第4話【問題用務員と盗み食い】

「正面突破よりも狙い目は裏側だ」



 真剣な表情で言うユフィーリアが示した先には、調理室の扉があった。


 正面突破で食堂を攻めれば、開いた瞬間に門前払いを食らう。腹が減っている時に無駄な労力はなるべく使いたくないのが本音だ。

 さすがに学院側も、問題児たちが大本である調理室を攻めるとは思っていなかったらしい。調理室の扉には見張りがおらず、材料を運ぶ小間使いらしき女性たちが忙しなく扉を開けたり閉めたりしている。


 柱の影から調理室の扉を開閉する小間使いの女性たちを見守る問題児たちは、



「あれに紛れれば簡単だ」


「なるほどねぇ」



 一緒に柱の影から顔を覗かせるエドワードが、納得したように頷いた。


 ユフィーリアたち問題児がメイド服を身につける必要があった理由は、小間使いの女性たちが纏う衣服が関係していた。形式は違えど、彼女たちもまたメイド服に似たような格好をしているのだ。

 ただし小間使いの彼女たちは白い三角巾を被って髪の毛を落とさないように心がけ、フリルもレースもあしらわれていない簡素な灰色のワンピースとエプロンのみである。メイド服のようには見えなくもないが、可愛らしさよりも動きやすさを重視した服装と言えよう。


 何人も出入りがあれば、5人ぐらい混ざっても問題ないだろう。あとはどさくさに紛れて扉に施錠魔法でもかけてしまえばいい。



「ほ、本当にやるのか……?」


「懇親会には出入り禁止にされてるから、もうこれしか方法はねえんだよ」



 不安げな眼差しを寄越してくるショウに、ユフィーリアは真剣な表情で告げた。

 この度、問題児へ新たに仲間入りを果たした彼は、今まで悪事に手を染めたことがない純粋無垢でクソ真面目な異世界人だ。残念ながらユフィーリアに召喚されたのが運の尽きである。このまま問題児の道へ転落する運命なのだ。


 なおも不安そうなショウの頬を撫でたユフィーリアは、



「大丈夫だ、ショウ坊。アタシにしっかりついてこい」


「ユフィーリア……」



 どの言葉が心に響いたのか、ショウは「分かった」と力強く頷いた。純粋無垢な少年を穢してしまった背徳感のようなものが押し寄せるが、何かもう楽しくて仕方がないので良しとする。


 その時、調理室の扉越しに怒声が響き渡った。

 耳を澄ますと「違うじゃないか!!」という男性らしき声が厳しく叱り、遅れて「申し訳ございません!!」と女性の涙声が聞こえてくる。どうやら運んだ食材が違ったようだ。人間なのだから誰だって間違いはある。


 怒鳴られることに対して虐待の悪き記憶を思い出してしまうのか、ショウは扉から漏れる男性の声に耳を塞いでいた。あまりにも酷なのでユフィーリアは彼の頭を撫でて落ち着かせる。



「もういい、急いで取ってこい!!」


「は、はい。大変申し訳ございません……」



 小間使いの女性が顔を青褪めさせて調理室から飛び出し、パタパタと食料を保管している倉庫まで向かった。今が好機である。



「こんにちはー、食材をお届けに来ました」



 ユフィーリアは努めて明るい声で調理室の扉を開け放ち、食材を持ってきたと嘘を吐く。


 扉の先に広がる調理室には、せ返るほどの甘い香りで充満していた。

 所狭しと並べられたかまどではケーキや焼き菓子などが大量に焼かれ、大鍋ではジャムが煮詰められている。調理室を右へ左へ慌ただしく駆け回る料理服姿の職人たちは、林檎を白鳥の形に切っていたり、ケーキの上に飴細工の薔薇を飾っていたりと大忙しだ。


 なるほど、とうの昔に食事は終了して現在は食後のデザートの時間か。食事を並べる机には色とりどりのお菓子が白い皿に盛られている。クリームをたっぷり使用したケーキにジャムをふんだんに載せたクッキー、貝殻の形をしたパイなど数え切れないほどの甘味が量産されていた。



「凄え量だな、これ」


「どれも美味しそうだよぉ」


「キラキラしてるね!!」


「目移りしちゃうワ♪」


「わあ……」



 大量生産されるお菓子を前に、問題児たちは子供のように目を輝かせた。煌びやかなお菓子が目の前にあれば、誰だって子供のように無邪気な状態に戻ってしまう。


 さて、どれからいただこうかと白い皿に並べられたお菓子の数々を吟味していると、お菓子作りに精を出す職人から「コラ!!」と怒鳴りつけられる。

 あわや潜入が失敗したかと冷や汗が流れたが、職人はユフィーリアたち問題児に一瞥もくれていない。相変わらず手元の林檎を白鳥にする作業に忙しいようで、包丁を器用に動かしながら遠慮なしに怒鳴りつけてきた。



「こっちは猫の手も借りたいんだ、暇ならジャムの火加減を見ろ!!」



 小間使いだと勘違いしているとはいえ、問題児に強気な口調で命令をするとはいい度胸である。


 ユフィーリアが音もなく青い瞳を眇めると、すぐ側から「ひッ」と短い悲鳴が聞こえてきた。

 弾かれたように振り返ると、今にも泣き出しそうな表情のショウがガタガタと小刻みに震えていた。怒鳴りつけられたことで悪き記憶が蘇ってしまったのだ。


 可愛い新人を怯えさせるとは許せない所業である。ユフィーリアは「ショウ坊」と小声で震える可愛い新人の名前を呼ぶと、



「大丈夫だショウ坊、よく見てろ」


「ユフィーリア……?」



 涙が滲む赤い瞳を瞬かせるショウに、ユフィーリアは親指を立てて大胆不敵に笑う。


 雪の結晶が刻まれた煙管キセルを一振りすれば、パキパキと音を立てて小さめの氷柱が何本も量産される。ユフィーリアが大得意とする氷の魔法だ。氷柱を量産するなど目を瞑っても出来る魔法である。

 ちょっと先端が鋭利なので魔法で微調整を施し、程よく先端を丸めたところでユフィーリアは「よし」と頷いた。


 狙うは奴の無防備なケツだ――いざ出陣!!



「おおっと手が滑った!!」


「あーッ!?」



 先端を丸めた氷柱を煙管で叩くと、先程ユフィーリアたち問題児を怒鳴りつけた職人の尻めがけて氷柱が飛んでいく。何かに引き寄せられるかの如く飛んでいった氷柱は、職人の尻に思い切り突き刺さった。

 甲高い悲鳴を上げて崩れ落ちる職人に、他の仲間たちが「料理長!?」と驚くが反撃される前に道連れである。同じく先端を丸めた氷柱で、他の職人たちを強襲する。


 外れることなく全員まとめて尻に氷柱が串刺しにされ、仲良く揃って地面に沈んだ。しばらく気絶しているがいい。



「はン、無防備に尻を晒している方が悪いんだよ」



 ユフィーリアはスパーと煙管を吹かし、愚かな職人たちを笑い飛ばす。ヴァラール魔法学院創立以来の問題児に命令が通じるとは思わないでほしい。



「ユフィーリア凄い」


「おう、そうだろそうだろ。もっと褒めていいぞ」


「凄い凄い、格好いい」



 赤い瞳をキラキラと輝かせて素直に称賛してくるショウに、ユフィーリアはちょっとだけこそばゆさを感じた。氷柱を他人の尻にぶっ刺すという問題行動が称賛に繋がるとは思えなかった。


 さて、気を取り直してお菓子の吟味である。

 台座に並べられた煌びやかなお菓子の数々は、どれも甘くて美味しそうなものばかりだ。職人たちが丹精込めて量産していたので、美味しさは保証できる。



「ショウ坊はどれ食べたいとかあるか?」


「え、あの」


「どれでもいいぞ」



 どれも目移りしてしまうお菓子を前にユフィーリアは可愛い新人に選択権を委ねるが、ショウは「その、だな」と言いにくそうに口を開く。



「叔母から『砂糖は高級品で、お前にはもったいない』って言われて、あんまりお菓子を食べたことがなくて……」



 本当に、今この時ほどショウを虐待してきた叔父夫婦を殴りたいと思ったことはない。


 ユフィーリアは「そっかァ」と頷き、色とりどりのマカロンが乗った皿を手に取る。

 小さくてコロコロと可愛らしい見た目のマカロンには、滑らかなクリームが挟まっていた。ふっくらと焼かれた表面にはヒビすらなく、少し力を込めただけでも崩れてしまいそうなほど脆い。


 青いマカロンを指で摘んだユフィーリアは、



「ほらショウ坊、あーん」


「あー……?」



 何の警戒心も抱かず開かれたショウの口に、青いマカロンを放り込む。「むぐッ」と意外と小さい彼の口にマカロンはすっぽりと収まり、



「――――!!」



 そしてキラッキラと赤い瞳が輝く。

 頬を膨らませて咀嚼する姿は、まるで小動物のようだ。もう1個押し込んだらどうなるだろうと興味が出てくる。


 ぽこぽこと背後に花を咲かせてマカロンの甘さを堪能するショウは、



「おいひい……!!」


「美味いかそうか、もっと食っていいぞ」


「そ、そんなに食べられむぐむぐ」



 口の中に新たなマカロンを突っ込んでやれば、やはり頬を膨らませて小動物のようにマカロンを消費していく。あまり食べさせると胃が驚くだろうかと懸念事項は色々あるが、それよりもショウが可愛いのが悪い。


 ショウの口にマカロンを詰め込む作業に夢中なユフィーリアの肩を、エドワードが「ユーリ、ユーリぃ」と叩いてくる。

 振り向いた先にいたのは、両手に貝殻の形をしたパイを握ったミニスカムキムキメイドさんがいた。この世の地獄かと思った。



「竈の中に貝殻パイがあったよぉ」


「お、中身は?」


「挽き肉だよぉ。甘いもののあとはしょっぱいものでしょぉ」


「心得てるじゃねえか、エド」



 ユフィーリアはエドワードから2人分の貝殻パイを受け取り、片方をショウに手渡してやる。竈の中で発見されたからか、今まさに焼き上がったばかりのように熱々である。

 パイの表面に齧り付けば、サクサクとした食感と一緒にバターの香りが口いっぱいに広がっていく。中身に詰め込まれた挽き肉も塩胡椒の味がほんのりと効いており、甘くなった口の中を正常に戻してくれた。


 一緒に貝殻パイを齧るショウは、



「これも美味しい……!!」


「まだ美味いのはたくさんあるから、気になるモンはどんどん食ってけ」


「この世の天国か……!?」


「いや多分地獄」



 そう、学院長にバレさえすれば地獄に真っ逆さまだ。正座で説教コースは確定である。

 まあ知られなければいいだけの話で、扉に施錠魔法もかけたし問題はないだろう。この現場を見ればユフィーリアたち問題児はただのお菓子強盗だが。


 ――あれ、そういえば扉に施錠魔法はかけただろうか?



「やあ、ユフィーリア。随分と美味しそうなものを食べているね?」



 どきり、と心臓が跳ねる。


 貝殻パイを齧る口が止まり、ユフィーリアはゆっくりと調理室の扉へ視線をやった。

 やはり扉に施錠魔法は仕掛けていなかった。だから仁王立ちをする彼の発見を許してしまったのだ。


 朗らかな笑顔を浮かべる学院長、グローリア・イーストエンドがそこにいた。



「ユフィーリア、君って魔女は!!!!」


「むぐーぐぐ、ぐぐむぐぐーッ!!」(グローリア、汚ねえぞ!!)


「ちゃんと口の中のものを飲み込んでから喋って!!」



 何故ちゃんと施錠魔法を仕掛けたか確認しなかったのだろう、後悔してもすでに正座で説教コースが確定してしまった問題児には遅いことである。

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