第3話【問題用務員と次の面白いこと】

 ところがどっこい、問題児と名高い用務員連中は反省をしていなかった。


 学院長室から追い出された彼らは、根城とする用務員室まで戻ってきた。

 ヴァラール魔法学院の西校舎3階の最も端にある扉には、用務員室と書かれた手作り感満載の木札が下がっている。扉の表面を雪の結晶が刻まれた煙管キセルで叩けば、ガチャンと扉から施錠の外れる音が聞こえてきた。


 扉の向こうに広がる部屋は散らかっていた。玩具や筋トレの道具が床に散乱し、並んだ事務机にはそれぞれが利用していると分かる私物や書籍の数々が置かれている。

 壁際にそびえ立つ本棚には魔導書の他に、料理雑誌や絵本、図鑑やファッション雑誌など様々な書籍が隙間なく詰め込まれている。散らかった用務員室には似つかわしくない可愛い意匠の戸棚には茶葉の缶やポットなどが並び、花柄のカップが丁寧に磨かれた状態で使われる瞬間を今か今かと待っていた。



「どうする、お前ら」



 5つ並んだ事務机のうち、最奥に配置された座席を陣取るユフィーリアは、自分が信頼する3人の部下に意見を求める。


 もちろん、話題は給料7割減額の暴挙についてだ。

 3割でも5割でもなく、7割も減額されてしまうのだ。これは用務員にとって死活問題である。自由に使える金が減ってしまうし、仕事終わりの酒も飲めなくなってしまう可能性が非常に高い。あの1杯の為に仕事をしているといっても過言ではないのに。


 さすがに今回の暴挙は、ユフィーリアとしても許し難いものだ。何としてでも給料の7割減額を回避したいところである。



「どうするって言ってもねぇ、俺ちゃんたちに出来ることは真面目にお仕事をするしかないよぉ?」


「真面目に仕事なんて出来る訳がねえだろ。クッソつまんねえ」



 雪の結晶が刻まれた煙管キセルを咥え、ユフィーリアはエドワードの意見を一蹴する。『真面目に仕事へ取り組む』という至極真っ当なことはやりたくない、というのが態度にまで表れている。


 この何事にも面白さや楽しさを求めてしまうのが、ユフィーリアの長所であり短所でもある。

 面白い仕事であれば周りが止めようが動くし、面白くない仕事ならば梃子でも動かない。最初は面白くても徐々につまらなくなってきたら途中で放り出し、最初はつまらない仕事だったのに面白さを見出したら周囲の制止を振り切ってでもやり切るという具合だ。


 彼女の判断基準は『面白いか』『面白くないか』の2択であり、真面目に仕事へ取り組むことは彼女にとって『面白くない』ことなのだ。



「でもユーリ♪ お給料を7割減額を確実に回避できるのは、真面目にお仕事をする他はないわヨ♪ また問題を起こせば、お給料減額だけじゃ済まないかモ♪」



 アイゼルネの正論を受けて、ユフィーリアは「そうだけどよォ」と唇を尖らせる。



「お前らは真面目に仕事がしてえか?」


「やだよぉ」


「全く!!」


「全然そんな気分じゃないワ♪」


「だよな。それでこそアタシらだよな」



 全員同じ意見で安心したユフィーリアである。

 これでもし誰かが「真面目に仕事をしたいです」と言った暁には、自分がどうにかなってしまうところだった。多分、体調不良でしばらく寝込むことになりそう。


 さて、そんな訳で真面目に働きなくたい問題児による、どうやって給料7割減額を回避するかの真面目な作戦会議が開かれる。


 最初に意見を出したのは、部屋の隅に転がっていた一抱えほどもある球に乗って曲芸を披露するハルアだった。足場の悪い球の上に絶妙なバランスを保って立ち続ける身体能力は目を見張るものがあり、大道芸人から勧誘が来てもおかしくない。



「ワイロでも渡してみる!?」


「おい、コイツに賄賂わいろなんて言葉を教えたのはどこの誰だ?」


「この前見てた昼劇じゃないのぉ?」


「うん、そう!!」



 元気よく頷くハルアに、ユフィーリアは安堵の息を吐いた。


 お馬鹿で難しい言葉を基本的に覚えられないハルアが、完全に意味を理解して使う言葉ではないと思っていたのだ。知識の仕入れ先は、昼休みに演劇部所属の生徒による即興劇からか。

 余談だがこの即興劇、意外と人気がある。推理ものや怖い話、日常の風景を切り取った何でもない内容など、多種多様な物語を取り揃えている。台本もないので、単純に生徒たちの即興力が試される催しだ。


 煙管を吹かすユフィーリアは、清涼感のある匂いの煙を吐き出しながら問う。



「ハル、お前は賄賂を渡せるだけの金を持ってるのか?」


「持ってないよ!!」


「じゃあ何を賄賂で渡そうとしたんだ?」


「この前拾った団栗どんぐり!!」



 それを賄賂に渡せば、ただの馬鹿だ。



「ハル、残念ながら賄賂作戦は却下だ。用務員室に賄賂として渡せる金はねえし、アタシも持ってねえ。日々の飲み代が精一杯だ」


「そうなの!?」


「エド、アイゼ。お前らの財布事情は?」


「俺ちゃんも同じような理由だねぇ。日々のご飯代を残しておくので精一杯だしぃ」


「おねーさんも、お洋服とかお化粧道具とか色々と物入りなのよネ♪」


「そんな訳で賄賂作戦は無理だ」



 非常に残念ながら、賄賂作戦は財政的に無理という結論に至った。

 そもそも賄賂を渡せるだけの金額があれば、日々の飲み代やご飯代や消耗品代に苦労しない。


 しかし、困ったことが起きた。

 賄賂作戦以上の意見が出ないのだ。エドワードも、ハルアも、アイゼルネも意見を出そうと頭を悩ませるが、まともな案が何1つ浮かばない状態だ。給料7割減額を回避するには、一体どうすればいいのか。



「よし、決めた」



 両腕を組んで給料7割減額の回避方法を考えていたユフィーリアは、キッパリと言う。



「諦めよう」



 堂々とした白旗宣言に、エドワードとアイゼルネが揃ってずっこけた。



「……諦めちゃうのぉ?」


「まともな減給の回避方法が思いつかねえんだから、もう諦めるしかねえだろ」



 雪の結晶が刻まれた煙管を深く吸い込むユフィーリアは、ミントにも似た清涼感のある煙を吐き出しながら「それに」と言葉を続けた。



「生徒から金を巻き上げればよくねえか?」


「確かにねぇ」


「お金持ってる奴いっぱいいるもんね!!」


金蔓かねづるがたくさんいるのは、さすが名門魔法学校よネ♪」



 そう、問題児にとって給料7割減額など痛くも痒くもなかった。

 クビになったら校舎を爆破しなければならないが、減給ならばそこら辺を歩いている在校生から金銭を巻き上げてしまえばいい。ここは名門魔法学校だ、金持ちが我が子に魔法を学ばせるべく通わせる最高峰の教育機関である。


 これで減給云々の問題は解決だ。真面目に仕事をする以外の道があってよかった。



「あーあ、それにしても」



 ユフィーリアは煙管を深く吸い、輪っか状の煙を吐き出しながら言う。



「退屈だなァ」



 そう、退屈である。死ぬほど退屈である。


 こちとら学院創立当初から問題児として在籍しているのだ。考えつく限りの問題行動は全てやったと言ってもいい。

 本日の記念すべき入学式をぶち壊した氷像だって、ユフィーリアは数え切れないほど作ってきたのだ。作るたびに何かしらの式典をぶっ壊して、そのたびに学院長のグローリアから説教を受けていたのである。正直な話、日々の問題行動にもマンネリを感じていた。


 ここは1つ、より刺激的な事件が起きてほしいところだが、そんな都合のいい事件など起きやしない。世の中が平和な証拠である。



「世の中ってのは都合がいいように出来てねえからなァ。何かこう、派手なことがしたい。面白くて派手な――ん?」



 退屈そうに雪の結晶が刻まれた煙管を吹かすユフィーリアは、ふと自分の机にうず高く積まれた魔導書の山を見やった。

 変身魔法から魔法薬の調合書、さらに死者蘇生魔法など様々な種類の魔導書が置いてある。全てヴァラール魔法学院の図書館から借りて、そのまま延滞している書籍だ。


 魔導書の山の1番下、題名の文字が掠れて読めなくなった魔導書が下敷きとなっていた。



「何だっけ、これ」



 確かこれも図書館から借りた魔導書だったと思う。


 ユフィーリアは咥えていた煙管を一振りして、魔導書の山から古びた魔導書を引っ張り出す。

 それの上に積まれた魔導書がふわりと何の予備動作もなく浮かび上がり、1番下に敷かれた魔導書を手に取る。革製の表紙はボロボロで、中の頁も黄ばんだ部分が多く見受けられる。かなり年季の入った魔導書であることは間違いない。


 題名は『異世界召喚魔法の定義と実践方法』――どうやら召喚魔法の1種らしい。



「へえ、異世界召喚魔法か」



 読んで字の如く、異世界から人間などの生物を召喚する大規模な魔法を示す。

 そもそも召喚魔法そのものが中規模から大規模の魔法に属するので、一般の魔女や魔法使いなら最低でも5人で運用しなければならないほど規模が大きい。召喚方法も複雑なので、おいそれと手を出すことが出来ない。


 ただ、問題は『異世界』という魅力的な単語だ。


 異世界――つまり、ここではないどこか。ユフィーリアの知らない世界。

 この魔導書には、その『異世界』から人間などの生物を召喚する儀式方法が掲載されている。成功例があるのか不明だが、異世界から人間を召喚できたら何と面白いことだろう。自分の知り得ない知識を数多く所持していれば、日々の悪戯にも大いに活用できる。



「お前ら!!」



 魔導書の頁を広げて、ユフィーリアは事務机の上に飛び乗った。その衝撃で積まれていた魔導書がドサドサと音を立てて床に落ちたが、まあ魔法で片付ければあっという間である。


 ユフィーリアが静かになったのをいいことに、部下たちは各々適当に過ごしていたようだ。

 エドワードは鉄アレイで暑苦しい鍛錬の真っ最中だし、ハルアは頭の上に一抱えほどもある球体を乗せてバランスを取っているというおかしな行動をしていた。アイゼルネはのんびりとお茶の準備中である。何かいい匂いがすると思ったら紅茶だったか。


 3人揃って、事務机に魔導書を掲げて仁王立ちするユフィーリアを見上げて怪訝な顔をしていた。



「どうしたのよぉ、ユーリ。お腹減ったのぉ?」


「お菓子ならあったわヨ♪」


「机の上に乗るのって楽しい!?」


「話を聞け、腹は減ってねえし机の上に乗ることはお勧めしない。高くて怖い」



 ユフィーリアは事務机から降りながら、



「お前ら、異世界召喚魔法に挑戦するぞ!!」


「面白そうだねぇ」


「いいよ!!」


「あら素敵♪」


「お前らのそういうところ、アタシは凄く好きだよ」



 特に理由も聞かず、即座に応じてくれる心優しい部下にユフィーリアは感動を覚えた。



「俺ちゃんたちは何すればいいのぉ?」


「エドとハルは井戸に行って魔法水まほうすいを汲んでこい、アイゼはそのままお茶の準備を頼む」


「はいよぉ」


「分かった!!」


「いいわヨ♪」


「よし、各自行動開始!!」



 ユフィーリアの号令と同時にエドワードは鉄アレイを、ハルアは頭に乗せた一抱えほどもある球体を投げ出して用務員室を飛び出していく。

 異世界召喚魔法について何も説明しなかったのだが、彼らは本当に挑戦するつもりなのか。いや、挑戦すると言い出したのはユフィーリアだが。


 自分の発言に自信がなくなったユフィーリアは、お茶の準備を再開させるアイゼルネに「なあ」と問いかけた。



「説明してねえけど、いいのか?」


「ユーリが提案したことで面白くないことなんてなかったわヨ♪」



 紅茶の入ったカップを差し出すアイゼルネは、



「何かよく分からないけど、絶対に面白いわヨ♪」


「まあ、お前らがいいならいいけど」



 入れ立ての紅茶を啜りながら、ユフィーリアは魔導書の説明文に目を通す。


 これは絶対に楽しい予感しかしない。

 あとで絶対に学院長から説教を受けることになるだろうが、それでも挑戦しないで後悔するより挑戦して説教された方がマシである。

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