ep2.ラズベリーリコッタマフィン③

「何で連絡してこないんだよ?」

 翌日。登校すると真っ先に高森の席に行き、僕はそう言い放った。鞄から取りだした筆記用具を机の抽斗にしまっていた高森は、手を止めて僕の顔を見上げると少しきょとんとした顔をした。

「何でって、何で?」

「昨日、送ってくるかと思って待ってたのに」

 昨日ベッドに入ってからも僕は目が冴えてなかなか寝つかれず、布団のなかでスマホをいじり、開催されたアプリゲームのイベントを緩くプレイしていた。その合間に何度かメッセージを確認した。何度確認しても、新着はなかった。

「連絡先の交換を渋ったり連絡しろって言ってきたり、織部は忙しいな」

「うるさいな。僕は理由を訊いてるんだ」

「だって昨日は学校で話したしその後も織部の家に行ったし、あとは特に用事もなかったから……、」

 高森はそこで一度、言葉を切る。それからゆっくりと確かめるような口調で続けた。

「何か織部、メンヘラみたいになってない?」

 心外だ。

「知るか。僕はそんなんじゃない。連絡してこないなら交換した意味がないじゃないか。交換したならとりあえずでもいいから何か送ってこいよ」

「横暴だな」

 のらりくらりとした高森の受け答えにだんだんと頭に血が上っていったが、高森は僕のそんな反応をどこか楽しんでいる様子だった。口角が笑みのかたちに緩んでいる。ときおり唇が震えるのは、声を上げて笑いださないように堪えているせいだろう。それがまた腹立たしい。

「送ってくるタイミングだって、いくらでも、あっただろう」

 のぼせたようになっているせいで少し呂律が怪しい。僕は一音ずつ確かめるように口にする。高森は椅子の上で体勢を変え、体を少しこちら側に向けた。

「最初、連絡先交換するの渋ってたくらいだし、何でもないことでメッセージ送るのも嫌がるかなと思ったんだ」

「それとこれとは別だろう」

「別なのか」

「別だろう」

「何でもないことでメッセージ送ってもいいの?」

「別にかまわない」

「そうなんだ。基準がよくわからないな」

「わかれよ」

「難しいな、織部は」

 高森は唇に指を当てて少し考えこんだ。それから何かを思いついたように急にぱっと顔を上げて僕を見る。

「じゃあ、そんなに言うなら織部からおれに何か送ってよ。おれ、それまで送らないからさ」

「……は?」

 楽しげな高森の言葉に一瞬で頭が冷える。どうしてそういう方向の話になるのだ。おかしいだろう。反論しようとしたが、高森はもう僕にかまわず授業の準備に戻っている。どうやら高森のなかでもうこの話は終わったようだ。僕はもう一度口を開きかけたが、そこで予鈴が鳴ったので渋々自分の席に戻った。

 納得のいかないまま、僕から高森に連絡をすることでどうやら話は決定してしまった。



 憂鬱だった。ここ最近、ずっと憂鬱だ。

 高森は自分で言ったとおり、本当に僕に連絡をしてこなかった。連絡先を交換してから、あきらかにメッセージを送ってきたほうが早いだろうと思うような場面は何度かあった。しかし高森はそれをせず、わざわざ翌日になってから、「そういえば昨日訊こうと思ってたんだけどさ」などと切りだしてきたりする。

 僕は何度か高森に連絡をしようと試みたもののなかなかできなかった。スマホを開いて高森の連絡先を呼び出すところまでいって、そこで指が止まる。画面の上でうろうろと指がさ迷う。

 何を送ればいいのか迷った。

 高森にはああ言ったものの、毎日顔を合わせている相手に改まって何を送ればいいのかいざとなるとわからない。これが家族であればそんなことは気にも留めないのだが。誰かの意見を参考にしようにも、僕は家族以外では高森くらいしか付き合いがない。母親に意見を乞うのは癪だ。

 スマホの画面と何度もにらめっこする。長い時間をかけて文章を打ちこみ、送信ボタンを押す直前で思いなおして消去する。そんなことの繰り返しだった。

 高森は学校ではふつうに僕と会話をし、放課後はふつうに僕の家に入り浸り、そして何ごともなかったかのように帰っていく。僕はなかなか高森にメッセージを送れないでいるが、そんな話題などおくびにも出さなかった。忘れているのではないかと思うほどだ。本当に忘れていてくれればどんなにかよいのだが。

 時間が経てば経つほど僕は高森に連絡ができなくなっていった。送る内容のハードルも上がる。さんざん待たせておいて無難な挨拶文ひとつというわけにもいかないだろう。高森はそれでも気にしないかもしれないが、僕が気になるし、それはそれで気を遣われているようで腹立たしい。

 いっそ当たり障りのないスタンプで済ませてしまうのも手だろうか。いや、それだと妥協して負けた気がするし、無難な挨拶文よりもっとひどい。勝ち負けではないのはわかっているが。

 何か送れと言われたときにその場の勢いで送ってしまえばよかったのだ。だが今さら悔やんでもしょうがない。……何で僕が高森のことでこんなに頭を悩ませなくちゃならないんだ。焦燥はだんだんと怒りに変わる。この軽薄野郎。ど変態。この場にいない高森に対して、僕は頭のなかでありったけの罵詈雑言を浴びせた。

 そうして一週間が過ぎ、週末になった。

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