第4話【問題用務員と異世界召喚魔法】

 異世界召喚魔法とは文字通り、異世界から人間を召喚する魔法である。


 異世界の定義は転生する意味を持ち、7つの門を潜ることで応じる未知なる領域である。想定する場面として冥府の門が1番適しているだろう。

 つまるところ異世界にて冥府に近しい存在となった瞬間に異世界召喚魔法の条件が達成されてうんたらかんたらうんぬんかんぬん。



「ゔぁあああああああああああッ!!」



 ユフィーリアは魔導書を床に叩きつけていた。


 言い回しが長い、あと説明文が鬱陶しい。

 もう少し簡潔に分かりやすく書いてくれればいいのに、どうしてこうも面白みのない文章がいつまでも続くのか。理解するのは可能だが、これらの文章を分かりやすく噛み砕くまで時間がかかりそうだ。


 透き通るような銀髪を掻き毟るユフィーリアは、



「誰だこの作者ァ!! 文章がクソ下手すぎんだろうが、魔導書の角でぶん殴ってやるァ!!」



 綺麗な巻き舌を披露して筆者に対する怒りを爆発させるユフィーリアに、魔導書を拾い上げたアイゼルネが表紙の一部分を指で示していた。


 立派な革表紙の隅っこ、金色の文字で構成された題名の下。

 見知った名前がそこにあった。


 筆者、



「ちょっとあの爽やか文才ゴミ野郎の顔面を魔導書の角で殴ってくる」


「ユーリ、学院長のお相手をしてても時間の無駄ヨ♪」


「止めるなァ!! アタシにはあの馬鹿野郎の顔面をこの魔導書で殴る権利があるんだァ!!」



 久々にゴミを掴まされた気分である。

 説明文がくどいのは、彼のあの性格が滲み出ている証左だ。本当に顔面を魔導書の角でぶん殴ってやりたいが、腰にしがみついて必死に止めてくれる南瓜かぼちゃ頭の娼婦に免じて勘弁してやることにする。


 盛大に舌打ちをしたユフィーリアは、魔導書を閉じて事務机の上に放った。



「まあいいや。構想は大体理解したし、あとは魔法陣を描くだけだな」



 雪の結晶が刻まれた煙管キセルを一振りして、ユフィーリアは魔法を発動させる。

 積み重ねられた魔導書の下敷きになっていた羊皮紙が勝手に引っ張り出され、さらにインク瓶に頭を突っ込んだままになっていた羽根ペンが起き上がった。広げられた羊皮紙の上に羽根ペンがくるくると踊り、文字と図面を描いていく。


 自動手記魔法と呼ばれる魔法だ。少し難しい魔法だが、勉強をすれば誰でも使えるようになる便利な魔法である。


 魔導書を参考にしながら魔法陣を描く作業は自動手記魔法に任せて、ユフィーリアはアイゼルネの入れた紅茶を啜る。時間を置いた影響で紅茶は冷めていたが、これでも十分に美味しい。

 紅茶を啜りながら召喚魔法系の魔導書を何冊か広げて、ユフィーリアはそれら全てに目を通していく。もちろん魔導書は魔法で浮いているし、ページも魔法で捲られる。何種類の魔法を同時に使っている状態だ。


 紅茶の入った薬缶ポットを片手に、南瓜頭の娼婦ことアイゼルネは呟く。



「本当に、魔法の大天才よネ♪」



 ユフィーリア・エイクトベルは自他共に認める魔法の大天才である。

 普段はその自由奔放とした性格に隠れがちだが、魔法に関しては一般的な魔女や魔法使いを遥かに超える才能を持っている。多種多様の魔法に精通し、星の数ほど存在する魔法を手足のように操る様は天才以外の表現が見つからない。


 本人は「魔法は面白いし、死ぬほど時間が有り余ってたから極めた」と言っているが、多数の魔法を同時に行使する技術は、熟練の魔女や魔法使いでも扱えない。

 しかも、彼女は基本的に詠唱をしない。5節以上の呪文が必要になる自動手記魔法でも、簡単な動作だけで発動させてしまうのだ。これを天才と呼ばずに何とする。


 空っぽになったユフィーリアのカップにお代わりの紅茶を注ぐアイゼルネは、



「そう言えば、どこで異世界召喚魔法を試すのかしラ♪」


「儀式場」


「この前、第5儀式場を爆発させて出禁になったばかりでショ♪」


「第5儀式場を出禁になった覚えはあるが、他の儀式場を出禁になった覚えはねえな」



 魔導書を読みながらしれっとそんなことを言うユフィーリアは、やはり魔法の天才という印象より問題児筆頭という印象が勝ってしまう。


 屁理屈を捏ねて他の儀式場を無断で使用する気満々のユフィーリアに、アイゼルネは「ユーリらしいわネ♪」と苦笑するしかなかった。

 彼女らしいと言えば彼女らしい。それでこそ問題児筆頭である。



 ☆



 ヴァラール魔法学院の地下には、大小様々な儀式場がある。


 儀式場とは大規模な魔法を発動させる為に存在する特殊な部屋であり、魔力が満ちていることが儀式場成立の条件となる。

 土地柄、ヴァラール魔法学院には魔力が溜まりやすい。特に地下空間は魔力が豊富に満ちているので、大規模な魔法を発動する際の儀式場を設計しやすかったのだ。


 転移魔法で儀式場が存在するヴァラール魔法学院の地下空間までやってきたユフィーリアたち問題児は、教室1つ分の広さしかない小規模な儀式場からヴァラール魔法学院全体の敷地に匹敵するほど広大な儀式場まで多岐に渡る部屋を覗き込んで、儀式に使えるか吟味していく。



「お、ここがいいな」



 ユフィーリアが選んだのは第7儀式場である。


 儀式場の規模は教室を2つほど並べた程度の広さで、それなりに規模の大きな儀式に使えそうな部屋である。壁沿いに備え付けられた燭台の蝋燭がぼんやりとした明かりを落とし、儀式場は全体的に薄暗い。

 床は煉瓦レンガ素材となっており、耐久度も期待できる。まあ失敗して爆発したところで直せば使えなくもないのだから、学院長にも適当なことを言って誤魔化せばいいだろう。



「エド、魔法水まほうすいは汲んできたな?」


「見ての通りだよぉ」



 エドワードが抱えているのは、小さめのかめだった。

 甕の中では白濁とした液体がちゃぽちゃぽと揺れていて、匂いは全くしない。中身の液体を撒く為の柄杓ひしゃくが甕から伸びていて、すでに用意は出来ている状態だ。


 この水は、魔法水まほうすいと呼ばれる特殊な液体である。

 魔法の源となる魔素まそが大量に溶け込んでおり、使用者が有する魔力と結びついて自在にその形を変える性質を持っている。基本的に魔法陣を描く際に使用される消耗品で、授業などでもよく使われていた。


 魔法水が入った甕を掲げるエドワードは、



「でもぉ、勝手に使っちゃってよかったのぉ? 白墨チョークの方が良くなぁい?」


白墨チョークだと何度も書き直す羽目になった時が面倒だろ。魔法の実験ってのは失敗を前提に考えた方がいい」



 それに、とユフィーリアはニヤリと笑った。



魔法水まほうすいの管理はアタシら用務員の仕事だぜ。多少ちょろまかすぐらい、どうってこたァねえよ」


「あれぇ? この前使いすぎて学院長からめちゃくちゃ叱られたからぁ、管理は副学院長に移ったんじゃないのぉ?」


「そうだっけ? じゃあ普通の水でも入れて嵩増ししてから返却するか」



 さすが問題児、誤魔化し方も意外と雑である。バレたら確実に大目玉を食らうというのに、危険を顧みない馬鹿な行動に出るものだ。


 呑気に笑うユフィーリアは、エドワードの持つ甕から伸びた柄杓で魔法水まほうすいすくい、第7儀式場の床にぶち撒ける。

 びちゃ、ばちゃ、と煉瓦レンガ造りの儀式場の床が容赦なく濡れる。魔法水は床に染み込まずに、そのまま水溜りのような状態で床に広がった。



「そしてコイツを投げるっと」



 魔法で手元に転送させた羊皮紙を広げ、ユフィーリアは床の水溜りに投げつける。


 羊皮紙に記入されているのは、複雑な魔法陣だ。

 あらかじめ自動手記魔法に任せて書き込んだ魔法陣で、召喚魔法を基礎に転移魔法も要所に盛り込まれた特別仕様となっている。他ではあまりお目にかかることの出来ない芸術品だ。


 水溜りに投げつけられた羊皮紙はヒラヒラと水面めがけて落ち、あっという間に濡れてしまう。表面に記載された魔法陣からインクが染み出し、それが水溜りと混ざった瞬間を見計らって、ユフィーリアは短く告げる。



「〈形成オン〉」



 バチィ!! と水溜りから紫電が弾ける。


 ユフィーリアの魔力を受けた魔法水まほうすいは、バチバチと青白い紫電を弾けさせながら徐々に形を変えていく。

 水溜りの中に浮かぶ羊皮紙に描かれた魔法陣が輝き、魔法水はその通りに変形する。大きな円を描き、その内側には緻密な魔法式が書き込まれていき、完璧な魔法陣が瞬く間に出来上がった。


 床一面に広がる魔法陣を目の当たりにしたエドワードは、



「凄いねぇ、壮大だねぇ」


「さて仕上げだ仕上げ、久々の詠唱だ」



 普段から魔法を使う際に詠唱なんてしないユフィーリアは、久々の詠唱にちょっとワクワクしていた。やはり魔法に詠唱は付き物である。詠唱あってこその魔法である。


 雪の結晶が刻まれた煙管を指揮棒よろしく振りながら、ユフィーリアは厳かに呪文を唱える。

 もちろん呪文の内容は、魔導書を参考にして完璧に暗記済みである。さすが魔法の大天才、抜かりはない。



「――〈空に天界、地に冥府。7つの門を潜りて応じよ〉――」



 ユフィーリアの詠唱が、薄暗い儀式状に響く。


 床の魔法陣は呪文を受けて、さらに輝きを増す。

 薄暗い儀式場を昼間のように煌々と照らし、ついでに風も起き始める。バタバタとユフィーリアの銀髪と外套コートの裾を容赦なく乱し、成り行きを見守っていたエドワードたちも慌てた様子で儀式場の外に避難する。



「――〈汝の運命は我が手に有り、汝の身は我が下に在る。されど我は汝を束縛せず、汝の自由を赦す〉――」



 ジジ、ザザザ、と魔法陣が揺らぐ。

 果たして、これは成功の兆しか。それとも無様に失敗するだけか。


 成功に期待するユフィーリアは、最後の詠唱文を口にした。



「――〈召喚サモン異界より来れり訪問者アナザーズゲスト〉――」



 その時だ。


 魔法陣が眩い輝きを発し、ばしゅん!! と音を立てると魔法陣そのものが弾け飛ぶ。

 失敗を予想するが、答えは否。確かに儀式場には変化が起きていた。


 つまり、



「――――」



 魔法陣があった場所に、見覚えのない人間が立っている。


 ボサボサの黒髪に落ち窪んだ赤い瞳、痩せ細った身体。

 軍服を想起させる黒い衣装を身につけているが、どこか汚れているようにも見える。頬は腫れ、覇気はなく、生きているのか死んでいるのかさえ分からない人間だった。


 見た目的に、少年だろうか。まだ若々しい様子だが、身体は鶏ガラのように痩せ細っているし紅玉のような赤い瞳には光が差さない。



「…………おーい? どちら様?」



 自分で呼び出しておきながら、異世界人の少年に対してユフィーリアはそんなことを問いかける。


 ペタリ、と少年の足が踏み出される。

 靴を履いておらず、靴下のみで覆われている。明らかに何かあったとしか思えない。


 覚束ない足取りでユフィーリアの元へ歩み寄った少年は、



「…………」



 膝から崩れ落ちて、前のめりに倒れ込む。


 倒れ込んだ先で待ち受けていたのは、ユフィーリアの豊かな胸だった。

 少年は非常に羨ましいことに、美女の胸へ顔から飛び込んだのである。相手がいくら魔法学院の誇る問題児と名高い魔女とはいえ、誰もが1度は振り返るほどの絶世の美貌の持ち主だ。同い年ぐらいの少年がいれば、彼の行動を蛮勇だと称賛することだろう。


 さすがに胸を枕にされるとは想定外だったユフィーリアは、とりあえずこの不躾な少年をぶん殴ってやろうと拳を握る。



「え……いや待て待て待て」



 そこで初めて、少年の異常を察知する。



「軽すぎじゃねえか、コイツ……?」



 驚くほどに、この少年は軽かった。

 まるで中身が詰まっていないのではないか、と思えるぐらいに。

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