耳や尻尾を象った装飾品、季節ごとに使える防寒具や日傘などの小物、とここまでは決まった。


 さて、最後は南瓜かぼちゃ頭の娼婦ことアイゼルネである。

 彼女は問題児の中で、特にお洒落や身嗜みに関して詳しいのだ。下手をすればユフィーリア以上に情報を持っている。そんな彼女が、可愛い新人のメイド服作成に黙っている訳がない。


 今まで沈黙を保っていたアイゼルネは、



「おねーさんね、思ったのヨ♪」



 頭まですっぽりと覆い隠した南瓜の向こう側でクワッと目を見開き、アイゼルネは言葉を続ける。



「首元にも気を使うべきだワ♪」


「リボンだけじゃダメだって?」


「ただのリボンだと可愛いだけだワ♪ ここは気品さも取り入れるべきなのヨ♪」



 エドワードの手から型録を奪い取り、アイゼルネが「これヨ♪」とユフィーリアの眼前に頁を突きつけてくる。


 そこにはショウに似合いそうな長いスカートの清楚さ溢れるメイド服を着た少女が微笑み、その首元には宝石をあしらったスカーフが飾られていた。

 他にもリボンの中心に宝石をあしらったり、またはリボンの裾に模様が刻まれていたりと多岐に渡る。彼女の言葉通り、清楚さの中に気品も合わせることでより洗練される。


 完全に目から鱗だった。これは盲点だった。



「さすがウチのお洒落筆頭」


「当然ヨ♪」



 自慢げに胸を張るアイゼルネの意見も採用し、これで準備は整った。



「よし、お次は被服室だな」


「その前に、少しよろしいですかニャ?」



 精算機の前に立っていた黒い猫が、黄色い瞳をユフィーリアに向けていた。

 この黒い猫は購買部の店主を務める猫妖精である。きちんと人間の言葉も喋れる頭のいい種族だ。


 肉球に請求書らしき羊皮紙を乗せた黒猫店長は、ユフィーリアに請求書を見せながら首を傾げる。



「こちらの請求書は、学院長様宛でよろしかったですかニャ?」


「おう、頼むぞ」


「かしこまりましたのニャ」



 黒猫店長は請求書をしまうと、



「ありがとうございましたなのニャー」



 可愛い肉球お手手をフリフリと左右に振りながら、お客様であるユフィーリアたち問題児を見送った。こちらもこちらで可愛さはある。



「よし、被服室に行くぞ」


「はいよぉ」


「あいあい!!」


「分かったワ♪」


「いいのだろうか……」



 ショウの生活必需品を揃えた次は、被服室でメイド服の作成である。


 授業中の今が好機とばかりに、問題児たちは新たなる目的地の被服室を目指す。

 可愛い新人を今以上に可愛くできるので、それはもうユフィーリアも楽しくなってきちゃっていた。

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