ep6.抹茶とアイス⑤
それから数日が経って、僕はなぜだかまた高森と寄り道をすることになっていた。
駅に着いて改札を抜け、いつものように自宅方面に向かって歩きだしていた僕の制服の裾を、唐突にくいっと高森に引っ張られた。
「ちょっと寄り道していかない?」
何ごとかと思い振り返った僕に、高森は駅前のショッピングモールを指差しながらそう誘ってきたのだった。
「何か買うのか?」
また何か、文房具のストックが切れたことを思いだしたのだろうか。そう訊ねると、高森は首を振ってそれを否定する。
「アイス」
「アイス?」
「うん。アイス、今日はシングルの値段でダブルにしてもらえるんだよ。だからさ、食べてかない?」
僕も知っているアイスクリームショップの名前を口にする。
毎月決まった日にちにそのようなキャンペーンを行っていることじたいは僕も知っていた。ただそれを利用したことはなかった。アイスクリームを食べたいときはコンビニで買うことが多かった。それから冷凍庫には母親がスーパーで買ってきた箱入りのものがだいたい常備されているので、それでじゅうぶんだった。母親は風呂上がりにそれを食べるのを何よりも楽しみにしている。風呂でほかほかに温まった体で冷たいアイスを食べるのが至福だという。
僕は駅前のショッピングモールにはめったに行かないので、そもそもモール内にアイスクリームショップが入っていることすら知らなかった。高森は自宅マンションがこちら側なこともあり、モールもよく利用しているのかもしれない。
おりしも今日は初夏の陽気だった。まだ夏と言うには早いが、だんだんと近づいてきた気配がする。二十度半ばを超える日が増え、夕方近くなっても肌寒さはない。アイスを食べるにも打ってつけだった。一度それを意識すると、何だかとても喉が渇いているような気さえしてくる。
悪くない誘いだったので、僕は高森について寄り道をしていくことにしたのだった。
夕方のショッピングモールは僕が思っていたよりも賑わっていた。客層は僕たちのように学校帰りらしい女子高生や、主婦らしい年配の女性などが多めだった。
出入り口にあった館内案内を確かめると、目当てのアイスクリームショップはB館の地下のようだ。
A館を入ってすぐのところに下りのエスカレーターがあるのが見えた。それに乗ろうと歩きだしたところで、高森に腕を引かれて呼び止められる。地下ではなく、わざわざ上の階の連絡通路を通っていこうと言う。
「何でだよ。地下から行ったほうが早いだろう」
「せっかく一緒に来たんだし、ちょっとほかの店も見てまわろうよ」
ようするに遠回りしよう、と言っているのだ。
ふだん、僕はウィンドウショッピングはしないたちだ。寄り道はいっさいせず、目的の場所に直行する。目的の定まらない時間が無駄に思えて、好きではなかった。だが高森はそれを苦でなく楽しめるたちなのだろう。きっと無駄だとも思っていない。やはりふだんから買い物に時間をかけるタイプなのだろうと確信する。
僕はもうすっかりアイスクリームを食べる気分でいたため、出鼻を挫かれた気分だ。高森は僕の様子を気にも留めず、すうっと手近な店に吸い寄せられるように入っていってしまう。しょうがないので僕もそのあとを追う。
アジアン風の雑貨や服が所狭しとごちゃごちゃに置かれたショップだった。店内ではお香を焚いているのか、何やら独特のにおいが漂っている。何でよりにもよってこんな店に入ったんだ。
とにかく通路が狭く、ほとんど一方通行でしか通れない。こういう店は、火災が起きた場合にはどうするのだろうか。ぼんやりとそんなことを考える。
壁にはよくわからないお面がいくつも飾られていた。あれも商品なのだろうか。それともたんなる店のインテリアだろうか。もしかすると店長の趣味なのかもしれない。
レジにはおかっぱ頭をビビッドな緑とピンクに染めた大学生風の男性がいたが、僕たちにはあまり注意を払わず、ノートを広げて黙々と何かを書き込んでいた。在庫の管理か何かだろうか。僕としては買い物中にはできるだけ話しかけられたくないので、その点はありがたかった。
僕と高森はしばらく店内をぶらぶらと見て歩いた。そう広いスペースではないので、すぐに見終わる。僕たちのほかに客は見当たらなかった。
高森は雑貨の置かれた棚で立ち止まった。細長く削られた木に橙と緑で猫の絵が描かれた置物を手に取って、長いことまじまじと見つめていた。マジックペンで描いたような黒い目は左右の大きさが微妙に異なっていて、何となく狂気を感じさせる。
けっきょく、「変なの」という感想とともに高森はそれを棚に戻した。買うのかと思った。買うと言いだしていたとしても止めはしないが。ただしセンスは疑う。
僕は高森が置いたそれを何となく手に取ってひっくり返し、底に貼られた値札を見た。思っていたよりもゼロの数が一桁多かった。物の価値というものはよくわからない。
それから高森は次に駄菓子屋を見つけ、また僕に何も言わずにすうっと店内に引き寄せられていく。こいつけっこうあちこちふらふらするやつだな。少しは僕のことも考えてほしい。口のなかで悪態をつきながらあとを追うと、これからアイスクリームを食べるというのにひょいひょいと駄菓子を手に取っている。
「駄菓子って、何だか見てるだけでテンションが上がらない?」
横に並んだ僕のほうを向き、そう言って笑う。
「まあな」
「いっぱい買ってもそんなに高くならないし」
言いながら高森は手のなかの駄菓子をどんどんと増やしていく。持ちきれなくなりそうだったので、僕は店の出入り口にあった小さなかごを取ってくると高森に渡した。
「ありがと」
にこりと笑って礼を言うと、高森は手に持っていた駄菓子をかごのなかに入れる。
「織部は何か買わないの?」
訊ねられて、僕も少し駄菓子を物色する。麩菓子や梅ジャムせんべいを見つけて手に取る。買うつもりはなかったのだが、見ているとつい、手が伸びてしまう。えびせんも好きだ。手に取る。
ひとつ手にしてしまうと、ほかにも気になるものが不思議とどんどんと出てくる。駄菓子は今すぐに食べるわけではないのだからまあいいかと調子に乗って、けっきょく僕もかごを取ってくる羽目になった。アイスクリームを食べる前に、ひどく浪費している。
極めつけはゲームセンターだった。とはいえ、ここは高森よりも僕のほうが先に動いた。すっと歩きだした僕の後ろから、高森がついてきた。
「織部ってクレーンゲームとか得意なんだ」
先ほどまでと違ってあからさまに僕のテンションが上がっていたためだろう。高森は意外そうにそう言った。
「まあ、わりとよくやる」
「そうなんだ。おれ、こういうのは苦手なんだよな」
「僕もまあ、欲しいやつというよりかは、取れそうなやつを狙うけどな」
「へえ? 合理的っていうのかどうかよくわからないな。織部の場合は、景品が欲しくてやるっていうよりも、取るまでの過程を楽しんでるってこと?」
「まあそんなところかな」
高森とそんな会話を交わしながら、店内をぐるぐると一周して景品を物色した。すべて見終わってから、ひとつの台に狙いを定める。
「これにする」
僕がそう言って台の前に立つと、高森はなかに入っている景品を確かめて少し微妙な顔つきになった。
「……白菜だな」
ぽつりと言う。
「クッションだ」
「でも、白菜だろ」
僕は訂正したが、高森も譲らない。僕の言うことも高森の言うことも間違いではなかった。
それはとてもリアルなつくりをした、白菜のクッションなのだった。台の後ろに貼られた紙には、ポップな書体で野菜のクッションシリーズと書いてある。コンセプトはわからないが、よく見れば第三弾とあるのでそれなりに人気の高い品なのだろう。第三弾は人参と茄子と白菜で、今台に出ているのは白菜のみだった。第一弾と第二弾は何があったのだろう。少し気になるので、あとで調べてみようと思う。覚えていれば。
白菜のクッションはすでに誰かが数回挑戦したあとなのか、少しアームで寄せればすぐに落とせそうな位置にあった。ここまで動かしておいて、どうして途中でやめたのかが疑問だ。軍資金が尽きたのか、それとも正気に返って特に不要なものであることに気がついたのだろうか。
財布を確認すると百円玉が五枚あった。両替はしないでよさそうだ。僕は迷いなく台に小銭を投入すると、アームを動かして狙いを定めていく。高森は隣で僕がプレイするのをじっと眺めていた。特にミスもなく、アームは狙ったところに入って徐々にクッションを落下口に寄せていく。
数回目で、ぼとん、と白菜が落ちてきた。
台のランプが点滅し、獲得音が流れる。僕は取り出し口から白菜のクッションを取りだした。
「へえ、すごいな」
ずっと隣で息をひそめて僕がプレイする様子を眺めていた高森が、感心したような声を出す。
しまった。まだ目的も果たしていないのに、ついうっかり楽しんでしまっている。
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