ヴァラール魔法学院の今日の事件!! 〜名門魔法学校の用務員は異世界から召喚したヤンデレ系女装メイド少年に愛されているけど、今日も問題行動を起こして学院長から正座で説教されてます〜
山下愁
春:異世界少年召喚編
第1章:学院最大の問題児〜問題用務員、入学式破壊事件〜
第1話【問題用務員と入学式】
この春、ヴァラール魔法学院では1000度目の入学式を迎えようとしていた。
ヴァラール魔法学院は、歴史ある魔法学院である。
魔法が常識となった世界エリシアに於いて唯一無二の魔法学院であり、数多くの有名な魔女・魔法使いを輩出した。在籍する生徒も優秀者揃いで、新しい魔法の発見や人々の役に立つ魔導具の作成、強力な魔物の捕獲など輝かしい活躍を記録している。
しかし、長い歴史を持つこの魔法学院には、たった1つだけ大問題を抱えていた。
「用務員連中には、ちゃんと仕事を言い渡した?」
「問題ねえッス」
ヴァラール魔法学院の廊下を歩く青年――グローリア・イーストエンドはやや厳しめな口調で言う。
烏の濡れ羽色をした長い髪を紫色の
服装は仕立ての良さそうな
それもそのはず、彼はこの1000年の歴史を持つヴァラール魔法学院の学院長である。端的に言えば、とても凄い魔法使いなのだ。
「今年こそ邪魔をされたら困るんだよね。そろそろ本気でヴァラール魔法学院の品位を保たないと」
「用務員連中の問題行動は目に余るッスからね」
学院長であるグローリアへ軽い調子で応じるのは、ヴァラール魔法学院の副学院長である魔法使いのスカイ・エルクラシスだった。
毒々しい赤い
爽やかな印象のあるグローリアとは対照的に、スカイは完全に陰気臭い雰囲気が漂う。裾の長い真っ黒な
ヒッヒ、と引き攣った笑い声を漏らすスカイは、
「まあでも、抜かりはねえッスよ。ちゃーんと用務員連中には、食堂の飾り付けと掃除を言い渡してあるッス。あの広大な食堂を飾り付けして、掃除するってなると結構時間を食うと思うんスよね」
「そう。それならいいんだけど」
早足で廊下を突き進むグローリアは、副学院長のスカイを引き連れて講堂へ急ぐ。
今日はヴァラール魔法学院でも重要な式典――入学式だ。
新しい魔女・魔法使いの卵たちが期待と不安を胸に、この由緒ある魔法学院へやってきたのだ。学院長であるグローリアは、これを歓迎しなくてはならない。
それにはまず、創設当初から自由気ままに過ごすヴァラール魔法学院唯一の大問題をどうにかしなければ始まらない。
「よし、誰もいないね」
「そうッスね」
講堂の扉の前までやってきたグローリアは、スカイと一緒になって周囲を確認する。
入学式の会場周辺に怪しげな物品は見当たらず、ヴァラール魔法学院唯一の大問題どもが手を加えていないことは明らかだ。
講堂の扉には『入学式』『会場はこちら』という貼り紙が掲げられ、来訪者に入学式があることを伝えていた。講堂とは真逆の方向にある食堂の飾り付けと清掃を言い渡された馬鹿野郎どもが、この貼り紙を認識していなければ問題は解決だ。
警戒するように周囲を見渡すグローリアは、
「……いないね?」
「そうみたいッスね」
「よし、じゃあ行こう」
「ういーッス」
「……スカイさ、君って副学院長なんだからちゃんとした喋り方をしようよ」
「ボクの出身地の方言ッスわ」
適当なことを言う副学院長に懐疑的な眼差しを送るグローリアだが、基本的に彼は生徒と会話することもなさそうなので、まあ問題ないだろう。
立場に相応しくない汚い言葉を使うことなど、この学院が抱える問題と比べれば些事だ。
さあ、入学式だ。
まずは新入生たちを迎え入れよう。
グローリアは深呼吸をし、入学式の会場たる講堂の扉を勢いよく開け放つ。
「入学おめでとーう!!!!」
何故だろう、会場のど真ん中で筋骨隆々とした巨大な男性の氷像が暴れ回っていた。
ドスンドスンと激しい足音を立て、巨大な男性の氷像は入学式の会場で踊り狂っている。氷像とはいえ筋肉からナニまで完全に表現された、生まれたままの状態の男性の姿なので、色々と見るに堪えない。
訳の分からない氷像のせいで阿鼻叫喚の地獄絵図と化した入学式の会場には、本日の主役であるはずの新入生たちが懸命に逃げ回っていた。声を枯らす勢いで叫び続ける彼らの恐怖は、計り知れないものだろう。
最悪の結末を迎えた入学式を前に、学院長のグローリアは眩暈を覚えた。
「スカイ」
「ういッス」
「僕は確かに『食堂の飾り付けと清掃を命じておいて』って言ったんだけど、どんな内容を言い渡したの?」
「『今日は入学式だから、新入生を迎える懇親会の準備をお願いッス。具体的には食堂の飾り付けと清掃を』」
「……入学式って教えちゃったらダメじゃない?」
「飾り付けと清掃を優先すると思ったんスけどね。ほら、文句を言いながらも仕事はやるし」
「この状況を見て同じことが言える?」
「放り出したんスかね」
のほほんとした様子で筋骨隆々とした男性の氷像を見上げるスカイの隣で、グローリアは深々とため息を吐いた。
この地獄を作り出した元凶は、クネクネと身体をくねらせて踊る氷像の肩の上で笑っていた。
それはもう、誰もが振り返る美貌には似つかわしくない爆笑を響かせ、不安定な氷像の肩の上で絶妙なバランスを保っていた。激しく踊る氷像の肩の上に乗り続ける身体能力は目を見張るものがあり、しかし爆笑によって全てがぶち壊されている。
透き通るような銀髪と色鮮やかな青い瞳、高級人形と張り合える絶世の美貌。滑らかな肌は淡雪の如き白さがあり、真っ黒な装束がより肌の白さを際立たせる。
装束の方は、首元まで覆う黒い
どこからどう見ても浮世離れした美しさを持つ魔女だが、もう何もかもが崩壊してしまった。彼女の雰囲気も、入学式も。
「えいッ」
グローリアがポンと手を叩けば、入学式の会場で踊り狂っていた氷像が一瞬にして消え失せる。
氷像の肩に乗っていた銀髪の魔女は「うぎゃあ!?」と唐突に空中へ放り出され、器用に体勢を変えると華麗に着地を果たした。
本人は「10点!!」とイキイキと宣言するが、それどころではない。
銀髪の魔女は学院長と目が合った途端、分かりやすく「げ」と顔を歪めた。
「やあ、ユフィーリア。君には食堂の飾り付けと清掃を言い渡したと報告を受けたんだけどな」
「よう、グローリア。本日はお日柄も良く、絶好の入学式日和だな。うん。アタシも心の底からお祝いするよ。1000回目の入学式おめでとう」
顔の筋肉を引き攣らせて笑う銀髪の魔女に、グローリアは朗らかな笑みを見せて言う。
「あとで学院長室に集合ね」
「はい……」
怒られることを分かっているのに、何故こういう馬鹿な行動を率先して起こすのだろう。
この銀髪の魔女こそが、ヴァラール魔法学院の唯一の汚点だ。
彼女は教師ではなく、用務員だ。校内清掃や授業に必要な素材収集などを主な仕事とする、いわゆる学院の雑用係である。
その用務員が、このヴァラール魔法学院きっての問題児と有名だった。
☆
――時刻は30分前に遡る。
ヴァラール魔法学院きっての問題児と有名な用務員一同は、副学院長のスカイ・エルクラシスに命じられた通り、新入生を迎える為に食堂の飾り付けと清掃を行っていた。
問題児だ何だと言われていても、ちゃんと仕事をしていたのだ。この時までは。
「物足りねえ」
新入生たちに笑いを与えるべく作成された巨大氷像を前に、銀髪の魔女は仁王立ちで唸る。
彼女の名前はユフィーリア・エイクトベル。
ヴァラール魔法学院の主任用務員にして、学院きっての問題児筆頭である。
全校生徒を収容して余りがあるほど広大な食堂の飾り付けと清掃を任され、さらに記念すべき1000回目の入学式で由緒ある魔法学院の一員となった新入生を迎えるのだから自然と気合も入る。
ユフィーリアも「飾り付けなら豪勢に」と言うことで、得意とする氷の魔法で巨大な氷像を作ってみたのだが、何故か物足りなく感じる。
「造形か? 造形が問題なのか?」
ペン回しの要領で雪の結晶が刻まれた煙管を回しつつ、ユフィーリアは氷像の前で首を捻る。
その氷像というのが、かろうじて人間の形を保った何かだった。
自分の肉体を晒すような格好をしているが、見せる為の筋肉など皆無である。存在するのは氷特有の冷たさと透明感だけで、奇怪な氷像としてそこに鎮座していた。
「よし分かった、お前ら集合!!」
「ふぁいよぉ」
「あいあい!!」
「何かしラ♪」
ユフィーリアの呼びかけに応じたのは、彼女の3人の部下である。
もれなく同じ問題児と数えられる彼らは、集合の命令に対して素早く集まってきた。もはや軍人並みである。
丁寧に3人の部下へ視線を巡らせて、ユフィーリアは「決めた」と言う。
「エド、ちょっと全裸になれ」
「とうとう頭の
間延びした口調で応じたのは、
身長は見上げるほど高く、多く見積もっても2メイル(メートル)は軽く超しているだろう。灰色の短髪に
彫像の如き肉体美を迷彩柄の野戦服に押し込み、窮屈なのか胸元だけは大胆に開放されている。太い首からは犬が躾の際に用いる口輪が、装飾品感覚で下げられている。
彼は「まあいいけどさぁ」と全裸になることに対して、一切の躊躇を見せなかった。恥もないらしい。ちょっと感覚がおかしい。
「俺ちゃんはぁ、身体に自信があるからねぇ」
「毎日暑苦しいほど鍛えてるだけあるよな、お前って」
「褒め言葉として受け取るよぉ」
軽口の応酬を交わしながら、巨漢は迷彩柄の野戦服を脱ぎ去った。その下に着ていた下着すらも脱ぎ捨て、ユフィーリアの命令通り生まれたままの姿を晒す。
惚れ惚れするような肉体美を曝け出す彼を参考に、ユフィーリアは氷像を作り直すことにした。
氷像に魔力を流してメキメキと変形させる。顔面だけは新入生が怯えるので、今話題のイケメン魔法使いとやらを参考にした。
すると、どうだろうか。
今までのっぺりとした訳の分からない氷像が、逞しい巨大な男性の氷像と化した。筋肉からナニまで完璧に再現されている。会心の出来である。
「よし、いいぞ」
完成した氷像に満足したユフィーリアは、
「じゃあ、入学式に参加してくるかな」
「あれぇ? 今年こそ出禁になったんじゃないのぉ?」
氷像の参考にされた部下は、自分の衣服を着ながらユフィーリアに言う。
雪の結晶が刻まれた煙管を咥えて、ユフィーリアは「そんな訳ねえだろ」と笑い飛ばす。自分が本気で入学式に出禁を食らったとは思ってもいない態度だった。
「グローリアの奴も素直じゃねえからな。嫌だ何だと言いながら、アタシの乱入を待ってんだよ」
「わーお、前向き思考だねぇ。面白そうだから俺ちゃんは何も言わないけどぉ」
「そうそう。世の中は何でも楽しんだ方が勝ちなんだよ」
ユフィーリアはそう言って、指をパチンと弾く。
その簡単な動作だけで魔法が発動し、筋骨隆々とした男性の巨大氷像が動き出す。
自分の意思を持って動き始めた氷像は、製作者たるユフィーリアに大きな手のひらを差し出してきた。どうやら「乗れ」と告げているようだ。
「じゃあ行ってくるわ。食堂の清掃と飾り付け、気合入れてやっとけよ」
「最高の笑い話を期待してるよぉ」
「行ってらっしゃい!!」
「こっちは任せテ♪」
3人の部下に見送られたユフィーリアは、巨大氷像の肩の上に乗ると入学式の会場へ向かった。
巨大な氷像を容易く作り出し、あまつさえそれを自由自在に動かすことが出来る腕前は、魔女や魔法使いが多く生活するエリシアではあまりいない。
問題児だと言われながらも、ユフィーリア・エイクトベルという銀髪の魔女が高い魔法の才能を有していることは、誰が見ても明らかだった。世の中とは本当におかしなものである。
それから新入生を阿鼻叫喚の地獄に叩き落とし、学院長であるグローリア・イーストエンドに説教されるまで、そう時間はかからなかった。
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