第6話【問題用務員と雇用契約】

「君たちは馬鹿だよ」



 学院長室に、グローリアの真っ直ぐな罵倒が落ちる。


 罵倒を受けたのは、未だメイド服姿を披露するユフィーリアたち問題児だ。新入生どころか全人類に悪影響を及ぼしかねない格好を晒し続ける彼らは、清々しいほど堂々としていた。

 本日の尊い犠牲は尻丸出しメイド服を強制的に着用させられた教職員が23名、それから入学祝いと称して35名の新入生にも尻に氷柱を突き刺して保健室送りにしてやった次第である。なかなか被害の規模が大きくなった。


 雪の結晶が刻まれた煙管を咥えるユフィーリアは、先端が丸まった氷柱を生み出しながら脅しかける。



「おいグローリア、早く雇用契約書を作れよ。もう1本くれてやろうか」


「おかしいな、僕って学院長だよね? 何で用務員に脅されてるの?」



 グローリアは「今やってるよ」とぶつくさ言いながら雇用契約書を作成する。

 契約書用の羊皮紙に自動手記魔法で雇用契約の文章を書き連ね、さらに同時進行で自分用の紅茶を淹れるという有能さを発揮していた。ちなみに彼は立ちながら2つの作業を並行している。ユフィーリアが尻に突き刺した氷柱がいくらか影響しているのだろう。


 淹れたての紅茶を啜るグローリアは、



「まずは魔力測定からだよ」



 そう言ってグローリアが差し出してきたのは、魔力測定の際によく使われる水晶玉だ。触れた相手の魔力量を、水晶玉に溜まる霧の濃度で計測するのだ。


 エリシアでは魔力量も立派な個人情報として管理され、雇い主に提出する義務がある。どれほど魔法を使った作業をさせられるか、どれほど魔法を使って働けるかを算定するのに必要なのだ。

 ちなみに魔力が全くなくても、力仕事の面で十分に使える場合もある。果たしてショウはどちらの結果が出るか。


 ショウが不安げにユフィーリアを見てくる。

 別に魔力測定は痛いこともしないので、ユフィーリアは「大丈夫だから」とショウの背中をポンと押し出してやった。魔力がなくても怒られる訳ではないのだから、不安に思うことなどないのに。


 おそるおそる水晶玉に手を伸ばしたショウは、そのひんやりした表面に少しだけ触れる。



「あ」



 水晶玉の中に、色濃くもやが生まれる。靄は水晶玉を真っ白に染め上げるほど出続け、彼にかなりの魔力量があることを証明していた。



「なるほどね、魔力量は中の上ぐらいってところかな?」



 何かの記録用紙に、水晶玉に生まれた靄の濃度から算出されたショウの魔力量を数値化して書き込むグローリア。



「乞食の子供でも魔力を持っているなんて驚きだよ。ご両親は魔法を使えたのかな?」


「グローリア、この茶菓子の賞味期限が切れそうなんだけど。食っていいよな?」


「君は他人の戸棚を勝手に漁らないの!! 今は僕が話しているでしょうが!!」



 グローリアの嫌味など一切聞かず、ユフィーリアは学院長室の隅に設けられた戸棚をゴソゴソと我が物顔で漁って賞味期限間近な茶菓子を手に入れる。綺麗な包装紙が特徴の立派な茶菓子を、このまま賞味期限切れで殺すのはもったいない。

 遠慮なしにビリビリと包装紙を破き、箱の蓋を開ければ綺麗な焼き菓子が隙間なく詰め込まれていた。箱の底に賄賂などは敷き詰められておらず、本当にただの焼き菓子である。


 個包装された焼き菓子の中でジャムの乗ったタルトを手に取ったユフィーリアは、



「ショウ坊は可愛いから1番大きくて立派なお菓子をやろう」


「え、そんな。小さいお菓子でいいから、それはユフィーリアが」


「あーん」


「もがッ」



 ショウの口にジャム乗せタルトを突っ込み、ユフィーリアは「美味いか?」と問いかける。


 口の中にタルトを突っ込まれたショウは、赤い瞳をキラッキラと輝かせてジャム乗せタルトを咀嚼していく。口いっぱいにタルトを詰め込んで食事中の小動物再来である。ぽこぽこと小さな花が背後で咲く幻覚まで見える始末だ。

 うん、この可愛さは天元突破である。やはり彼の口の中に甘いものを詰め込んだらどんな反応をするのか見てみたい。喉に詰まらせてはいけないので慎重になる必要があるのだが。


 勝手に焼き菓子を貪り食う問題児どもに、グローリアのゴミを見るような目線が送られた。



「君たちって問題児は……」


「どうせお前が持っていても賞味期限切れで殺すんだろ。じゃあアタシらが食っちまった方が有効活用できるじゃねえか」


「確かに僕1人だと食べ切れなかったけどね。せめてこっちに許可を取るとかさぁ!!」



 ヤケクソ気味に叫ぶグローリアは「まあいいや」と言い、



「それより雇用契約書が出来たよ。全く、暴力で解決しようと思わないでほしいな」



 2個目のジャム乗せタルトを口に突っ込まれるところだったショウの目の前に、グローリアが作成したばかりの雇用契約書がひらりと飛んでくる。

 ずらずらと読んでいるだけで眠くなりそうな文章の数々が並び、1番下には署名欄がちゃんとある。名前を書く為の羽根ペンも飛んできて、名前を記載させる準備は万端だ。


 ショウは羽根ペンを手に取ると、



「名前だけでいいんですか?」


「君の誕生日に興味があると思うかな?」


「そうですね、愚問でした。すみません……」



 グローリアの厳しい言葉にしょんぼりと肩を落としたショウは、羽根ペンを雇用契約書の名前欄に滑らせようとする。


 横から雇用契約書の文章を確認していたユフィーリアは、ペン先が雇用契約書の表面へ触れる前に彼の手を握って制する。

 ユフィーリアたち問題児も過去に雇用契約を結んだ際に経験があるのだ。まさか今回もふざけた内容が書いていないかと確認したのだが、案の定、難しい言葉の数々を使って偽装されたふざけた内容が点在していた。



「おうグローリア、お前はついに詐欺師にでも転職したか?」


「酷いな、ユフィーリア。君が催促するから急いで雇用契約書を作成したのに」


「『契約者は学院長の命令を第一に行動し、要請があった場合は身体を差し出すようにすること』ってあるんだけど」


「…………」



 グローリアは静かに視線を逸らした。



「グローリア、幼気な青少年にナニしようと……?」


「だってその子、異世界人なんでしょ? 僕たちと見た目は変わらないけど、実は物凄い才能を持っていたりしそうじゃないか。その時は是非、僕の実験台になってもらいたくてね」


「お前に必要なのは魔法の実験に使う実験動物じゃなくて、尻に突っ込む氷柱だな」



 ユフィーリアは再びメイド服図鑑を手元に転送し、煙管を一振りしてグローリアに尻丸出しメイド服を着せる。

 黒いワンピースの丈は短めで、真っ白なエプロンドレスにはフリルやレースがふんだんにあしらわれた可愛らしい意匠のメイド服だ。頭頂部に乗せられたホワイトブリムは王冠の如く輝き、細い足を白い長靴下が包み込んでいる。当然ながら書籍を参照にした着替え魔法なので、適用された範囲は彼の表面だけだ。


 背面の布が全くない、尻丸出しの変態的なメイド服へ強制的に着替えさせられたグローリアは「何してんのさ、ユフィーリア!!」と顔を真っ赤にして怒鳴る。



「ほんの軽い冗談なのに!!」


「いやさっきの声は本気だった」



 ユフィーリアは先端を丸めた氷柱を作り出すと、



「ケツを出せ、グローリア」


「止めてよ、ユフィーリア!! 作り直すから止めて!!」


「血が出るまで捻じ込んでやるよォ!!」


「いやーッ!! それって保健室で痴態を晒す奴じゃないか止めてぇ!!」



 無防備な尻を晒しながら逃げ回るグローリアを氷柱で追いかけ、ユフィーリアは「げはははははは」とおおよそ美女に似つかわしくない汚え笑い声を響かせるのだった。



 ☆



 結局、ショウがまともに雇用契約を結ぶまでに2度も契約書を作成し直す羽目になった。



「アイツ、まともに契約書を作るつもりねえよな」


「そうだねぇ」


「学院長だもん!!」


「本物の異世界人だと信じていなくても、興味はあるわよネ♪」


「あはは……」



 まともに作成された雇用契約書を筒状に丸めながら、ユフィーリアは学院長室をあとにする。何か学院長室の床で尻丸出しメイド服を着用したグローリアが、尻に氷柱を突き刺した状態で倒れていたけれど知らない。


 まあこれで、ショウも晴れて用務員の仲間入りである。

 雇用契約書の文章も何度か推敲して、グローリアに「尻に突き刺す氷柱が増えるぞ」と脅しかけながら作成をやり直させた甲斐があるものだ。あくまで雇用契約書は雇用主である学院長のグローリアが作ることに意味があるので、ユフィーリアが代わりに作ることは出来ない。


 ユフィーリアは「ほい」と雇用契約書をショウに渡してやり、



「それはお前が大事に持っとけよ」


「ありがとう、ユフィーリア」


「あとで用務員室も掃除しねえとなァ。事務机は1つだけ余っていたからそれを使うとして、部屋とかも考えなきゃな」



 仲間が増えればやることはたくさんある。


 事務机を綺麗にして彼の働く――いやまともに働かないけど、とにかく環境だけは整えてやる必要がある。事務机が用意されているかされていないかだけで仕事に対するやる気が変わってくる。

 それに、寝床も用意しなければならない。ユフィーリアたち問題児の寝室には4人分のベッドしかなく、早急にショウが寝る為のベッドを購入するのが必須となってくる。その他にも日用品や彼の着る洋服や下着などの用意も当然いる。


 優先事項を頭の中で組み立てるユフィーリアに、ショウが「あの」と呼びかける。



「本当に、俺のような素性の分からない人間が、貴女と一緒にいていいのか?」


「え、用務員は嫌だった? そんなこと言っても、もう契約書を作っちまったから解除するのは難しいぞ」


「いやあの、そういう訳ではなく」



 ショウは首を横に振り、



「こんな見窄らしくて、乞食に間違われるような俺なんかと一緒にいれば、貴女たちの評価が下がってしまうような気がして」


「ショウ坊。お前、何か勘違いしてねえか?」


「か、勘違い?」



 ユフィーリアに指摘され、ショウは赤い瞳を瞬かせる。


 評価だと? 用務員の評価か?

 そんなものなど、彼が来る以前から決まっている。



「お前、調理室に忍び込んでお菓子を盗み食いした挙句に教職員どもにメイド服を着せてケツに氷柱をぶっ刺すような用務員が、高い評価を得られるとでも?」


「愚問だった」



 ショウは即答していた。


 当然である、本日の問題行動を目の当たりにすれば聡い彼ならすぐに理解できる。

 誰が調理室に忍び込んでお菓子を貪った挙句、教職員どもへ強制的に尻丸出しメイド服を着させて尻に氷柱をぶっ刺す輩を高く評価するのだろう。今日だけではなく、明日も明後日も問題児な用務員どもの評価は底辺を這いずっている。いやむしろ底辺を突き抜けて冥府まで届かん勢いだ。


 称賛よりも「何してんだ問題児」という罵倒や怒りの方が圧倒的に多いのだ。褒められでもすれば天変地異の前触れである。



「つーか、何が乞食だよ。お前は今も可愛いし、これからも可愛くなっていくんだよ。乞食なんて誰が言わせるか」


「いやあの、でも、見窄らしいのは変わらないし」


「食って太れば見窄らしさなんて解消されるっての。お前は十分に可愛いんだから自信を持て、自信を」



 いつまで経っても自分に自信がない様子のショウの背中を叩いてやり、ユフィーリアは「よーし」と言う。



「これからショウ坊の歓迎会だ、派手に飲み食いするぞ!!」


「やったねぇ、ユーリ。今日はご馳走だねぇ」


「材料は!?」


「もちろん、学院長のツケにしましょうネ♪」


「それはいいのか……?」


「いいんだよ、グローリアはアタシらの給料を7割も減額してきたんだから財布になる覚悟ぐらいあるだろ」


「7割も減額されたって、一体何をしたんだ」



 疑問に満ちた視線を寄越してくる可愛い新人をよそに、問題児どもは新しく仲間に加わったショウの歓迎会を盛大に計画するのだった。

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