第5話【問題用務員とケツ丸出しメイド服】

 さて、大勢の教職員に取り囲まれた状態でお説教である。



「ユフィーリア」


「…………」



 古式ゆかしいメイド服姿で正座するユフィーリアは、目の前で仁王立ちをする学院長のグローリア・イーストエンドから静かに視線を逸らした。



「何か言うことはあるかな?」


「美味しかった」


「美味しかったよぉ」


「甘いものはいいね!!」


「あとはお紅茶があれば完璧だったワ♪」


「す、すみませんでした……」


「まともな謝罪は最後の子だけじゃないか!!」



 グローリアの怒声が鼓膜に突き刺さる。近くにある食堂で待機を命じられていた新入生が面白半分で見学しにきたが、教育に悪いので先生方に食堂へ押し戻されていた。


 非常にうるせえ奴である。タカがお菓子を摘んだ程度でこれほど怒るとは、学院長も実に狭量なものだ。こっちは自業自得で給料が7割も減らされたというのに、お菓子を食べることすら制限されたら溜まったものではない。

 ちなみに今のは全て逆ギレである。悪いのは調理室に無断で侵入した挙句、お菓子職人たちの尻へ氷柱を刺して気絶させたのちにお菓子を盗み食いした問題児の方だ。


 グローリアは深々とため息を吐き、



「色々と問い質したい部分はあるけど、まずは君たちの格好だよ」


「似合ってるだろ?」



 ユフィーリアはひらりとメイド服のスカートを持ち上げる。


 問題児と名高い用務員たちの格好は、完璧なメイドの姿だった。しかもそれぞれ形の異なるメイド服を身につけて、個性が楽しめるようになっている。

 ユフィーリアとショウは古式ゆかしい長いスカートが特徴のもの、エドワードは鍛え抜かれた両足を晒した短いスカート丈のもの、ハルアは可愛らしいフリルやレースがふんだんにあしらわれたもの、アイゼルネはその胸元が大胆に開いて長いスカートに切れ込みが入ったものと多岐に渡る。もちろん恥などない。そんなものは野良犬に食わせた。


 痛みを訴えるらしいこめかみを指でグリグリと揉み込み、グローリアは言う。



「目に毒」


「可愛いから?」


「問題児がいくら可愛く取り繕っても問題児なんだよね!? 特にエドワード君!!」


「えー? 俺ちゃん何もしてないよぉ」



 ひらりと短いスカートを捲るエドワードに、グローリアは「スカートが短いの!!」と叫ぶ。



「色々と見えちゃってるでしょ!!」


「わざとに決まってんだろうが、グローリア。お前はチラリズムを分かってねえなァ」


「チラも何もないよ!! ガッツリだよ!!」



 グローリアは「ああもう」と髪を掻き毟ると、



「新入生たちに悪影響を及ぼしかねないから今すぐ着替えてきて!!」


「仕方ねえなァ」



 メイド服から普段の服装へ着替えるには、用務員室に戻る必要がある。ユフィーリアとアイゼルネは魔法を使えるのだが、脳味噌まで筋肉が詰まったエドワードと脳味噌が空っぽなハルアは魔法が使えないので直ちに着替えることが出来ない。

 エドワードとハルア、アイゼルネもまた「仕方ないねぇ」「似合ってなかった!?」「残念だワ♪」と着替えの命令を受け入れる。せっかくお洒落したのに、笑ってもらえないとは非常に残念だ。


 用務員室に撤退しようとするユフィーリアたち問題児だったが、



「待って、ユフィーリア」


「あン? 何だよグローリア、メイド服は着替えてくるから文句ねえだろ」


「その子は誰?」



 グローリアが指摘したのは、エドワードの影に隠れるショウだった。

 知らない人物はまだ慣れないのか、不安げな眼差しをグローリアに送っている。さながらその姿は他人を警戒する野良猫のようだ。不思議と彼の頭の上に黒猫の耳の幻覚が見えた。


 ユフィーリアは「いいだろ」とショウの肩を抱き寄せると、



「異世界召喚魔法で召喚した異世界人だ」


「異世界召喚魔法って、確か僕が酔っ払った拍子に書いた論文が書籍化された奴だっけ?」


「ゥオイ、あれってお前が酔っ払った拍子に書いた本かよ!! ふざっけんな、だからあんな文章が長ったらしくて中身のないモンだったのか!!」



 その酔っ払いの妄言を現実のものにしてしまったユフィーリアは、一体どうなるのだろうか?


 グローリアが酔った拍子に思い付いた妄想を、ただ「面白そうだから」という理由で実現してしまった。文章もめちゃくちゃだったが、まさか酔っ払いの妄想だとは完全に想定外である。

 嘘か真実か不明な魔法を完成させてしまう実力は天才のそれであるが、じゃあ何で成功したんだと頭を抱えずにはいられなかった。正直、本気で成功した原因が分からない。


 酔っ払いの妄想垂れ流し魔導書の著者であるグローリアは、



「えー、随分と見窄らしいけど。貧困街スラムにいる乞食の子供を綺麗に飾りつけただけに見えるなぁ」


「あ?」



 グローリアからの「見窄らしい」発言に、ユフィーリアの声が思わず低くなる。

 確かにショウは叔父夫婦による長年の虐待が影響して、生きているだけで喜ばれそうなほど痩せ細っている。だがそれは可愛らしいメイド服で覆っているし、身体の傷跡も軟膏で治したので見窄らしいとは思えない。


 他の教職員もグローリアと同じ意見で、ショウを見るなり「目がギョロギョロしている」「不気味で陰気臭い」「貧乏臭さが移る」など酷い言葉の数々を投げかけてきた。コイツら、いい度胸である。



「で? どうするの、その子」


「どうするって、用務員として雇うに決まってんだろ」


「僕の許可が降りると思ってる訳?」



 グローリアは紫色の瞳を眇めると、



「あのねユフィーリア、捨て猫感覚でホイホイ拾ってこられても困るんだよ。君のような問題児がこれ以上増えたら、このヴァラール魔法学院の品位がどれほど落ちるか分かったものじゃないんだから」


「つべこべ言わずに雇用契約書を寄越せやド腐れ学院長」


「君は問題児から破落戸ゴロツキにでも転職したの? とにかく雇わないからね」



 グローリアの意思は頑なだった。絶対に雇うもんか、という明確な拒否の姿勢を示している。

 彼はショウが異世界人だということを信じていないので興味がないらしい。乞食をまともに雇用しても生徒や教職員から盗みでも働くと思っているのか。


 こうなったら暴力で解決するしかないとユフィーリアが拳を握ると、



……」



 ポツリとショウがグローリアを眺めながら呟く。


 とんでもなく素晴らしい意見だ。グローリアは中性的な顔立ちで、女性にも男性にも見える。衣装を変えれば女性の格好だって似合うはずだ。

 その呟きを聞き逃さなかったユフィーリアは、ショウの頭を撫でながら言う。



「ショウ坊、お前って天才だわ」


「え、いやあの」


「いいこと思いついた」



 狼狽えるショウに「ありがとうな」とお礼を告げ、ユフィーリアはグローリアへ向き直る。



「何かな、ユフィーリア」



 ツンと澄まし顔で応じるグローリアに、ユフィーリアが見せたのは世界中の様々な形式のメイド服が掲載されている図鑑だ。

 もちろんユフィーリアの私物である。用務員室から魔法で転送したのだ。今からこれを使って、グローリアに可愛いメイド服を着せようと思う。


 大胆不敵に笑ったユフィーリアは、手に握ったメイド服図鑑を雪の結晶が刻まれた煙管で2度ほど叩く。



「全256頁、参照」



 メイド服図鑑の全頁を告げたユフィーリアは、ドンと床を思い切り踏みつけながら魔法を発動させた。



「〈着替えろ〉」



 その時だ。


 ぼひん、と間抜けな音を立ててグローリアやその場にいた教職員が白い煙に包まれた。

 白い煙越しに「ユフィーリア!!」とグローリアの怒声が飛んでくるが、姿が見えないので怖くはない。むしろここから面白くなる予感があるのだ。


 ようやく煙が晴れた時、そこに立っていたグローリアや教職員連中の格好は見事に変わっていた。



「な、何これぇ!?」



 グローリアは自分の格好を見ながら叫ぶ。


 彼の格好は仕立てのいい襯衣シャツ洋袴ズボン、魔法使いらしい長衣という清潔感のある服装から、可愛いメイド服に変身していた。短めのスカートから伸びる足は細く、真っ白な長靴下で覆われている。磨き抜かれた革靴が廊下を踏み、頭の上ではホワイトブリムが燦然と輝いていた。要所にフリルが施された可愛らしい衣装である。

 他の教職員も、形式は違えどメイド服を着用していた。スカートの長さや猫耳などの装飾品、貴族の屋敷にいそうな本格的なメイド服まで様々だ。


 ユフィーリアは「似合ってるじゃねえか」と称賛し、



「着心地はどうだ?」


「今すぐ元の姿に戻して!!」



 メイド服を恥じらうグローリアは顔を真っ赤にして元の姿に戻すよう要求してくるが、ユフィーリアは煙管を咥えて「無理だなー」と適当な答えを返す。本当は元の姿に戻すことも簡単だが、面倒なのでやらない。



「ところでグローリア。お前や他の教員どもが着ているメイド服は、この図鑑から読み取られた着替え魔法なんだけどな」



 ユフィーリアはメイド服図鑑を捲った。


 そこには可愛らしいメイド服を着て佇む少女たちの写真が飾られていたのだが、何故か衣服の部分だけが白く切り取られた状態となっている。

 着替え魔法は存在する服を魔法で転送・着用する魔法だ。早着替えと言ってしまえばいいだろうか。その魔法は珍しく書籍にも適用されるのだが、問題点がある。


 書籍は所詮、。書籍を参照にして着替え魔法を発動した場合、表だけしか存在しないのだ。



「まあつまり、お前らのケツが丸出しってことで」


「なあッ!?」



 グローリアの声がひっくり返る。


 彼の背中に布はなかった。見事な全裸だったのだ。無事なのは着替え魔法が適用された正面だけで、背面を守る布地は何もない。形の整ったケツまで丸出しである。

 これだけ無防備な尻を前に、やるべきことなど1つだけだ。


 ユフィーリアはお菓子職人の尻に突っ込んだ時と同じように、先端が丸まった氷柱を大量生産する。



「ケ ツ を 出 せ」


「あ、ちょ、まッ――あーッ!!」



 尻に氷柱を突き刺された学院長は、甲高い悲鳴を上げて廊下に沈む。


 教職員たちは戦慄した。

 学院長のグローリアがやられた現在、問題児を相手に勝機はない。大人しく尻を犠牲にするしかないのだ、と。


 ユフィーリアは雪の結晶が刻まれた煙管を咥え、清々しいほどの笑みで告げた。



「さあ地獄を見てえのは誰からだァ!?」



 その日、ヴァラール魔法学院に教職員の悲鳴が轟きまくった。

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