第2話【問題用務員と減給】

 そんな訳で、記念すべき1000度目の入学式をぶち壊した諸悪の根源が、雁首を揃えて学院長室に集合する。


 筆頭となるのは、主任用務員のユフィーリア・エイクトベルだ。

 用務員を統括する立場にある彼女は、同時に問題児の筆頭でもある。部下が問題を起こすより、彼女自身が問題を起こして学院長室へ出頭を命じられる回数の方が遥かに多い。


 学院長室に呼び出しを受けたのは、ユフィーリアの他にも3人。

 堅気ではない雰囲気を漂わせる強面の巨漢、特に何も考えていなさそうな少年、南瓜かぼちゃのハリボテを被った痴女である。


 ヴァラール魔法学院唯一にして最大の汚点である問題児どもは、大層お怒りなご様子である学院長に対して全身全霊の謝罪を行っていた。



「えー、この度はぁ」


「大変!!」


「申し訳ございませんでしタ♪」


「お許しください、学院長殿」


「…………君たちさ、言葉だけはちゃんと謝罪しているつもりなんだろうけどさ。態度が伴っていないよね」



 立派な執務椅子に腰掛ける学院長殿――グローリア・イーストエンドは、謝罪の姿勢を示す問題児どもに厳しい言葉を投げかける。


 それもそのはず、用務員連中の謝罪の姿勢というのが五体投地だった。

 つまるところ、学院長室の床にうつ伏せになりながら謝罪の言葉を述べたのだった。本来であれば最も丁寧な礼拝方法だが、詳細を知らない相手からすれば馬鹿にしている風にしか見えない。


 うつ伏せのまま「もうしませーん」「しませぇーん」などと明らかに棒読みな反省の言葉を述べるお馬鹿な用務員に、グローリアは冷たい視線を突き刺しながら言う。



「全く反省しているようには見えないんだけど」


「よく見ろよ、学院長殿。こんなに深く反省しているのに、お前にはアタシらの誠意が伝わらねえのか」


「うん、これっぽっちも」



 うつ伏せの体勢を維持した状態で、ユフィーリアは「チッ」とわざとらしく舌打ちをする。


 誠意が砂粒ほども伝わっていないことを悟ると、彼女はゆっくりと起き上がった。それに倣い、他の3人も同様に起き上がる。

 しっかりと立ち上がり、服についた埃を払い、4人揃って用事は済んだとばかりに踵を返す。しれっとその場から離脱して、説教を逃れようという魂胆だった。



「じゃ、お疲れ」


「お疲れ様ぁ」


「お疲れ様でした!!」


「お疲レ♪」


「まだ話は終わってないんだけどね」



 満面の笑みを浮かべたグローリアは、パチンと指を弾く。


 その簡単な動作に合わせて魔法が発動し、開いたままになっていた学院長室の扉が勢いよく閉まる。ご丁寧にも鍵までかけられた。これで逃げ場は完全になくなった。

 退路を断たれた問題児どもは、観念したように学院長へと向き直る。それまでの「一応は謝罪をしよう」という姿勢はすでに消え失せ、太々しい態度で魔法学院の長と対峙していた。


 もはや反省するつもりなど皆無な用務員連中に、グローリアは率直な質問をぶつける。



「君たち、クビになりたいの?」


「よっしゃあ!! お前ら、魔法学院ぶち壊そうぜ!!」


「待て待て待て、待って。何の脈絡もなく学院の破壊を企もうとしないで。何でそうなるの」


「え、何でって……」



 ユフィーリアは心底不思議そうに首を傾げながら、



「クビって言われたら、じゃあもう学院なんて必要なくね?」


「必要なんだよなあ!! エリシアで唯一の魔法学院を爆破なんてしたら、君たち立派な犯罪者だよ!?」


「爆破か、いい案じゃねえかグローリア。一瞬で何もかもが木っ端微塵に吹き飛ぶのがお好みか?」


「止めよう、この話は終わり!! 君たちを野放しにしたら、むしろ世界が危ないよ」



 聡明なグローリアは、この不毛な会話を強制的に終了させる。


 問題児であるこの用務員連中を野に解き放てば、まず間違いなく世界規模で大変なことになる。山を爆破させるか、遠くの村を地図上から消し飛ばすか、それとも国を1つ崩壊させるか。予想したくないが、簡単に予想できてしまうので恐ろしい。

 今はまだ学院内規模で収まっているので、まだマシと言えるのだろうか。いや、状況は全く良くないのだが。


 深々とため息を吐くグローリアは、



「君たちさ、状況が分かってないよね?」


「何の? この説教の雰囲気か?」


「我がヴァラール魔法学院の品位が、著しく損なわれているんだよ!! どこかの誰かのせいで!!」



 執務机を思い切り叩いて、グローリアは絶叫する。



「分かる!? 年々新入生の数が減ってるんだよ!? 入学しても1週間で自主退学する生徒が続出するんだよ!? 誰のせいだと思ってるの!?」


「高度な授業内容についていけない生徒のせい」


「君たち用務員が馬鹿ばっかりやらかすからだよ!!」



 怒りを通り越して泣き崩れそうな勢いのグローリアに、ユフィーリアは「ええー」と不満げに唇を尖らせる。



「アタシはただ、退屈な学院生活を少しでも面白おかしく過ごせるように努力してるだけだ」


「無駄な努力だよ!! 何で入学式で全裸な男の巨大氷像が小粋なステップを披露するのさ!! あれってただの害悪だからね!?」


「アタシの渾身の作品を害悪呼ばわりするな!!」



 氷像を貶されたことに対して憤慨するユフィーリアは、



「大体、あれはエドを参考にしたんだぞ。害悪どころか、むしろ芸術作品として褒め称えられるべきだろ」


「全身?」


「いや、首から下全体。あんな悪人面を新入生に見せたら、確実に泣くだろうが」


「その配慮が出来るんだったら、入学式を出禁にした意味も汲み取ってほしかったなぁ!!」



 グローリアの訴えに反応を示したのは、氷像の参考にされた筋骨隆々とした強面の巨漢である。

 彼は上司であるユフィーリアを見やると、



「ほらぁ、だから言ったじゃんねぇ。出禁にされてるでしょってぇ」


「ユフィーリアだけに言えたものじゃないんだよ、エドワード君。立派な問題を起こしてるよ、君も」


「ええー?」



 自分は問題を起こしていませんけど、と言わんばかりの「ええー」を披露する強面の巨漢は、何が問題か分からずに首を傾げていた。


 彼の名前はエドワード・ヴォルスラム。

 問題児筆頭ユフィーリア・エイクトベルの右腕とも呼べる問題児であり、4人の中で2番目に用務員歴が長い。校内清掃が別の意味に聞こえてきそうな怖い面構えをしているが、性格は見ての通り非常に穏やかだ。


 グローリアはそんなエドワードを睨みつけると、



「君、懇親会の料理を皿ごと全部食べちゃったよね?」


「何のことぉ?」


「惚けても無駄だからね!! 2000人分以上はある料理だったんだよ、1人で平らげることが出来るのは学院でも君だけだよ!!」


「大食いな生徒がつまみ食いでもしたんじゃないのぉ? ――プッ」



 口の中に異物感があったのか、エドワードは何かを床に吐き出す。


 コロコロと学院長室の床に転がったのは、陶器の破片である。

 小さな破片には模様が描かれていることが確認でき、かろうじて皿の破片であると判別できる。口の中に皿の破片が入ることなど、まずあり得ないことだ。


 グローリアが「これは何?」と視線だけで訴えるが、エドワードはそっと何か言いたげな学院長から視線を外しただけだった。



「目を逸らさない!!」


「たまたま口の中に入ってただけだもんねぇ。知らないもんねぇ」


「惚けても無駄だよ、証拠はあるんだからね!!」


「はいはい、分かった分かったよぉ」



 エドワードは床に落ちた皿の破片を拾い上げると、ポイと口の中に放り込んだ。

 そのまま皿の破片を丸呑みすると、彼は平然とした様子で言ってのける。



「はい、証拠隠滅ぅ」


「おい、エド。床に落ちたモンは拾って食うなって言っただろうが。汚えだろ、吐き出せ」


「学院長室でゲロをぶち撒けるってどんなプレイなのぉ?」


「そもそも皿の破片なんか食べないでしょ!! 君の胃袋はどうなってるのさ!!」



 エドワードの問題行動は、この部分だった。

 彼の場合、食べ物関係で問題を起こす。食堂の料理を全て平らげてしまったり、調理場の食料庫から食材を拝借したり、挙げ句の果てには食堂を占拠したりと様々だ。生徒どころか教職員ですら迷惑を被っている。


 悪びれる様子もなく言うエドワードは、



「俺ちゃんも悪いけどぉ、ハルちゃんの方が大変じゃんねぇ。窓とか割ってるしぃ」


「オレ!?」



 話の引き合いに出されたのは、エドワードの隣に並ぶ少年だった。


 毬栗いがぐりを想起させる赤茶色の短髪に琥珀色の双眸、幼さを残す顔立ちは実年齢よりも若く見える。貼り付けた笑みは得体の知れない恐ろしさがあり、元気で溌剌はつらつとした印象は全くない。

 彼が身につけているものは、黒いつなぎだった。それも数多の衣嚢ポケットが縫い付けられ、魔改造に魔改造を重ねている。動きやすさを重視しているのだろうが、これでは異常さしか感じない。


 彼はハルア・アナスタシス。

 問題児の中でも1番の馬鹿を謳い、歩けば必ず問題が起きるとまで言われる。本人に悪気は一切なく、手加減できていないからというのが理由だ。


 ハルアは首を傾げると、



「オレ何もしてないよ!! ちょっと窓を割っちゃっただけ!!」


「普通の窓じゃなくて、君が壊したのはこの学院で割と高価な硝子絵図ステンドグラスなんだよね。感想は?」


「壊れ方は綺麗だった!!」


「言葉1つ取っても狂気しか感じないのは何でかな?」



 ハルアは手加減が出来ず、その馬鹿さから備品を意図せず破壊してしまうことが多い。しかも叱っても右から左に流れるので、給金から差し引いて補填するしかない。

 今回壊した硝子絵図ステンドグラスの代金も、彼が負担することになる。借金は嵩んでいくばかりだ。


 そんな彼を、南瓜かぼちゃのハリボテを被った痴女が笑い飛ばす。



「ハルちゃんは手加減しないから壊れちゃうのヨ♪ 硝子は繊細なんだから丁寧に扱わないとネ♪」


「君も手加減できていないんだよ、アイゼルネちゃん」


「あラ♪」



 何かしたかしら、とばかりに首を傾げる南瓜かぼちゃ頭。


 橙色の南瓜で頭全体を覆い隠し、その下から明るい緑色の長髪が流れる。露出の高い赤いドレスを身につけたその体躯は豊満で、男性どころか女性さえも魅了してしまいそうな均整の取れた身体付きだった。

 彼女は痴女ではなく、元娼婦である。頭はともかく豊満な体躯は青少年の情操教育に悪く、校内を歩いているだけでも危なっかしい。


 彼女の名前はアイゼルネ。

 当然、本名ではない。本名は誰も知らないのだ。


 グローリアは自分の罪を自覚していない南瓜頭の娼婦に、



「君は食堂に罠魔法を仕掛けすぎだよ。特に男子生徒ばかりを狙ってさ。君が男子生徒を嫌っているのは分かるけど、椅子に座った瞬間に太い針が尻に突き刺さる罠魔法はやりすぎだよ」


「『アーッ』な展開にしようと思ったんだけド♪」


「面白くないからね? お尻に被害が出たら面白くないからね?」



 この娼婦、とにかく男子生徒が嫌いなのだ。なので問題行動を起こすのは主に男子生徒を粛清する時であり、女子生徒には特に何もしない。

 娼婦だった過去を馬鹿にされたというのが理由らしいが、本当のところは分からない。彼女は本音を隠しがちなのだ。


 目に余る問題ばかりを起こす用務員に、グローリアは我慢の限界が訪れたようだ。ぷっちん、と彼の頭から聞こえてはいけない音が聞こえてしまった。



「君たち、減給ね」


「「「「はあ!?」」」」



 問題児ども一斉に聞き捨てならないとばかりの反応を見せるが、学院長の中で彼らの厳罰はすでに決定されていた。

 クビを言い渡しても効果がないのであれば、もう減給しか方法は残されていない。反省をしていない問題児どもに対して反省文を書かせても、効果など見られないのだから仕方がない。


 グローリアは静かに椅子から立ち上がり、



「もう決めたからね。君たちのお給料は7割減とするから」


「ちょ、待てよ学院長様。さすがに減給ってのはナシじゃねえのか!?」


「言い訳なんか今更聞きたくないよ。ちゃんと自分たちの罪を反省して、今後は真面目にお仕事するように。以上」



 学院長による厳しい処罰を下された問題児な用務員どもは、全員揃って唖然とする他はなかった。


 まあ、自業自得と言えばその通りである。彼らには厳しい罰が必要なのだ。いつまでも罰則から逃れられると思ったら大間違いである。

 これで少しは反省するといいのだが。

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